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服染みの海塩
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自分で決めた人生だったから、諦めた理由もわかっていて、その理知的な面が気に入っている反面、誰にも責任を押し付けられないという面ではひたすら自分が苦しんできた人生だ。成功すれば全てこの身の手柄だが、失敗すれば全てこの身に責任が降りかかる。夢を諦めるとき、全ての景色が遠のいていくのを感じた。いや、全てが遠のいていく中で辞めたのだ。未来が見えない、現実も暗い、そして過去の自分にも言い訳しない、全てが白んで、いま現在を生きていくことに無理が生じたのだ。
「無理」
その一言で全ての理由がついた。
おそらくだが。才能がある人は何か光があるに違いなく、金がある人は別のところに一時的に逃げ、家族や友達、恋人が居る人は甘えることの一つや二つも出来るのだろう。その想像はつくが自分にはない。全てを捨てて、夢だけを追う覚悟を持てるかと突きつけられれば、その答えは「無理」なのだ。もし結果死ねのなら、ひと思いに死ねたらいい。一番辛いのは、大きな後遺症が残ったまま生命活動だけしてる状況になることだ。糖尿病患者みたいな、ああいうふうに、自分の身体を顧みず好き勝手やって、人に甘えながら生きれればどれだけ幸せだろう。でもならない。人に甘えられないから。それはリスクの取れない人生だ。もしリスクを取れたなら、もう少し踏ん張れるのか、もしくは死ぬ覚悟があれば…。もし、自殺できるほどの強い意志があれば、なんてことも考える。僕にはできない。それは大きなコンプレックスだ。
そんなコンプレックスを抱えて、なんとか自分のなかで折り合いをつけて辞めたものの、必死に食い繋いでいるのがやっとの状況。死なない、生きたくない、できない、したくない、やればできるか、なんとかやってきたが、やはり無理か?そんな自問自答にだんだん疲れてくる。全てが言い訳だが、言い訳をしなければ生きていけない。器用な嘘の一つでもついて逃げてしまえたら良い。エイプリルフールの日に誰も傷つけずに笑わせてみせれるような、あんな嘘の一つでもつけれたらいい。でもつけない。でも、逃げたくない自分は死ぬことをダメという。だからひたすら「無理」と繰り返す。
無理無理無理無理無理無理無理無理。
そして瞬間、歩き出す。別にどこへ行くわけでもなく、ただ自分から離れたいがためだけに歩き出す。どこへ行けるわけでもないのに。
目的地がないまま歩くと見慣れた景色ばかりで嫌になる。少しだけ電車に乗って遠くへ行く。知らない町。知らない道。知らない人。僕だけが僕を知ってる。逃げたいのはこの感覚からなのだが。
しばらくふらつく。何もないのはいいことだ。幸い、自動販売機で飲み物を買うだけの自由はある。そのくらいの自由しかないのだけれど、むかしに比べればいくらかマシだ。飲み物を取り出して歩き出そうとすると猫がいる。どんな色かは日差しが強すぎてよくわからない。心理テストかしら?こんな猫に見えたなら、あなたの心情はこんな感じです。もしくは性格診断?知った気になって。たぶん、頂いた答えから、それに合った自分の感情を探すのだ。他人から決められた方が楽だから、自分の感情ですら。
そう思いながら猫に付いていく。進めば進み、止まれば止まる。なんて自由なのだろうか。野生でありながら、人の町に住み、それでいて違和感もなく闊歩する。不便を不便と考えず、甘えることを恥とも思わず、なんならば飽きたらまたどこかへとふらついていく。良いご身分と呆れるとき、恨みよりかは羨ましさが勝つ。僕も、あんな風になりたかった。なれないと思っているからだろう。そうだ、今このときはこの猫のことを師匠とでも言おうか。
師匠、どこへ向かうか?
何時間か、というほども歩いてないようなまま、海へ着いた。残暑の残る秋の海。平日のただ平べったい海。休日には誰かがいただろうゴミがそこらじゅうに転がっており、中には花火のカスだってある。ゴミを持ち帰らなくても平気な人々もまた羨ましい。その厚かましさの中で生きてみたい。想像力が欠如しているのか、はたまた無為自然の精神で、生きていようが死んでいようが関係ない心持ちでやっているのだろうか…どちらにしても、僕にはどうも理解できなくて、羨ましい感性だ。なりたいもので、なれないもの、が多すぎる。
そんな心持ちを映したかのように、空には曇り空。さっきまで晴れてたのだが、思いのほか長い時間かけていたのかもしれない。いつのまにか師匠もいないし。
海にたどり着いたところで泳げるわけでもなければ入りたいわけでもない。ただ、だだっぴろく海が広がっているだけだ。ここは無人島ではないが、無人島と同じようなことをしている。もちろん、振り返ればそこは都会なのだが、進めば無人島だ。結局、見ている方向性の違いだ。帰らない、帰れない。
そう思うと向こうのほうで人が一人溺れているのが見えた。もしかすると鯨かもしれない。いや、そんなことはただの言い訳で、とにかく海へ入りたかったのかもしれない。ざぶざぶと海へ入る。靴が濡れる。靴下が濡れる。最悪である。これくらい財布やスマホと共に置いておけば良かった。不愉快すぎる。でも、引き返しても一緒だろう、そう思い進んでいく。
ズボンが濡れる。水を吸う。重くなる。前に進みにくくなる。そしてそのまま沈んでいく、身体を感じる。深く深く僕は沈んでいく。
パンツが濡れて、ベルトが濡れていよいよ身体の半分が海水に溺れて、シャツは海水を吸い上げるとき、先に水を吸って重くなった下半身がまだ軽い上半身を足止めして倒して、いよいよ顔面から海へと突っ込んだ。その速度は早くないから覚悟をしながら海へと溺れていく。そういえば海は嫌いだったっけ?いつだってこんな感じで後悔をする。気付くのが遅いのだ。もっと賢く行きたいな、でも生きれないな、ああ全部がうざったい。そう思いながらグッと足で踏ん張り立ち上がる。死ぬ勇気がないから、陸へと戻る。水を吸った足取りは重い。いつの間にか空は晴れていた。心なしか心は軽い。心がないからか?いや、もしかすると、鯨が海から陸へと生きようと決めた日はこんな晴れた日だったのかもしれない。
悪くはなかったな。まだ、身体中が海水を吸って重たい。髪まで重い。なんなら海水のせいで髪も傷んでるだろう…と思うのだけれど、傷んでいるからなんなんだ、そんなこと気にしたこともないだろう。ただ疲れてぐったりしている。思えば、もうずっと歩きっぱなし、どこかで横になりたいのだけれどこの砂浜で横になったら砂まみれだ。それはそれで避けたい。あと、どちらの道このまま電車に乗るわけにもいがないだろうな。
そしてまた当て所なく歩き始める。西日が強くなり始め、この頭の片隅で服が乾いてくれるか微妙だなぁと思いつつ、すっかり疲れた身体を早く横にしたい気持ちが強くなる。そんなとき、お寺が見えた。いかにも田舎の立派なお寺で縁側見える。ここは馬鹿を助けるつもりになってもらおうと、自分でも素直に甘えれば良いのに、無駄な思考を置くのはなんなのだろうと思ったりする。
僕はトドのように縁側で仰向けになる。まだ服には吸った海水が残っていて、肌に当たる場所が冷たい。その反対側では縁側を濡らしている。せっかく綺麗に磨いていたであろう床が汚されてしまう。申し訳なさと、まあ、明日も磨くから良いだろうと、二つの感情がそこにある。
そのどちらが重いだろうと考えながら、どっと疲れがのしかかってきて、眠ってしまう。
夢ではテストの最中で、必死に式を解いている。しかし解けない。シンプルな式なのだから、全て書き出せば良いではないか!そう思いながらオモテ面いっぱいに書けども解けず、そのままウラ面いっぱいに書いても解けなかった。そのうち、こんな問題を解いたところでどうなるんだ?と自分に問うようになった。解けた所でなんなんだ?意味なんてないじゃないか!
そう思って、ぼくは立ち上がりそのテストを破いた。
瞬間に目は醒める。屋根が見える。そして布団の上。鼻にはカレーの匂いが効く。
「起きましたか」
やさしい声。四十代後半から五十代くらいだろうか。ちゃんと真っ当に修行をしてきたのだろう。ちゃんと綺麗な坊主頭だ。
「すみません、布団に移動するのも重かったですよね」
「まぁ、一人じゃないのでね」
そういうと、向こうのほうに檀家の人たちが見える。
「そうでしたか」
取られるものは特に無いのだけれど、一応自分の持ち物を見てみる。何も漁られていないし、そのままそこにある。
「あの」
「なんです?」
「僕が誰か気にならなかったんですか?」
いま思えば、なんて不躾な質問だったのだろうと思うのだが、それに対しニッコリしながら答えてくれた。
「生きてるなら、別に何だって良いじゃないですか」
「無理」
その一言で全ての理由がついた。
おそらくだが。才能がある人は何か光があるに違いなく、金がある人は別のところに一時的に逃げ、家族や友達、恋人が居る人は甘えることの一つや二つも出来るのだろう。その想像はつくが自分にはない。全てを捨てて、夢だけを追う覚悟を持てるかと突きつけられれば、その答えは「無理」なのだ。もし結果死ねのなら、ひと思いに死ねたらいい。一番辛いのは、大きな後遺症が残ったまま生命活動だけしてる状況になることだ。糖尿病患者みたいな、ああいうふうに、自分の身体を顧みず好き勝手やって、人に甘えながら生きれればどれだけ幸せだろう。でもならない。人に甘えられないから。それはリスクの取れない人生だ。もしリスクを取れたなら、もう少し踏ん張れるのか、もしくは死ぬ覚悟があれば…。もし、自殺できるほどの強い意志があれば、なんてことも考える。僕にはできない。それは大きなコンプレックスだ。
そんなコンプレックスを抱えて、なんとか自分のなかで折り合いをつけて辞めたものの、必死に食い繋いでいるのがやっとの状況。死なない、生きたくない、できない、したくない、やればできるか、なんとかやってきたが、やはり無理か?そんな自問自答にだんだん疲れてくる。全てが言い訳だが、言い訳をしなければ生きていけない。器用な嘘の一つでもついて逃げてしまえたら良い。エイプリルフールの日に誰も傷つけずに笑わせてみせれるような、あんな嘘の一つでもつけれたらいい。でもつけない。でも、逃げたくない自分は死ぬことをダメという。だからひたすら「無理」と繰り返す。
無理無理無理無理無理無理無理無理。
そして瞬間、歩き出す。別にどこへ行くわけでもなく、ただ自分から離れたいがためだけに歩き出す。どこへ行けるわけでもないのに。
目的地がないまま歩くと見慣れた景色ばかりで嫌になる。少しだけ電車に乗って遠くへ行く。知らない町。知らない道。知らない人。僕だけが僕を知ってる。逃げたいのはこの感覚からなのだが。
しばらくふらつく。何もないのはいいことだ。幸い、自動販売機で飲み物を買うだけの自由はある。そのくらいの自由しかないのだけれど、むかしに比べればいくらかマシだ。飲み物を取り出して歩き出そうとすると猫がいる。どんな色かは日差しが強すぎてよくわからない。心理テストかしら?こんな猫に見えたなら、あなたの心情はこんな感じです。もしくは性格診断?知った気になって。たぶん、頂いた答えから、それに合った自分の感情を探すのだ。他人から決められた方が楽だから、自分の感情ですら。
そう思いながら猫に付いていく。進めば進み、止まれば止まる。なんて自由なのだろうか。野生でありながら、人の町に住み、それでいて違和感もなく闊歩する。不便を不便と考えず、甘えることを恥とも思わず、なんならば飽きたらまたどこかへとふらついていく。良いご身分と呆れるとき、恨みよりかは羨ましさが勝つ。僕も、あんな風になりたかった。なれないと思っているからだろう。そうだ、今このときはこの猫のことを師匠とでも言おうか。
師匠、どこへ向かうか?
何時間か、というほども歩いてないようなまま、海へ着いた。残暑の残る秋の海。平日のただ平べったい海。休日には誰かがいただろうゴミがそこらじゅうに転がっており、中には花火のカスだってある。ゴミを持ち帰らなくても平気な人々もまた羨ましい。その厚かましさの中で生きてみたい。想像力が欠如しているのか、はたまた無為自然の精神で、生きていようが死んでいようが関係ない心持ちでやっているのだろうか…どちらにしても、僕にはどうも理解できなくて、羨ましい感性だ。なりたいもので、なれないもの、が多すぎる。
そんな心持ちを映したかのように、空には曇り空。さっきまで晴れてたのだが、思いのほか長い時間かけていたのかもしれない。いつのまにか師匠もいないし。
海にたどり着いたところで泳げるわけでもなければ入りたいわけでもない。ただ、だだっぴろく海が広がっているだけだ。ここは無人島ではないが、無人島と同じようなことをしている。もちろん、振り返ればそこは都会なのだが、進めば無人島だ。結局、見ている方向性の違いだ。帰らない、帰れない。
そう思うと向こうのほうで人が一人溺れているのが見えた。もしかすると鯨かもしれない。いや、そんなことはただの言い訳で、とにかく海へ入りたかったのかもしれない。ざぶざぶと海へ入る。靴が濡れる。靴下が濡れる。最悪である。これくらい財布やスマホと共に置いておけば良かった。不愉快すぎる。でも、引き返しても一緒だろう、そう思い進んでいく。
ズボンが濡れる。水を吸う。重くなる。前に進みにくくなる。そしてそのまま沈んでいく、身体を感じる。深く深く僕は沈んでいく。
パンツが濡れて、ベルトが濡れていよいよ身体の半分が海水に溺れて、シャツは海水を吸い上げるとき、先に水を吸って重くなった下半身がまだ軽い上半身を足止めして倒して、いよいよ顔面から海へと突っ込んだ。その速度は早くないから覚悟をしながら海へと溺れていく。そういえば海は嫌いだったっけ?いつだってこんな感じで後悔をする。気付くのが遅いのだ。もっと賢く行きたいな、でも生きれないな、ああ全部がうざったい。そう思いながらグッと足で踏ん張り立ち上がる。死ぬ勇気がないから、陸へと戻る。水を吸った足取りは重い。いつの間にか空は晴れていた。心なしか心は軽い。心がないからか?いや、もしかすると、鯨が海から陸へと生きようと決めた日はこんな晴れた日だったのかもしれない。
悪くはなかったな。まだ、身体中が海水を吸って重たい。髪まで重い。なんなら海水のせいで髪も傷んでるだろう…と思うのだけれど、傷んでいるからなんなんだ、そんなこと気にしたこともないだろう。ただ疲れてぐったりしている。思えば、もうずっと歩きっぱなし、どこかで横になりたいのだけれどこの砂浜で横になったら砂まみれだ。それはそれで避けたい。あと、どちらの道このまま電車に乗るわけにもいがないだろうな。
そしてまた当て所なく歩き始める。西日が強くなり始め、この頭の片隅で服が乾いてくれるか微妙だなぁと思いつつ、すっかり疲れた身体を早く横にしたい気持ちが強くなる。そんなとき、お寺が見えた。いかにも田舎の立派なお寺で縁側見える。ここは馬鹿を助けるつもりになってもらおうと、自分でも素直に甘えれば良いのに、無駄な思考を置くのはなんなのだろうと思ったりする。
僕はトドのように縁側で仰向けになる。まだ服には吸った海水が残っていて、肌に当たる場所が冷たい。その反対側では縁側を濡らしている。せっかく綺麗に磨いていたであろう床が汚されてしまう。申し訳なさと、まあ、明日も磨くから良いだろうと、二つの感情がそこにある。
そのどちらが重いだろうと考えながら、どっと疲れがのしかかってきて、眠ってしまう。
夢ではテストの最中で、必死に式を解いている。しかし解けない。シンプルな式なのだから、全て書き出せば良いではないか!そう思いながらオモテ面いっぱいに書けども解けず、そのままウラ面いっぱいに書いても解けなかった。そのうち、こんな問題を解いたところでどうなるんだ?と自分に問うようになった。解けた所でなんなんだ?意味なんてないじゃないか!
そう思って、ぼくは立ち上がりそのテストを破いた。
瞬間に目は醒める。屋根が見える。そして布団の上。鼻にはカレーの匂いが効く。
「起きましたか」
やさしい声。四十代後半から五十代くらいだろうか。ちゃんと真っ当に修行をしてきたのだろう。ちゃんと綺麗な坊主頭だ。
「すみません、布団に移動するのも重かったですよね」
「まぁ、一人じゃないのでね」
そういうと、向こうのほうに檀家の人たちが見える。
「そうでしたか」
取られるものは特に無いのだけれど、一応自分の持ち物を見てみる。何も漁られていないし、そのままそこにある。
「あの」
「なんです?」
「僕が誰か気にならなかったんですか?」
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