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 ======== この物語はあくまでもフィクションです =========
 ============== 主な登場人物 ================
 大文字伝子・・・主人公。翻訳家。DDリーダー。EITOではアンバサダーまたは行動隊長と呼ばれている。。
 大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。EITOのアナザー・インテリジェンスと呼ばれている。
 一ノ瀬(橘)なぎさ一等陸佐・・・ある事件をきっかけにEITOに参加。伝子を「おねえさま」と呼んでいる。皆には「一佐」または副隊長と呼ばれている。EITO副隊長。
 久保田(渡辺)あつこ警視・・・ある事件をきっかけにEITOに参加。伝子を「おねえさま」と呼んでいる。皆には「警視」と呼ばれている。EITO副隊長。

 増田はるか3等海尉・・・海自からのEITO出向。副隊長補佐。
 馬場(金森)和子二尉・・・空自からのEITO出向。副隊長補佐。
 高木(日向)さやか一佐・・・空自からのEITO出向。
 馬越友理奈二曹・・・空自からのEITO出向。
 大町恵津子一曹・・・陸自からのEITO出向。
 田坂ちえみ一曹・・・陸自からのEITO出向。
 浜田なお三曹・・・空自からのEITO出向。
 新町あかり巡査・・・みちるの後輩。丸髷署からの出向。副隊長補佐。
 結城たまき警部・・・警視庁捜査一課からの出向。
 安藤詩三曹・・・海自からのEITO出向。
 稲森花純一曹・・・海自からのEITO出向。
 愛川静音(しずね)・・・ある事件で、伝子に炎の中から救われる。EITOに就職。
 工藤由香・・・元白バイ隊隊長。警視庁からEITO出向の巡査部長。。
 伊知地満子二曹・・空自からのEITO出向。ブーメランが得意。伝子の影武者担当。
 葉月玲奈二曹・・・海自からのEITO出向。
 越後網子二曹・・・陸自からのEITO出向。
 小坂雅巡査・・・元高速エリア署勤務。警視庁から出向。
 飯星満里奈・・・元陸自看護官。EITOに就職。
 財前直巳一曹・・・財前一郎の姪。空自からのEITO出向。
 仁礼らいむ一曹・・・仁礼海将の大姪。海自からのEITO出向。
 下條梅子巡査・・・元高島署勤務。丸髷署からの出向。
 高木貢一曹・・・陸自からのEITO出向。EITOボーイズに参加。

 青山たかし・・・元丸髷署生活安全課警部補。EITOに就職。江南(えなみ)美由紀と結婚した。EITOガーディアンズ(EITOボーイズ)所属。
 馬場力(ちから)3等空佐・・・空自からの出向。EITOガーディアンズ(EITOボーイズ)所属。
 草薙あきら・・・警視庁からのEITO出向の特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。
 渡伸也一曹・・・自衛隊からのEITO出向。GPSほか自衛隊のシステム担当。
 久保田嘉三管理官・・・警視庁管理官。伝子をEITOにスカウトした。EITO前司令官。

 愛宕(白藤)みちる警部補・・・ある事件をきっかけにEITOに参加。伝子を「おねえさま」と呼んでいる。愛宕の妻。EITO副隊長。
 愛宕寛治警部・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。
 斉藤理事官・・・EITO司令官。EITO創設者。
 夏目警視正・・・EITO副司令官。夏目リサーチを経営している。EITO副司令官。
 筒井隆昭・・・伝子の大学時代の同級生。警視庁からEITO出向の警部。伝子の同級生。

 みゆき出版社編集長山村・・・伝子と高遠が原稿を収めている、出版社の編集長。
 物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。喫茶店アテロゴのマスター。高遠、福本、依田には「副部長」と呼ばれている。
 辰巳一郎・・・物部が経営する、喫茶店アテロゴのウエイター。
 一色泰子(たいこ)・・・辰巳の婚約者。喫茶店アテロゴのウエイトレス。
 福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。今は建築デザイン事務所社員。社会人演劇を主宰。

 依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。やすらぎほのかホテル東京支配人。
 山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。今は海自臨時職員。
 南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。元高校の国語教師。今は妻の文子と学習塾を経営している。
 服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。妻のコウと音楽教室を経営している。
 中津健二・・・中津警部の弟で、中津興信所を開いている。

 大文字綾子・・・伝子の母。介護士をしている。
 福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。社会人演劇団を主宰しているが、年2回の公演活動以外は、建築事務所で勤務している。
 辰巳一郎・・・物部が経営する、喫茶店アテロゴのウエイター。
 一色泰子(たいこ)・・・辰巳の婚約者。喫茶店アテロゴのウエイトレス。

 利根川道明・・・元TV欲目の社員コメンテーター。今はフリーのMC。
 瀬名昌昭・・・ミュージシャン。
 鈴木栄太校長・・・「運動会事件」以降、伝子達と関わっている。

 大前英雄管理官・・・EITO大阪支部の管理官。
 河野事務官・・・警視庁からのEITO出向。警察との連携通信担当。
 小柳警視正・・・大阪府警テロ対策室室長。

 芦屋三美・・・芦屋グループ総帥。EITOオーナー。

 青木新一・・・Linenを使いこなす大学生。独特のLinenグループを複数持っている。
 中山ひかる・・・元愛宕警部のお隣さん。伝子達と同じ大学に入学。後輩になった。アナグラムが得意。
 中山千春・・・ひかるの母。宝石店を営んでいる。

 中込新子・・・ウーマン銭湯支配人。
 内藤久女(ないとうひさめ)・・・ウーマン銭湯の客。
 牧場冬吉・・・南部興信所に浮気調査を依頼した、依頼人。
 牧場映子・・・牧場の妻。元女子プロレスラー。
 守谷哲夫・・・SAT隊長。

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【前編】
 ==EITOとは、Emergency Information Against Terrorism Organizationを指す==
 ==エマージェンシーガールズとは、女性だけのEITO本部の精鋭部隊である。==

 1月10日。午後11時。
 伝子の予感が現実化しそうな、メッセージがBase bookの動画で語られた。
 《
 お待たせ、お待たせ。三が日も終ったし、『えべっさん』も終ったし、そろそろ本腰入れないとね、エーアイも、あくびばかりしているだろうし。ちょっと、ヒントあげるわ。これ見て。決行日は2日後でどう?時間と場所は・・・まずは宿題済ませてね。アタイって親切だなあ。持って生まれた性分ってやつね。じゃねえ。
 》
 ヒントは、添付動画の上に書いてある。
 [財産送ろう、明日え。]
 翌日。1月11日。午前9時。EITO東京本部。会議室。
「また、アナグラムかね、大文字君。」と、理事官は伝子に尋ねた。
「謎の言葉の方は、学にも流石に解けないようなので、『チーム・エーアイ』に任せました。
「『チーム・エーアイ』?初耳だが。」と伝子に問いただした理事官に、なぎさが「おねえさま。ひかる君と青木君の知恵を借りるように、おにいさまにおっしゃったのね。」と割り込んだ。
「まあ、そんなところだ。この文章に、『三が日』と『えべっさん』とあるのは、1月1日から1月3日までをひっくるめた言い方の三が日、そして、1月9日から1月11日までを示す、今宮戎神社参りのことです。何故西宮戎じゃないかと言うと、昨日、大阪支部管内の、今宮戎神社で事件があったからです。今宮戎では、毎年、1月10日に、詰まり、『十日戎』と呼ばれる本宮に、『ほうえいかご』と呼ばれる行列、パレードが行われます。仮装行列と言った方がいいかも知れない。今年は総勢500人の行列参加者がいたようです。興味のある方は、大前さんと総子が作った資料の電子ファイルがあるので、参照して欲しい。」
「大前君の報告では、こちらの事件と関わりがあるそうだが・・・。」と、夏目警視正が尋ねると、「はい。実は、昨日の事件というのは、特別参加した、吉本知事のカゴのグループに、賊が襲いました。大前さんとEITOエンジェルが平定、解決しましたが、知事がカゴに乗り込む時に、金属プレートを見付けたそうです。これです。」と、伝子は河野事務官を促した。マルチディスプレイには、3枚の金属プレートが並んでいて、番号がついている。
「1枚目が、山村編集長が利用しているフィットネスで編集長が拾ったもの。2枚目が、道着の死体の側にあったもの。そして、3枚目が、吉本知事が発見したものです。プレート自体には、その印刷以外に加工した形跡はなく、何かが隠されていた訳でもありません。」
「しかし、大文字。文言の[キーワードは8]の謎は解けたんじゃないのか?」「うん。でも、偶然とは考えにくい。大前さんの話では、大阪府警にタレコミの電話が前日の九日にあったらしい。カゴ襲撃のことは言っていなくて、『何かが起こる』だった。誰がタレコミをしたんだろう?筒井警部殿。」と、伝子は、筒井の問いかけに応えた。
「その言い方、止めてくれる?元カノなのに。」「その言い方、止めてくれる?公私混同だろ。」
「まあまあ。おねえさま。タレコミって、普通、内部の人間からの告発なのよね。でも、そうじゃないって顔してるわね。あ、そうか。コンティニューは邪魔者って言ってるグループの仕業か、『ほうえいかご』襲撃は。コンティニューは、その予定を知って、大阪支部に止めさせた?」
「その通りだよ、あつこ。レッドサマーは言ったが、コンティニューが『せっかち』でないことは、もう分かっている。私は、コンティニューには、沢山の『枝』がいて、せっかちは、その枝の幾つかだと思う。コントロールし損なっている。」
「大阪府警から入電です。繋ぎます。」と、スピーカーから河野事務官の声が流れ、マルチディスプレイに大阪府警の小柳警視正が映った。
「理事官。大変なことが分かりました。ほーえーかご事件の賊ですが、全部で10人いるんですが、1人だけ、鞍馬天狗役をした者だけ、年が離れていて、皆初対面ということで納得していたけれど、どうもおかしい。他の者が『お宝をゲットするゲーム』と聞かされていた、と言っているのに、奴は言わなかった。念の為、知事の乗ったカゴを子細に調べさせたら、麻薬グミの材料のかけらが見つかった。指紋採取したら、前田透という、マエのある指紋が出てきました。そこで、鞍馬天狗に尋ねると、落ちました。前田は、リゾート組という反社の下っ端です。そして、鞍馬天狗は、半グレに雇われたチンピラでした。詰まり、府知事が乗る前に、『お宝』を隠し、行列に紛れて受け取る手はずだったようです。昨日の事件はまだ公表していないので、鞍馬天狗に繋ぎを取らせて、取引場所に警察官とEITOエンジェルを派遣しました。結論は、金属プレートは、『お宝』とすり替えられていました。」
 小柳の通信が終った後、伝子は再び推敲を初め、ホワイトボードに簡単な図を書いた。
「金属プレートの文言[キーワードは8]は、この際、無視しよう。コンティニューの仲間割れが根底にあるからややこしくなっている、と考えたらどうだろう。仮に、大阪で反社と半グレの取引の『お宝』を『漁夫の利』で、横取りしたグループをAとすると、コンティニューの主力グループBは、金属プレートを使って、揺さぶりをかけているんじゃないだろうか?こっちの方がメインだぞ。仕事は、着々とやってのけているぞ、と。」
「それで、通信手段が違っていたんですね。」と入って来た下條が言った。
「下條。大丈夫なのか?リハビリは?」伝子が尋ねると、「月1回の検診をすればいいそうです。」と、下條は応えた。
 あかりは、泣きながら、下條を抱きしめて言った。「お帰り、下條。」
「よし、今回の作戦で現役復帰しろ。命令だ。」と、伝子は言った。
 伝子は知っている。警察官も自衛官も『命令』という言葉が『殺し文句』になることを。それは、信頼の証だからだ。だから、ここぞというタイミングで使う。
 この心情は、かつて、なぎさとあつこに教わったことだ。
「隊長。じゃあ、この金属プレートは、グループAの意思表示にも使われていたんですね。」「その通りだ、馬場。『アタイは関係ない』って言うのは本音であり、グループAへのけん制だった。あのゼッケンだって、本来は必要のないものだった筈だ。」
「余裕を見せたかったんですね。」と、今度は青山が言った。
「すると、大阪府警にタレコミをした人物は、グループAの人物ということですか?EITOが関与してくることも、連中を逮捕連行に導くことも計算済みですか?」と、今度は高木が言った。
「冴えてるわねえ、今日の男性陣は。何かいい物食べたのかしら?」と、入って来た芦屋三美が言った。
 午前10時半。
 高遠から連絡が来た。マルチディスプレイの上の高遠は上気している。
「お待たせしました。青木君に指摘されて、初めて気づきました。このままじゃ、アナグラムでも解けない訳です。まず、『ざ い さ ん お く ろ う あ す え』から『ア行』の文字を消します。すると、『ざ さ ん く ろ す』になります。そして、アナグラムで並べ替えると、『さ ざ ん く ろ す』になります。『え』は文章としてはおかしいけど。文字としては、この方が分かり易い。だから、『へ』は使っていない。」
「サザンクロス・・・南十字星か、学。」と伝子が尋ねると、「うん。そこで、ひかる君の登場・・・と言うよりは、お母さん登場か。『サザンクロス』って名前の『婚約指輪』の種類があるそうだよ。」
「つまり、婚約指輪に関係する人が危ないのかしら?」と、増田が言った。
「要人で、誰か婚約する人はいないか?草薙。」と、理事官は言い、草薙は、「はいはい、ただいま。」と応えた。
「女優の原さとみが今日、婚約を発表しました。婚約指輪のお披露目パーティーが1月13日です。」
【中編】
 女優の原さとみが今日、婚約を発表しました。婚約指輪のお披露目パーティーが1月13日です。原さとみは、瀬名昌昭と同じ事務所です。」と、草薙が応えた。
「お披露目パーティー会場は?」「たかの羽プリンシパルホテルです。」
 草薙は伝子の問いに即座に応えた。
「了解。そっちは、ヨーダに頼もう。草薙さん、宝石に関するイベントを調べて下さい。何でもいい。みんな、婚約に関して考えることがあったら、言ってくれ。なぎさ、纏めておいてくれ。ちょっと、電話してくる。」
 そう言って、会議室を出て行った。
 午前11時。訓練場。
 伝子は、依田と、瀬名、利根川に次々と電話をした。
 更に鈴木栄太校長、ウーマン銭湯の中込に電話をした。
 会議室。
 戻ってみると、「おねえさま。『宝石展覧会』か宝石展が狙われるのでは、という意見が出たの。草薙さんに調べて貰ったら、国立科学博物館で『特別展・宝石 地球がうみだすキセキ』というイベントが開催されているのが分かったの。会期は2月19日(土)から6月19日(日)までなんだけど、上野の森美術館が今開催中で1月28日(日)までなの。」と、なぎさは報告した。
「じゃ、国立科学博物館より、上野の森美術館の方が候補だな。宝石店は?」と、伝子は草薙に尋ねると、「結構ありますね。1番大きいのは、中央区日本橋の、ジュエリー末広がりです。」と、草薙は応えた。
「じゃ、1番目のその店を候補にしよう。」
「おねえさま。作戦決行時間は?」とみちるが言った。
「原さとみのパーティー時間に合せよう。今、利根川さんに調べて貰っている。あつことみちるは、展覧会とジュエリー店に『サザンクロス』があるかどうか確認してくれ。2日後とは言え、時間はあるようでない。充分調べてから、取り組もう。」
「大文字。先日の、エイラブ系のテロ組織は割り込んで来ないかな?」と、筒井が尋ねると、「勿論、必要だ。私は、『能登半島地震』につけ込んで、何かやらかすような気がする。割り込んでやらかせば、皆ダークレインボーの仕業と思う。絶好のタイミングだ。増田。踏み込んだ時、既に殺されていたんだな、コンティニューの部下は。」と、伝子は筒井に応え、増田に確認した。」
「そうです。」「詰まり、コンティニューの部下に、そのエイラブ系のテロ組織のスパイがいることになる。」
「コンティニューは、かなり『かき回されている』な。」と、夏目警視正が言った。
「はい。」と七尾が手を挙げた。
「お。何だ、七尾。言ってみろ。」と、理事官が指名した。
「エイラブ系組織は、どこかへ送金したんですよね。裏金を横取りするんなら。欲目新聞社も危ないのでは?電波オークションで系列テレビ局は無くなっているけど、災害あるごとにアニメを利用して、『土左衛門募金』をしています。」
「よし、よく気がついた、七尾。そっちはSATに依頼しよう。」と、理事官は言った。
 午後3時。伝子のマンション。
「恐いやつばかりねえ。」と、綾子は言った。
 高遠は、締め切りが間近なので、知らん顔して小説を書いていた。
 綾子は、高遠が相手にしてくれないので、洗濯物を取り込んで、畳み始めた。
 午後3時半。
 チャイムが鳴って、綾子が出ると、『知らない人』が立っていた。
「どちら様?」「鈴木と申します。あ。大文字さんのお母さまですね。」
「鈴木先生。あ。お義母さん。鈴木先生は『運動会事件』の時に知り合って、ヨーダや福本の『交通安全教室』の学校を紹介して貰っていたんです。」
 高遠が紹介し終わると、鈴木校長は、タブレットを出し、2人に見せた。
「この少女は?」と、高遠が尋ねると、「内藤久女(ないとうひさめ)。大文字さんが『依頼』して、『ウーマン銭湯』から私に送ってきた写真を見て、びっくり。私が小学校5年生の時に同級生だった子にそっくり。転校生だった子でしたが、私は仲が良かった。その後、また転校していなくなった、と聞いていました。ひょっとしたら、親子かも、と思いながら、教育委員会のネットワークで写真の子を探して貰いましたが、該当者なし。更に、ウーマン銭湯から送って来た資料を見てびっくり。内藤久女の外見年齢は11歳くらい。しかし、骨格の推定年齢は40歳。私と同い年です。ウーマン銭湯には、例のLBGTで揉めない為に細かいデータを一瞬で読み取るスキャナーがあるそうですね。EITO開発のシステムが。この事実だけを見ると、私の知っている、内田菖蒲ちゃんは、名を変え、外見が変わらないまま生きていることになる。でも、ウーマン銭湯に読まれた『お名前カード』のデータは11歳のままだ。」
 午後4時半。
 鈴木が帰った後、高遠は、EITO用のPCを起動した。綾子と鈴木校長には、画面に映らない場所にいるように注意して。
「伝子。今、副部長から泰子さんが誘拐された、と連絡が入った。それと、今夜はカレーライスだ。」
 カレーライスは、鈴木校長からの連絡があった、という、二人だけの『暗号』だ。
「泰子さん?辰巳君の婚約者・・・あ!」「うん。逢坂先輩に確認した。最近、辰巳君に黙って、婚約指輪を買ったらしい。それが、サザンクロスのイミテーションだった、と言っていた。」
「了解した。辰巳君は?」「凄く落ち込んでいる。副部長は臨時休業の看板を出した。愛宕さんに届けは出したが、EITOに探しだして貰うと言って来た。」
「分かった。カレーライスは間に合わないかな?お前は、小説を完成させておけ。」
 通信は、切れた。綾子がせがむので、高遠は、伝子との暗号の意味を話した。
 小説を完成、とは、資料を纏めておけ、という意味で、カレーライスは、鈴木校長からの連絡があった、ということも。
「なんで、そんな、ややこしいことするのよ、婿殿。」と詰問する綾子に、高遠は、「内藤久女が『コンティニュー』だから、ですよ。」と、応えた。
 【後編】
 高遠は綾子に、「内藤久女が『コンティニュー』だから、ですよ。」と、応えた。
 午後7時。渋谷公会堂。
 都内は、交通事故の影響で、大渋滞していた。
 大文字システムのお陰で、オスプレイは簡単に泰子の居場所を特定、大町達エマージェンシーガールズは先回りして待っていた。
「その人をどうする積もりだったのかな?」敵は5人、エマージェンシーガールズは10人。多勢に無勢とは、このことだ。
 大町は、長波ホイッスルを吹いた。長波ホイッスルとは、犬笛に似た笛で、通常の大人の耳には聞こえない笛で、EITO関係の人間が吹くとき、それは作戦終了を意味する。
 大町のインカムに、伝子の声が響いた。「了解した。片付け隊が来たら、直帰しろ。」
 EITOは警察ではない。悪者を抑え込んでも、私人逮捕に過ぎない。連行して取り調べは警察の仕事だ。仮の、指手錠をすることはあっても、手錠捕り縄は出来ない。従って、控えている警官隊に引き渡して任務完了だ。『片付け隊』と通常呼んでいる警官隊が去ると、EITO職員の『お掃除隊』がやって来て、シュータの回収その他を行う。
 1月12日。午前9時。EITO東京本部。会議室。
「いよいよ。明日になった。大町。辰巳君の婚約者の泰子さんは、どんな感じだった?」伝子が尋ねると、「渋谷公会堂には、来月行われるバンドのチケットを買いに行ったそうです。で、我々が来る少し前に、行列に並んでいた数人がナイフを突きつけて来たんです。あのイミテーションの指輪は、数日前に百均で購入したそうです。500円だったけど。数量限定だったし、デザインがいいから欲しかったから買ったと泣いていました。百均に行って確認しましたが、10個限定で、すぐに売り切れたそうです。店長が、『質流れ品』だけど、買ってくれないか?と持ちかけられ、本部に内緒で置いたそうです。」
「幾らで買い取ったんだ。」「100円です。」
「ボロもうけだわ。」と、割り込んで財前が言った。
「防犯カメラは?」「レジ前の防犯カメラに映っています。」
 マルチディスプレイに、久保田管理官が映った。
「その防犯カメラの映像に映っている女を広域捜査にしようとしたら、既に指名手配になっていたよ。名前は牧場映子。南部興信所の幸田所員に大怪我を負わせた、元女子プロレスラーだ。」
「物部の話では、誘拐した、という電話があった。1度きりだった・・・大町。当日の泰子さんの行動は?」「チケットは、時間が決まっていたので、電車を乗り継いで、ゆっくり向かったそうです。誘拐の話はポカンとして聞いていました。」
「管理官。理事官。我々は、敵の敷いたレールの上を走らされたようです。渡さん、泰子さんの移動は、ゆっくりだったと言っていましたね。」
 スピーカーから渡の声がした。「ええ。いつも誘拐とペースが違うな、とは思っていました。誘拐じゃなかったんですね。」
「つまり、予約チケットを買いに行くことを把握していた。ずっと監視されていたんだ、泰子さんは。」と、伝子は呟いた。
「隊長。」と、大空が手を挙げた。「何だ、大空。」
「イミテーションの指輪ですが、残りの9人は大丈夫なんでしょうか?泰子さんだけが狙われたんでしょうか?」
「詰まり、こういうことか。我々は身内同然だから、彼女がターゲットと考えがちだが、イミテーションの指輪に釣られた客が、後をつけられ、狙われた、と。」
「店長に確認させよう。」と久保田管理官は言った。
 翌日。1月13日。欲目新聞社本社。会議室。
 廊下で悲鳴があったかと思うと、3人の男達が入ってきた。
「どなたかな?エイラブ系テロリストさんかな?」後ろを向いた、守谷が言った。
「貴様こそ、誰だ!この会社の会長じゃないな。」「その通り。コンティニューの配下でもない。会長には、避難して貰ったよ。」
 SAT隊員である、守谷の部下達が、姿を現わした。男達の一人が拳銃を撃ったが、ねじ伏せられ、弾は壁に当たった。
 SAT隊員達が、男達を抱え込むと、守谷は男達の口に薬を飲ませ、水筒の水を飲ませた。「今、死んで貰っちゃ困るんでね。」と、守谷はウインクした。
 午後1時。ジュエリー末広がり本店。
 男5人が、押し入った。店員は拳銃を構えた。
「君たちより数が多いよ。拳銃とバッグを床に置いて、手を挙げてね。」と中津警部は言った。
「もっとも、宝石は全て偽物だけどね。」
 午後1時。上野の森美術館。
 伝子達が待っていると、1人の学生が入って来た。
「君、何か探している?」エマージェンシーガールズ姿の伝子を見て、学生は言った。
「これを、エマージェンシーガールズに渡してくれって、頼まれたんだ。はい、これ。サイン貰える?」「受領書は?」学生は、言葉を失った。
 学生が差し出したのは、『上野恩賜公園に来い』という書き置きと、金属プレートだった。
 午後1時半。上野恩賜公園。噴水近く。
 タンクローリーが駐車している。何故か9人の女性が縛られている。
「待たせたな。」「遅いぞ、大文字。」と言った女はバイクに乗っていた。
「歳食うと、化粧に時間がかかるんだよ、牧場映子。」「何?」
「その体格、バレバレだな。『結果にフルコミット』しなかったか。何でダークレインボーに入った?洗脳か?」
「宗教2世・・・みたいなもんかな。皆、手加減するな!!」
 戦闘が始まった。男達は腹にダイナマイトを括り付けている。
 午後1時。たかの羽プリンシパルホテル。世界の大広間。
 原さとみと一般男性の婚約披露パーティーが始まり、記者会見が行われている。
 フラッシュがパチパチたかれている。
 MCの利根川が、さとみを呼び込むと、縛られたさとみが舞台に上がった。
 そして、客席エリアに黒覆面の一団が現れた。
「た、助けて。」彼女の声に、利根川は、「勿論です、ここでエマージェンシーガールズの登場です。」
 どこからともなく、エマージェンシーガールズが登場した。依田の勤める、やすらぎほのかホテルから依頼して、大広間は、仕掛けだらけだった。
 ホテルマンに扮した(普段からホテルマンだが)依田は、山城、服部、南原と共に、招待客やマスコミの避難誘導を始めた。
「表で勝負という訳にはいかないな。皆ペッパーガンと水流ガンだ。」と、インカムで、なぎさは、指示を出した。
 ペッパーガンとは、胡椒などの調味料を原料にした弾を放出する銃で、水流ガンとは、撃つとグミ状に変化する水を放出する銃だ。敵の攻撃力を、ある程度抑止出来る。
 午後2時半。上野恩賜公園。
 ゴルフカートで、一人の男が到着した。肘や頭に包帯を巻いている。
 男が降りると、ホバーバイクが近寄ってきて、EITOガーディアンズ姿の筒井が拳銃を男の頭に突きつけた。
 ホバーバイクとは、民間が開発した『宙に浮くバイク』で、EITOが採用、改造し、運搬や攻撃に使っている。
「EITOは銃火器を使わないんじゃないのか?」「エマージェンシーガールズのことだろう?俺は、おんなじゃないし。」
 男は、ぎょっとした。「牧場冬吉、だな。本名は、まだ名刺貰ってないから、分からないが。コンティニューの『枝』か。」
 そこへ、シニアカーで女が登場した。女は黒頭巾を被っていた。拳銃を筒井に向けた。
「どうする積もりだ。」筒井に銃を向けた女は、少女のような見た目と違い、しわがれた声だった。
「お前が内藤久女か。役者が揃ったな。」と、筒井は言った。
 午後2時半。たかの羽プリンシパルホテル。世界の大広間。
 なぎさは、長波ホイッスルを吹いた。
 利根川と、原さとみと婚約者がやって来た。
「ありがとう、エマージェンシーガール。私と私のサザンクロスを守ってくれて。」と、原は言った。
 間もなく、警官隊(片付け隊)が到着した。
 依田が近づいて、言った。「一佐。やはり向こうが本命だったらしい。」
 なぎさは、頷き、「後は頼むわ、依田さん。」と言い、インカムで皆に「皆、ポイントBに向かう。ロバート。準備を。」
 午後3時半。上野恩賜公園。
 タンクローリーの近くでは、あつこ達のチームが、囚われ人達を救助するため、一団と闘っていた。
 伝子達は、公演の反対側で、敵の一団と闘っている。
 EITOガーディアンズ姿の馬場、高木、青山は懸命にメダルガトリング砲でホバーバイク上から、一団の武器を狙い、抑制していた。しかし、後から後から援軍が到着する。伝子の、金森のブーメランが跳び、あかり、小坂のシュータが飛ぶ。シュータとは、うろこ形の手裏剣で、先端に痺れ薬が塗ってある。
 江南と工藤が、白バイ隊と共にバイクでやって来た。集団で団子状態だった一団は、拡散させられた。タンクローリーを見張っていた映子が、バイクを走らせ、バイク隊に応戦した。
 オスプレイが飛来し、噴水の向こう側に着陸した。
 電動キックボードで移動した、なぎさ達が加勢に入る。みちるは、三節棍を使い始め、伝子は五節棍を使い始めた。
 あつこは、マイクロバスでやって来た久保田警部補に、解錠し開放した女性達を託し、乱闘状態の中に突っ込んで行った。
 総計2000人以上参加した、コンティニューの集団は、皆、青空を地面から見ていた。
 映子は、バイクから投げ出され、白バイ隊の隊長田尾が手錠をかけた。
 乾いた拍手が起こった。
「だから、勝てない、って言っただろう、映子。親の言いつけは守るもんだよ。大文字、一ノ瀬、こっちに来い。」シニアカーの女は言った。
 伝子はとなぎさは、近づいた。女は黒頭巾を脱いだ。
 コンティニューこと、内藤久女だった。そして、笑った後、久女は言った。
「EITO、エマージェンシーガールズのエマージェンシーガールズ2号、橘なぎさ副隊長、いや、一ノ瀬なぎさ。よくここまで来られたな、褒めてやる。覚えているか、ウーマン銭湯の出逢いを。私にこっそり撮った写真で探しても、内藤久女なんて小学生はいなかっただろう。理由は2つ。私は小学生の時の記録は抹消された、そして私は40歳だ。お前が違和感を覚えても当然だ。11歳にしては筋肉が付き過ぎていた。スポーツの筋肉の付き方とも違う。私は、成長を止められていた。小児麻痺を人工的に発症させる薬でな。『若返りのアニメ』があったが、40歳から11歳になったんじゃない。11歳の翌年も11歳、更に翌年も・・・そんな薬だ。アニメの登場人物はフィクションだから、話の都合上年を取らない。実際に年を取らないというのは残酷だぜ。」
「組織にやられたのか。サンドシンドロームのように。」横から伝子が尋ねた。
「小学校の時、両親と激しい喧嘩をした。家出した。悪い奴に捕まった。よくあるパターンさ。悪い奴は、私の捨てた筈の日記を読んでこう言った。『お父さんもお母さんも要らない、いなくなればいい。』望みは叶えられた。両親は死んだ。葬式の日、悪い奴は私を迎えに来た。『警察に捕まりたく無ければ一緒に来い』と言った。私は知らないおじさんについて行った。おじさんは、『万一警察に捕まっても、大人で無ければ刑務所にも行かないし、死刑にもならない。』そう言って渡されたのが、『大人にならない薬』だった。以来、学校にも行けなかったし、行かなかった。教育はおじさんが全て行った。性教育もね。おじさんは『大人になっても幼児性虐待』をすることが可能になった。長い間の年月で私は賢くなった。私は両親を殺してはいなかった。逃げることも可能だった。一種のストックホルム症候群だった。おじさんは、私を組織の幹部として育てた。自分を精神的に『殺す』技も身につけた。ある時、おじさんの日記を見付けた。おじさんは、マニュアル通りに行動していた。私を学校に行かなくともいい教育をしたのは罪滅ぼしだった。救い様の無い義理の親子だった。おじさんが死んだ時、組織に従いながら、復讐することを考えた。ダークウインドウじゃない輩を排除したろう?あれは、単に気まぐれじゃ無い。邪魔者は容赦しない。どこかで聞かなかったか?大文字。」
「折句か。あれは、お前の心の声だったか。ひょっとしたら、レッドサマーが、『知らないおじさん』か。」
「この薬は、自分で飲まなければ、効果は発揮出来ない。つまり、時限装置をセットした。私の『電池』が切れる日を。今日は、本当の両親の命日だ。なぎさ。義理とは言え、お前の舅姑は、本当の両親と同じだ。大事にしろ。大文字や姉妹もな。私は、色んな葉っぱ達の断片から情報を整理し組み立てた。だが、残すこともしないし、あの世に持って行くこともしない。情報の取捨選択の権利は私にある。情報と言えば、墓荒し事件があっただろう?」
「お寺の管理していない墓地か。何を盗んだの分からないから、建造物侵入罪にしかならなかったが。」と、伝子は言った。
「その隙に、両親の命日を確認したんだ。菩提寺は何となく覚えていたが、死んだ日は覚えていなかったから。」その言葉に、なぎさは、「墓碑を読みに行ったのか、ひさめ。」と、言った。
「ひさめ?年上だぞ、おねえちゃん。お前なら許す。最後に、次の『幹』の名前位は教えておいてやる。通信を通じて聞いているEITOもよく聞け。『ナチュラル・デプス』だ。性別が男という以外情報はない。年齢は不明だ。私が集めた細かい情報は闇に捨てた。デプスには、引き継がない。なぎさ、大文字。組織と最後まで闘って倒せ!!それだけが私の願いだ。お前達なら出来るはずだ。もう・・・・・・・・・電池が・・・。」
 それだけ言うと、コンティニューこと、内藤久女は、事切れた。
「ひさめーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
 なぎさの悲痛な叫びは、四方八方に散った。
 ゴルフカートの男は語り始めた。
「ダークレインボーは、残酷なことをする組織だ。人間をモルモットにすることを何とも思っていない。映子の父親は・・・分からない。だが、母親は久女だ。久女の義理の父親はレッドサマー。俺の父親はレッドサマー。つまり、久女の義理の弟だ。南部興信所の幸田所員に一緒に踏み込ませたのは『浮気現場を取り押さえる』為じゃなかった。組織に忠実な部下の映子の暴走を止める為だ。金属プレートを山村編集長に拾わせたのも、川の近くに置いたのも、府知事のカゴに置いたのも、映子が『果たし状』を渡した学生を追いかけ、美術館に届けさせたのも俺だ。金属プレートのことは、後でまた考えればいい。ああ。美容室で逮捕された女は『替え玉』だ。それと、中津健二、いや、高崎所員に謝っていたと伝えてくれ。3度も尾行をまいたからな。大文字。これを。」
 牧場は、懐に持っていたICレコーダーを止め、伝子に渡した。そして、息絶えた。
 いつの間にか、毒を飲んでいたのだ。
 伝子は長波ホイッスルを吹いた。
「辛いな。」筒井は、一言そう言うと、去って行った。
「あつこ。なぎさっちをお願い。おねえさまは、私が送って帰る。」
「了解。依田君達には、私から伝えておく。」あつこは、短く応えた。
 午後5時。夕闇が迫っていた。
 人々の影法師は長くは無かった。
 ―完―



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