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死霊術革新編

錬金術師がやってきた

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魔道具職人と錬金術師の募集を待っている間のこと。

師匠が、屋敷の地下倉庫で死体に集まってきた幽霊達を捕獲して、影収納に保存したままだったのを思い出した。
『今回は、こうして休眠状態にした霊体が使鬼として使い物になるかどうかを判断する方法を教えよう』
「お願いします」
師匠曰く。
● 精神の構成要素として、3つの人格要素(理性、感情、知能)と2つの記憶要素(思い出、知識)がある。
● 使鬼にとって重要なのは、理性、知能、知識であり、これを必須3要素と呼ぶ。感情と思い出は極論すれば無くても大丈夫。
● 幽霊には、必須3要素のいずれかが著しく損傷しているものがあり、そういうのは使鬼には不適当

『なので、<霊素解析>を使ってこの必須3要素が十分にあるかを確認すれば良い。やり方はこうじゃ』
霊素を5つの要素に分けて、必須3要素の損傷具合を見分ける方法を学んだ。
保存していた10個余りの霊体球(休止状態の幽霊)のうち、実用に耐えるものは1つだけしかなかった。
『とまぁ、幽霊は当たりが少ないのが難点じゃ。しかしダメなものでも使い道がないわけではないので、今後のために保存しておくとしよう』

そのようにして残った1個は、10歳のココという女の子で、長い黒髪を2本の三つ編みにまとめた姿だ。リュノールの町(テオの故郷)の南の村出身だという。
村で雑用仕事をやっていたところ、詐欺師に「ペルピナルのお屋敷でメイドとして雇う」と騙されてこうなったらしい。
本当のメイドにしてあげる約束をしたら、喜んで使鬼になってくれた。

犯1の傀儡に地下の倉庫でココちゃんの体を探して来てもらって、憑依させてあげると泣いて(涙は出ないが)喜んでいた。

ココちゃんのメイド教育は、もちろんアネットさんにお任せした。
「テオ様。ココさんにもメイド服を支給していただくことは可能でしょうか」
「うん、もちろん。この前のお店に頼めばいいよね。これからみんなで行こうか」
「はい、ありがとうございます」

この後、ココちゃんの歓迎も兼ねて、街歩きを楽しんだ。

◇◆◇◆◇◆◇◆

その翌日。
『テオよ、以前頼まれた霊糸通信の改良ができたぞ』
「本当ですか!」
霊糸通信の仕組みを利用し、相手の都合に合わせて会話を始めるための魔術だそうだ。
名前は<伝書送信>と言う物で、手紙を送るような機能だ。

早速教わって使ってみる。相手はアネットさんだ。
<伝書送信>を使うと、頭の中に封筒のイメージが現れた。その中に念話と同じようにして伝えたいことを入れる。
今回の内容は「これを聞いたら連絡してね」だ。
そして相手に送信。
何の説明もしてないが、どうだろうか。

しばし待つ。
『テオ様、どうされましたか?』
おお!成功だ。
『新しい魔術の実験だよ。すぐに分かったみたいだね』
『はい。封筒の形でしたので、開けばいいとすぐに分かりました』
『ありがとう。用事はこれだけだよ』
『かしこまりました』
念話が切れる。

でも、これだとこっちからしか送れないよね?
『使鬼には<霊衝撃>や<念動力>のように、基盤となる魔術が組み込まれておるじゃろ。その基盤部分に今回の魔術を追加すればよい。それと、改良版の<使鬼使役>も教えておこう』
なるほど、そうやるのか。

既存の使鬼の基盤に新しい魔術を追加するには<霊素干渉>が必要となる。
僕も練習しているがまだ使えないので、師匠にお願いしてアネットさんとトムさん、シメオンさんに組み込んでもらった。

その後。
ピコン、と頭の中に封筒が届いた。アネットさんからだ。
開いてみると、なんだか長文で僕への感謝とか、今日あった出来事とか、あと僕を褒め讃える言葉とか、なんかそういうのがぶわ~と流れ込んできた。

こ、これは想定してない使い方だ。まさか普通のお手紙みたいなのが来るとは。
えっと、とにかく返信しておこう。
「僕もアネットさんにはいつもお世話になってて、感謝してるよ」と。送信。

しばらくしてまた、ピコン。返信。ピコン。返信。
お、終わらない・・・

結局直接アネットさんの所に行っておしゃべりした。
「すみません。どうも止め時がわからなくて」
と恐縮していた。

◇◆◇◆◇◆◇◆

それから後日。
トムさんから<伝書送信>で連絡があった。
ようやく錬金術師が見つかったとの事。ダヤン商会で雇って派遣という形になるようだが、気に入ったら直接雇用に切り替えても良いらしい。
僕は良く分からないので、アネットさんに手伝ってもらう。

そして、その人が屋敷にやってきて、今は応接室で対応している。

向かいに座った錬金術師のお姉さんは、長い金髪を三つ編みにしており、青い瞳が丸いメガネの奥に見える。
ダボっとしたローブを着てても胸が膨らんでいるのが分かるくらいの体型だった。

こちらは僕とアネットさん、猫師匠の3人。(相手には2人しか見えてないけど)
「初めまして。この屋敷の主人で、テオと言います。よろしくお願いします」
と僕があいさつすると、お姉さんはひどく驚いていた。
まぁ、8歳の子供だからね。

「う、あ、えと、あの。よ、よろしくお願い、します。あ!あの、名前はニコレットと言います。歳は、15です。その、はい・・・」
お、お?何だか挙動不審だ。
思わずアネットさんを見る。
「おそらくは、極度の人見知りなのではないかと。私にお任せくださいますか?」
「うん、お願い」
そこからはアネットさんが応対してくれた。

ペルピナルの出身で、(人見知りのため)12歳になって初めて魔術教室に通い、そこで素質ありとされ、魔法ギルド経由で錬金術師に弟子入りして修業したそうだ。
しかし、生来の人見知りと発育の良すぎる体のため、1年も経たないうちに兄弟弟子からいじめを受けるようになった。それでも我慢して修業していたが、最近いじめがひどくなってきて、身の危険を感じて悩んでいた所に、この募集を見つけて飛び付いたらしい。

それで、ダヤン商会で行われた採用試験では、なんとトップの成績を収め、採用されたそうだ。
アネットさんが横から資料を差し出してくれた。どれどれ。おお!2位以下に圧倒的な差をつけてトップだ。見かけによらず超優秀らしい。
「すごいですね!ニコレットさんは優秀な錬金術師なんですね」
「い、いえ、そんな。私なんて」
「いいえ。ダヤン商会が厳選したのがあなたなのですから、もっと自信を持っていいと思いますよ」
とアネットさんもフォローする。

『なんにせよ、早速腕前を見せてもらおうじゃないか』
師匠の言うとおりだ。ニコレットさんを地下の錬金工房へ案内する。
(なお、改装したときに奥のヤバい倉庫は厳重に隔離した)

師匠の指示でニコレットさんに、”愚者の石”という物の調合をお願いした。
これで技術の程が分かるらしい。
色々な器具を動かし、材料を加工し、混合し、魔力を直接手のひらから流し込み、と表層的なことは分かるけど、何をやっているかはさっぱり分からない。
でも、その手さばきに迷いが無く、真剣な表情で作業する様子は、さっきまでしどろもどろだった彼女とは別人のようだった。

「ふぅ。終わりました」
とニコレットさんが手を止めて言う。
それを見た師匠が。
『うむ。完璧じゃ。これほどの才能の持ち主はゲルルフの記憶の中にもなかなかおらんかったぞ。拾い物じゃな』
そんなにか!
「あの、素晴らしい腕前だと思いました。それじゃ、今日からよろしくお願いしますね」
と言って手を差し出すと。
「は、はい!こちらこそ、お願いします」
とニコレットさんが慌てて握手を交わした。

その後応接室に戻り、守秘義務契約書を<信用のくさび>の魔術を併用してサインしてもらった。
この屋敷には世間に出せないことが山ほどあるので、師匠の指示で用意したものだ。
大丈夫かな、と思っていたけど、錬金術師が依頼を受ける時にはよくあることだそうだ。(普通は製品の秘密を洩らさないために使う)

それと、派遣ではなく直接雇用に切り替える契約も行った。

同時に、この屋敷の住人が増えた。

ニコレットさんは前の師匠の所を飛び出してきたので、住むところが無いらしい。
採用条件にも住み込みであること、となっていたようだ。
僕は気づかなかったけど、アネットさんが準備してくれていた。
助かった。ありがとう、アネットさん!

次の日からニコレットさんには”永遠の血液”の調合をお願いした。
これは未知のレシピだったそうで、目をキラキラと輝かせていた。
それじゃ、お任せしますので、よろしく。
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