短編集

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煉瓦通りの猫達

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 その日は晴天だった。桜は満開だ。花びらが気ままに落ちていく姿を見て、それが地面に降る。他の花びらと同じように、それが地面に横たわった時、ふと思った。自分もそうなろうと。

 死ぬ理由は沢山あった。数えあげれば片手では足りない。指の端から数えていって、説明することもできるけれど、他人には理解できないだろう。

 自分ですら、目を瞑りたくなる。それでもなお、傷口を開いてみたい気もする。あるいは、もっと酷い傷にしたいのかもしれない。確かな理由にするために。

 心の内を占めている、ほんの微かな理由で、万人受けする理由があるとするのなら。明日が見えない。未来が見えない。ありきたりな理由が1番、説明を求める者にはちょうどいいだろう。とにかく、俺の中身はからっぽだ。何に意味を見いだせばいいのかなんて、その問いすら、なんだか安っぽいうえに陳腐だ。

 それでも、このままからっぽで、まるで藁人形のように木に貼り付けられて、何かある度に釘を打たれるような、そんな事はうんざりだ。痛みには慣れる。傷も見なければ無いものとする。けれど、存在を消すことはできないから、不意に、今日みたいな日がやってくる。

 家を出たのはコンビニに行くためだった。だからボロボロのTシャツに、着古したパーカーを羽織り、動きやすいスウェットのズボンなんて出で立ちだ。手にはパチンコ雑誌が入ったビニール袋を引っさげて、あとは家に帰るだけだった。

 洗濯機には、明日着るはずの服を突っ込んで回している。洗剤は入れただろうか?記憶にはないが、どちらでもいい。

 すぐに帰るつもりだった。こんなつもりじゃなかった。けれど何故だか、手は、手すりを握っている。ボロボロのサビだらけの手すりを乗り越えて、手すりよりも低い塀の上に降り立てばいい。それから一足で、後は何もない無が待っている。

 日差しは暖かく、太陽の香りが自分にも移っていた。目の前にはひと気のない工場地帯、ひび割れたコンクリートの地面はごつごつとし、まだらな色は今にも歪み動き出しそうに構えている。

 さてと、パチンコ雑誌の入ったビニール袋を投げ捨てて、手すりを両手で掴む。つい下を覗き込んで、距離感が分からなくなる。無意識に息を吸い、止めていた。今までにないほどの集中力を、こんな時に発揮している自分が馬鹿らしくなる。これからどうするかを、こんなにも悩むなんて。もっとずっと昔にそうすべきだったろうか。

 そんな考えが頭を過ると、目の端で影が動いたような気がした。見れば、柵の向こうに猫がいる。悠々と、生と死の狭間のような場所をまるで分かったように歩く。
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