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相応しい年瀬
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より良い年の取り方とはなんだろうな。
なんとなく恋をして、なんとなく父親になり、なんとなく大人にならないといけなくなり、それなりに子供の世話を見て、その子もすくすく育ち、いつのまにか親になっちゃって、なんとはなしに孫のめんどうを見るようになった。
ぼんやりと家族を持った割には、社会の中でどのように見られたいのかという自覚はあるのだ。若く見られたい人や、偉そうに見られたい人、かっこよく見られたいというのもあるだろうし、面白い人、というのもあるだろう。私の場合は至極単純に「年相応」にさえ見られれば良いというものなのだけれど、これが意外と難しい。何を持って、「年相応」とするのかは人によるし、それが自分に合うかどうかというのもあるだろうし…と考えるとなんだかよく分からないまま三十代、四十代、五十代を過ごしてきてしまった。ゆっくりゆっくり、どちらかと言えば歳を早取りで過ごしてきた自覚がある。こう言ってはなんだが「若く見られることは御免」だったのは確かだ。幸い好いてくれる妻もいて、今更モテたい気持ちなどもないし、よもや若々しくいたから偉いなんてこともないだろう。アンチ・アンチエイジング。
そんな気をつけながらようやく六十代である。
私は立派な白髪になり、そして立派な髭を蓄えた。元よりそんなに顔はよくないのだ。覆い隠す意味でも悪くない。そして何よりも教員ぽくもある。ちょうど魔法学校の校長みたいな。実際に教えているのは社会科だが。
とはいえ、顔貌をこれにしてからというもの、毎晩の鏡を見るのか楽しくて仕方がないのだ。五十代後半から「そろそろ良いのでは?」と思い地道に伸ばしてきたのは自分なのだけれど、自分じゃない感じ。ずっとふわふわとした感覚で、それはともするとコスプレに近いのではないかと思う。なりたい誰かに着飾って生きている喜びで社会に溶け込んでる、したたかな楽しみ。非常に髭も髪もこそばゆいのだけれど、それよりも見た目の気に入り具合が勝ってしまう。六十代にして納得できる自分へ!長生きの甲斐があるものである。
「お父さんさ、少し話があるんだけれど…」
ある日、いきなり息子から電話が来たのは毛むくじゃらになって数年経ってのことだ。
「あの…サンタさんになってくれない?」
ふむ…それは良い!
まさに、年相応という感がある。聞けば幼稚園のクリスマス会に出て欲しいらしい。なるほど、そうと決まれば早速服選びである。しかし、サンタさんのコスチュームと言っても色々あるものだなぁ…たかが幼稚園児、されど幼稚園児。扮するからにはちゃんと本腰を入れようと、せっかくなので奮発した。このことに驚いたのは何よりも妻だった。
「だってこれまで服装に凝ったことないじゃない?」
これもまた年相応問題があったことを言わねばなるまい。成人男性はなんとかなるのだ、服装なんて。そこを誤魔化して生きてきただけなのだ。やはり、見られ方や着ていく用途が決まると熱を入れやすい。ただそれだけのことなのだ。
こうして私は揚々とサンタさんとなり、幼稚園へ行った。ほっほっほ。
にしても、みんな可愛くて良い子で感心してしまった。なんだかこちらまでプレゼントをもらった気分だ。クリスマスってこんなに楽しいものなのね!(とはいえ、うちの孫には流石にバレて、危うくサンタさんではないことを広められるところだったが。良い子にしてありがとね。)
このような経緯で、私はホンモノのサンタさんとして生きていくこととした。町中で例の幼稚園児たちに会えば「サンタさんだ!」と呼ばれる。私はしーっと口に指当てて去っていく。隣の妻はどこか所在なさげだが。
「…あの、すみません…ウチの保育園も良いですか?」
それはサンタさん二年目のことであった。後輩教員が噂を聞きつけたらしい。
もちろん、行くしかなかろう!
そこでも、保育園児たちを沸かせるだけ沸かせてきた。「素直な子は良いことだ」とは特に何も考えずに出た本心だ。真っ直ぐ育って欲しいと思いつつ、まぁ、生き急がず六十代までゆっくり育つのも悪くないぞ、と心の中で話している。
さて、そんな頼まれごとが増えてきて、結局近くの市町村の幼稚園保育園を回ることとなって来た。
規模が大きくなければなるほどに、サンタさんとしての認知は増えていく。差される指も増えていくのはもちろん、私が本当は誰なのか、みたいな話も広がっていく。そして遂には、私目当てに学校を入るものさえいた。ガッカリさせるだけだとは思いつつ、素直に嬉しくもある。
こんな形で子どもたちに喜ばれるのはもちろんのこと、意外と親にもありがたがられるのも嬉しいところだ。だってサンタさんがそこにいるのだ。私に手紙を書いて、それを渡して、各々の家にプレゼントが行く。そんな親たちの隠れ蓑になりながら、町を闊歩する。
これぞ年相応。六十代になってようやく自分らしさや自分の喜びと言うものを見つけた感がある。学校の帰り道、そよ風に白髭を靡かせながら、夕暮れて町は冬に向けて寒くなり始めている。忙しくなる季節は近い。
なんとなく恋をして、なんとなく父親になり、なんとなく大人にならないといけなくなり、それなりに子供の世話を見て、その子もすくすく育ち、いつのまにか親になっちゃって、なんとはなしに孫のめんどうを見るようになった。
ぼんやりと家族を持った割には、社会の中でどのように見られたいのかという自覚はあるのだ。若く見られたい人や、偉そうに見られたい人、かっこよく見られたいというのもあるだろうし、面白い人、というのもあるだろう。私の場合は至極単純に「年相応」にさえ見られれば良いというものなのだけれど、これが意外と難しい。何を持って、「年相応」とするのかは人によるし、それが自分に合うかどうかというのもあるだろうし…と考えるとなんだかよく分からないまま三十代、四十代、五十代を過ごしてきてしまった。ゆっくりゆっくり、どちらかと言えば歳を早取りで過ごしてきた自覚がある。こう言ってはなんだが「若く見られることは御免」だったのは確かだ。幸い好いてくれる妻もいて、今更モテたい気持ちなどもないし、よもや若々しくいたから偉いなんてこともないだろう。アンチ・アンチエイジング。
そんな気をつけながらようやく六十代である。
私は立派な白髪になり、そして立派な髭を蓄えた。元よりそんなに顔はよくないのだ。覆い隠す意味でも悪くない。そして何よりも教員ぽくもある。ちょうど魔法学校の校長みたいな。実際に教えているのは社会科だが。
とはいえ、顔貌をこれにしてからというもの、毎晩の鏡を見るのか楽しくて仕方がないのだ。五十代後半から「そろそろ良いのでは?」と思い地道に伸ばしてきたのは自分なのだけれど、自分じゃない感じ。ずっとふわふわとした感覚で、それはともするとコスプレに近いのではないかと思う。なりたい誰かに着飾って生きている喜びで社会に溶け込んでる、したたかな楽しみ。非常に髭も髪もこそばゆいのだけれど、それよりも見た目の気に入り具合が勝ってしまう。六十代にして納得できる自分へ!長生きの甲斐があるものである。
「お父さんさ、少し話があるんだけれど…」
ある日、いきなり息子から電話が来たのは毛むくじゃらになって数年経ってのことだ。
「あの…サンタさんになってくれない?」
ふむ…それは良い!
まさに、年相応という感がある。聞けば幼稚園のクリスマス会に出て欲しいらしい。なるほど、そうと決まれば早速服選びである。しかし、サンタさんのコスチュームと言っても色々あるものだなぁ…たかが幼稚園児、されど幼稚園児。扮するからにはちゃんと本腰を入れようと、せっかくなので奮発した。このことに驚いたのは何よりも妻だった。
「だってこれまで服装に凝ったことないじゃない?」
これもまた年相応問題があったことを言わねばなるまい。成人男性はなんとかなるのだ、服装なんて。そこを誤魔化して生きてきただけなのだ。やはり、見られ方や着ていく用途が決まると熱を入れやすい。ただそれだけのことなのだ。
こうして私は揚々とサンタさんとなり、幼稚園へ行った。ほっほっほ。
にしても、みんな可愛くて良い子で感心してしまった。なんだかこちらまでプレゼントをもらった気分だ。クリスマスってこんなに楽しいものなのね!(とはいえ、うちの孫には流石にバレて、危うくサンタさんではないことを広められるところだったが。良い子にしてありがとね。)
このような経緯で、私はホンモノのサンタさんとして生きていくこととした。町中で例の幼稚園児たちに会えば「サンタさんだ!」と呼ばれる。私はしーっと口に指当てて去っていく。隣の妻はどこか所在なさげだが。
「…あの、すみません…ウチの保育園も良いですか?」
それはサンタさん二年目のことであった。後輩教員が噂を聞きつけたらしい。
もちろん、行くしかなかろう!
そこでも、保育園児たちを沸かせるだけ沸かせてきた。「素直な子は良いことだ」とは特に何も考えずに出た本心だ。真っ直ぐ育って欲しいと思いつつ、まぁ、生き急がず六十代までゆっくり育つのも悪くないぞ、と心の中で話している。
さて、そんな頼まれごとが増えてきて、結局近くの市町村の幼稚園保育園を回ることとなって来た。
規模が大きくなければなるほどに、サンタさんとしての認知は増えていく。差される指も増えていくのはもちろん、私が本当は誰なのか、みたいな話も広がっていく。そして遂には、私目当てに学校を入るものさえいた。ガッカリさせるだけだとは思いつつ、素直に嬉しくもある。
こんな形で子どもたちに喜ばれるのはもちろんのこと、意外と親にもありがたがられるのも嬉しいところだ。だってサンタさんがそこにいるのだ。私に手紙を書いて、それを渡して、各々の家にプレゼントが行く。そんな親たちの隠れ蓑になりながら、町を闊歩する。
これぞ年相応。六十代になってようやく自分らしさや自分の喜びと言うものを見つけた感がある。学校の帰り道、そよ風に白髭を靡かせながら、夕暮れて町は冬に向けて寒くなり始めている。忙しくなる季節は近い。
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