小雨への賛歌

ながめ

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小雨への賛歌

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 人生、既に迷子である。
 えぇ、ハッキリと迷子。
 確かにどこかへと行こうとしていたのだが、ぼんやりと踏み外してからは目的を忘れる、どこに行こうとしているのかも分からなければ、現在どこにいるのかも分からない。
 しかし困るのは、自分が迷子という状態が嫌いじゃないということである。寧ろ、迷子でありたいと願っている。そして、この状態でどこに辿り着くのかということに関して非常に興味がある。
 意識的迷子、とでも言おう。
 そんな意識的迷子は一人旅が大好きである。一人旅で迷子になっている分には誰にも迷惑をかけないから良いだろう、という最高の独りよがりである。いや、迷子は迷子なりに誰かを不安にさせているのかもしれないが、残念ながらそんなことはどうでも良いという結論である。それは、先に見放したのが彼らだからであり、どれだけ迷子していたとしても知ったことではない、という自信から来るものである。
 そのような無駄な自信で持って、一人旅をする。
 勿論、計画はない。
 行き先を決めて、初めてそこで花火が上がることを知ったりする。
 ヒュー、ドン。
 打ち上がる花火を眺める…果たしていつ以来であろうか。ひさびさに見る花火は綺麗さよりも、体感する衝撃…風圧の方が遥かに驚きであった。上っていき、爆発し、目で捉えて数秒後、鼓膜が揺れ、最後に衝撃が身体を貫く。その貫かれた身体にこそ、非常に心地よい。なるほど、花火を浴びる感覚はなんとも素晴らしい。
 これこそ、映像ではついぞピンとこない感覚である。それこそ映像の限界。知った気にならないように頑張ってみても、結局のところ体験しないと知れないことが多いというのは、いくら技術が発達しても変わらない。寧ろ、その反省の繰り返し。
 そう思いながら携帯のカメラを向ける。
 全く上手く撮れない。
 ツーッと上がっている花火の尾を見ながら、「ここだ!」と思って押しても毎回遅れる。結局、動画を回しておいて、後でそれをスクリーンショットすれば良いということに気づくのだけれど、いつも使っているものが使いこなせていないことに気づく挫折というものは、幾分か寂しいものがある。
 それに比べれば、ドローンの撮影などは容易いものである。一方でムカつく点はといえば、虫がたかっているようなあの煩わしい低音である。これは映像にするとあまり響かないのが面白い。そう思うと、汚いと思われるのは消える一方で、本当に良い感触は伝わらない、というのが映像の本質なのだろうか。
 …と言うようなことを、一人で考えている。
 本当は誰かと分かち合いたいのだけれど、それが難しい。
 いや、後々になって話すことはあるのだけれど、「今、共有したい」と言った時には隣に誰もいないのだ。
 寂しくはないが、どこか空しい。
 昔はこの辺りを上手いこと消化できていたはずだ。でも、今は違う。一体、いつからこんなことになってしまったのか分からないまま、意識的迷子として老けている。
 とはいえ、話したいことばかりでもないのも事実ではある。
 精霊流しは、潮の満ち引きの関係で上流へと流れて行く。
 別に、一回見ればそう言うものかと分かるのだが、初めて見た時はそれなりに驚いたものである。そしてそのためか、どこまで遡行しているのかを見に行ったのだ。
 川の合流時点の目標となる橋を越え、更に更に上流へ、とあるところまで登って行くと灯籠を捕まえるための網へと行き着く。そして、引っかかった灯籠を取っていく。人の数だけ、願いがあり、その願いの数だけ灯籠がある。その数は意外と多いので、網に捕らえられ次第に次々と取られていく。
 取られ集められた灯籠はふっと火を消され、そのまま皿の部分と紙の部分を分離され、皿は来年のために洗われて洗い物籠に戻される。
 一方、願いが書かれた紙はというと、一つにまとめられた後、別のところに持っていかれるようだ。
 気になって後をつけると、近くの小学校の校庭にたどり着く。その中心では煌々と炎が燃えており、集められた紙々はそこで焚き上げられていた。
 願いが灰となって空へといく。
 それは、あの8月の夜も同じだったのだろうか…ぼぅっと夜空を見上げていると、時々その時のことを思い出す。花火の時も同じだった。
 違うとすれば、その日は小雨が降り出したことだろう。
 基本的には傘を差すのが嫌いなので、雨が嫌いだ。一方で、傘を差さなくて済む程度の小雨なら割と好きだったりする。それはきっと、精霊流しの日のことが頭にあるからで、頭のどこかで、この雨に誰かの願いが込められているのではないか?という錯覚が現れるからだ。
 そんな時、例え意識的迷子をしていても、一人じゃないような気がしてくる。
 なんで心地よい夜なのだろうと思いもするのだが、それでも今日の機嫌がいささか良くないのは、無論この小雨が低気圧を伴っているからである。
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