『悪役令嬢、鬼神の花嫁となる 〜政略結婚で嫁いだ先の旦那様が人外すぎて溺愛が過ぎる件〜』

春夜夢

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第7話『引き抜かれる花と、牙を剥く鬼たち』

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「“穢れた花”は、引き抜かねばなりません」

その女――紅蓮(ぐれん)は、まるで美しい毒のように微笑んだ。

「それが鬼議会の総意。……そして私の務めです」

彼女の周囲には、結界のような“赤い糸”が漂っていた。
それは生き物のように蠢き、気配だけで肌が粟立つ。

「執行者が直接来るとはね。ずいぶん手荒だな」

朱煉が一歩、私の前に出る。
彼の声は静かだったが、空気が一瞬にして張り詰めた。

「朱煉様。貴方には“資格剥奪”と“幽封処分”の可能性が提示されています」

「要は、“おとなしく消えろ”ということか?」

「おとなしく……できないでしょうけど?」

紅蓮の笑みが深まる。
その目が、今度は私を見た。

「花嫁様。あなたが“触れられた”ことが、どれだけ重い意味を持つか、ご存知ですか?」

「……知っています。けれど、私の意志です」

「意志? 花嫁に意志などない。あるのは、祭祀の“器”としての価値だけです」

その言葉に、胸の奥がかっと熱くなる。

「私を“器”としか見ないあなたたちに、従うつもりはありません」

「生意気な人間……」

紅蓮が、手のひらを掲げた。

「ならば、その誇りごと、潰しましょう」

空気が変わった。
朱煉が私を背にかばい、紅蓮が赤糸を操る。

空中に張り巡らされたその糸は、ひとたび触れれば肉を裂き、魂を刻む結界。

「久しぶりに本気を出せそうです。……貴方が“堕ちる”瞬間、楽しみにしていますね」

「俺が堕ちる前に、おまえを地獄へ送ってやる」

次の瞬間、糸が放たれた。

──朱煉の掌が翻り、氷の結界が展開される。

「あなた、戦えるの……?」

私は背中から尋ねる。

「鬼神の力は剥がれつつある。だが、“鬼”としての本能は残ってる」

「でも、それじゃ……」

「心配するな。俺はまだ、おまえを守れる」

朱煉の言葉に、胸が締め付けられる。

結界と結界がぶつかり合い、床が裂け、柱が砕ける。

紅蓮の糸が朱煉の頬をかすめ、赤い筋を描いた。

「ほら、やっぱり弱ってる」

「……それでも、まだ喰らえる」

朱煉の目が朱に染まり、氷と闇の力が混ざりあって解き放たれる。

「貴様の“情念”を喰らってやる」

一瞬で間合いが詰まり、朱煉の手が紅蓮の首元へ届く――

が、そのとき。

「……やめて」

私の声が響いた。

「もう……誰も、殺してほしくない」

沈黙が落ちる。

朱煉の手が止まり、紅蓮の身体が硬直する。

「……ふふ、優しいのですね。貴女は」

紅蓮は後退し、空中へふわりと浮かんだ。

「鬼議会は、また別の手段を取るでしょう。次は、花嫁だけを狙うわ」

「……来るなら、殺す」

「期待しています」

そう言い残し、紅蓮の身体は空へ消えた。

静けさが戻った部屋で、私は朱煉の背中にしがみついた。

「ごめんなさい……止めてしまって」

「いい。……おまえが“俺を止められる唯一の存在”でよかった」

「朱煉……」

「だが、もう覚悟しろ。鬼議会は、今度こそおまえを“器”として奪いにくる」

「来るなら……私も戦うわ」

「……よく言った」

その夜、私は夢を見る。

鬼の姿の朱煉が、朱く燃える空の下で叫んでいた。

「おまえを喰らわねば、俺は消える。だが……おまえを喰らえば、俺は鬼でなくなる」

そして夢の中の私は、彼の腕に抱かれてこう囁いた。

「なら、私が“おまえを喰らう”」

目覚めたとき、胸がひどく熱かった。

次回:
第8話『喰らう者と、喰らわれる者の境界』
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