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ゆりすみれ

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62【四兄弟Diary】隠す気もない

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 そしていよいよ、家族の形を少しだけ変える朝がやって来た。

 高い空が青々しく冴え渡った夏休み真っ只中の日曜、冬夜は由夏が迎えに来たら堂園の家を出ることになっていた。

 どういうわけか、朝から秀春だけがバタバタと忙しくしていた。大きい荷物は先に由夏のところに送っていたので、今日持っていくのは身の回りのものを入れた小さなキャリーバッグだけなのだが、冬夜が忘れ物でもしたらいけないと、何故か何度もキャリーバッグの所在を確認しては家中を落ち着きなくうろうろしている。ついでに家の中の片付き具合だとか、とりあえず家に上がってもらう由夏に出すお茶請けのことだとか、冬夜の旅立ちにはほぼ関係ないところまでそわそわと気にして準備をしていた。

 当の本人はというと、由夏が訪れる予定時刻ギリギリまではいいだろうと、リビングのソファで眞空とじゃれ合っていた。

「寝る前に、毎日ビデオ通話しようね」

 隣に座る冬夜に、眞空がやさしく話しかける。

「うん、もちろん。夏休み中は図書館でいっぱい一緒に勉強しよう? 眞空もそろそろ受験勉強に身を入れなきゃいけない時期だもんね」

「うぅ……それを言われると憂鬱すぎるんだけど、……冬夜が隣で応援してくれるならがんばれそう」

 応援をおねだりする眞空の指先がそっと冬夜の方に伸び、ひざの上に置かれていた弟の手に触れた。気づいた冬夜が、構ってほしいとすり寄ってきたその指を、ためらいなく握る。手と手が触れ合っているだけで、心が深く満たされる。

「デートもいっぱいしたいな。外で待ち合わせするのって新鮮だから、すごく楽しみ」

「ね。駅前で待ち合わせするとか、めちゃくちゃ普通の恋人っぽい。おれもちょっと憧れてた」

「ふふっ、じゃあ外でのデートはたくさんするとして。……時々はこの家に帰ってきてもいい?」

「そんなのいいに決まってるだろ。っていうか、おれも冬夜の家遊びに行きたいし」

「お互いの家を行き来するのも、すごく恋人っぽいかも……それぞれの家で、親が帰ってくる時間気にして、コソコソするんだよね」

 ドラマや漫画で得た知識を思い出して、冬夜がくすくすと笑った。

「あとは、学校の昼休みかー。二人きりになれる場所あるかな」

「僕ね、クラスの子に、あんまり人が寄りつかないオススメの空き教室とか、鍵壊れてる使ってない部室とか、いろいろ教えてもらったよ」

「……おまえ、そういうとこホント抜け目ないね」

 すでに手を回していた優秀な恋人に、眞空が驚きの目を向ける。恋人の顔をまじまじと見たらいとしさが募って、つないでいない方の手を、冬夜のうなじに滑らせた。襟足あたりの柔らかい髪に軽く指を入れ、そのまま甘く撫でてやる。

「……そんなにおれと一緒がいいの……?」

 声のトーンをぐっと落とし、ささやくようにこっそりと眞空が問うと、冬夜が恋人にしか見せないとろけた目をしてコクリとうなずいた。

「学校のそんなとこで二人きりになったら、おれ、何するかわかんないんだけど?」

 うなじをやさしく撫でられながら眞空にあおられ、冬夜にも自然とスイッチが入る。

「……眞空ならいいよ。学校でイケナイこと、する……?」

「まって……そんなこと言うの、ずるい……っ、……そんなの、ほんとに学校でしたくなるだろ!?」

 結局由夏の家は高校の通学圏内だったため冬夜は転校することもなく、会えないような距離に引き裂かれるわけでもなかったのだが、二人にとっては今日が新しい日常のはじまりだった。節目のこの日に、あふれる想いをあれこれ口に出したり、互いにあまく触れ合ったりして、わかりきった愛を改めて確認せずにはいられない。

 そんな弟組の様子を、廊下とつながるリビングの扉付近で立ち尽くしている兄組が、じっと眺めている。

「何やってんだ、あいつら。もうすぐ迎えの時間だってのに」

 海斗が怪訝な面持ちで、壁にからだを預けながらだるそうに立っている亜楼に向けてそう言った。リビングの扉からソファまでは距離があるので会話の内容までは聞こえないが、とにかくイチャついているのだけは、ここから見てもよくわかる。

「なんか……やけに仲いいな」

 自分たちの前でも隠すことなく過度に触れ合う弟たちを見た亜楼が、少し複雑そうにつぶやいた。

 冬夜はともかく、あの気弱で大人しい性格の眞空が俺たちの目を全然気にしねぇってことは──。

「あれは、絶対ヤってんな」

「……え? ……は!? えぇっ!?」

 急に何言い出すんだこいつ!? と海斗は目を丸くして、隣で偉そうに腕組みをしながら険しい顔をしている兄を見た。自分は散々亜楼としているくせに、なんとなく血のつながった片割れのそういう話は聞きたくないという自分勝手な次男である。

 推理とは到底呼べない簡単すぎる結論に行き着き、亜楼がやれやれと険しい顔をふっと緩めた。わかり易すぎて、むしろ清々しい。可愛い天使の四男がいつの間にか大人の階段を上っていたことに一抹の淋しさはあれど、どこの馬の骨か知れない外の男だか女だかにとられなくて本当によかったと、三男の功績を長男が胸の内でそっと称える。眞空なら許す。

 実際、離れ離れを惜しむ気持ちから、ここのところ毎晩のように覚えたてのセックスに勤しんでいた眞空と冬夜は、すっかり身に染み込んでしまったあまったるいオーラを隠し切れずに大放出しているのだった。

「言うまでもねぇけど……眞空がタチ、だな」

「う……っ、……そんなのっ、冬夜相手なんだから、そうに決まってんだろ!?」

 口では納得したようにそう言うが、海斗の顔はいろんな感情を混ぜていて形容し難いものになっていた。

「オ、オレだって最初は、亜楼のこと抱く気満々だったのに……っ」

 片割れが当然のように男役なのが少し悔しくて、海斗が口を尖らせる。双子なんだから、ポテンシャルは同等のはずなのに。

「何? おまえまだ、俺を抱きてぇとかいうクソくだらねぇ野望持ってんの?」

 亜楼が隣の海斗に視線だけを流し、軽く鼻で笑った。

「……そりゃ、やっぱオレが先に好きになったんだしぃ? ……オレはいつでも、虎視眈々こしたんたんと男の座を狙ってるに決まっ……うわっ」

 言い終わる前に、亜楼の手が海斗の腕を思いきりつかんだ。引っ張って、リビングを出てすぐの廊下に連れていく。そのまま弟を廊下の壁に追い詰め、亜楼がその前に立って行く手を阻んだ。

「ちょ、なんだよ……」

 兄と壁の間に挟まれた海斗が、おどおどと、自分より少し背の高い亜楼を見上げる。亜楼の瞳は、宝物を見つけた少年のように、きらきらとした光を含んでいた。

「おまえが虎視眈々っていうムズカシイ言葉知ってたから、褒めてやんねぇとなぁって」

「はぁ!? バカにしてんじゃねぇよ」

 受験生ナメんなと、海斗がいつものようにきゃんきゃんと兄に突っかかる。

「つーかさ、海斗クンにできんの? タチ」

 亜楼の意地の悪い手が、すうっと恋人の頬に伸びた。

「!? そ、そんなの、オレだって本気出せば、……っ、だって、眞空だってできてんだろ!?」

「ふーん、……こんな、今すぐにでも食われたそうな顔してんのに?」

 伸ばした指先で頬をさすれば、海斗が恥じらいに目をぎゅっと瞑って、慌てて亜楼の視線から逃げる。

「や、めっ……」

「おまえの本気も、ちょっと見てみてぇ気もするけどさ……」

 頬をやさしく撫で回していた指が、すぐに物足りなくなって、海斗のあごをすくった。目をぎゅっとしている海斗の顔を、ぐいっと上に向かせる。

「もっ、……いいだろ……!?」

「海斗、俺のこと見て」

 呼ばれて海斗がおそるおそるまぶたを上げた瞬間、亜楼のあたたかい口唇が、ふわっと落ちてきた。

「! ……んっ……」

 口唇と口唇が触れるだけの、ついばむような、やさしいキス。

 一瞬のように短くて、海斗は目を閉じるのも忘れてしまった。おかげで、わざと目を閉じずにくちづけてきた亜楼と、ばっちり目が合ってしまう。

「バ、バカだろおまえ! こんなとこで……あいつらに見られたらどうすんだよ!」

「俺らのことなんか、そもそも目に入ってねぇだろ」

「っ、そういう問題じゃね……、っん……ん」

 また勝手にくちづけられ、海斗のからだから、ずるずると抵抗する力が削げ落ちていく。互いの口唇を甘噛みするだけの軽いキスなのに、弟たちに気づかれるかもしれないというスリルに、家の廊下で脳を存分におかしくする。

「……ん、んっ……ふっ……も、だめだって」

「おまえ、こんなんで俺に本気出すとか言ってんの?」

 キスだけで瞳を潤ませてくたっとしている海斗を前に、亜楼がうれしそうに笑った。

「……だって……眞空がタチで、やっぱ、なんか悔しいし……」

 双子なのに不公平だと、恋人に向かって拗ねてみせる。

「おまえはさ、ごちゃごちゃわけわかんねぇこと言ってねぇで、」

 最後にもう一回と、亜楼が海斗の口唇を、ちゅっと音を立てて吸い上げた。

「──黙って一生俺に抱かれてりゃいいんだよ」

「っ!?」

 艶っぽい巧みな物言いに思わず腰が砕けそうになってしまった海斗は、勝手にぞくぞくしてしまう欲深さを隠せない目で、亜楼をキッと睨みつける。

「っ、……この、キス魔が……!」

 そのとき、ピンポーンという軽快なチャイムが、各所のあまい空気をぶったぎるように堂園家に鳴り響いた。
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