デスペラード・キル・キス

紀木 冴

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26番Room ≪再開の鐘

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 肌寒い部屋にブラインドからの日差しが眩しい。目を覚ました紘巳は横に置いてある時計を見ると髪をかき上げた。
すっと横で眠っている典登の顔が視線に入って寝ぼけ顔が自然に笑顔に変わり、無意識に愛しいキスを落した。床には昨日の行為を思い出させるように散らばった服。
ベッドから降りるとゆっくり集めた服を羽織りながらキッチンへと歩いた。

 『あーそっか……昨日あのまま』

 出したままの食材、まな板、包丁。キッチンで昨日の残骸が"おはよう"とお出迎えだ。
抜いた晩ご飯のせいか朝から空腹を感じて適当に目に入ったフルーツを摘んで口に入れた。
 
 テーブルに置かれたスマホに取ってモグモグさせながら操作するとメッセージと着信を確認する。

 『……羽山はやまさん』

 昨夜の着信履歴に並んだ名前。しばらく見なかった二文字に手を止めた。口の中を空っぽにすると通話ボタンを押した。

 「……もしもし?」
 『ご無沙汰しております。紘巳です』


 隣の部屋から微かに誰かの話し声が聴こえるような気がして布団から顔を出した典登。
隣に居るはずの紘巳の姿はなく、寝ぼけまなこで鈍いおもりおもりをつけた様な身体を起こすとよろよろと声のする方へ吸い寄せられた。

 『わかりました。では明日』
通話終了ボタンを押す。"フゥ"と溜め息のよう声を漏らしてゴムでキュッと髪の毛を束ねた。
 
 「誰と電話?」
下着姿の典登がドアに寄り掛かったまま紘巳の背中に言った。
 『あっ、起こしたか?……なぁ何か着ろよ、風邪引くぞ』
 「脱がした張本人がそれ言う?」
冷蔵庫からペットボトルを出して顔色変えず典登に近付いていく。

 「ふふっ。ごめん、冗談!服が見当たらなくて。それと……誰かさんのせいで身体中痛い」
 『とりあえず水でも飲めよ』
渡されたペットボトルの冷たさを掌に感じながら言われたままグイッと体内に染み込ませた。


 「どうして髪の毛束ねてんの?」

 紘巳がそうする時は自身を奮いたたせる時と決まっている。仕事の時もスイッチを切り替える為に髪の毛を束ねる。

 今はどうして?電話と関係があるのか?
 頭の中の疑問をそのまま紘巳にぶつけた。

 『典登。明日仕入れに行ってくる』
 「あーうん。じゃお店には夕方くらいに?」
 『いや明日は行かない。羽山さんの所に行ってくる』
 「えっ、それって……」
 『26番ルームを再開する』

 そう言った紘巳の眼差しに胸が熱くなった。この眼をした時の紘巳は止められない。髪を束ねた意味をここで理解した。
 「そっか。またやるんだね」
 『何も心配いらない。典登……キスしていいか?』
 「うん。……欲しい」


 昨夜とは違う甘ったるい柔らかいキス。
安心させるように時々唇を離して顔を見ながら心を通わせて"大丈夫だよ"と優しく諭すさとすように。
愛しい人の温かい体温を感じる。それだけで不安はどこかへ消え去る、愛とはそうゆうものだと。

  雨の高速道路は視界が悪く速度を緩めた。
カーナビの案内に従い高速を降りると目的地を示したマークがもう直ぐ近くだと指してる。
 『もうすぐか……』

 ニ時間程車を走らせて来たこの町に訪れたのは一年ぶりだろうか。特に変化はなく見慣れた景色のままだった。

 次第に雨は小雨になり太陽が雲の隙間から見え隠れし始めた。ポツポツと間隔をあけて家が並んでいる木々に囲まれた通りを抜けていく。高速を降りてからすれ違う車は数えるほどで人の気配もほとんどない。


 ゆるい坂を登って見えてきた目的地のコテージ。ゆるゆると減速し止まっていた車の横に停車させると賑やかな歩みで出てきた一匹の犬。
犬種は知らないが、番犬とは程遠いほど人間に懐いて警戒心は全く見せない。

 『ケンタロウ。久しぶり覚えてるか?』

 頭をでてやると舌を出してふんわりとした茶毛の身体をスリスリと押しあてて喜んでいる。


 「紘巳くん!久しぶりだね。悪いね、わざわざこんな田舎まで」
ドアが開いたと同時に声がした。

この犬の飼い主でもあり連絡をくれた羽山剛はやまごうだ。
 『いえ。ご連絡ありがとうございます』
軽い会釈をして久しぶりの再会に笑顔になる。

 年は50歳半ばくらいの背の高いダンディなおじ様。スーツでも着て会社に居れば、頼り甲斐のある優しい若手にしたわれる上司といった様な風貌だ。   

 「まぁ雨も降ってるし中へどうぞ」
 『お邪魔します』

 天井でシーリングファンが回転し木材の香りが漂うリビングに通されソファに腰掛ける。パタパタと寄ってきては"もっと撫でて"とおねだりする。
 「ケンタロウは紘巳くんの事が好きみたいだ。ちょっと遊んでいてくれるかな。妻は用事で出掛けてて大したおもてなしも出来ないけど」
 『いえ、お構いなく』
そう言って部屋を離れていった。


 リビングを見渡すと写真立てが並び、奥さんや友人達との笑顔が溢れた写真がずらり。立ち上がって前屈かがみで一枚ずつ覗きこんだ。
その内の一枚に目が止まりしばらく見つめた。

 「あっその写真、最近同窓会があってね。同級生が懐かしいだろってくれたんだよ。そいつと俺と竜也でバカやってた頃の」
紅茶カップを持って話ながら戻ってきた。
 
 『すいません、勝手に』
 「そう言えば紘巳くんはいくつだったかな?」
 『28です』
 「じゃその写真はちょうど今の紘巳くんぐらいだな。若いだろ?俺も竜也も」
 『えぇ。羽山さんもオーナーもカッコいいですね』
 
 羽山が竜也と呼ぶ写真の男。
Desperadoの前オーナー筧竜也かけいたつやだ。大学の同級生で羽山とは卒業後も仕事で取引き先として親しかった。
 

 「おっと!余計な話ばかりしちゃったね。帰り遅くなってもいけないし早速本題に入ろう」
 そう言って鍵付きの厳重なケースから遮光瓶を取り出すと紘巳の前にカタンと置いた。

 「はい、ご注文通り100mlで用意したよ」
 『ありがとうございます』


 羽山の仕事はアロマオイル栽培農家。
オイル抽出するためにさまざまな種類の植物を栽培している。モノによっては数滴を抽出するために何キロという量の植物を使うことも珍しくない。広大な土地は必要不可欠だ。

 ただここで栽培されるオイルはひと味もふた味も違う。他にはない貴重な香りや効果が見つけられる、この業界でも一部の人間しか知らない農家だ。


 そんな中でも今日ここにきた理由はこの瓶の中に閉じ込められたこの魔法のようなオイル。
これを買い付けに紘巳は時間や手間をかけても定期的にわざわざ足を運ぶ。
Desperadoにしか売らないオイルだ。


 瓶の蓋を少しだけ開けて香りを嗅ぐ。
例える表現が見つからない独特な香りは、香り慣れしている紘巳ですらクラクラしてしまう。

 『本当に素晴らしいです。感謝します』

 鞄から封筒を出して羽山の前に出した。封筒の厚みから札束の枚数が想像出来た。

 「このオイルは竜也の意志を受け継いだ紘巳くんしか扱えない。誰かの幸福のために使ってくれ」
 『わかりました』

 玄関で厳重に瓶を抱えながら革靴に靴べらを通す。

 『次来る時は妻がいる時にしてくれ。久しぶりに会いたがっていたから』
 「はい、是非。……俺もいずれはこんな暮らしがしたいです。愛する人と」

 『紘巳くんなら叶えられるよ。また必要なら連絡してくれ。典登くんにもよろしく』
 ペコっと頭を下げてケンタロウの頭をポンポンと撫でて扉が閉まった。


 中で話しているうちにすっかり雨は上がっていた。車の窓をあけるとペトリコールの匂いが車内に漂ってくる。雨が降った時、地面から湧き上がるあの匂いを指す言葉だ。
雨は嫌いでもあの匂いを嫌いという人は少ない。

 香りには全て記憶がありそこに感情が宿る。
この瓶の中のオイルにもこれから色んな愛の物語が刻まれていく――
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