Rain after Five

春夜夢

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夜の事務所は、昼間とはまるで別の顔をしていた。
外からの雑音はなく、
蛍光灯を落としたランプの灯りだけが、
ぼんやりと二人を包み込んでいる。

「……ふぅ」

陽翔はソファに腰を下ろし、背中を預けた。
一日の疲れが、足元からじんわりと抜けていく。
その横で、蓮は無言のままコートをハンガーに掛け、
ゆっくりと隣に腰を下ろした。

(……なんか、この時間、好きだな)

昼間は仕事の顔をしていて、
夕方は少しはしゃいで、
でも夜になると――
蓮の空気がやわらかくなるのを、陽翔はちゃんと知っている。

「……疲れたな」

「うん。でも、楽しかった」

「……ガキみてぇだな」

「いいじゃん。好きな人と一緒にいる日だったし」

「……」

蓮は何も言わず、
陽翔の頭をぐいっと肩にもたれかけさせた。
その仕草が、胸の奥に甘く沈む。



「……ねえ、蓮さん」

「ん」

「夜の事務所ってさ、ちょっと特別な空気あるよね」

「……どういう意味だよ」

「昼間より静かで、落ち着いてて……蓮さんの声が、ちょっとだけ近く感じる」

蓮は「バカ」と小さく呟き、
ため息まじりに陽翔の髪を撫でた。
手のひらの温度が、じんわりと頭の奥に広がる。

「……なにそれ」

「特別」

「勝手に特別にすんな」

「でも、蓮さんも少し笑ってる」

「……してねぇ」

「うそ、してる」



事務所の窓の外には、静かな夜景が広がっていた。
ビルの灯りもまばらになり、
遠くの車の音がかすかに聞こえるだけ。

陽翔は蓮の肩に顔を預けたまま、
深く息を吐いた。
その息が、蓮の首筋をくすぐるように触れる。

「……なあ」

「ん」

「このまま、朝までここにいたら怒る?」

「怒る」

「だよねぇ」

「……でも」

「ん?」

「……少しだけなら、いい」

「……!」

陽翔の胸が、どくんと跳ねた。
蓮の“少しだけ”が、どれだけ特別な意味を持っているか――
陽翔はもうよく知っている。

「……ほんと、ずるいんだから」

「なにが」

「そういう言い方」

「……知らねぇよ」



ソファの背に、二人の肩がぴたりと触れ合っている。
指先が触れるたびに、
その温度がじわじわと心の奥に染み込んでいく。

「……蓮さん」

「ん」

「今日も、だいすき」

「……いきなり言うな」

「我慢できなかった」

「……」

蓮は言葉を返さず、
代わりに陽翔の手をそっと握った。
夜の静寂に包まれたその仕草は、
言葉よりもずっと深く、あたたかかった。

「……ん」

「なに」

「……なんでもない。ただ、今、すごく幸せ」

蓮は何も言わず、
そのまま陽翔の髪をやさしく撫で続けた。
夜の灯りが、二人の影をひとつに溶かしていく。

🕊️ 第45話 予告:「夜のささやき」
夜の事務所で、肩を寄せ合うふたり。
静かな時間のなかで交わされる、小さなささやき。
それは、恋人同士の“心の温度”を確かめるような夜――。
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