退屈した雨天

ながめ

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退屈した雨天

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 雨で遅れるバスほど、憂鬱なものはない。
 何故か多くなる交通量と人の多さ。待たされてバス停の屋根がないところで傘をさすこと。後ろから楽しそうな声と共に傘から垂れる雨に服が濡らされること。定刻通りに定数しか来ないから一向に減ることのない乗客のこと。乗ったら乗ったで湿気と二酸化炭素で息苦しい車内のこと。出ようとしても一向に避ける気がないジジババどものこと。年金暮らしが一丁前に急いで暮らしてんじゃねぇよ。いや、朝早く起きてしまうのか。二度寝が出来ないのはさぞかし悲劇でしょうね。
 そんな愚痴がツラツラと出てくる。ただでさえ、低賃金と重労働でイライラする毎日だ。ただし、本日の遅延の理由はこれに加えてさらにイラつかせる。
 今日は市中引き回しの日なのだ。遠国から連れてこられた奴隷のうち、重い刑を執行されたものがクレーン車に括り付けられて、監獄から出てはこの市中で引き回しにされるのだ。それはもちろん見せしめである。オマエたちは余計なことをしなければそれなりに暮らしてていけるが、そうでなかったらこのような見せしめに合うぞ!
 また一方で、この国民の気持ちを収めるという点も大いにある。「これだから奴隷は…」という気持ちを見せしめによって「愚かなものには確かな罰が与えられる!この国はちゃんと分かっている!」とわかりやすく伝え、自分たちが普段から持っている不満…例えばこの雨による憂鬱などなとなどから解放させるのだ。「やぁやぁ、あれに比べれば、自分の生活なんかまだマシじゃないか!」と思わせる。もっとも良識者は嫌がるが、この国に蔓延している低賃金労働者は良識を知らない、ということを知っている政府は暴動を恐れ、彼らに下にはより下がいることをわからせることに躍起になり、結果として手っ取り早い治安維持のため、このようなことをやっている。(にしても、毎度メディアでは良識者が偉ぶるのだが、一体どこで積んできた良識なのだろう?)
 そんなアホでありながら合理的な理由で固められた、奴隷を括り付けるクレーン車が私の前を通り過ぎる。速度は遅め。しっかりと落ちないように括り付けられていることからも罪人にしては手厚い処遇がされていることがよくわかる。ただ手厚い処遇にも関わらず、その揺れが罪人に伝われば、グロッキーになり項垂れる。事実、酔いすぎて項垂れている。
 なおのこと楽しいのは、生活への不満が溜まった労働者が「これでも飲んで元気を出せ!」とエナジードリンクを投げつけ与えることだ。もちろん、蓋の空いた状態で、それでいて空ではないので届くまでに周りはびしゃびしゃでベトベトになる。つまり、車に乗る富裕者どもにも目に物をくれてやれる。無論、車に当たれば賠償だが、罪人への “差し入れ” は自由である。罪人へと当たれば賠償せずに済む、そういう楽しいゲームなのだ。なかなか考える物である。そんな “偉い” 勝者たちの傷が罪人のそこかしこに数箇所見られる。受け取れるわけも無かろうにと思いつつ誰も止めやしないのは、それを正義と思いたいからにすぎない。どう?正義って素晴らしくないかい?
 そんなクレーン車が赤信号で止まる。どうせこの雨で仕事には間に合わないだろうと思い、私は興味本位で罪人の目を乗っ取ることにした。
 バスの待機列から離れ、罪人がよく見える位置に陣取る。
 「おい!」と叫ぶ。罪人が項垂れながらこちらに目配せをする。一瞬、こっちを見た瞬間にその目から彼へと潜り込む。一分くらいで意識が完全に向こうへと持っていかれるのでコンビニの休憩スペースに駆け込んで机に突っ伏す。缶コーヒーだけどって店員さんに渡す。さすがラッシュアワー、店員さんはテキパキとしていて気持ちが良い。そして真面目な国民のため休憩スペースが空いてること、素晴らしい。この国の数少ない好きなところである。おかげで間に合った…
 ゴンッと動き出したらしいクレーン車。
 外から見るよりも揺れは左右に激しく、モノの数秒で吐き気を催したが、既に吐き出すものはなかった。ただただ慣性のままに揺れてボーッと過ごすだけ。なるほど、ミノムシはこのような気分だったか。それはサナギにならないとだな。そう、気持ち悪さを紛らわしつつ、ときどき大きな曲がり角に差し掛かって怖くなるけれど、ただただ大きく揺れるだけ。ぶらんぶらんと大きく揺れて、スリルを味わいつつ見る見慣れた町は気持ち悪い雑多な集合体として絶望的なほどに汚く見える。ま、もともと綺麗に見えたことなどないが。
 そんなこんなで初めこそは気持ち悪さも含めて楽しんでいたのだけれどだんだん飽きてくる。正味、気持ち悪いだけで何も面白くない。
 仕方なく、ぐるんぐるんと回る視界から少し内側の意識へ潜っていく。
 記憶の中の彼は非常に真面目な人間だった。実に模範的と言ってよく、雇用主の言われた通り、或いはそれ以上によく働く人間であった。
 また、見た目も悪くなかった。そこには好意の目で見られる姿もある。あれは雇用主の妹のようだ。
 奴隷との結婚は出来ないことはないが、それによって社会的に損なわれるものも少なくない。それはどちらかといえば奴隷側の方がより意識していることだろう。どんなに好意を持たれても一定以上に馴れ合わずにいるのがよくわかる。真面目であり、彼はまた愚かでもなかったのだ。
 果たして、そんな彼が何故こんなことになったのだろうと探ると故郷の家族の姿が思い浮かんだ。
 そもそも出稼ぎに来る奴隷たちは本国にいる家族に送金するために出てきているのだ。そのための真面目さであり、それに見合うだけの優秀さである。つまり、今のこの状態は誰にも喜ばれない状態だし、さいあく家族からも呆れられるだろう。
 さて、そんな遠方に居る家族への想いは手紙に託されていた。手紙が書けるほどの優秀な人間ですら、奴隷にならなければならないのかと思いつつ、そこには熱い気持ちが乗せられていたのだろう。何枚も、何枚も、何枚も、書いていたのが記憶から読み取れる。
 ただし、この手紙は送られることはなかった。当たり前である。奴隷の書く手紙を送って、そこにこの国への不満が書かれていたらどうなる?聞いてた話とは違う!となってめんどくさい事態になるだろう。なので、奴隷は手紙を出せないのだ。
 愚かではない彼はそんなこともわかっているので、これを雇用主の妹に渡して、代理に送ってもらおうとしていたらしい。なかなかやるじゃないか。
 しかし悲しいかな。この恋はそこまで盲目ではなかったらしい。妹は送ることなく、それを雇用主に渡していたらしい。よくある話ではある。
 さて、そこまでで止めていれば良かったのであるが、愚かなのは雇用主であった。わざわざ彼がいる前で、その手紙を披露して社交界の一興としてしまったのだ。全くの愚かである。
 真面目な人間なほど、愚かでない人間なほど、この手の屈辱に烈火の如く怒るもの。それを知らないのは結局、富に胡座をかいて居たからであろう。優秀な復讐は後先を考えないものになった。
 ただの一夜である。
 その月の給料を本国に送金後、わずかな夜の隙間、雇用主がコンビニから帰るその途中で偶然を装いながら近づき、少しの隙にこけさせた後、手を足で力任せに強く踏んづけ、麻痺させたうちにガムテープで口を塞ぎ叫ばせることをできなくさせた。痛みで涙を滲ませる目に優しく語りかける。
「何かをせがんでいるようですが、話せなければ何も分かりませんよ」
 それは、奴隷がこの国に来て一番言われる言葉であることは誰でも知っている。
 今に怯えで震えながら、私は興奮のまま手を縛り上げて公衆トイレに連れ込んだ。そして便器に頭を突っ込ませたかと思えばズボンを下ろしてそのままレイプした。このまま愛してしまえそうなほど、締め付けの良い穴であった、その雇用主の鼻息の荒さごと、しっかりと雇用主の携帯に動画として残す。なんと言う素晴らしい達成感だろう。お金なんてちっぽけな程に、素晴らしい世界があるのだろうか!そんな高揚感を感じたまま放置しておいた。そのまま便器に溺れて死ぬかどうかは運に任せてあげよう。
 私はその足で妹のところへと向かう。健気な妹は社交界の件を謝ろうとしたがそんな事はどうでも良い。「面白いものがある」と話して妹に座らせて先ほどの兄の動画を見せた。始めはウキウキして居たのだが、だんだんと言葉が少なくなり唖然としていく妹の顔を伺いながら、その先にある鏡台に映る私が非常に満足な顔をしていることに誇らしさすらある。
 おはよう世界!この世界は素晴らしい!
 そう感じるままに妹も押し倒したのだけれど、残念なことは妹の方は兄よりも良くなかったことであった。なんと面白みがないことだろう…なるほど、全てが全てうまくいくわけではないのか…
 ゴンッ!
 クレーン車の突然のブレーキに大きく揺れる身体。ぶらんぶらんぶらん。私は衝撃で記憶から出されてしまい、吊られる港に広がる大海原に一つの人影を見つけていた。もちろん、吊るされている彼である。
 この先には、彼が居た国がある。刑はあくまでも「本国への強制送還」なのだ。もちろん、帰れるわけがないのだが、これも “名目” と言うやつだ。死刑のないこの国の合理的な判断。一人の不幸で他のみんながハッピー。
 クレーン車がその上体を回転させながら大きく揺らして、いよいよ彼を飛ばそうとする。大きく大きく揺れることで、より遠くを意識する。そんななか私はある種の高揚感に浸っていた。幸せではないが満足出来ている。あの記憶に引きずられているのだろうか。
 ぐわんぐわんと揺れていた身体はプツッと吊るされていたロープから放たれて遠国へとリリースされる。遠くに僅かに祖国を見据えつつ海へと落下していく私の意識はその最後を見ることなくプツンとその同期が切れてしまう。距離の限界が来たのだ。
 意識はコンビニに帰ってきた。
 机には手紙がある。「どうか、この手紙を届けてほしい」と彼の文字で下手なこの国の文字で書いてあった。なるほど、人柄通りの真面目な綺麗な字である。ただその字を読もうとすればするほど吐き気を催す。先程までの気持ち悪さが一気に押し寄せてきた。ちくしょうめ。同時に文字の汚なさにイライラする。そもそも一体、誰に頼んでいるのだろうか、奴隷風情が。そう思うとそのままその手紙に腹のなかのものを口から戻してしまった。てか、すごく変な匂いが喉、もっと奥の胃から漂っている。嫌な予感がして財布を見るとお金が少し使われている。最後の晩餐のつもりか?いい気になりやがって…結局、奴隷は奴隷なんだな…
「お客様、大丈夫ですか?」
 店員さんが話しかけてくれる。
「あ…すみません…心配ありがとうございます…あ、汚してしまいすみません…」
 私は辿々しく話す。
「いえ、なんか安心しました…綺麗な言葉でも話せるんですね」
「…すみません…先ほどはちょっと気分が悪くて、うまく言葉が出なかったんです…」
「なら、良かったです…あー、手紙も汚れてしまって…」
「それなら捨てて大丈夫です。また書きますんで」
「そうですか?先ほどはなんだか興奮して『絶対に今すぐ出しますんで!』と話していたのに」
「そんなこと言ってましたか…すみません。なんだか浮かれていて…」
「そうですか。恋でもしたんですか?」
 恋、ではないだろうな。
「いえ、全くの勘違いでした」
 そう言いながら、他の店員から水をもらう。そう、勘違いなのだ。分かり合えやしないのだ。そう言って逃げよう。いっそ会社には体調不良とメールを出して、有休を取るとしよう。そう思い窓から空を見上げたら雨足は弱くなり、分厚い雲も西へと走り始めており、空からはぼんやりと光が漏れ出ていた。
 なんだか良い休日になりそうだ。
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