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番外編:本編完結後
★ 拗らせ思春期野郎の憂鬱:後編
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そんな“理不尽”夫婦からすれば「お前もだ」と巽を指さしかねないが、多分今言うのであれば巽は十分流せるだろう。
巽の前には巽のシャツを着たカイトが立っている。まだ下にはジーパンを履いているが。
「で、下を脱げば、いいんでしょ?」
言うや否や、カイトは恥じらいもなくジーパンを脱ぎ捨てた。
まさか目の前で脱ぐとは思わなかった巽の目が点になる。
脱いだカイトよりも、脱がれた巽の方が恥ずかしそうという摩訶不思議な構図にもなった。
「思った。巽さんの思考が変態になろうと、拗らせ思春期男子、だろうと、恋人同士だけど同性なんだから、下手に恥ずかしがったり嫌だって言ってる方が、恥ずかしいってね」
すらりと伸びた脚は本人が悩む通り筋肉質とは言い難く、巽のシャツの大きさがよく分かるほどに足を隠している。
「改めて着て思った。巽さんの方が、俺より身長あるけど、筋肉質っていうか……体に厚みがあるから、より、余計に、ぶかぶかするね。少しイラッとするし、袖が邪魔」
せっせと袖を折り、捲り上げるカイトに彼シャツを提案された時のような雰囲気はない。
恋人、しかし同性。というのが切り替える良いポイントだったのだろうが、もう一つある。
「前に付き合ってた時は、Tシャツに下着で歩いてたし。まあ、それを考えれば『恥ずかしい!変態』とか言う必要もなかったと思った。それにさ、こういうのって、着ている人が『恥ずかしい』とか『なんかやましい』とか思うから、それが雰囲気とか?に現れて、見ている側も、そう思うんじゃない?」
「おう?」
「俺が気にしなければ、なんて事はない、以前の俺と巽さんの、休日みたいな、ものじゃない」
うん、と一人で納得したカイトの言うように、以前のカイトは泊まった翌日シャツに下着という出立ちで過ごした事もある。
巽だってそれは十分知っている。案外とカイトはそう言うところで堂々とというべきなのか、気にしない方だったかもしれない。
今回も自分で納得してしまったカイトは「よし」と言って、陽が当たって暖かい窓のそばに置いた大きなクッションの上に戻った。カイトは彼シャツをおねだりをされる前はここで同じようにくつろいでいたのだ。
その時と同じように、クッションの脇に置いておいた本を広げ、クッションの上で膝を抱えるような格好で読み始める。
「彼シャツってギュンってそそる服装らしいよ」などと笑顔で言って、「龍二さんも俺にそうなるといいなあ」とも言った、カイトが彼シャツになった原因を作った奏が見れば「なんと大胆……!」な姿だろうが、カイトは自然体だった。
なにせカイトは既に今の服装を先の通りで納得して、それでおしまいにしてしまっている。
それに“以前”の巽はカイトの服装いかんで理性を揺さぶられると言う事もなかったし、カイトもそれを知っているから、気にする必要すらなかった。
が、それはあくまで以前の巽。
今の巽の心情をカイトはまだ分かっていなかった。
今の巽はカイトが夏着る服ひとつに大騒ぎするような、服装ひとつでいろいろな思いを左右させる男になってしまったのだ。
あの夏の大事件──カイトの服装ひとつで大騒ぎし、俊哉とリトに若干引かれた『美人の彼氏に着せる夏の服装大事件』である──で巽の心配については理解もしたけれど、まだ今の巽の服装ひとつで云々にまでは気を配ってあげられないのが現状である。
つまり今、膝を抱え真剣に本を読むカイトを見て巽がなにを思うかなんて、カイトは想像も出来ないのだ。
(あー……、クソかよ)
なにがクソかって、自分の好奇心だと彼、巽は言う。
自分だって恋人カイトの服装で自分が左右されると“夏の大事件”で分かっていたのに、その自分が好奇心に負けたらどうなるかだって分かっていたのに
「なんで負けちまうかなァ」
フラフラ立ち上がって歩いて行った先で、頭を抱えてコーヒーメーカーの前でしゃがみこんだ。
心頭滅却すれば、などという言葉もあるが
(ありゃア、相当出来のいい頭と強靭な精神力があるからこそ、だろうなあ)
とても自分には難しいとコポコポと音を立てて入っていくコーヒーだけに集中する。
本当に、とても情けない話だろうが、今気を抜くとカイトをジッと見てしまいそうで巽は居た堪れないのだ。
恋人なのだし見ればいいじゃないかという問題ではない。少なくとも今は違う。
見続けたら思わずこう、この俊哉曰く拗らせた思春期の男の子な巽は思わずこう、行き過ぎたスキンシップを取ってしまいそうな気がするのだ。
いや、とる。自信もある。ちょっとでも自分を許したら、自分の欲望を僅かにでも解放したら、押し倒しかねないのだ。
(彼シャツ……奏の野郎、どうでもいい話をしやがって)
完全な八つ当たりだが、巽は真剣に八つ当たりをしていた。
その気持ちが表に出てコンコンと無意識にテーブルを指で叩いている音が、カイトの耳にも届く。
本からそっと視線を上げると、コーヒーメーカーの前で項垂れ何かを紛らわすように指で叩く恋人が見える。
「拗らせた思春期の男の子に成り下がってる」と言われた巽の変貌っぷりを改めて実感したというか、夏の一件で感じた以上に巽はそうなったのかと思うと、カイトは自然と笑顔になっていた。
以前なら何を着たって「似合う」か「似合わない」のようなものだった巽の反応が、面白いくらいに違う。しかも、カイトにだけ。
今までとは気持ちが違うと言った巽の言葉は、よりを戻してからこちらの言動で実感はしている。時々分からなくて通り過ぎてしまう事もあるけれど、立ち止まった時に「あ」と気がつく事もある。
巽のその今までとの違いはカイトを温かいもので包んでくれた。
だからこそ二人は、前を向いて一緒に歩いて変わろうとしている。
(自分で頼んでおいて、困ってるなんて……ふふ、ふは、巽さんも)
バカだというべきか、可愛いと言ってやるべきか。カイトは考えたら笑ってしまった。
そして巽が変わっていくように、カイトも変わっていく。だからカイトは、今までのカイトからすると想像しないような行動を取る事にした。
ちょっとした意趣返しだ。
「コーヒー、はいった、みたいだけど?」
本を床に置く時も、立ち上がる時も音を立てないように、足音を立てないように、巽の真後ろに回ったカイトは巽の背中に体を預けるように寄りかかった。
巽は声にならない悲鳴をあげる。カイトは大笑いしたいところをグッと堪えた。ここで笑ったら“意趣返し”にならない。
「お、おまっ」
「巽さん、コーヒー、はいってる」
巽が振り返り何かを言いたそうに口を開けたのを無視して、カイトは立ち位置を変え今度は巽の正面から体を寄せる。
ぴったりとくっついて見上げると、巽は面白いほど固まっていた。
過去こんなふうになった巽を見た事がある恋人はいたのだろうか。カイトはそう思ってすぐに否定した。
いたらきっと巽はその人を大切にしていただろうと。だから今、こんなに自分を大切にしてくれているのだと。
カイトにはこの考えに自信があった。それだけ巽の気持ちを信じているのだ。
「ちょっと、ごめんね」
言ってカイトはその体勢のまま手を伸ばす。コーヒーカップがコーヒーメーカーの隣にふたつ並んでいる、それを取ろうとしたら巽がカイトを抱き込んだ。
「お前はッ」
その先が続かない巽の、その先を聞こうと黙っていたカイトも全く続かないままだと抑えていた笑いを堪えられなくなった。
「ぷっ、はははは」
「からかってンのか」
「そうだよ!」
抱きついたまま苛立ちを含んだ声で言う巽に、カイトは笑いながら答える。
「だって、巽さん、おもしろいんだもの」
「おもしろ……このやろう」
カイトは「あははは」と目に涙を溜めるほど笑ってなんとか顔を上げると、また笑い出してしまいそうなほどにムスッとした巽が見下ろしている。
「兄さんの言う通りだなって、思ったら、おもしろくって」
「そうかよ」
巽はテーブルに背を預け、少しだけ腕の力を緩めてカイトを抱きしめたまま。
「こんな、彼シャツで、何を思ってるって言わそうだけどさ」
「ん?」
「こんなふうになった巽さんを、見た事がある恋人はいたのかな、って思って」
「いねーよ。なってもいねェし」
「だよね。だから、そう思ったら、ははは、『彼シャツしても俺になにも得ない』って言ったけど、そうじゃないって思ったら、幸せになっただけ」
驚いた表情をした巽に、カイトは続ける。
「でも、今まで俺、色々傷ついたし?ちょっと意趣返ししよう、って思って抱きつきにきたんだけどね?」
「あッははははは!」
意趣返しされた事にか、彼シャツでカイトにも得るものがあったからか、幸せだと言ってくれたからか、巽が思い切り笑う。
「そういうことなら、彼シャツはますます悪くねェなア」
ニヤリと笑った巽は目を細め、見上げてくるカイトを“優しく”睨みつける。
「でもまァ……俺の気持ちを知って、俺が今までした数々の愚行への意趣返しとはいえ、煽ってくれたカイトにゃァ可愛いオシオキくらい悪くねェだろ?」
「は?」
巽にキスをされたとカイトが思った次の瞬間には唇が離れ、首にそれが落ちた。チクリとしたその感覚にカイトは苛立ちは一切なく、むしろ懐かしさと羞恥と、そして僅かな喜びだった。
「ハッ、顔真っ赤にしちまって、可愛いなア」
その感情を全て見抜いた顔をしている巽をカイトは引き剥がし、首を手で抑える。
初々しい反応に巽の顔がニヤニヤと意地悪くなっていく。
「カイト、好きだよ」
「拗らせた思春期の男の子みたいな巽さんも、嫌いじゃないよ」
挑発的な蠱惑的な笑顔で言ったカイトに、巽は理性を強く握りしめた。
■おまけ■
「でもさ、別に男の人が誰しも、こういうの好きなわけじゃないと思うよ?」
「そうか?」
「そうだよ。俺もだし、兄さんも興味なさそう、じゃない?」
「まあそうだが……、こういっちゃなんだが、リトが俊哉のシャツを着ても『ちょっとだけ大きいかな?』くらいの感想しかねェだろ。下手したら、少しだけ大きめのシャツ着た格好いい彼女にしかならん」
「うん、そうかも」
「だろ?」
知らないところでこんな会話をされていたリトが、実はちょっとだけ彼シャツに憧れていた事は誰も知らない。
リトが望むような彼シャツが出来るシャツの持ち主は残念ながら、彼女のにっくき相手巽と、その世話役くらいしかいないのである。
巽の前には巽のシャツを着たカイトが立っている。まだ下にはジーパンを履いているが。
「で、下を脱げば、いいんでしょ?」
言うや否や、カイトは恥じらいもなくジーパンを脱ぎ捨てた。
まさか目の前で脱ぐとは思わなかった巽の目が点になる。
脱いだカイトよりも、脱がれた巽の方が恥ずかしそうという摩訶不思議な構図にもなった。
「思った。巽さんの思考が変態になろうと、拗らせ思春期男子、だろうと、恋人同士だけど同性なんだから、下手に恥ずかしがったり嫌だって言ってる方が、恥ずかしいってね」
すらりと伸びた脚は本人が悩む通り筋肉質とは言い難く、巽のシャツの大きさがよく分かるほどに足を隠している。
「改めて着て思った。巽さんの方が、俺より身長あるけど、筋肉質っていうか……体に厚みがあるから、より、余計に、ぶかぶかするね。少しイラッとするし、袖が邪魔」
せっせと袖を折り、捲り上げるカイトに彼シャツを提案された時のような雰囲気はない。
恋人、しかし同性。というのが切り替える良いポイントだったのだろうが、もう一つある。
「前に付き合ってた時は、Tシャツに下着で歩いてたし。まあ、それを考えれば『恥ずかしい!変態』とか言う必要もなかったと思った。それにさ、こういうのって、着ている人が『恥ずかしい』とか『なんかやましい』とか思うから、それが雰囲気とか?に現れて、見ている側も、そう思うんじゃない?」
「おう?」
「俺が気にしなければ、なんて事はない、以前の俺と巽さんの、休日みたいな、ものじゃない」
うん、と一人で納得したカイトの言うように、以前のカイトは泊まった翌日シャツに下着という出立ちで過ごした事もある。
巽だってそれは十分知っている。案外とカイトはそう言うところで堂々とというべきなのか、気にしない方だったかもしれない。
今回も自分で納得してしまったカイトは「よし」と言って、陽が当たって暖かい窓のそばに置いた大きなクッションの上に戻った。カイトは彼シャツをおねだりをされる前はここで同じようにくつろいでいたのだ。
その時と同じように、クッションの脇に置いておいた本を広げ、クッションの上で膝を抱えるような格好で読み始める。
「彼シャツってギュンってそそる服装らしいよ」などと笑顔で言って、「龍二さんも俺にそうなるといいなあ」とも言った、カイトが彼シャツになった原因を作った奏が見れば「なんと大胆……!」な姿だろうが、カイトは自然体だった。
なにせカイトは既に今の服装を先の通りで納得して、それでおしまいにしてしまっている。
それに“以前”の巽はカイトの服装いかんで理性を揺さぶられると言う事もなかったし、カイトもそれを知っているから、気にする必要すらなかった。
が、それはあくまで以前の巽。
今の巽の心情をカイトはまだ分かっていなかった。
今の巽はカイトが夏着る服ひとつに大騒ぎするような、服装ひとつでいろいろな思いを左右させる男になってしまったのだ。
あの夏の大事件──カイトの服装ひとつで大騒ぎし、俊哉とリトに若干引かれた『美人の彼氏に着せる夏の服装大事件』である──で巽の心配については理解もしたけれど、まだ今の巽の服装ひとつで云々にまでは気を配ってあげられないのが現状である。
つまり今、膝を抱え真剣に本を読むカイトを見て巽がなにを思うかなんて、カイトは想像も出来ないのだ。
(あー……、クソかよ)
なにがクソかって、自分の好奇心だと彼、巽は言う。
自分だって恋人カイトの服装で自分が左右されると“夏の大事件”で分かっていたのに、その自分が好奇心に負けたらどうなるかだって分かっていたのに
「なんで負けちまうかなァ」
フラフラ立ち上がって歩いて行った先で、頭を抱えてコーヒーメーカーの前でしゃがみこんだ。
心頭滅却すれば、などという言葉もあるが
(ありゃア、相当出来のいい頭と強靭な精神力があるからこそ、だろうなあ)
とても自分には難しいとコポコポと音を立てて入っていくコーヒーだけに集中する。
本当に、とても情けない話だろうが、今気を抜くとカイトをジッと見てしまいそうで巽は居た堪れないのだ。
恋人なのだし見ればいいじゃないかという問題ではない。少なくとも今は違う。
見続けたら思わずこう、この俊哉曰く拗らせた思春期の男の子な巽は思わずこう、行き過ぎたスキンシップを取ってしまいそうな気がするのだ。
いや、とる。自信もある。ちょっとでも自分を許したら、自分の欲望を僅かにでも解放したら、押し倒しかねないのだ。
(彼シャツ……奏の野郎、どうでもいい話をしやがって)
完全な八つ当たりだが、巽は真剣に八つ当たりをしていた。
その気持ちが表に出てコンコンと無意識にテーブルを指で叩いている音が、カイトの耳にも届く。
本からそっと視線を上げると、コーヒーメーカーの前で項垂れ何かを紛らわすように指で叩く恋人が見える。
「拗らせた思春期の男の子に成り下がってる」と言われた巽の変貌っぷりを改めて実感したというか、夏の一件で感じた以上に巽はそうなったのかと思うと、カイトは自然と笑顔になっていた。
以前なら何を着たって「似合う」か「似合わない」のようなものだった巽の反応が、面白いくらいに違う。しかも、カイトにだけ。
今までとは気持ちが違うと言った巽の言葉は、よりを戻してからこちらの言動で実感はしている。時々分からなくて通り過ぎてしまう事もあるけれど、立ち止まった時に「あ」と気がつく事もある。
巽のその今までとの違いはカイトを温かいもので包んでくれた。
だからこそ二人は、前を向いて一緒に歩いて変わろうとしている。
(自分で頼んでおいて、困ってるなんて……ふふ、ふは、巽さんも)
バカだというべきか、可愛いと言ってやるべきか。カイトは考えたら笑ってしまった。
そして巽が変わっていくように、カイトも変わっていく。だからカイトは、今までのカイトからすると想像しないような行動を取る事にした。
ちょっとした意趣返しだ。
「コーヒー、はいった、みたいだけど?」
本を床に置く時も、立ち上がる時も音を立てないように、足音を立てないように、巽の真後ろに回ったカイトは巽の背中に体を預けるように寄りかかった。
巽は声にならない悲鳴をあげる。カイトは大笑いしたいところをグッと堪えた。ここで笑ったら“意趣返し”にならない。
「お、おまっ」
「巽さん、コーヒー、はいってる」
巽が振り返り何かを言いたそうに口を開けたのを無視して、カイトは立ち位置を変え今度は巽の正面から体を寄せる。
ぴったりとくっついて見上げると、巽は面白いほど固まっていた。
過去こんなふうになった巽を見た事がある恋人はいたのだろうか。カイトはそう思ってすぐに否定した。
いたらきっと巽はその人を大切にしていただろうと。だから今、こんなに自分を大切にしてくれているのだと。
カイトにはこの考えに自信があった。それだけ巽の気持ちを信じているのだ。
「ちょっと、ごめんね」
言ってカイトはその体勢のまま手を伸ばす。コーヒーカップがコーヒーメーカーの隣にふたつ並んでいる、それを取ろうとしたら巽がカイトを抱き込んだ。
「お前はッ」
その先が続かない巽の、その先を聞こうと黙っていたカイトも全く続かないままだと抑えていた笑いを堪えられなくなった。
「ぷっ、はははは」
「からかってンのか」
「そうだよ!」
抱きついたまま苛立ちを含んだ声で言う巽に、カイトは笑いながら答える。
「だって、巽さん、おもしろいんだもの」
「おもしろ……このやろう」
カイトは「あははは」と目に涙を溜めるほど笑ってなんとか顔を上げると、また笑い出してしまいそうなほどにムスッとした巽が見下ろしている。
「兄さんの言う通りだなって、思ったら、おもしろくって」
「そうかよ」
巽はテーブルに背を預け、少しだけ腕の力を緩めてカイトを抱きしめたまま。
「こんな、彼シャツで、何を思ってるって言わそうだけどさ」
「ん?」
「こんなふうになった巽さんを、見た事がある恋人はいたのかな、って思って」
「いねーよ。なってもいねェし」
「だよね。だから、そう思ったら、ははは、『彼シャツしても俺になにも得ない』って言ったけど、そうじゃないって思ったら、幸せになっただけ」
驚いた表情をした巽に、カイトは続ける。
「でも、今まで俺、色々傷ついたし?ちょっと意趣返ししよう、って思って抱きつきにきたんだけどね?」
「あッははははは!」
意趣返しされた事にか、彼シャツでカイトにも得るものがあったからか、幸せだと言ってくれたからか、巽が思い切り笑う。
「そういうことなら、彼シャツはますます悪くねェなア」
ニヤリと笑った巽は目を細め、見上げてくるカイトを“優しく”睨みつける。
「でもまァ……俺の気持ちを知って、俺が今までした数々の愚行への意趣返しとはいえ、煽ってくれたカイトにゃァ可愛いオシオキくらい悪くねェだろ?」
「は?」
巽にキスをされたとカイトが思った次の瞬間には唇が離れ、首にそれが落ちた。チクリとしたその感覚にカイトは苛立ちは一切なく、むしろ懐かしさと羞恥と、そして僅かな喜びだった。
「ハッ、顔真っ赤にしちまって、可愛いなア」
その感情を全て見抜いた顔をしている巽をカイトは引き剥がし、首を手で抑える。
初々しい反応に巽の顔がニヤニヤと意地悪くなっていく。
「カイト、好きだよ」
「拗らせた思春期の男の子みたいな巽さんも、嫌いじゃないよ」
挑発的な蠱惑的な笑顔で言ったカイトに、巽は理性を強く握りしめた。
■おまけ■
「でもさ、別に男の人が誰しも、こういうの好きなわけじゃないと思うよ?」
「そうか?」
「そうだよ。俺もだし、兄さんも興味なさそう、じゃない?」
「まあそうだが……、こういっちゃなんだが、リトが俊哉のシャツを着ても『ちょっとだけ大きいかな?』くらいの感想しかねェだろ。下手したら、少しだけ大きめのシャツ着た格好いい彼女にしかならん」
「うん、そうかも」
「だろ?」
知らないところでこんな会話をされていたリトが、実はちょっとだけ彼シャツに憧れていた事は誰も知らない。
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