上 下
44 / 91
聖女と王妃編

聖女降臨

しおりを挟む
そしていよいよ、聖女のお披露目当日。

「ふぅ。緊張しますね」
アネットさんが深呼吸しながらそうつぶやく。
ダヤン商会でこの日のために用意した、荘厳で神秘的な雰囲気を演出する衣装を身に付けている。
「がんばって、アネットさん」
隣に立つセラフィン君が励ます。
彼は聖女の役として、ハンター用の赤毛魔女の身体と、質素ながらも気品のある衣装で参加している。そして<感覚公開>で、この場に参加できない他の皆に会場の様子を届けてもらうという重要任務の最中でもある。
ちなみに、師匠の猫使鬼とネズミくんの間に霊糸リンクを張ったので、師匠もこの様子を見られるようになっている。

パーティー会場では招待客がガヤガヤと歓談している。
それが主催者の声で静まり返っていく。
いよいよ出番だ。見ているこちらも緊張する。
「それではご紹介いたしましょう。奇跡の聖女、アンジェリーヌ様です!」
主催者の掛け声で会場の扉が開かれる。

◇◆◇◆◇◆◇◆

聖女とおぼしき年若い女性、いや少女が扉の向こうに立っていた。
神殿の聖職者が着るような衣装を身にまとい、すっと立つ姿に誰しもが一目で惹きつけられる。
腰まで伸びた美しい銀髪は、それ自身が光を発するかのように神々しく輝き、衣装を飾る金糸や銀糸を煌めかせ、少女の周囲のみが仄かに明るく照らされているかのようだった。

会場がそれまで以上にシンと静まり返る。誰もが視線を逸らせず、身じろぎしなくなったためだ。
少女はその顔に慈愛の微笑みを浮かべ、視線はやや伏せがちに、しずしずと淑やかに歩みを進め、会場の真ん中に敷かれたカーペットを渡っていく。
会場中の視線がその少女を追っていく。
少し遅れてその後を赤毛の侍女と思しき少女が付き従っている。
やがて舞台下へとその少女がたどり着くと、侍女が階段をエスコートして、舞台へと上がった。

「ご紹介に与りました、アンジェリーヌと申します。皆様、どうぞよろしくお願いします」
少女が淑女然としたお辞儀で挨拶をすると、ようやく会場の客たちもハッと我に帰り盛大な拍手を送った。
まるで再び時間が動き出したかのように、ザワザワと騒めきだす会場では少女の美貌をたたえる声、気品の高さに驚く声が上がっていた。

主催者の声が響く。
「皆様もご存知の通り、伝説に語られる聖女様はその奇跡のお力で多くの人々をお救いになられました。切り落とされた腕も元に戻し、死に瀕した重病人もたちどころに元気になったと記されております。
こちらのアンジェリーヌ様を”聖女”とお呼びするのは、正にその奇跡の御業を神から授けられたお方だからです。
今宵は恐れ多くもその奇跡の御業を、この場で、皆様の目の前で、ご行使いただける幸運を賜りました。
それでは聖女様、よろしくお願いいたします」

主催者が一礼して下がると、舞台袖から担架で患者が運び込まれ、舞台中央の椅子に補助を受けながら座った。
男の左足は膝から先が無く、左腕も二の腕の途中から失われているのが見て取れる。
会場から動揺の騒めきが上がる。
椅子の横に立った聖女が語りだすと、会場はぴたりと静かになった。
「この方はペルピナルの近隣に出現した魔物の討伐に参戦し、その時に大けがを負って手足を失ってしまわれました。彼の活躍により、魔物は見事打倒され、都内に暮らす私たちの平穏な日々が守られたのです。
その勇敢な戦いと人々を救った貢献に、神々が報いぬ道理はありません。神々の奇跡が彼の身に降り注ぐでしょう。
光あれ!」
そう言って少女が両手を揃えて頭上に掲げるとそこにまばゆい太陽のごとく白い光が出現した。
その光は輝く水しぶきとなって、椅子に座る患者へと降り注ぐ。
「どうぞお飲みください」
少女は両手の平に湛えた輝く水を、患者の口へと注いだ。
すると、患者の身体がぼんやりと光輝いたかと思うと、左腕と左足の切断面が見る間に伸びていく。
会場が驚きにどよめく間にも、ぐんぐんと伸びていき、左腕は肘が現れ、次いで手首、そして手の甲、手の指先まで完全に復活を果たした。左足も同様に指先まで元通りになった。

患者は信じられないと言った表情で、自分の手足を眺め動かしていたが、やがてボロボロと涙を流し。
「腕が、足が元に戻った。ああ!聖女様、神様、ありがとうございます!」
そう言って、椅子から崩れ落ち、舞台に膝をついて祈りを捧げ始めた。
少女、いや聖女は元・患者の横に立つと、共に祈りを捧げる。
「神々の奇跡に感謝を」
聖女が良く通る声でそうつぶやくと、会場の客も次々と膝を折り、神々への祈りを捧げた。
「これにて治療は終わりです。数日は安静にし、いつもより多く食べるようにしてください。お大事になさってください」
そう患者に伝えると、患者は助手たちの誘導で舞台袖へ去っていった。

場の空気に圧倒されていた主催者が我に返り。
「皆様、今宵は奇跡の聖女様のご降臨を祝いましょう!」
そう大きな声で宣言すると、会場から割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
聖女は会場に一礼すると、侍女と共に舞台袖へと消えて行った。
その後もしばらく拍手は鳴り止まなかった。

◇◆◇◆◇◆◇

お披露目会場から聖女が戻ってきた。
「ふわぁ~、疲れました」
控室に入ってくるなり、聖女姿のアネットさんは深い息をついて力を抜いた。
「お疲れ様!すごく良かったよ!本物の聖女様が現れたかと思った」
僕は興奮が冷めやらなくて、勢い込んでそう感動を伝えた。
一緒に待ってた面々も口々に絶賛した。
アネットさんがみんなに褒められて、照れたようにはにかんだ。
「演劇の一場面のようだったな。大した演技力じゃ。女優になれるかも知れんな」
と師匠も感心している様子。

「セラフィンの光の演出もよかった。ぐっじょぶ」
とナナさんはセラフィン君の活躍を褒める。
そうなのだ、聖女の髪の輝きや、奇跡の時の光などは全てセラフィン君の<冷光>の魔術だったのだ。
無詠唱で発動し、細かく制御する練習を今日まで幾度となく繰り返した成果だ。

「それよりも、あれだけの人数に<精神干渉>をかけてしまう、そっちの師弟が恐ろしいわ」
とポリーヌさんが僕と師匠に向かってそう言う。
実は、僕と師匠は現場に送り込んだ使鬼を介して、会場全体に<精神干渉>で「威厳があり、畏まった雰囲気」を感じさせていたのだ。
これもまた、聖女の演出に一役買っていたのだろうと思う。

「あの聖女の手のひらから聖水があふれ出す演出が良いですよね。あれなら誰も疑うことは無いと思います」
ニコレットさんが感心したようにつぶやく。
あれは、服の袖に仕込んだ万能回復薬の瓶から、アネットさんが<念動力>を使って薬液を操っていたのだ。
光の演出と合わせれば、光の球が聖水に変化したように見えるというわけだ。

こうして作戦は大成功を収め、会場に来た人々は聖女とその奇跡の御業を疑うことなく信じたのだった。

後日、”魔法研究所を守る会”の会員はそっくりそのまま、”聖女様を護る会”へと加入し、さらに信者、もとい会員を増やすこととなる。

しおりを挟む

処理中です...