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運命のつがいと初恋 第4章
⑥
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ゆるゆる首を振ると東園がほらと陽向の身体に毛布を掛け隣に座った。
寒いと思っていなかったけれど、身体を覆う毛布の中に生まれた熱が心地よく感じた。
「馨は、寝ないの?」
「そうだな」
「膝、掛けたら」
陽向を覆っていた毛布を半分、東園の身体に掛ける。東園と触れている腕も温かく、お互いの体温を交換している感じがする。
凛子を思うと心配と不安で苦しいし、今日起こったことを改めて振り返ると自分の生命をかけても足りないくらいの責任が生じていると思う。
そんな懸念事項がいくつも胸に溜まって重たく感じるけれど、身体が温かくなるとほんの少しだけ、力が抜ける気がする。
「あの、連絡来てる?」
「まだ来てないよ」
「そう」
ため息を落とした陽向の肩を引き寄せ東園が陽向の額に口づけをした。
斜めになった陽向を東園が支えている。
ニュースが終わり、CMの軽快なメロディが流れる。
しばらくぼうっとしていると、幼稚園のクラスで流行っているというお菓子のCMが始まった。最近ヒットしたドラマに出ていた子役の男の子が幼児でも真似できる簡単な振りで踊っている。
凛子もこれが流れると真似て踊っていたなと思う。
「これ、このあいだ凛子が踊っていたな」
「うん。園で流行っているって。……りんちゃん、今なにしてるんだろう、泣いてないといいけど」
言葉が尻つぼみになる。
泣いていないわけがないと思うからだ。夜、家じゃないところにいるんだ、寂しくならないはずがない。
東園が陽向の髪を撫でながら「大丈夫だ、連絡を待とう。どっちにしろ連絡してくれるよう言っているから」と囁く。
「もし誘拐ならここに電話が掛かってくるのかな」
「そうだな。ここか、会社か、だな」
きゅっと胃が痛くなる。
もし、もし誘拐だったら、もう連絡があってるはずじゃないのか。
警察には言うなとか、お金はいくら、とかそういう電話が。
「陽向、自分を責めるな」
「うん」
責めるなと言われても、無理だ。自分がもっとしっかり見ていれば、と思ってしまう。
「生返事だな」
「わっ」
強く抱きしめられ、東園の首筋に顔が当たる。そこから立ち上る東園の匂いはいつもより濃い。
Ωも首のうしろ、うなじを咬まれると番契約になるのだから、αにとっても首は強くフェロモンを発しているのかもしれない。
「陽向は悪くない、悪いのは攫った方だ」
抱きしめられたまま髪をすくように撫でられていると気持ちが落ち着いてくる。
不思議だなと思う。東園の首に鼻を押しつけ、匂いをしっかり嗅いでみる。
「なんだよ」
「えっと、いつも馨って、ちょっと、なんていうか、いやらしい、感じの匂いなのに、今日は落ち着く匂いに感じる」
「俺はいやらしい感じの匂いがするんだ」
こんな事を言ったら怒られるかなとちょっと思ったのに、東園は嬉しげだ。
いやらしいって言われて嬉しがる気持ちが分からない。フェロモンが多いと困ることが多いΩからすると自分の匂いなんて一切しなくていいと思ってしまうのだが。
「ええと、うん、まあ、遊んでそうな感じの匂いっていうか」
「は? 遊んでないけど」
「あ、そう」
低い声で反論された。いやらしいはよくて、遊んでそうは嫌なのか。ポイントがよく分からない。
「陽向の心が乱れてるから、俺の匂いで落ち着くのかもな。運命のつがいだから陽向のコンディションで感じ方も変わるんだろう。いま陽向が落ち着かせてくれる匂いを求めてるのかもな」
「そういうものなの?」
「さあ、そうなのかもなと思っただけ」
自分のありようで感じかたが変わる、か。
あり得るかもなと思った。それはそう思ったが。今、運命のつがいと言わなかったか。聞き違いか。
「い、いま、運命のつがいって」
「ああ。……なんだ、まだ気がついていなかったのか。そうだよ、俺達は運命のつがいだ。ここ数日一緒に寝たからさすがに気がついたかと思ったんだがな」
陽向を抱く腕の力が強くなる。
東園は熱の籠もった声で言い聞かせるようにゆっくりと陽向に伝える。
東園が以前自分には運命のつがいがいると言っていた。それが陽向のことだったというのか。
陽向自身は運命のつがいなんて都市伝説だと思っているが、たしか東園はそういうシステムに夢を抱いているような話をしていた記憶がある。
「え、でもやっぱり、違うんじゃない? 運命のつがいって分かるんだよね、ドラマとかだと雷に打たれたみたいな衝撃って言ってたし」
「俺は初めて陽向を見たとき衝撃をうけたよ。……あ、ちょっといいか」
ソファの端に置いていた東園のスマホが震え、東園は通話をはじめた。
すぐそこの東園を陽向は固唾を飲んで見守る。凛子が見つかった連絡か、それとも。
どうか無事で、無事でいて欲しい。
「そうか、やっぱり姉さんだったか。凛子は無事なんだな、……そうか、無事か、……寝てる、……」
電話口での会話を聞いて、強ばっていた身体の力が抜けていくのを感じる。
東園の胸に顔を埋め深く息を吐く。
漏れ聞こえる断片的なやりとりでは、凛子の無事が確認されたようだ。
本当に、本当に良かったと思う。
「陽向、凛子は無事だ。心配掛けてすまなかったな」
電話を終えた東園が陽向の身体をまた強く抱いた。
「良かった。本当に良かった。明日はりんちゃんに会えるかな」
そうだな、と頭上から東園の声が聞こえる。目頭が熱くなってきたけれど、東園の匂いを吸い込むと感情の山が徐々に落ち着いてきた。
良かった、明日はりんちゃんの好きなおやつにして、絵本は聞きたいの全部お話ししよう。
安心すると、今度はどっと身体の疲れを感じる。緊張で身体も張り詰めていたのかなと思う。陽向は心地よい温かさに包まれゆっくりと目を閉じた。
寒いと思っていなかったけれど、身体を覆う毛布の中に生まれた熱が心地よく感じた。
「馨は、寝ないの?」
「そうだな」
「膝、掛けたら」
陽向を覆っていた毛布を半分、東園の身体に掛ける。東園と触れている腕も温かく、お互いの体温を交換している感じがする。
凛子を思うと心配と不安で苦しいし、今日起こったことを改めて振り返ると自分の生命をかけても足りないくらいの責任が生じていると思う。
そんな懸念事項がいくつも胸に溜まって重たく感じるけれど、身体が温かくなるとほんの少しだけ、力が抜ける気がする。
「あの、連絡来てる?」
「まだ来てないよ」
「そう」
ため息を落とした陽向の肩を引き寄せ東園が陽向の額に口づけをした。
斜めになった陽向を東園が支えている。
ニュースが終わり、CMの軽快なメロディが流れる。
しばらくぼうっとしていると、幼稚園のクラスで流行っているというお菓子のCMが始まった。最近ヒットしたドラマに出ていた子役の男の子が幼児でも真似できる簡単な振りで踊っている。
凛子もこれが流れると真似て踊っていたなと思う。
「これ、このあいだ凛子が踊っていたな」
「うん。園で流行っているって。……りんちゃん、今なにしてるんだろう、泣いてないといいけど」
言葉が尻つぼみになる。
泣いていないわけがないと思うからだ。夜、家じゃないところにいるんだ、寂しくならないはずがない。
東園が陽向の髪を撫でながら「大丈夫だ、連絡を待とう。どっちにしろ連絡してくれるよう言っているから」と囁く。
「もし誘拐ならここに電話が掛かってくるのかな」
「そうだな。ここか、会社か、だな」
きゅっと胃が痛くなる。
もし、もし誘拐だったら、もう連絡があってるはずじゃないのか。
警察には言うなとか、お金はいくら、とかそういう電話が。
「陽向、自分を責めるな」
「うん」
責めるなと言われても、無理だ。自分がもっとしっかり見ていれば、と思ってしまう。
「生返事だな」
「わっ」
強く抱きしめられ、東園の首筋に顔が当たる。そこから立ち上る東園の匂いはいつもより濃い。
Ωも首のうしろ、うなじを咬まれると番契約になるのだから、αにとっても首は強くフェロモンを発しているのかもしれない。
「陽向は悪くない、悪いのは攫った方だ」
抱きしめられたまま髪をすくように撫でられていると気持ちが落ち着いてくる。
不思議だなと思う。東園の首に鼻を押しつけ、匂いをしっかり嗅いでみる。
「なんだよ」
「えっと、いつも馨って、ちょっと、なんていうか、いやらしい、感じの匂いなのに、今日は落ち着く匂いに感じる」
「俺はいやらしい感じの匂いがするんだ」
こんな事を言ったら怒られるかなとちょっと思ったのに、東園は嬉しげだ。
いやらしいって言われて嬉しがる気持ちが分からない。フェロモンが多いと困ることが多いΩからすると自分の匂いなんて一切しなくていいと思ってしまうのだが。
「ええと、うん、まあ、遊んでそうな感じの匂いっていうか」
「は? 遊んでないけど」
「あ、そう」
低い声で反論された。いやらしいはよくて、遊んでそうは嫌なのか。ポイントがよく分からない。
「陽向の心が乱れてるから、俺の匂いで落ち着くのかもな。運命のつがいだから陽向のコンディションで感じ方も変わるんだろう。いま陽向が落ち着かせてくれる匂いを求めてるのかもな」
「そういうものなの?」
「さあ、そうなのかもなと思っただけ」
自分のありようで感じかたが変わる、か。
あり得るかもなと思った。それはそう思ったが。今、運命のつがいと言わなかったか。聞き違いか。
「い、いま、運命のつがいって」
「ああ。……なんだ、まだ気がついていなかったのか。そうだよ、俺達は運命のつがいだ。ここ数日一緒に寝たからさすがに気がついたかと思ったんだがな」
陽向を抱く腕の力が強くなる。
東園は熱の籠もった声で言い聞かせるようにゆっくりと陽向に伝える。
東園が以前自分には運命のつがいがいると言っていた。それが陽向のことだったというのか。
陽向自身は運命のつがいなんて都市伝説だと思っているが、たしか東園はそういうシステムに夢を抱いているような話をしていた記憶がある。
「え、でもやっぱり、違うんじゃない? 運命のつがいって分かるんだよね、ドラマとかだと雷に打たれたみたいな衝撃って言ってたし」
「俺は初めて陽向を見たとき衝撃をうけたよ。……あ、ちょっといいか」
ソファの端に置いていた東園のスマホが震え、東園は通話をはじめた。
すぐそこの東園を陽向は固唾を飲んで見守る。凛子が見つかった連絡か、それとも。
どうか無事で、無事でいて欲しい。
「そうか、やっぱり姉さんだったか。凛子は無事なんだな、……そうか、無事か、……寝てる、……」
電話口での会話を聞いて、強ばっていた身体の力が抜けていくのを感じる。
東園の胸に顔を埋め深く息を吐く。
漏れ聞こえる断片的なやりとりでは、凛子の無事が確認されたようだ。
本当に、本当に良かったと思う。
「陽向、凛子は無事だ。心配掛けてすまなかったな」
電話を終えた東園が陽向の身体をまた強く抱いた。
「良かった。本当に良かった。明日はりんちゃんに会えるかな」
そうだな、と頭上から東園の声が聞こえる。目頭が熱くなってきたけれど、東園の匂いを吸い込むと感情の山が徐々に落ち着いてきた。
良かった、明日はりんちゃんの好きなおやつにして、絵本は聞きたいの全部お話ししよう。
安心すると、今度はどっと身体の疲れを感じる。緊張で身体も張り詰めていたのかなと思う。陽向は心地よい温かさに包まれゆっくりと目を閉じた。
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