『番になってなど、やらない。──そう決めていたのに』

春夜夢

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第7話:選ばれなかった日の記憶

廊下の影に身を潜めたまま、セイルは微かに震えていた。
 扉の向こうの会話は、とても“偶然聞いた”では済ませられない内容だった。

「……あなたの父上は、全力でその番を潰しにかかった」
「それでも、あなたはセイルを選んだ──だが、間に合わなかった」

(……なに、それ)

 喉の奥が焼けるように熱い。心臓が、さっきから不規則に跳ねていた。
 リオンが、番を選んでくれていた? “拒絶”は……本心じゃなかった?

(嘘だ……)

 でも、その瞬間──

 セイルの中で、過去の記憶がぶわりと蘇る。

──「セイル、これは正式な通達だ」

 まだ16の頃。
 父の書斎で、無表情のリオンが手渡してきたあの紙。

「婚約を解消する。これよりお前は“ユルグレイン家”としての責務を負わなくていい。番としての資格も、剥奪される」

 声も、目も、どこまでも冷たかった。
 けれど──その手だけが、震えていた。

 見落とさなければ、気づけたはずだった。
 リオンが、何かを「押し殺していた」ことに。

 でも当時のセイルは、自分が拒絶された事実しか見えなかった。
 ただ泣き叫ぶことしかできなかった。

──「……もう、来ないで。君なんか、二度と顔も見たくない!」

 廊下に戻ったセイルは、息を呑んで壁にもたれかかった。
 足元が揺れる。怒りとも、悲しみとも違う、得体の知れない感情が喉元までこみ上げてくる。

「……リオン。君は、あのとき……」

 本当に僕を、守ろうと──?

 確かめなければならない。
 あの拒絶が偽りだったなら。
 今のこの“番の関係”が、ただの過ちではないのなら。

「……俺は、まだ──お前が、憎めない」

 誰にも聞こえないような声で、セイルはぽつりと呟いた。
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