誰かの幸いの向こう側

ゆりすみれ

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#3 灯り

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 ……どこだ? ここ。

 土地勘がないので、右に曲がり左に曲がりと本当に適当に歩いていたら、駅からだいぶ離れてしまったようだった。いつの間にか、閑静な住宅街の中に入っている。からだは適度に酔ってはいるが、しばらく夜風に当たったおかげで頭の中は妙に冴えていた。感傷的になって、星彦のことばかり頭に思い浮かべていたせいかもしれない。

 そろそろ真面目に駅に向かうかと思い、マップを確認しようとジャケットの内ポケットの中のスマホに手を伸ばしながら歩いていると、進行方向の先の高いところに、煌々とした灯りがぽつんと一つあるのが見えた。

 暗がりの住宅街で一際目立つその光に吸い寄せられるように近づくと、そこは小さな児童公園だった。フェンスで囲まれたその空間はあまり広くはなさそうだったが、木々や植え込みがきちんと手入れされている感じがして清潔感がある。こんな時間は無人で寂しいが、日中はきっとこの住宅街に住む子供たちで賑わっているのだろう。

 ちょっと休憩するか。荷物、重いし。酔いももう少しさましたい。……ベンチくらいあるだろ。

 俺はそのまま、公園の中に入った。ぼんやりと空を仰ぐと、先ほど歩きながら見つけたまばゆい光が、公園の中心に立つ大きな電灯の灯りだったということに気づく。ポールの先端についている灯りは異様に明るく、最近新しく設置されたものなのかもしれないと、どうでもいいことに考えを巡らせた。星彦のことを考えていない時間は、少しほっとする。

 そうして視線を、夜空を背負う電灯から、正面に変えたとき。

「──っ!」

 驚いて、思わず声を上げそうになった。視線のまっすぐ先に、人がいる。

 あまりにも明るい電灯の先端に気を取られていたせいで、公園に人がいるのに気づくのが遅れた。誰もいないと思い込んでいたせいで、まるで幽霊にでも遭遇したような、びくっとした恐怖が背を掠める。

 動揺した視線の先では、スーツを着た成人男性が、ブランコに乗って微かにからだを揺らしていた。歳は、俺より少し若いくらいだろうか。男はうつむいているので、少し距離のある場所で立つ俺の存在にはまだ気づいていないようだ。

 ……あれ? こいつ……。

 ジャケットから覗くネクタイが、白い。揺らしているブランコのすぐ横の地面には、今俺が手にしているものと同じ、引き出物の入ったマチの広い袋が置かれている。

 こいつ、同じ結婚式に出席していたやつか。俺と同じように式と披露宴に出席し、そのまま二次会にも参加したのだろうと推測する。二次会まで出席している同世代の男ということは、おそらく新郎側の招待客。星彦の関係者か。

 ……あぁ、こいつ……。

 目を凝らしてよく見ると、男に見覚えがあった。披露宴で同じテーブルにいたやつだ。こっちも同僚と一緒だったし、向こうも知人だか友人だかと一緒だったから、特に親しくすることもなくただ同じテーブルについていただけだったが、テーブル内で軽く自己紹介をしたときに、確か星彦と同じ大学だと言っていた。

 こんなところでブランコなんて漕いで、何やってんだ……? 酔ってるのか?

 俺はその場に立ち尽くしたまま、怪訝なまなざしを男に向けた。正面から、男の様子をじっと観察する。うつむいているこの男が、いつ俺の存在に気づくのか、少し試したいような気持ちにもなった。

 しばらく見ていると、男はブランコを揺らすのをやめ、地面に置いていた引き出物の袋から、大きめの箱をひとつ取り出してひざの上にのせた。そのままためらいなく豪快に箱を開け、中に入っているものを取り出している。

 丸くて、分厚い、黄色の。あれは多分、──バウムクーヘン。

 透明のパウチに入っているバウムクーヘンを、ひざにのせている箱の上に置き、男はじっとそれを見つめていた。離れたところから見ても、どこか思い詰めている様子なのがよくわかる。

 やがて男はバウムクーヘンを手に取り、顔の前に持ってきた。バウムクーヘンの穴から反対側を覗こうとしているような突飛な行動に虚をつかれ、俺は無意識に身構える。穴の向こう側を見るために、うつむいてばかりだった男が、初めてしっかりと顔を上げた。

 あ、見つかる──。

 そう思った瞬間、男が乗っているブランコがガチャンッと大きく揺れた。突然視界に入ったであろう俺の存在に驚き、ひどく取り乱した様子の男は、ブランコのチェーンをガチャガチャと暴れさせながら、まずは穴を覗き込んでいたバウムクーヘンを元のひざの上に慌てて戻している。

 向こうも俺を凝視してきた。俺も引き続き、男を観察する。すると男は、あぁ! と何かに気づいたような素振りをして、俺におずおずと会釈してくれた。披露宴でテーブルが一緒だったことを思い出してくれたのだろうか。俺もその場で立ったまま、どうも、と軽く会釈を返す。

 見つかった。ここで声を掛けずに去るのも不自然かと思い、俺はゆっくりとブランコに向かって歩き出す。せっかく同じ引き出物を持ち帰る者として認識されたのだ、引き出物意外と重いですよね、一体何が入ってるんですかね、くらいの話題は共有したい。

「さっきはどうも。……こんなところでどうしたんですか? 二次会で飲み過ぎました?」

 ブランコにたどり着き、俺は男の正面に立った。不安定そうではあるが、泥酔している感じはない。酔って不思議な行動をしているわけではないのか。

「大丈夫ですか? 帰れます?」

 介抱……とまではいかないが、なんとなく一人にしておくのは危なっかしい気がして、お節介を承知でそう尋ねてみる。

「あ、え、っと……」

 男はブランコに座ったまま、ひどく決まりが悪そうな様子で、勝手に近づいてきた俺をおそるおそる見上げた。

 上目遣いの戸惑う瞳が、俺をまっすぐに捉える。

 ──っ!?

 灯りがまぶしかったから、夜なのに、君の顔がよく見えた──。

「……もしかして、泣いてた?」

 俺を見上げた目は、赤く腫れていた。くりっとした瞳のふちも、残った涙でわずかに濡れている。

「……っ!? ……や、あの……、これは、ちがくて……」

 俺に指摘され、男はびくっと肩を揺らした。慌てて目のあたりをごしごしと、ジャケットの袖で乱暴に拭う。

「ちがう、ん、です……」

 なんとか誤魔化そうと必死だったが、こんなに動揺しては肯定しているも同然だ。

 男は、泣いていた。誰かの幸いを願うはずの、結婚式の帰り道で。

「……」

 それでももう、それ以上の否定の言葉はうまく言えないのか、男はそのまま力なくうつむいてしまった。

「ごめん、無神経なこと訊いたね」

 男につられ、俺も力なく苦笑した。今日初めて会った人に、さすがに無礼だったかと反省する。

「あの、隣、座ってもいいですか? ちょっとだけ」

「え……っ」

 予想もしていなかったであろう俺の言葉に、男が驚いてぱっと顔を上げた。きょとんと俺を見つめる君の目は、やっぱり赤い。

「だって君、全然大丈夫じゃなさそうだし」

「……それ、は、……っ」

「何かあったんですよね? ほら、人に話すことで、心の中のもやもや整理できることもありますよ」

 そう言いながら俺は、否応の返事を聞く前に、男の隣のブランコに図々しく座った。引き出物の重たい袋を、男にならって、ドサッと地面に置く。

 酔っておかしな行動をしているのは、俺の方だな。でもまぁ、それでいい。

「終電まで、お話しませんか?」

 俺は男の方に顔を向け、ふっと表情を緩めた。今日は朝から無駄に緊張していたせいで、取り繕いの表情筋はすっかりくたびれている。この時間になって、ようやく少しだけ、心から笑えた気がした。

「……えぇっ……!?」

 男ももうしっかりと顔を上げて、俺をじぃっと見ていた。なんで……? と最大級に戸惑う顔を隠さないのがなんだか滑稽で、俺はまたくすっと笑う。

「俺が今、そうしたい気分なので」

 もしかしたら、こいつは。

 俺と同じ痛みを、知っているかもしれない。
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