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五話 生の終わり(モニカside)
しおりを挟む嬉しいことが二つ。
一つは師匠があと二週間くらいで帰ってくること。もうひとつは、リカルドさんからすごい依頼を任せられたこと。
”水竜の討伐”
九雲山というこの国で一番高い山、そこに面した森のことを九雲の森という。その森に移り住んだ水竜が近くの村を襲い、人的被害が出ているのだという。
「大変そうだけど、リカルドさんが私ならやれるって言ってくれたんだから頑張らないと!」
ふんっと拳を握り、馬車へと乗り込んだ。
ポーチの中には回復薬一本に魔法薬が二本、解毒薬が一本だ。
ポーションの数は計四本、少々どころかかなり心許ないけどお金がないのだから仕方がない。
「水竜が苦手な雷の魔法は得意だからきっと大丈夫。頑張って討伐して師匠に褒めてもらうんだぁ」
想像しただけで顔がにやけてしまう。
そうこうしているうちに森の入り口へと辿り着いた。馬車を降りてゆっくりと森の中へ入っていく。
「……なんか、静かな気がする」
森ってもっと鳥の声がしたり、虫の声が聞こえてくるものなのに妙な静けさだった。
しばらく歩いていると大きな足跡を見つけた。
「あっ! これ水竜の足跡じゃない⁉ ……これを辿って行けば見つけられるかも」
ごくりと生唾を飲んだ。その足跡は一メートル以上あり、その本体はどれほどの大きさだろうと恐ろしくなった。
っ、すー、はぁー。
大きく深呼吸をし、できるだけ音を立てないように歩いていく。
すると小川で水を飲んでいる水竜の姿を発見した。まだこちらには気づいていない。
杖に魔力を回し、目標に向かって雷の塊をぶつけた。
「っ、はぁっ!」
ノックアウト。
打ち付けた雷によって水竜は倒れた。バシャーンと水しぶきがあがる。
「まだ生きてるはず。今のうちにもっと攻撃しないと」
二回、同じものを打ち付けた。
するとぶつけた部分から血を流し、竜は動かなくなった。
「よし。……これで討伐完了かな」
と竜に向かって足を進めようとした瞬間──
ぐっと前のめりに身体が倒れた。
「えっ?」
なんでと下を見ると足には白いものが巻き付いていた。
なに、これ? と思った後、蜘蛛の糸だと気づいた。
「やられた!」
水竜を倒すために樹木の影に隠れていたから蜘蛛もひっそりと息を潜めて糸を張っていたんだ。
急いで小さな火を作り出し、蜘蛛の糸を焼き切る。
これで動ける、と思ったところで樹木の上に移動していた大きな影が眼前に迫る。
「ひっ!」
子供くらいの大きさの蜘蛛が気持ち悪く、本能的な恐怖で地面に転がって避けた。
しかし意外にも俊敏な蜘蛛は同じように地面に落ち、すぐ足元に迫る。
杖が遠くに飛び、なんとか這いつくばりながら進んで手を伸ばす。
チュチュと鳴き声のようなおぞましい声を出し、ゆっくりと私の身体に近づいてくる。
その動きは緩慢で、さっきまで俊敏に動いていたくせにと怒りが芽生える。魔物の中には頭が良いものがいて、そういうやつらはこうして手に入れた獲物をできるだけ残酷に時間をかけて殺すのだ。
恐怖と転がったことによる痛みでうまく動けない。それでも必死に前へと進み、杖への距離を狭めていく。
もごもごと口のような部分を動かした後、蜘蛛は右側の手を一本振り上げた。その先端からは紫の液体が染み出している。
それは毒だと誰が見ても分かるくらい不気味な液体だった。案の定、ぽとりと地面に落ちた部分からはしゅわしゅわとした植物が解ける音が聞こえてくる。
っ、逃げ、なきゃ!
ぐっと勢いをつけて身体を前にスライドさせる。顔に小石が刺さるが気にせず杖を取る。取った後、顔を向ける前に杖を蜘蛛へ突き出し、大きな炎を作り出してぶつけた。離れた木の幹へとぶつかり、動けなくなったところを再度炎をぶつけて消失させる。
は、と息を吐きゆっくりと起き上がろうとする。しかし、
「うっ、い、あ……嘘、まずいかも」
左足の痛みでガクリと身体が傾いた。手を地面に突いて倒れるのを防ぐも目の前の光景から目が離せない。
左足のふくらはぎに5センチほどの傷が出来ていた。そこには蜘蛛の毒である紫色の液体が付着しており、傷口からはドクドクと嫌な拍動を感じる。
急いで解毒剤を飲まなければ。腰に巻いたポーチを探る。
魔法で作られた瓶は割れにくく、衝撃を受けても無事だった。そのことに安心し、解毒剤を探す。
「あ、れ? 入れて置いたはずなのになんで?」
隅々まで探しても小さなポーチの中には3本しかポーションが入っていない。
「……」
まさか、盗られたとかじゃない、よね?
傷口が痛むからか、つい悪い方に考えてしまう。
そんなわけない、きっと入れ忘れたんだと考えて先に回復薬を飲もうと考えた。傷口を魔法で出した水で洗い、小瓶を開けて回復薬を飲んでいく。このくらいの傷だったらすぐに塞がるはずだ。なのに──
「傷が塞がらない? なんで?」
それに味がおかしい。いつもは味の薄いミントのような味がするのに、なんの味もしないのだ。
「水みたいな……劣化品を買っちゃったのかな?」
それにしても少しくらいは効果があるはず。あまり得意ではないけど目に魔力を込めて残った回復薬を見つめる。人によっては細かい原材料や回復量が分かるらしいけど私に分かるのは魔力がこもっているかどうかぐらいだ。
だけど、魔力を感じなかった。ポーションは錬金術師が己の魔力を材料に練りこんで作り上げていくもの。錬金術で作ったものには必ず魔力がこもる。なのに何も感じないということは、これは錬金術師が作ったものではないということだ。
「そんなわけない。いつもと同じ店で買ったんだし。……魔法薬は?」
残りの二本である魔法薬も見ていく。こちらには魔力がこもっていた。
だとすればおかしいのはこの回復薬だけ。
「……ははっ、あは、は……はぁっ」
おかしさに笑ってしまう。解毒薬がなくて回復薬は別のもの。どう考えたって悪意によるものだ。
「もしかしてこの討伐依頼も嫌がらせ? そうだよね。おかしいと思ったんだよね。……一人で竜退治なんてありえない。なんで今になって気づくんだろ」
バカだなと自分で自分に悪態をついた。
でも竜は倒せたんだし、近くの村で解毒薬をもらえばそれで済む話だ。
とりあえず帰ろうと杖を地面に立てて起き上がった。よろめきはするもののなんとか歩けそう。
消し炭にした蜘蛛はともかく貴重な材料にもなる竜の死体はどうしようかなと、小川の方を振り向いたのだが、二つの大きな目がまっすぐに私を見ていることに気づいた。
「……へっ?」
竜は倒し切れていなかったのだ。それに最悪のタイミングで思い出した。水竜は水辺での回復速度が速い。水のある場所での戦闘は確実にとどめを刺す、あるいは水から離れて戦うことが推奨されている。
蜘蛛のせいでとどめを刺し切れていなかったし、水の近くで戦ってしまった。
「や、ば──ガァッ!」
杖に魔力を込めて魔法を使おうとしたのに、それを上回る速さで竜の爪が伸びてきた。正面からもろに爪を受けて服を貫通して肌がえぐれた。見ると血がだらだらと尋常じゃない速さで流れていく。まずい、止血しないと。いや、その前に逃げないと。
今度こそ手放さなかった杖を握りしめ魔力を杖に回す。また雷魔法をぶつけてやるのだ。
「くらえ!」
近づきすぎて避けれないはずだ。そのまま雷が竜へと向かう。しかし、それが竜へと当たる前に霧散した。水の塊を作り出し、私が作った魔法を相殺したのだ。
当てがはずれた私はその間に逃げれば良かったのに反応が遅れた。
大きな腕が再度伸び、今度は払いのけるのではなく私の身体をぎゅっと掴んだ。抱擁なんて可愛らしいものじゃない。赤子が玩具を掴むように力加減など知らぬとばかりに大きな手が身体にめり込む。
「ア──ま、ほ……ああっ⁉」
ゆっくりと腕を持ち上げながら握りこむ力が大きくなる。ぼきぼきと骨が折れる音がする。肘の骨が折れ、反対側に腕が曲がった。その痛みに耐えきれずに杖が手から零れ落ち、地面へ落ちた音が無残にも聞こえてきた。
「あ……あ……、や、だ……嫌っ! お願い助けて……誰でもいいからっ、助けてよっ!」
ぱかりと口を開けた竜の口の中へ身体が運ばれていく。このまま丸かじりするつもりのようだ。
嫌だ。まだ師匠に会えてないのに。あと二週間待てば師匠は帰ってくるのに! いっぱいいっぱい褒めてもらおうと思ってたのに!
なんで? なんで私がこんな目に遭うの?
私なにか悪いことした?
なんで……なんでこんなに、こんな殺されるくらい憎まれないといけないの?
わずかな時間が永遠のように感じた。
色んなことが走馬灯のように蘇る。
──ああ、こんなときくらい良い思い出ばかりを思い出したいのに、どうして思い出すのは師匠とのことじゃなくてこの城に来てからのことばかりなんだろう。
あれが最強の魔法使いビルの弟子? 全然使えないじゃん。
どうしてこんなこともできないんですか? はぁ……ビルはなにを教えていたんでしょう。
回復薬の無駄遣いはやめてください。錬金術師の方が一生懸命作られているんですから。
モニカさん、リカルドさんに迷惑をかけるのはおよしになって? それにいつも貧相な恰好をして、髪くらい整えたらどうですの?
ああ、ああ、アアアッ。やめてやめてっ。思い出を穢さないで!
師匠に出会って嬉しかったの。魔法を教えてもらって、頭を撫でてもらって、師匠の役に立ちたいって頑張ってたの。
でも、もう終わりなんだ。
「リカルドさんも、アリアンヌさんも嫌い。みんな嫌い。嫌い。嫌い。嫌い」
──師匠以外の人間なんて、大っ嫌い!!!
がぶりっ、──グシャッ
ーーーーーーーー
あぐ、あぐ、あぐっ
ごりごり、ごりごり、ごっくん。
ぺろぺろと小川で水を飲むと水竜はねぐらへ去って行った。
あとに残ったのはモニカの杖と、その隣に落ちた片足のみ。毒に侵されていた部分のため水竜は食べなかったのだ。
魔法部隊所属 魔法使いモニカ 没16年
ーーーーーーーーー
──ごめんね、師匠。大好き。
「モニカ?」
ダンジョンを歩いている途中、ビルの耳に弟子の声が聞こえた。
泣きそうな、悲しそうな声だった。
「どうしたんですかビルさん? やっと最奥まで辿り着きそうなんですからもうひと踏ん張りしていきましょう!」
疲れているのだと思い、リカルドの部下は陽気に声をかけた。
だけどそれに返答する声が返ってこない。
「……ビルさん?」
「わるい! 俺先に城に帰るわ!」
いきなり荷物をまとめだし、ビルはダンジョンを出ようとする。
「っちょ、なに言って! あともう少しで終わりなんですよ⁉」
「もう強い魔物も出てこないだろうしあとはお前ひとりでもなんとかなるよ。……悪い、嫌な予感がするんだ。弟子になにかあったのかもしれない。どうしても帰らなきゃ後悔する気がする」
「……はー、分かりました。そこまで言うなら任されます。……モニカちゃんでしたっけ? リカルドさんがいるんでしたら心配ないと思いますけど、気を付けて帰ってくださいね」
「おう!」
……だけど、もうすでに、彼女の命は尽きてしまっていたのだ。
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