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ゆりすみれ

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31【亜楼+冬夜Diary】助言

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 その午後、こんなに想われて幸せな男はというと、夢中で椅子を作っていた。先日暇つぶしにデザインを起こした、ここ最近の中でも特にお気に入りの自信作だ。うまく作りたい。

 中庭で一心不乱に木材を調整している様子ははたから見たら不気味に違いないと、亜楼は黙々と作業だけに没頭する自分に呆れてしまった。これではまるで、何かの邪念を振り払いたいかのようじゃないか。隙を見せると流れ込んでくる海斗の想いに、気づかないようにするための。揺らいでいる自分を、認めてしまわないための。

 そのとき玄関から、ただいまーという軽やかな声が聞こえてきた。末弟が帰宅したようだ。冬夜はリビングのガラス戸を少し開けて中庭をのぞき込むと、

「また今日も派手にやってるね」

 と、木屑まみれで木材と格闘している長兄を見て苦笑する。一度始めるととことん集中してしまう何気に凝り性な兄を、冬夜はそのまま微笑ましく眺めた。何故か亜楼の顔を見てほっとする。疲れた……と、純一には申し訳ないと感じながらも、冬夜は率直にそう思ってしまっていた。

「おぅ冬夜か、おかえり。……あ、デート、どうだったんだよ」

 亜楼は集中していた木材からちらっと顔を上げて、帰宅早々さっそく冬夜に訊いてしまった。なんだかんだで猫かわいがりしている末弟のことが気掛かりで仕方ない長兄である。

「どうって……うーん、普通? ……なんか、保護者? ついてきてたし」

 変装がんばってたみたいだけど、服がいつもと一緒なんだよな……。僕はいつも眞空ばっか見てるから、そんなのすぐにわかっちゃうんだよ? ま、そういう詰めの甘いところが、眞空らしいんだけどね。

 あんなに関与しないと言っていたのに結局気にしてついてきてくれたのはうれしいが、案の定眞空は影から見守っているだけだった。ドラマチックに邪魔してくれればよかったのに……とそんなことをする兄ではないとわかってはいるものの、冬夜はやはりがっかりせずにはいられない。

「ん? 保護者?」

 なんだそれと首をかしげる亜楼に、なんでもないよと冬夜はにっこりと笑んで誤魔化した。

「で、結局コクられたのかよ」

「それは寸前で言わせなかった。かわしてきたよ。言われちゃったら、返事しなくちゃいけなくなるでしょ」

 同じ部内だし、なるべく面倒事は避けたいと冬夜はあっさりとしている。

「かわしてきたって、おまえ……」

 そんなこと慣れているとでも言いたげな冬夜に、亜楼は末恐ろしさを感じてぞっとした。モテる男は違うなと、苦笑混じりに呆れる。

「僕、好きな人、いるからさ……」

 ふとまつげを下に向けて、冬夜がぽつりとこぼした。お人好しで少し気弱な料理上手の三男を思い浮かべ、少しくすぐったい気持ちにもなる。

「だったらなんで、好きでもないやつとわざわざデートなんか……」

「そうなんだけどさ……きっと、わざと悪いことしでかして、その人の気を引きたいんだろうね。僕多分そういうとこ、すごく子供っぽいんだ。そういうのって、甘え下手な子供の手口でしょ?」

「そういう、もんなのか……?」

 いまいちピンと来ない亜楼が、冬夜を不思議そうに見つめる。

「末っ子だからかな? みんなが寄ってたかって僕を甘やかして育てるから、自分から上手に甘える方法ってよくわかんないんだよ」

 だから歪んだ愛情表現になっちゃうのかもと、家族を軽く責めるように冬夜が笑うと、

「違いねぇ。……確かにおまえにだけはみんな激甘で、冬夜が自分から甘える機会なんて最初っからなかったかもな」

 と、亜楼は今も直ってはいない家族全体の過保護ぶりを弱々しく反省した。海斗みたいに手を上げてけんかでわからせるなんて絶対にできなかったし、そもそもそんな機会に遭遇したことは一度もない。何をするにも天使なんだよな冬夜は……と、四男の愛くるしさに罪を転嫁てんかさせておいた。

「僕だけを見てほしくて、妬いてほしくて、……でも結局全部僕の空回りで、ムダにあの人を困らせるだけ。あーぁ、何やってんだろ、僕……」

 結局純一さんを裏切って、眞空を困らせて、僕もすっきりしなくて、誰ひとり幸せじゃないじゃん、こんなの。

 ただ後悔だけが残る後味の悪さに、冬夜は自分の軽率な行動を恥じた。こんなことをくり返して、本当に愛想を尽かされてしまったら意味がない。願いはいつもひとつで、もう二度と、眞空と離れたくないだけなのに。

「モテるおまえは、黙ってても相手が寄ってくんのかもしんねぇけど……心に決めたやつがちゃんといるなら、自分からガンガン攻めてもいいんじゃねぇの?」

 柄にもなく兄らしい物言いをしてしまった気恥ずかしさからか、亜楼は再び目の前の木材に視線を預けた。丁寧にやすりをかけながら、ガンガン攻めてくるバカな次男を思い出す。ま、攻めすぎなのもどうかと思うが……。

「待ってるだけじゃ、はじまるはずのモンもはじまんねぇだろ」

 はじまるはずのモン、か……と冬夜はしばらく亜楼の言葉を噛みしめた。

 そっか、はじまるはずなんだ、僕と眞空は。だって、気持ちはとっくにつながっている。

「そっか……そうだよね、待ってるだけじゃ、ダメなんだよね」

 亜楼にはっきりと口に出してもらったことで、冬夜に清々しいあきらめが舞い降りる。ずっと、眞空の覚悟を待って、眞空から言ってくれるのを理想としていたが、とことんオクテな兄にはもう自分から攻めるしかないと心を決める。今日の一件で、よく学べたように思う。

 僕、眞空、だいすき。かつてひばり園で眞空に残した言葉を、仕方がないからもう一度言ってやろうか。眞空はすっかり忘れてるみたいだし。

「あーぁ! なんか僕、吹っ切れたかも? 亜楼のおかげだよ、ありがとう」

「ん? そ、そうか……? うまくいったら、ちゃんと報告しろよ」

 ぶっきらぼうに、亜楼が小さく言い放つ。なんだかんだで猫かわいがりしている末弟が、他の人のものになるのは少し淋しい気がする長兄である。

「うん、報告する。……大丈夫だよ、僕、幸せになる自信あるから」

 ふと信じられないくらいに大人びた目を見せた美しい弟に、亜楼は天使かと思ってうかつにも見惚れてしまった。手にしていた木片が、ぽろりと滑り落ちる。

 眞空、大丈夫だよ。僕がきっと、この恋をはじめてみせるから。
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