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36【眞空+冬夜Diary】上書き
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それはまさに旋風のように起こった突発的できごとで、あとから丁寧に思い返そうとしてもあまりよく覚えていないのが眞空の本当のところだった。ただ夢中で、腕の中のいとしい人に集中した。いとしい人も、まっすぐ自分に集中していた。こんな簡単なことだったのかと、二人で呆れた。
気の早い生徒が夏休みまでの陽気なカウントダウンを始める頃の、冬夜が冬夜らしくない荒々しい勢いで堂園家に駆け込んできた遅めの夕方のことだ。時刻は夜に近づいていたが、夏の空はまだずいぶんと明るい。
家を破壊するのではないかと思えるほどの騒音を立てて帰宅した冬夜は、靴もかばんも玄関に放り投げて、そのまま一直線にバスルームへと走っていった。学校の図書室に寄っていた眞空はその少し前に帰宅したばかりで、制服のまま呑気にキッチンで麦茶を立ち飲みしていたのだが、ものすごい速さでリビングを突っ切っていく冬夜を目にして、何事かと慌てて弟のあとを追う。
眞空がバスルームをのぞくと、冬夜が制服のまま頭からシャワーをかぶっていた。蛇口を全開にしているのか、こちらに跳ね返る飛沫さえ痛い。
「冬夜!? どうしたの!? 何してんだよ!?」
兄は慌てて中に入り水を止めようとするが、弟が蛇口を握りしめていて止めさせてくれない。普段聞き分けのいい冬夜が珍しく暴れていて、眞空はその見慣れない光景に思わず尻込みしてしまう。それでもとても正気の沙汰とは思えない冬夜を救い出してやらなければと、いつもは海斗に対して行うような少し手荒な手つきで冬夜につかみかかった。
「ちょっと冬夜! ここから手離して! シャワー止めるから! 一体どうしたんだよ、なんでこんなこと!」
狭い箱の中で、眞空と冬夜はもみくちゃになっていた。二人とも頭からたっぷりと水をかぶり、豪雨にあったようにびしょ濡れになっている。冬夜はただ首を大きく横に振り、必死に嫌々をしていた。こんなに駄々っ子の冬夜はもちろん見たことがなかったし、こんな風にからだとからだをぶつけ合って争ったことも、今までの家族の歴史に刻まれたことはなかった。只事ではない何かが冬夜の身に降りかかったのだと、眞空は冷たい水を浴びながら冬夜の両肩に手を置いて激しく揺さぶった。
「冬夜、ねぇ、どうしたの? 何があったの……」
濡れた髪が張りついていて、冬夜の顔がよく見えなかった。うつむいて、シャワーの音にかき消されそうな不安定な声で、冬夜が何かを伝える。
「……キス、された……」
「!? ……じゅん……い、ち……!?」
眞空がいちばん口に出したくなかった名をなぞると、冬夜はそのまま小さくうなずいた。眞空は絶句し、からだを強く打ち続けてくる非情なシャワーにしばらく身を預けてしまう。
「純一さんのことは好きだけど……キスをする相手じゃない。僕、びっくりして、とにかく消さなきゃ……なかったことにしなくちゃって思って……」
懸命に教える冬夜の口元が、震える。
「強いシャワーに当たったら、少しは洗い流してくれるんじゃないかって……ごめんね眞空、驚かせてごめんね」
「冬夜……」
そう名を呼ぶのが精一杯な眞空が、戦慄き始めた自身のからだを維持するのに必死になっていると、突然冬夜が勢いよく顔を上げて眞空の瞳を熱く見つめた。せつなげに、追い詰められて、訴える。
「眞空、キスして……」
「っ!?」
びくんとからだを大きく震わせ、眞空が驚いた。自分を強く見つめる冬夜から、わずかにも目が逸らせない。
「眞空ので、消させて」
水音が響く。うるさくて、なのに冬夜の口の動きだけで、その言葉が切り取られたようにくっきりと浮かび上がる。
「……おれなら、いいの……?」
「して……」
「おれは……冬夜の、キスをする相手な、の……?」
おそるおそる口唇を震わせながら訊く兄に、弟はコクリとうなずいた。
純一はダメで、おれはいいということの意味。冬夜が選んだ、キスをする相手。つまりはそういうこと。
「で、でもおれ、おまえの兄貴だよ!?」
「わかってる! ……僕だって、眞空の弟だよっ……!」
眞空はたまらなくなって、まぶたを伏せるのも忘れて、冬夜に口唇を押しつけた。はじめは、口唇が触れ合うだけの。徐々に馴染んでいくと、ちゃんとまつげを下ろし、貪るように激しく冬夜の口唇を食んだ。何度も何度も。薄く開いた隙間から荒く舌を滑り込ませ、冬夜のあまいそれと複雑に絡ませる。唾液が端から垂れるのも気にならない。垂れたそばからシャワーが全部拭ってくれる。首の角度を何度も何度も変え、冬夜のすべてを吸い尽くそうと夢中になる。冬夜もそれに応えるように、眞空の動きに合わせて熱い吐息を惜しげもなくこぼす。
髪も制服も、疾うにびしょびしょになっている。それでもシャワーを止める時間すら惜しいほどに、口唇を離す一瞬さえもどかしいほどに、二人は互いの口唇を求め合うことを止められなかった。流れ続けるシャワーと、慣れないでたらめなくちづけのせいで、眞空と冬夜の息はすぐに上がってしまう。
「……ぼ、くっ、ずっと、ずっと昔から……まそらの、こと、っ……んっ……」
冬夜が言い切る前に、眞空の口唇が乱暴に下りてくる。途切れ途切れの告白を塞いだ眞空は、
「言わせてごめん……。ほんと、意気地なしの兄貴でごめんね。でも、大切なことは……ちゃんとおれから言わせて?」
と言って冬夜をあまく見つめると、冬夜の濡れたからだを強く抱き寄せた。濡れて冷たくなっているはずなのに、冬夜のからだは驚くほど熱かった。
「おれ、冬夜が好きだよ。おまえが弟だってわかってるけど、おまえが好きで好きでたまんないよ。好きすぎて、おかしくなるよ……」
「……僕も、眞空、だいすき」
いつかこっそり伝えた言葉をもう一度口にした冬夜は、まぶしい極上の笑みで眞空のやさしい顔を見つめる。
やっと想いがつながった。二文字の大切なことを口にするのはこんな簡単なことだったのかと、ようやくシャワーの水栓を締めた眞空は拍子抜けして苦笑する。たった二文字の、好き。この言葉を伝えるのに一体どれほど掛かったことか。
「もっとしていい? 冬夜の舌、気持ちいい……」
「……うん、たくさん、して……んっ、ん」
箍が外れた、と眞空自身も自覚していた。冬夜の柔らかい口唇を食らうのを、当分やめてやれそうにない。冬夜の前でこんなにも大胆になれる自分自身にもひどく興奮する。選ばれて、触れることを許されて、ただ舞い上がる。初めてでめちゃくちゃだったキスが、少しずつ巧くなる。
「……ん、はっ……まそら、……」
合間に耳をかすめるその名が、まったく新しいものに聞こえた。最初は小さな年下の友達として、次は兄弟として、冬夜に長い間呼ばれ続けた自分を指すその単語が、たった今姿を変える。ずっと、その熱っぽさで呼ばれることを望んでいた。
「冬夜、……ごめん」
「……え」
「透けてる。……ごめんね、おれ、……ちょっと、とまんないかも」
濡れた白いシャツから、冬夜の肌が透けて見えていた。すっかり欲望に正直になってしまった眞空からは、戸惑いや遠慮という類いの発想はもう出てこない。
「……んっ、ん……ぅ」
眞空は口唇を重ねたまま、冬夜のシャツの裾をベルトの下から器用に引き出した。下の方のボタンをいくつか外し、そのままシャツの中に右手をゆっくりと這わせていく。
「……っ、……まそら、っ……」
濡れた肌に張りつくシャツをうまく剥がしながら、眞空の指先がそろそろと上に向かう。たくさんの余計な寄り道をしながら、ゆっくり、じっくりと冬夜の肌を撫で回す。
「……だ、めぇ」
「嘘。……冬夜、だめって顔、全然してない」
「だって、こんなとこ、で……、んんっ……」
言い訳は聞かないと、眞空が左手で冬夜のあごをすくい、また深くくちづける。塞がれてしまえば、キスに溺れて、冬夜は身動きすら取らせてもらえない。
「んっ……はぁっ、……まそら、ほんとに、だめ……だ、よ……」
「ほら、だめじゃないって顔、もっとよく見せてよ……」
「……ま、そら、──あンっ……」
眞空の巧みな指が、冬夜の胸の突起を見つけてきゅっとつまんだところで、玄関から誰かの無粋な声がうっすらと聞こえてきた。
「おーい、これ冬夜のかぁ? なんで玄関にかばんが落ちてんだよ……ったく、しょうがねぇなぁ」
長兄はぶつぶつと文句を垂れながら、末弟のものと思われるかばんを拾ってくる。玄関から響いてくる亜楼の呼びかけに、眞空と冬夜ははっとしてからだを離した。からだは離したものの濡れた髪や制服はもう取り繕えないし、亜楼に気づかれずに自室に戻ることも不可能だ。どうしようどうしようと眞空がその場で焦っていると、期待を裏切ることなく亜楼がバスルームをのぞきに来た。ヘンなところで鼻が利く兄を、眞空は静かに恨むしかない。
「なっ!? 何やってんだおまえら……」
ずぶ濡れで寄り添っている眞空と冬夜を見て、亜楼の顔から血の気がサァーッと引いていく。末弟のシャツが乱されているのも目聡く見つけた亜楼は、疑いようのない証拠に軽くめまいを覚えてしまった。
「いや、その、えっと……、……掃除! そう、掃除だよ。風呂掃除しようとしたらシャワーかぶっちゃってさ! 風呂掃除あるあるでしょ……、あは、あははは……」
白々しく乾いた笑いをこぼす眞空に、亜楼は掛けてやる言葉もない。制服のまま二人で風呂掃除とかねぇだろ……もうちょっとマシな言い訳なかったのかよ……と三男を憐れに見つめる。
「……いや、いい、兄ちゃんが悪かった。……俺は、なんも言わねぇから……」
かわいいかわいい四男をたぶらかしていたのはうちの三男だったのかと、亜楼はフラフラとした足取りでバスルームから離れていった。海斗ばかりがバカだと思っていたが、眞空も充分バカだったのだ。というかうちは全員バカ兄弟なのだとあきらめ、亜楼は何も見なかったことにしようと心に誓う。そもそも、どの口が言う、だ。
「ものわかりのいいお兄ちゃんを持って、僕たちは幸せ者だね」
冬夜がにこりと笑んでそう言うので、眞空もつられてアハハとまた乾いた笑みをこぼした。バレた……亜楼にバレた……と、眞空は羞恥と気まずさで絶望的な気持ちにもなる。
「とにかくこれ着替えないと。……さすがに秀春さんには、まだ、バレたくない……」
青ざめた顔でそう言った眞空は、エスコートするように冬夜の手をやさしく取ると、一緒にバスルームを抜け出した。
気の早い生徒が夏休みまでの陽気なカウントダウンを始める頃の、冬夜が冬夜らしくない荒々しい勢いで堂園家に駆け込んできた遅めの夕方のことだ。時刻は夜に近づいていたが、夏の空はまだずいぶんと明るい。
家を破壊するのではないかと思えるほどの騒音を立てて帰宅した冬夜は、靴もかばんも玄関に放り投げて、そのまま一直線にバスルームへと走っていった。学校の図書室に寄っていた眞空はその少し前に帰宅したばかりで、制服のまま呑気にキッチンで麦茶を立ち飲みしていたのだが、ものすごい速さでリビングを突っ切っていく冬夜を目にして、何事かと慌てて弟のあとを追う。
眞空がバスルームをのぞくと、冬夜が制服のまま頭からシャワーをかぶっていた。蛇口を全開にしているのか、こちらに跳ね返る飛沫さえ痛い。
「冬夜!? どうしたの!? 何してんだよ!?」
兄は慌てて中に入り水を止めようとするが、弟が蛇口を握りしめていて止めさせてくれない。普段聞き分けのいい冬夜が珍しく暴れていて、眞空はその見慣れない光景に思わず尻込みしてしまう。それでもとても正気の沙汰とは思えない冬夜を救い出してやらなければと、いつもは海斗に対して行うような少し手荒な手つきで冬夜につかみかかった。
「ちょっと冬夜! ここから手離して! シャワー止めるから! 一体どうしたんだよ、なんでこんなこと!」
狭い箱の中で、眞空と冬夜はもみくちゃになっていた。二人とも頭からたっぷりと水をかぶり、豪雨にあったようにびしょ濡れになっている。冬夜はただ首を大きく横に振り、必死に嫌々をしていた。こんなに駄々っ子の冬夜はもちろん見たことがなかったし、こんな風にからだとからだをぶつけ合って争ったことも、今までの家族の歴史に刻まれたことはなかった。只事ではない何かが冬夜の身に降りかかったのだと、眞空は冷たい水を浴びながら冬夜の両肩に手を置いて激しく揺さぶった。
「冬夜、ねぇ、どうしたの? 何があったの……」
濡れた髪が張りついていて、冬夜の顔がよく見えなかった。うつむいて、シャワーの音にかき消されそうな不安定な声で、冬夜が何かを伝える。
「……キス、された……」
「!? ……じゅん……い、ち……!?」
眞空がいちばん口に出したくなかった名をなぞると、冬夜はそのまま小さくうなずいた。眞空は絶句し、からだを強く打ち続けてくる非情なシャワーにしばらく身を預けてしまう。
「純一さんのことは好きだけど……キスをする相手じゃない。僕、びっくりして、とにかく消さなきゃ……なかったことにしなくちゃって思って……」
懸命に教える冬夜の口元が、震える。
「強いシャワーに当たったら、少しは洗い流してくれるんじゃないかって……ごめんね眞空、驚かせてごめんね」
「冬夜……」
そう名を呼ぶのが精一杯な眞空が、戦慄き始めた自身のからだを維持するのに必死になっていると、突然冬夜が勢いよく顔を上げて眞空の瞳を熱く見つめた。せつなげに、追い詰められて、訴える。
「眞空、キスして……」
「っ!?」
びくんとからだを大きく震わせ、眞空が驚いた。自分を強く見つめる冬夜から、わずかにも目が逸らせない。
「眞空ので、消させて」
水音が響く。うるさくて、なのに冬夜の口の動きだけで、その言葉が切り取られたようにくっきりと浮かび上がる。
「……おれなら、いいの……?」
「して……」
「おれは……冬夜の、キスをする相手な、の……?」
おそるおそる口唇を震わせながら訊く兄に、弟はコクリとうなずいた。
純一はダメで、おれはいいということの意味。冬夜が選んだ、キスをする相手。つまりはそういうこと。
「で、でもおれ、おまえの兄貴だよ!?」
「わかってる! ……僕だって、眞空の弟だよっ……!」
眞空はたまらなくなって、まぶたを伏せるのも忘れて、冬夜に口唇を押しつけた。はじめは、口唇が触れ合うだけの。徐々に馴染んでいくと、ちゃんとまつげを下ろし、貪るように激しく冬夜の口唇を食んだ。何度も何度も。薄く開いた隙間から荒く舌を滑り込ませ、冬夜のあまいそれと複雑に絡ませる。唾液が端から垂れるのも気にならない。垂れたそばからシャワーが全部拭ってくれる。首の角度を何度も何度も変え、冬夜のすべてを吸い尽くそうと夢中になる。冬夜もそれに応えるように、眞空の動きに合わせて熱い吐息を惜しげもなくこぼす。
髪も制服も、疾うにびしょびしょになっている。それでもシャワーを止める時間すら惜しいほどに、口唇を離す一瞬さえもどかしいほどに、二人は互いの口唇を求め合うことを止められなかった。流れ続けるシャワーと、慣れないでたらめなくちづけのせいで、眞空と冬夜の息はすぐに上がってしまう。
「……ぼ、くっ、ずっと、ずっと昔から……まそらの、こと、っ……んっ……」
冬夜が言い切る前に、眞空の口唇が乱暴に下りてくる。途切れ途切れの告白を塞いだ眞空は、
「言わせてごめん……。ほんと、意気地なしの兄貴でごめんね。でも、大切なことは……ちゃんとおれから言わせて?」
と言って冬夜をあまく見つめると、冬夜の濡れたからだを強く抱き寄せた。濡れて冷たくなっているはずなのに、冬夜のからだは驚くほど熱かった。
「おれ、冬夜が好きだよ。おまえが弟だってわかってるけど、おまえが好きで好きでたまんないよ。好きすぎて、おかしくなるよ……」
「……僕も、眞空、だいすき」
いつかこっそり伝えた言葉をもう一度口にした冬夜は、まぶしい極上の笑みで眞空のやさしい顔を見つめる。
やっと想いがつながった。二文字の大切なことを口にするのはこんな簡単なことだったのかと、ようやくシャワーの水栓を締めた眞空は拍子抜けして苦笑する。たった二文字の、好き。この言葉を伝えるのに一体どれほど掛かったことか。
「もっとしていい? 冬夜の舌、気持ちいい……」
「……うん、たくさん、して……んっ、ん」
箍が外れた、と眞空自身も自覚していた。冬夜の柔らかい口唇を食らうのを、当分やめてやれそうにない。冬夜の前でこんなにも大胆になれる自分自身にもひどく興奮する。選ばれて、触れることを許されて、ただ舞い上がる。初めてでめちゃくちゃだったキスが、少しずつ巧くなる。
「……ん、はっ……まそら、……」
合間に耳をかすめるその名が、まったく新しいものに聞こえた。最初は小さな年下の友達として、次は兄弟として、冬夜に長い間呼ばれ続けた自分を指すその単語が、たった今姿を変える。ずっと、その熱っぽさで呼ばれることを望んでいた。
「冬夜、……ごめん」
「……え」
「透けてる。……ごめんね、おれ、……ちょっと、とまんないかも」
濡れた白いシャツから、冬夜の肌が透けて見えていた。すっかり欲望に正直になってしまった眞空からは、戸惑いや遠慮という類いの発想はもう出てこない。
「……んっ、ん……ぅ」
眞空は口唇を重ねたまま、冬夜のシャツの裾をベルトの下から器用に引き出した。下の方のボタンをいくつか外し、そのままシャツの中に右手をゆっくりと這わせていく。
「……っ、……まそら、っ……」
濡れた肌に張りつくシャツをうまく剥がしながら、眞空の指先がそろそろと上に向かう。たくさんの余計な寄り道をしながら、ゆっくり、じっくりと冬夜の肌を撫で回す。
「……だ、めぇ」
「嘘。……冬夜、だめって顔、全然してない」
「だって、こんなとこ、で……、んんっ……」
言い訳は聞かないと、眞空が左手で冬夜のあごをすくい、また深くくちづける。塞がれてしまえば、キスに溺れて、冬夜は身動きすら取らせてもらえない。
「んっ……はぁっ、……まそら、ほんとに、だめ……だ、よ……」
「ほら、だめじゃないって顔、もっとよく見せてよ……」
「……ま、そら、──あンっ……」
眞空の巧みな指が、冬夜の胸の突起を見つけてきゅっとつまんだところで、玄関から誰かの無粋な声がうっすらと聞こえてきた。
「おーい、これ冬夜のかぁ? なんで玄関にかばんが落ちてんだよ……ったく、しょうがねぇなぁ」
長兄はぶつぶつと文句を垂れながら、末弟のものと思われるかばんを拾ってくる。玄関から響いてくる亜楼の呼びかけに、眞空と冬夜ははっとしてからだを離した。からだは離したものの濡れた髪や制服はもう取り繕えないし、亜楼に気づかれずに自室に戻ることも不可能だ。どうしようどうしようと眞空がその場で焦っていると、期待を裏切ることなく亜楼がバスルームをのぞきに来た。ヘンなところで鼻が利く兄を、眞空は静かに恨むしかない。
「なっ!? 何やってんだおまえら……」
ずぶ濡れで寄り添っている眞空と冬夜を見て、亜楼の顔から血の気がサァーッと引いていく。末弟のシャツが乱されているのも目聡く見つけた亜楼は、疑いようのない証拠に軽くめまいを覚えてしまった。
「いや、その、えっと……、……掃除! そう、掃除だよ。風呂掃除しようとしたらシャワーかぶっちゃってさ! 風呂掃除あるあるでしょ……、あは、あははは……」
白々しく乾いた笑いをこぼす眞空に、亜楼は掛けてやる言葉もない。制服のまま二人で風呂掃除とかねぇだろ……もうちょっとマシな言い訳なかったのかよ……と三男を憐れに見つめる。
「……いや、いい、兄ちゃんが悪かった。……俺は、なんも言わねぇから……」
かわいいかわいい四男をたぶらかしていたのはうちの三男だったのかと、亜楼はフラフラとした足取りでバスルームから離れていった。海斗ばかりがバカだと思っていたが、眞空も充分バカだったのだ。というかうちは全員バカ兄弟なのだとあきらめ、亜楼は何も見なかったことにしようと心に誓う。そもそも、どの口が言う、だ。
「ものわかりのいいお兄ちゃんを持って、僕たちは幸せ者だね」
冬夜がにこりと笑んでそう言うので、眞空もつられてアハハとまた乾いた笑みをこぼした。バレた……亜楼にバレた……と、眞空は羞恥と気まずさで絶望的な気持ちにもなる。
「とにかくこれ着替えないと。……さすがに秀春さんには、まだ、バレたくない……」
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