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肉溶けて宝石
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人間は完璧ではないので必ず穴がある。そこに入ろうとするか、しないかは冒険心という名の度胸試し、若しくは弱さに突け入る優越心ともいうべきか。
火災現場、ここは宝石屋だったのだけれど、ガラスとともに灼けて溶け合っているものの中に一際目を惹く代物があった。私はそれを拾って帰る。なに、鑑識に影響は出るまい。溶け合っているとはいえ、骨はそこら中に落ちている。それは溶け合って禍々しく濁っているが、確かにある。
さて、持ち帰った代物が骨なのか、宝石なのか、ただのガラスなのかはよくわからなかった。こんなことならキチンと物理なりなんなりの勉強をしておけばよかったと毎度のこと思うし、意識の高い人々は「今からでも遅くない」ときっと言うのだろうが、煩わしい。結局のところ全ては直観である。
私は穴に入る準備をしなければならないのだ。
ベッドに仰向けになり、それを眺める。やがて、代物に穴を見つける。そこに飛び込むイメージ。イメージなのだ、すべては。
穴を抜けると森にいた。きっと晴れているのだろうが、余りに多くの木々が遥か頭上で枝々を重ねあって層をなし光を妨げるので妙に暗い。これでは雨が降っても暫くは幹の空間では火が燃え続けるだろう。ただ、風で枝が揺れるとき、日が差していることを微かに感じる。
深い、この深い森。
そして遠くのほうから聞こえる動物の声。充足した動物の声。きっと人間の声。声のほうに歩いて行こう。そこは川のほとり、ぽっかりと日が差す場所。裸の人間が私に気が付くと、とても残念そうな顔で笑った。笑わないほうが嬉しいくらいの悲しい瞳で見つめてくる。ここはモノの穴であって私の夢じゃない、そんなことを思い出す。
「あなたは誰?」
「警察です、一応」
「一応?」
「ここは穴の中なので、肩書とかはいらないでしょう?」
「じゃあ、なぜ名乗るの?」
「あなたを逮捕しに来ました」
「穴の中まで?」
「はい」
「おかしいわ、ここは森よ?」
「森でも所有する人が居るものです」
「この森は私の森よ」
「そうですが、全てではありません」
人間は未だに怪訝な顔をしてる。
「…あなたは服を着ているのね」
「むかしの病気のために醜い跡が残っており、見るに堪えないので」
「女の子みたいなことを言う」
「人を見た目で判断しないほうがよろしいのでは?」
「ここは私の森よ」
「でも全てではない」
「…なんだか窮屈な人」
「これでも、融通は効くほうです」
「警察にしては」
「そう、警察にしては」
きっと、彼女こそ、宝石屋を灼いた張本人だ。
「…動機はね?」
「…はい」
「…聞きたい?」
楽しそうに笑う。距離は遠いが、それはわかる。
「そのために来ている」
「でも、私が話すかは私次第」
「いえ、きっと話します」
「なぜ?」
「あれだけのことをする人は、話したい欲望を抑えきれない」
「ふーん」
「そして、穴に誘われたということは、あなた自身が、私を受け入れた…きっと、私にはあなたの思想がわかることでしょう」
「ふーん」
「それはロマンとも言うべきか」
「“ロマン”ね…」
「そう、ロマンだ。美しい終わり方だ」
人間は少し悲しそうな顔をする。でも、突き放す感じがない。話したくてたまらない、悲しい話なのだ。
「…ほんとは、すごい惨めなの。何一つ奇麗なところなどなくて、一つとして美しくないの」
「美しさは精神的なものでしょう?」
「そこが美しくて何になるの?そもそも、見やしないものに美しさがあっても誰も振り向きやしないわ」
「うむ…」
「…そう、育ちがダメなのね。すべてが恨めしくて、すべてが妬ましいの。その感情が消えなくて、耐えきれなくなったの」
「それで、なぜ宝石屋に?」
「私は、せめて綺麗に死にたいの。宝石屋のガラスを片っ端から叩き割って、商品も守っていたガラスも全てぶちまけて、そのなかで大の字になって寝転んで、容赦なく火をつけて、宝石もガラスも私も、すべてすべて溶け合って一つに混ざり合っていく。寝転がった床から伝わる熱さを感じながら、最初に溶けたガラスが私の肌に触れたとき、少し声を上げたわ。熱いこと、痛いのと、喜びと。すべてが、世界が、溶け合っていく瞬間が始まるの。他人から見たら醜いのでしょう。しかし、私の気高さがきっと、そうはさせない。焦がされながら遠くなっていく意識のままに、ここに来たわ」
やがて、森は炎で包まれる。流れる川まで燃え始める。この水はガソリンだったのか。それにしても何という熱さだろうか。これが彼女を導いた熱さか。なんと美しいことだろうか。
私に臨む彼女は笑っている。瞳の底から充足している。もう、出なければならない。
代物は私の顔にめがけて勢いよく落ちてくる。それはもちろん、仰向けに寝ていたからである。至極明快な万有引力。物理を習っていてよかった。
落ちてきた代物を改めてマジマジと見る。もしかしたらいくつかの宝石も含んでいるのかもしれない、やけに重いし、だんだんと鈍く痛くなってきた。ちょうど眉間の辺りである。あわよくば心中させようとしたのかもしれぬ。
「畜生め…」
鑑識からの報告によると、女の死体からはほぼガラスや宝石を取り除かれたらしい。しかし、足りないのは左の薬指と指輪一つ。この結果から、捜査は別の線が浮上したのらしいのだが、なんか期待させて悪いなあと思いつつ、私は代物を持ち続けている。よもや、部位が部位だけに、穴の中の人間も愛されると思ったかもしれないが、そんな気は毛頭ない。死人は死人だ。このまま美しく在り続けて、そして後悔し続けていればいい。
火災現場、ここは宝石屋だったのだけれど、ガラスとともに灼けて溶け合っているものの中に一際目を惹く代物があった。私はそれを拾って帰る。なに、鑑識に影響は出るまい。溶け合っているとはいえ、骨はそこら中に落ちている。それは溶け合って禍々しく濁っているが、確かにある。
さて、持ち帰った代物が骨なのか、宝石なのか、ただのガラスなのかはよくわからなかった。こんなことならキチンと物理なりなんなりの勉強をしておけばよかったと毎度のこと思うし、意識の高い人々は「今からでも遅くない」ときっと言うのだろうが、煩わしい。結局のところ全ては直観である。
私は穴に入る準備をしなければならないのだ。
ベッドに仰向けになり、それを眺める。やがて、代物に穴を見つける。そこに飛び込むイメージ。イメージなのだ、すべては。
穴を抜けると森にいた。きっと晴れているのだろうが、余りに多くの木々が遥か頭上で枝々を重ねあって層をなし光を妨げるので妙に暗い。これでは雨が降っても暫くは幹の空間では火が燃え続けるだろう。ただ、風で枝が揺れるとき、日が差していることを微かに感じる。
深い、この深い森。
そして遠くのほうから聞こえる動物の声。充足した動物の声。きっと人間の声。声のほうに歩いて行こう。そこは川のほとり、ぽっかりと日が差す場所。裸の人間が私に気が付くと、とても残念そうな顔で笑った。笑わないほうが嬉しいくらいの悲しい瞳で見つめてくる。ここはモノの穴であって私の夢じゃない、そんなことを思い出す。
「あなたは誰?」
「警察です、一応」
「一応?」
「ここは穴の中なので、肩書とかはいらないでしょう?」
「じゃあ、なぜ名乗るの?」
「あなたを逮捕しに来ました」
「穴の中まで?」
「はい」
「おかしいわ、ここは森よ?」
「森でも所有する人が居るものです」
「この森は私の森よ」
「そうですが、全てではありません」
人間は未だに怪訝な顔をしてる。
「…あなたは服を着ているのね」
「むかしの病気のために醜い跡が残っており、見るに堪えないので」
「女の子みたいなことを言う」
「人を見た目で判断しないほうがよろしいのでは?」
「ここは私の森よ」
「でも全てではない」
「…なんだか窮屈な人」
「これでも、融通は効くほうです」
「警察にしては」
「そう、警察にしては」
きっと、彼女こそ、宝石屋を灼いた張本人だ。
「…動機はね?」
「…はい」
「…聞きたい?」
楽しそうに笑う。距離は遠いが、それはわかる。
「そのために来ている」
「でも、私が話すかは私次第」
「いえ、きっと話します」
「なぜ?」
「あれだけのことをする人は、話したい欲望を抑えきれない」
「ふーん」
「そして、穴に誘われたということは、あなた自身が、私を受け入れた…きっと、私にはあなたの思想がわかることでしょう」
「ふーん」
「それはロマンとも言うべきか」
「“ロマン”ね…」
「そう、ロマンだ。美しい終わり方だ」
人間は少し悲しそうな顔をする。でも、突き放す感じがない。話したくてたまらない、悲しい話なのだ。
「…ほんとは、すごい惨めなの。何一つ奇麗なところなどなくて、一つとして美しくないの」
「美しさは精神的なものでしょう?」
「そこが美しくて何になるの?そもそも、見やしないものに美しさがあっても誰も振り向きやしないわ」
「うむ…」
「…そう、育ちがダメなのね。すべてが恨めしくて、すべてが妬ましいの。その感情が消えなくて、耐えきれなくなったの」
「それで、なぜ宝石屋に?」
「私は、せめて綺麗に死にたいの。宝石屋のガラスを片っ端から叩き割って、商品も守っていたガラスも全てぶちまけて、そのなかで大の字になって寝転んで、容赦なく火をつけて、宝石もガラスも私も、すべてすべて溶け合って一つに混ざり合っていく。寝転がった床から伝わる熱さを感じながら、最初に溶けたガラスが私の肌に触れたとき、少し声を上げたわ。熱いこと、痛いのと、喜びと。すべてが、世界が、溶け合っていく瞬間が始まるの。他人から見たら醜いのでしょう。しかし、私の気高さがきっと、そうはさせない。焦がされながら遠くなっていく意識のままに、ここに来たわ」
やがて、森は炎で包まれる。流れる川まで燃え始める。この水はガソリンだったのか。それにしても何という熱さだろうか。これが彼女を導いた熱さか。なんと美しいことだろうか。
私に臨む彼女は笑っている。瞳の底から充足している。もう、出なければならない。
代物は私の顔にめがけて勢いよく落ちてくる。それはもちろん、仰向けに寝ていたからである。至極明快な万有引力。物理を習っていてよかった。
落ちてきた代物を改めてマジマジと見る。もしかしたらいくつかの宝石も含んでいるのかもしれない、やけに重いし、だんだんと鈍く痛くなってきた。ちょうど眉間の辺りである。あわよくば心中させようとしたのかもしれぬ。
「畜生め…」
鑑識からの報告によると、女の死体からはほぼガラスや宝石を取り除かれたらしい。しかし、足りないのは左の薬指と指輪一つ。この結果から、捜査は別の線が浮上したのらしいのだが、なんか期待させて悪いなあと思いつつ、私は代物を持ち続けている。よもや、部位が部位だけに、穴の中の人間も愛されると思ったかもしれないが、そんな気は毛頭ない。死人は死人だ。このまま美しく在り続けて、そして後悔し続けていればいい。
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