永遠への発明

ながめ

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永遠への発明

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 人混みもうざったいので夏の終わりに休暇を貰おうとしたのだけれど、結局仕事がまとまらずズルズルと後ろ倒しになり、あわや会期時期を逃すのでは?と思ったところ、半ば強引に早朝出勤と徹夜で周りへのお膳立てを組み立て、やっとこさ無理やり一日抜け出すことに成功した本日である。
 しかし、すっかり秋の初めというのにまだまだ残暑が厳しいのは何事だろうか。例年こんな気もするし、そんなこともない気もするが、夜行の飛行機に乗って美術館のある星に着けば余りにも過ごしやすい…こんな星に住みたいなぁと思うのだが、どのように移住すれば良いかも分からないし、また今の仕事を止める踏ん切りが付かないのも悲しいところ。結局は見えないものを調べることが怖いだけということは分かっているのだけれど、それを跳ね返すだけの何かがある訳でもない。
 …いや、せっかくの休日なのだ。しっかり楽しまねば。
 本来であれば、土日含めて三泊四日でしっかり楽しみたいところ、都合一泊二日である。それならば、目当ての美術館に籠るしかない。
 向かうは小さな個人美術館。中心となっているのは500年ほど前に産まれた井岡玲太という作家なのだが、同時代の作家含めてかなり質の高い作品…というよりかは、僕好みの作品が多く置かれている、素敵な場所だ。本当はその隅々まで楽しみたいのだけれど、今日は目当てへと向かって一直線に行くとする。
「あら、おひさしぶりで」
「あ、どうも」
 受付の人にもすっかりと顔馴染みとなってしまっているのはなんとも恥ずかしいところではある。それもそうだ。小さな個人美術館に年一回必ず来る常連、それも予約制であり、とっくに名前も知られているのだ。
「今年は少し遅かったですね」
「いや、仕事で抜け出せなくて…」
「そうでしたか…」
 受付の人がニヤッと笑う。
「でも、そのおかげで良いことがあるかもしれません」
「へ…?」
 特に言葉の先を求めることなく、僕は目当ての作品へ向かう。小さな美術館と言っても作品数は百点近くある。それでいて、その一つ一つが余りにも作品として重厚で味わい深い…文字通り “棲める” 美術館だ。
 ただ、そんな素晴らしい作品たちを脇目にして一目散で目当ての作品へ行く。
 確かこの部屋だったハズ…と曲がったところ、目当ての絵画の前に一人の初老の男が居た。
 井岡である。
 その男は、自ら描いた絵の前にじっと居た。500年も前に描いた作品である。僕はその光景に息を呑んでいた。こんな瞬間があって良いのだろうか。
 やがて、男は振り返る。
「あら、これは失礼」
「いえ…」
 井岡玲太という作家がおよそ絵画に費やした時間は二十代から三十代に掛けての凡そ十年間とされる。その後も少しずつは絵画を描いているものの、その作品は殆ど表で見られることは少ない。そもそも、本人の姿を見るものも少ない。それは、彼が “フライヤー” だからである。
 “フライヤー” とは一義的には “星間旅人” のことだ。自らで飛行機を調達し、星間を旅行する人たちのことを指す。無論、僕のような庶民には考えられない高等遊民の趣味であり、また文字通りの遊民でもある。また、そうでないものは借金をして飛行機を買い、その足で私的なジャーナルや動画作成を生業としているが、そんなに上手く行く職業でもないらしい…というのは、一時期目指した身としての知識だ。
 さて、そのような “フライヤー” にはもう一つの意味がある。それは “時間旅人” だ。ある星へと行くために、時に “フライヤー” たちは、光速を超える。そのために、我々と違う時間軸に飛び出してしまう。
 こう聴くととても浪漫のあることだと思うかもしれないが、“フライヤー” の中には時間を飛び越え過ぎてしまい、自ら生きていた時代とのギャップに苛まれ、またその孤独に病んでしまい自らの命を断つ者も少なくない。そのため現代では、過去の病原菌等が無闇に流行らないようなどの側面からも “光速制限法” が設置され、無限に時間航行をすることが事実上不可能になっている。しかし、“フライヤー” のなかでも先達に入る井岡氏はその制限を受けることなく航行したまま五百年後もいる…ということである。そして、ここまで書いた通り、それは並大抵の精神力ではない。なんなら “狂っている” と言った方が早いかもしれない。
 そんな人間に対峙している。奇跡としか言いようがない。
「ふふふ…君はこの絵が好きなのかい?」
 意外と、物腰は柔らかいんだな。
「…はい!」
「そうか」
 僕は静かに絵の前へと近づく。
 『永遠への発明』と呼ばれる絵だ。それは、星の先まで行って、その果てに我々が何処へ辿り着くのか、この飽くなき探究心を問う、そんな作品だ。
「この絵画を見ていると、自分が現実から引き離されて、まるで永遠へと手招きされる様な感覚になるんです」
「ほぉ」
 作者がすぐ右隣で相槌を打っている。
「もっと詳しく聞かせてくれないか?」
 僕は、息を飲み込む。
「…根本にあるのは、“絵画とは何か?” という純粋な疑問です。つまり、液晶画面上で何もかも見られる時代に、改めて “質量を持った絵画” の存在意義はなんなのか、それを問い質している。それは同時に、人工知能へのプリミティブな人間自身の答えでもある。手作業であることを示す…しかしそれは決して乱雑ではなく、丁寧な絵の具の重みで示す。それは、アンファルメル的アプローチでありながら、それでいてかつての意味とは変わっている…この時代に必要とされた芸術活動として切り刻まれる、そんな “絵画それ自体” の存在感。それでいてその存在感は、ポートレートとして更に説得力を増していると考えるのです…いや、ポートレートは実際には顔もなく、人の形かもわからない、余りにも抽象的な “かたち” となっていて、凡ゆる生命に当てはまる気もする。確実に今を生きている生き物全てが永遠であることを許されるような、そういう絵画だ。井岡氏のポートレートでありながら、僕でもあり、若しくは五百年もの間この絵の前に経った誰かのものでもある。もしかすると、人間でなくても、他の星の生命体でも良いし、もっとどんな動植物でも成り立つのかもしれない…そこには、日本的な、もっと言うと浄土教的な “悉有仏性” の精神すら垣間見える…いや、これは僕の考えすぎかもしれないのですが…」
「いいから、続けなさい」
「はい。つまり、誰かでありながら、誰でもでもある。“ポートレート” でありながら、全ての鏡である、そんな真新しさに惹かれるのです…あと、この星の意義です」
「星?」
「はい。この、美術館を建てるための星…あらゆる温度や湿度が保たれているこの星こそ、『永遠への発明』だと思うのです。無論、“永遠”は難しいと思います。ただ、“永遠”と言うのは精神論で、可能な限り劣化を防ぐ試みの中にこそあると思うのです。そんな美術品の理想郷のこの星の真ん中にこの作品がある…その意義を深く吸い込んで、かつ深く味わうことができる…どこまでもフィジカルでありながら、どこまでも空想的な広がりを持つ、そんな素晴らしい作品だと思うのです」
 …思いのほか、熱く話しすぎたかもしれない。いや、同時になんと言葉は陳腐なのだろうと思う。もっと上手く伝えられたのではないか。いつだってそんな気がする。
 しばらくして、男は話し出す。
「私の1番の旅の楽しみは、時々この絵の前に立つことなんだよ」
「…はい」
「熱心なこの絵のファンに会って感想を聞く、それが何よりも楽しみでね。君もまた素晴らしい感想をくれた」
「そうですか」
「星間旅人…現代の人々は “フライヤー” と言ったか…今ではライフスタイルの一つになっているらしいが、私にとっては結果でしかないんだ。私はこの作品を完成させるための行動なのだよ」
 僕たちはそびえる『永遠への発明』に目を向ける。
「この作品が完成した時、もちろん多くの人から賞賛されたが、誰よりもこの作品が好きだったのは私自身だった。そして、ふと考えた。何十年、何百年、或いは何千年も先の人の感想を聞いてみたいと。寧ろ、それこそがこの作品の真の完成ではないかと。だから私はこの美術館を、この星に建てた…無論、そもそもこの星自体も私が見つけたものなのだが…だから、君が “この星自体も作品である” と言ったのも正解だ」
「あ、そうでしたか」
 男は再びこちらを向く。
「合格だな」
 え、と思わず声を出す。
「この星で働かないか?」
「え、あ、はい」
 条件反射で答えてしまったまま、仕事先に退職を願い出た。何かしら叫び声のようなものも聞こえたが、もはや僕には関係なかった。
 後々知ったことではあるが、各星へと旅立っている井岡氏を呼び寄せているのは受付の人間らしい。曰く、『永遠への発明』に夢中になっている人間が出来たらスカウトするから、とのこと。詰まるところこの星の人間は皆、あの絵に魅せられた集まった人たちである。
 因みに、僕の場合は余りにも当初の予定から後ろ倒し、また引き伸ばしになっていったのでかなりの迷惑をかけてしまっていたらしい…誠に労働はクソである。
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