Rain after Five

春夜夢

文字の大きさ
60 / 81

60

しおりを挟む
マンションの前まで戻ると、
夜空には小さな星がちらちらと瞬いていた。
冷たい風がふたりの頬を撫でる。
手はまだつないだまま――
そのぬくもりが、今日一日の疲れを溶かしていく。

「……今日も、長い一日だったね」

「お前が寄り道したせいだろ」

「え~でも、楽しかったでしょ?」

「……バカ」

「ふふっ」

小さく笑い合いながら、
エントランスを抜けてエレベーターに乗り込む。
小さな空間のなかで、ふたりの距離は自然と近くなる。
背中と壁がほんの少し触れる距離。
その“静けさ”が、なぜか心地いい。

「……なに黙ってんの」

「ん~、蓮さんといると、黙ってても落ち着くなって思って」

「……そういうの、普通に言うな」

「だって本当のことだもん」

「……バカ」

エレベーターの数字が上がる音だけが響く。
その沈黙さえも、ふたりにとっては甘くて静かな時間だった。



玄関に着くと、
鍵を回す音と同時に、
外の夜の空気から、家のぬくもりに切り替わる。
靴を脱ぎながら、陽翔がぽつりと呟いた。

「……やっぱり、帰ってくると安心するね」

「……あたりまえだろ」

「ううん、蓮さんと一緒だからだよ」

「……バカ」

「今日も、“ただいまのキス”する?」

「……勝手に決めんな」

「え、じゃあ……しないの?」

陽翔が少し上目遣いで見上げると、
蓮は視線をそらしながらも、
コートを脱いだ手を自然と陽翔の腰に回していた。

「……来いよ」

「っ……」

ぐいっと引き寄せられて、
体がぴたりと蓮の胸元に収まる。
夜風で冷えた頬に、蓮の体温が心地よく染みていく。

「……ただいま」

「……おかえり」

その言葉と同時に、
蓮がゆっくりと顔を近づける。
息が触れ合って、陽翔の喉が小さく鳴った。

「……」

唇がふれる音が、
静かな玄関の空気にふわりと溶けた。
深くない、でもしっかりと想いが伝わるキス。
手のひらが背中を撫でるたびに、心臓の鼓動が大きくなる。

「……ん」

「……おかえり」

「うん……ただいま」

ほんの短いキスなのに、
一日の疲れも、胸の奥のざわめきも、全部どこかに消えていく。



靴を揃えながら、陽翔がくすっと笑った。

「……ねえ」

「なんだよ」

「“ただいまのキス”って、やっぱりいいね」

「……バカ」

「でも、蓮さんも嫌じゃないでしょ?」

蓮は答えず、
軽く陽翔の髪をくしゃっと撫でただけだった。
その手の動きに、言葉なんていらない。

「……あったかいね」

「……暖房ついてるからな」

「ちがう。蓮さん」

「……うるせぇ」

でも、その声には少しだけ笑みが混じっていた。

夜の玄関に、ふたりのぬくもりが静かに満ちていく。
外の世界が寒くても、
ここだけは、いつだって“ふたりの帰る場所”だった。

🕊️ 第61話 予告:「夜のリビング」
玄関のキスのあと、
リビングで交わす何気ない会話。
日常の一コマが、ふたりにとって大切な“夜の時間”になる――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

敵国の将軍×見捨てられた王子

モカ
BL
敵国の将軍×見捨てられた王子

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

処理中です...