Rain after Five

春夜夢

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夜の商店街は、昼間よりもずっと静かだった。
人通りは少なく、店の灯りがぽつぽつと並んで、
空気にはどこか落ち着いたあたたかさが漂っている。

陽翔と蓮は肩を並べ、
ゆっくりと歩いていた。
手はつないでいない。
でも、触れそうで触れないその距離が、
ふたりにとってはちょうどいい。

「……なんか、夜のこの感じ好き」

「……昼より静かだからな」

「うん。あと、蓮さんといる夜って、ちょっと特別」

「……バカ」

「でも、本当なんだよ?」

陽翔は、オレンジの街灯の下で
蓮の横顔をそっと見上げた。
その顔は、昼間よりもやわらかく、
夜の空気に溶け込んで見える。

(……夜の蓮さん、やっぱり好きだ)



「なに笑ってんだ」

「んー、なんでもない」

「嘘つけ」

「……夜の蓮さん、かっこいいなって思ってただけ」

「……バカ」

蓮がわずかに目をそらす。
その頬に、街灯の光がやさしく差し込んでいた。
表情はいつもより少し柔らかくて――
陽翔の胸の奥が、じんわりと熱くなる。

「……なに照れてんだよ」

「照れてない」

「嘘~」

「うるせぇ」

そのやりとりも、すっかり“ふたりの日常”になっていた。



商店街の端にある、小さなベンチの前で
陽翔がふと足を止める。

「ちょっと、座ろっか」

「……また寄り道か」

「夜の寄り道は特別なの!」

「……勝手に特別にすんな」

「でも、蓮さんも嫌じゃないでしょ?」

蓮はため息をひとつついてから、
黙ってベンチに腰を下ろした。
陽翔も隣に座る。
夜風が頬をくすぐって、
仕事の疲れがゆっくりと抜けていくようだった。



「……ねぇ、蓮さん」

「ん」

「この時間、すごく好き」

「……なんで」

「だって……こうやって並んで、話して、笑って、黙っててもいい空気になるから」

「……」

蓮は何も言わずに、
自分の膝の上で手を組んだまま、夜空を見上げた。
星は少しだけ見える。
でも、陽翔の視線は――ずっと蓮の横顔を見ていた。

(……この人と、こうやって夜を過ごせるのが嬉しい)

「……なにガン見してんだ」

「ガン見してない」

「……してる」

「見たいから見てるの」

「バカ」

蓮が小さく顔をそらし、
その肩がほんの少しだけ陽翔の肩に触れた。
それだけで、胸の奥が甘くとろける。



「……なあ」

「なに?」

「明日も……こうやって帰れんのか」

「え?」

「……なんでもねぇ」

「んふ、今のちょっと照れる」

「うるせぇ」

「もちろん、明日も帰るよ。一緒に」

陽翔は笑って、
ベンチに座ったまま蓮の指先にそっと触れた。
ほんの少しの接触。
でも、夜の静けさのなかではそれが大きく感じられる。

「……っ」

「ね、あったかい」

「……寒いだけだろ」

「ちがう。蓮さんの温度」

「……バカ」

そのやりとりも、夜の空気に溶けて
街灯の光がふたりの影をやさしく並べた。



ふたりが立ち上がると、
商店街の先には、家へと続く道がまっすぐ伸びていた。
静かな夜の街。
その中を、ふたりの影が並んで歩いていく。

「……なぁ」

「ん?」

「こういう夜、悪くねぇな」

「うん、俺も好き」

「……バカ」

でもその「バカ」は、
今夜いちばんやさしい響きだった。

🕊️ 第59話 予告:「夜の帰り道 ふたりの影」
寄り道のあと、
肩を並べて歩く夜の道。
静けさと灯りの中に、ふたりだけの空気が溶けていく――。
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