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✿ 密着!カナメ様の学園生活
正午、リンス・アントネッリ:後編
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「こうしていると、思い出すよなあ」
「何をだ?」
今平民の間で流行っているという、サンドイッチを平らなフライパンとフライパンで挟んで両面焼く──つまり、現代でいう“ホットサンド”である──それと、衣を着けこんがり揚げた白身の魚に申し訳なさ程度に添えられた緑の野菜、そんな料理の乗った大きめの皿を前にリンスはしみじみ言った。
「前にさ、いや、学生だった頃さ、この辺りにすっごい美人な看板息子がいるっていう食堂があるって、俺一人で出かけたことがあるだろう?」
「ああ、結局行けなかったあれだな。迷子になって、その上人助けをして」
「そうそう。でもね、迷子じゃないからね。道が分からなかっただけだからね」
頷きながらリンスは、テーブルの上にあるブラウン色のビネガーを揚げた魚にかける。
ビネガーが得意ではないヨーセフはそれに理解できないと小さく首を振った。彼は添えられているチーズの風味がする白いソースの方が気に入ったようだ。
対照的な二人を見ながらサシャは優雅に──ホットサンドを手で食べる姿にどうかと思うが、実に優雅に──ホットサンドを口に入れる。
「あれさ、別に美人な看板息子だけが目当てじゃなかったんだよ。そう言えばサシャにそこを否定してなかったと思い出して!」
「何年前の話をしているんだ」
「思い出したら言わずにはいられないよ」
「そうか……」
目の前で──しつこくて申し訳ないが──本当に優雅にホットサンドを食べ、これまた上品に揚げた魚に手をつけるサシャに
(同じ動作なのにこの優雅さの違いは一体?)
と頭の隅で考えるリンスは
「あれさ、そこの看板息子がなんだか珍しい楽器を弾けるって噂も聞いて、そういうの、カナメが好きだろう?だから確かめてサシャに教えてあげたくてさあ」
「そうだったのか」
「そうだよ。第一、美人の看板息子にはどえらい腕の立つハンターの旦那がいるらしいから、俺、そういう怖いことしないって決めてるから」
「略奪しようとしていれば私は止めるぞ」
「真面目な顔で言わないで。俺、しないって知ってるでしょ?」
少し脂っぽくなった指でサシャに講義するリンスにサシャは鼻で笑う。
こんなふうに笑われてもリンスはただムッとするだけ。それは「そんなことしないって知ってるのに、ムキになって言い返すなんて」というちょっと意地の悪い気持ちが入った笑い方で、蔑むような意味がないから知っているだけ。
サシャが他の人間に鼻で笑う時はどうだかリンスは知らない──とはいえ、大体がバカにしているのだろうなと予想はついている──が、冷たいと言われる黒薔薇様の友人に対する表現なので、彼が気にしたことはない。
「そうか、カナメに」
「そう。だって好きそうじゃないか。珍しいのは」
「確かにな。否定はしない。ふむ、今でも看板息子はその楽器を持っているのだろうか?ならば聞いてみたいところだが……カナメのために」
「最後の、分かっているから付け加えなくていいよ」
綺麗にほとんど食べ尽くした──魚が少しだけ残っている。どうやらビネガーにするか、チーズ風味のソースにするか悩んでいるらしい──サシャは指をきゅきゅっと拭いている。
これが自分だったら舐めちゃうなあと、リンスは自分の指を見つめた。
こんなところも学生時代からお互い変わらない。
リンスが初めてカナメと会って以降、デボラが一人王都で寮暮らしをするリンスを気にしたのか、「週末予定がなければ」とよく週末ギャロワ侯爵家にリンスを呼んだ。
最初は優秀な男と評判のギャロワ侯爵家当主シルヴェストルと、社交界の白薔薇と評されるデボラもいるディナーやらなにやらに緊張したリンスだが、サシャが友人だと言い連れてきたことがよかったのか──シルヴェストルもデボラも、サシャが「友人」だと誰かを紹介する日が来るとは思っていなかったのである──、いつも暖かく向かい入れてくれ、城勤めが始まった時には城へ行き来するにいい場所の物件と使用人を紹介してくれた。
今の給料じゃ難しいと使用人に関しては辞退しようと思ったのだが、シルヴェストルが、「彼らは引退してくれと言っても頷いてくれない働くのが好きな老夫婦なんだ。こちらの屋敷では必要以上に働いてしまう。この物件ならば建物内の使用人部屋に住むことが可能であるし、彼らにとってちょうどいい仕事しかない。それに彼らには我が家を退職する際に退職金を十分払う。君は彼らが家無しにならないようにしてくれれば大丈夫だよ」なんて言われて、ここまでお膳立てされて結構だとは言えず、老夫婦がリンスの小さな屋敷で使用人として今も働いている。
申し訳ないなあと思うリンスの愚痴を聞いたのは、驚くことにカナメだ。
(あの日は今思えばきっと、王子妃教育でもしていたのかもしれないなあ……)
少し疲れたような顔のカナメがリンスを見つけて「リンスさん」と声を掛けた日だ。
少しだけ曇っていて、珍しく肌寒い日だった。
カナメも学園に入学し二年になろうとしていたと、リンスは記憶している。
外ではすっかりギャロワ侯爵家の次男で噂通りのクールビューティーのカナメにリンスは少しだけ心配もした。そんな記憶もリンスにはあった。
城の中で、ギャロワ侯爵家次男であるカナメと会ったのは、リンスはあの日が初めてだった。
「なんだ、そんなことですか」
その日、愚痴をこぼしたリンスにカナメはそう言った。
人目がある場所だからだろう。幾分も丁寧な言葉にリンスは「そうかな」と肩をすくめる。
「そんなことかな……かなりよくしていただいているよ」
「父は、兄上の友人だからという理由だけで、手を回すような人ではありませんし、職務に関しては絶対にしないですから」
「そうは言っても、花形らしいんだよ。対外関係省って。それで顧問の補佐官だよ?ヒラじゃないんだよ?」
「そう言ったら兄上は対外関係主席顧問の補佐官ですよ?」
「サシャは頭も良ければ武術も優れている上に家格もよろしいからおかしくないんです」
キリッとした顔で否定するリンスに、カナメは口に手を当てて笑いを押しとどめた。
「リンスさんは、リンスさんだからこそ父も母も気にかけているんです。それにリンスさんのような方だからこそ、補佐官になったんだと思いますよ」
不思議そうな顔で見つめるリンスに、カナメは口元の手を退けて
「自分には分からない何かがあるんです。リンスさんも。だって私、友人だと紹介されたの、リンスさんだけですから」
そういうことです。というだけ言って、立ち去ろうとするカナメの腕を思わずリンスは掴んだ。
カナメの従者であるアーネが息を呑む音がした。
その音はリンスの耳にもかすかに届いたけれどリンスは理性が働かなかった──────いや、リンスだからこそ彼の理性が働いたのかもしれない。
「いつか、カナメさま、正反対の性格のお兄ちゃんが二人いるようだと言ってくれましたよね」
「え、うん」
驚いて「うん」と言って振り返ったカナメの腕をリンスは離す。
しかしリンスの手は再び動き、カナメの手を掴んだ。瞬間カナメの手が反応してキュッとリンスの手を握り返す。
握手をしているように見える、そんな手の組み合わせ方だ。
「光栄にもお兄ちゃんだと思ってくれている俺から、今できる最大限の応援です」
どういうことかと訝しげになるアーネにも一礼して、立ち止まってしまったカナメを置いてリンスがその場を立ち去る。
カナメがそっと手を開くと、いつだったか、リンスがお土産だとプレゼントしてくれた、カナメが美味しいと頬張った飴玉がふたつそこに残っていた。
リンスはあの疲れた顔が少しでも、昔を思い出して笑ってくれればいいなとそう思っただけ。
もしかしたら毒味だなんだのと言ってカナメの口に入らないかもしれない。
それでもいいのだ。
カナメが飴を頬張って甘い美味しいと笑ったあの日を思い出して、少しでも笑ってくれれば。
曇り空の下だって「ブラコン?よくわからないのですが、お兄様が好きなんです」と屈託なく笑ったあの時のように。
「リンス、そういえばお前に買ってやろうと思ったものがあるんだ」
「なに?唐突すぎて怖いんだけど」
食事も終え、城へ帰るために迎えの馬車まで歩くサシャがそう言って立ち止まった。
「そこで待ってろ」
「いや、いいけど……なに?俺、何かねだった?いや、サシャって俺がねだっても何も買ってくれないよね?」
「当たり前だろう。リンスはカナメではないのだから。ねだられても可愛くはない」
「ぶ、ぶれない……!」
すっと近くの店に入ったサシャの背中にリンスは首を傾げ、同じようにサシャを見送る形になっているヨーセフに聞く。
「ついていかなくていいの?サシャ、侯爵家嫡男だよ?」
「サシャ様でしたら暴漢数人くらい、瞬殺でございましょう」
「店の中で容赦なく瞬殺しそうで怖いわ」
「そうなったらギャロワ侯爵家が責任を持って、賠償いたします。何も問題はございませんね」
「瞬殺前提なのね……」
ニコニコと澱みなく答えるヨーセフに引くリンス。
しばらくそんな話をしているとサシャが何かを手に持って店を出てきた。
何を持っているんだ、と聞こうとしたリンスにサシャはそれを渡す。
反射的に何かを受け取ったリンスがサシャを見ると
「カナメに頼まれていたんだ。『もう一人のお兄ちゃんに、いつかのお礼を倍にして返したい』だと。フと思い出したからな。ついでに私からの礼も入れておいた」
リンスが受け取ったそれは、両手で包むには少し大きな透明の容器。
中には上までいっぱいに、あの日の飴が詰まっている。
「そっか。お礼かあ」
「ああ」
あの日のカナメが飴を口に入れることができたか、リンスはやっぱり分からない。
でもきっと笑顔にはできたのだろうと、リンスの顔も笑顔になった。
「何をだ?」
今平民の間で流行っているという、サンドイッチを平らなフライパンとフライパンで挟んで両面焼く──つまり、現代でいう“ホットサンド”である──それと、衣を着けこんがり揚げた白身の魚に申し訳なさ程度に添えられた緑の野菜、そんな料理の乗った大きめの皿を前にリンスはしみじみ言った。
「前にさ、いや、学生だった頃さ、この辺りにすっごい美人な看板息子がいるっていう食堂があるって、俺一人で出かけたことがあるだろう?」
「ああ、結局行けなかったあれだな。迷子になって、その上人助けをして」
「そうそう。でもね、迷子じゃないからね。道が分からなかっただけだからね」
頷きながらリンスは、テーブルの上にあるブラウン色のビネガーを揚げた魚にかける。
ビネガーが得意ではないヨーセフはそれに理解できないと小さく首を振った。彼は添えられているチーズの風味がする白いソースの方が気に入ったようだ。
対照的な二人を見ながらサシャは優雅に──ホットサンドを手で食べる姿にどうかと思うが、実に優雅に──ホットサンドを口に入れる。
「あれさ、別に美人な看板息子だけが目当てじゃなかったんだよ。そう言えばサシャにそこを否定してなかったと思い出して!」
「何年前の話をしているんだ」
「思い出したら言わずにはいられないよ」
「そうか……」
目の前で──しつこくて申し訳ないが──本当に優雅にホットサンドを食べ、これまた上品に揚げた魚に手をつけるサシャに
(同じ動作なのにこの優雅さの違いは一体?)
と頭の隅で考えるリンスは
「あれさ、そこの看板息子がなんだか珍しい楽器を弾けるって噂も聞いて、そういうの、カナメが好きだろう?だから確かめてサシャに教えてあげたくてさあ」
「そうだったのか」
「そうだよ。第一、美人の看板息子にはどえらい腕の立つハンターの旦那がいるらしいから、俺、そういう怖いことしないって決めてるから」
「略奪しようとしていれば私は止めるぞ」
「真面目な顔で言わないで。俺、しないって知ってるでしょ?」
少し脂っぽくなった指でサシャに講義するリンスにサシャは鼻で笑う。
こんなふうに笑われてもリンスはただムッとするだけ。それは「そんなことしないって知ってるのに、ムキになって言い返すなんて」というちょっと意地の悪い気持ちが入った笑い方で、蔑むような意味がないから知っているだけ。
サシャが他の人間に鼻で笑う時はどうだかリンスは知らない──とはいえ、大体がバカにしているのだろうなと予想はついている──が、冷たいと言われる黒薔薇様の友人に対する表現なので、彼が気にしたことはない。
「そうか、カナメに」
「そう。だって好きそうじゃないか。珍しいのは」
「確かにな。否定はしない。ふむ、今でも看板息子はその楽器を持っているのだろうか?ならば聞いてみたいところだが……カナメのために」
「最後の、分かっているから付け加えなくていいよ」
綺麗にほとんど食べ尽くした──魚が少しだけ残っている。どうやらビネガーにするか、チーズ風味のソースにするか悩んでいるらしい──サシャは指をきゅきゅっと拭いている。
これが自分だったら舐めちゃうなあと、リンスは自分の指を見つめた。
こんなところも学生時代からお互い変わらない。
リンスが初めてカナメと会って以降、デボラが一人王都で寮暮らしをするリンスを気にしたのか、「週末予定がなければ」とよく週末ギャロワ侯爵家にリンスを呼んだ。
最初は優秀な男と評判のギャロワ侯爵家当主シルヴェストルと、社交界の白薔薇と評されるデボラもいるディナーやらなにやらに緊張したリンスだが、サシャが友人だと言い連れてきたことがよかったのか──シルヴェストルもデボラも、サシャが「友人」だと誰かを紹介する日が来るとは思っていなかったのである──、いつも暖かく向かい入れてくれ、城勤めが始まった時には城へ行き来するにいい場所の物件と使用人を紹介してくれた。
今の給料じゃ難しいと使用人に関しては辞退しようと思ったのだが、シルヴェストルが、「彼らは引退してくれと言っても頷いてくれない働くのが好きな老夫婦なんだ。こちらの屋敷では必要以上に働いてしまう。この物件ならば建物内の使用人部屋に住むことが可能であるし、彼らにとってちょうどいい仕事しかない。それに彼らには我が家を退職する際に退職金を十分払う。君は彼らが家無しにならないようにしてくれれば大丈夫だよ」なんて言われて、ここまでお膳立てされて結構だとは言えず、老夫婦がリンスの小さな屋敷で使用人として今も働いている。
申し訳ないなあと思うリンスの愚痴を聞いたのは、驚くことにカナメだ。
(あの日は今思えばきっと、王子妃教育でもしていたのかもしれないなあ……)
少し疲れたような顔のカナメがリンスを見つけて「リンスさん」と声を掛けた日だ。
少しだけ曇っていて、珍しく肌寒い日だった。
カナメも学園に入学し二年になろうとしていたと、リンスは記憶している。
外ではすっかりギャロワ侯爵家の次男で噂通りのクールビューティーのカナメにリンスは少しだけ心配もした。そんな記憶もリンスにはあった。
城の中で、ギャロワ侯爵家次男であるカナメと会ったのは、リンスはあの日が初めてだった。
「なんだ、そんなことですか」
その日、愚痴をこぼしたリンスにカナメはそう言った。
人目がある場所だからだろう。幾分も丁寧な言葉にリンスは「そうかな」と肩をすくめる。
「そんなことかな……かなりよくしていただいているよ」
「父は、兄上の友人だからという理由だけで、手を回すような人ではありませんし、職務に関しては絶対にしないですから」
「そうは言っても、花形らしいんだよ。対外関係省って。それで顧問の補佐官だよ?ヒラじゃないんだよ?」
「そう言ったら兄上は対外関係主席顧問の補佐官ですよ?」
「サシャは頭も良ければ武術も優れている上に家格もよろしいからおかしくないんです」
キリッとした顔で否定するリンスに、カナメは口に手を当てて笑いを押しとどめた。
「リンスさんは、リンスさんだからこそ父も母も気にかけているんです。それにリンスさんのような方だからこそ、補佐官になったんだと思いますよ」
不思議そうな顔で見つめるリンスに、カナメは口元の手を退けて
「自分には分からない何かがあるんです。リンスさんも。だって私、友人だと紹介されたの、リンスさんだけですから」
そういうことです。というだけ言って、立ち去ろうとするカナメの腕を思わずリンスは掴んだ。
カナメの従者であるアーネが息を呑む音がした。
その音はリンスの耳にもかすかに届いたけれどリンスは理性が働かなかった──────いや、リンスだからこそ彼の理性が働いたのかもしれない。
「いつか、カナメさま、正反対の性格のお兄ちゃんが二人いるようだと言ってくれましたよね」
「え、うん」
驚いて「うん」と言って振り返ったカナメの腕をリンスは離す。
しかしリンスの手は再び動き、カナメの手を掴んだ。瞬間カナメの手が反応してキュッとリンスの手を握り返す。
握手をしているように見える、そんな手の組み合わせ方だ。
「光栄にもお兄ちゃんだと思ってくれている俺から、今できる最大限の応援です」
どういうことかと訝しげになるアーネにも一礼して、立ち止まってしまったカナメを置いてリンスがその場を立ち去る。
カナメがそっと手を開くと、いつだったか、リンスがお土産だとプレゼントしてくれた、カナメが美味しいと頬張った飴玉がふたつそこに残っていた。
リンスはあの疲れた顔が少しでも、昔を思い出して笑ってくれればいいなとそう思っただけ。
もしかしたら毒味だなんだのと言ってカナメの口に入らないかもしれない。
それでもいいのだ。
カナメが飴を頬張って甘い美味しいと笑ったあの日を思い出して、少しでも笑ってくれれば。
曇り空の下だって「ブラコン?よくわからないのですが、お兄様が好きなんです」と屈託なく笑ったあの時のように。
「リンス、そういえばお前に買ってやろうと思ったものがあるんだ」
「なに?唐突すぎて怖いんだけど」
食事も終え、城へ帰るために迎えの馬車まで歩くサシャがそう言って立ち止まった。
「そこで待ってろ」
「いや、いいけど……なに?俺、何かねだった?いや、サシャって俺がねだっても何も買ってくれないよね?」
「当たり前だろう。リンスはカナメではないのだから。ねだられても可愛くはない」
「ぶ、ぶれない……!」
すっと近くの店に入ったサシャの背中にリンスは首を傾げ、同じようにサシャを見送る形になっているヨーセフに聞く。
「ついていかなくていいの?サシャ、侯爵家嫡男だよ?」
「サシャ様でしたら暴漢数人くらい、瞬殺でございましょう」
「店の中で容赦なく瞬殺しそうで怖いわ」
「そうなったらギャロワ侯爵家が責任を持って、賠償いたします。何も問題はございませんね」
「瞬殺前提なのね……」
ニコニコと澱みなく答えるヨーセフに引くリンス。
しばらくそんな話をしているとサシャが何かを手に持って店を出てきた。
何を持っているんだ、と聞こうとしたリンスにサシャはそれを渡す。
反射的に何かを受け取ったリンスがサシャを見ると
「カナメに頼まれていたんだ。『もう一人のお兄ちゃんに、いつかのお礼を倍にして返したい』だと。フと思い出したからな。ついでに私からの礼も入れておいた」
リンスが受け取ったそれは、両手で包むには少し大きな透明の容器。
中には上までいっぱいに、あの日の飴が詰まっている。
「そっか。お礼かあ」
「ああ」
あの日のカナメが飴を口に入れることができたか、リンスはやっぱり分からない。
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