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コルテージュに指示された者達の努力により、『ポレイアーの来訪』の初版たる原本を見つける事に成功したのは意外にも早く、レーベが咆哮響かせてから七日ほど経った頃である。
「どこにこれが?」
「鳥族の吟遊詩人が『獅子王がポレイアーの来訪の原本を探している』という噂を耳にして知らせてくれました。『兎族の国王が代々大切にしているという話を聞いたことがある』と。急使を兎族国王の元へ送りましたところ、コチカの話を聞きすぐさま原本を複写し、そのまま急使に持たせてくださいました」
「そうか。その吟遊詩人と兎の国王に、手厚く礼を」
「既に手配してあります。鳥族の吟遊詩人は、『褒美をいただけるのなら、城下で噂になっている幻の毛色のネコ族の子供に会い、子猫の歌を作らせてほしい』と言っておりますので今、彼の身辺を調査中です」
「頼んだ」
コルテージュから受け取った原本の複写。
コルテージュが部屋から出ていくのを見て、ゆっくりと、レーベは緊張の面持ちで開いていく。
読み進めてもほとんど同じ、今多くのものが知る『ポレイアーの来訪』である。
己の仮説を信じ、才能を信じ、必死になって証明しようとし、仮説が正しかった事に喜んだ。この世界へときたポレイアーを書いている話だ。
ライカの甘さに感激し、時期の過ぎたそれを生で食べて酸っぱさに驚き、極夜に感激し、そして
「そうか。だから、これは、兎族に」
実はこの話、この世界の本において珍しく登場人物が何族なのかを明記していない話である。
他の話は感情移入や想像しやすいようになのか『何族の何が』と書かれているのに、珍しくこの話は一切種族にふれていない。だからこそ多種族に読まれているのかもしれないが、それにしてもこんな話は殆どない。
しかし、レーベが読んでいるこれには、しっかりとそれが書いてある。
「獅子族の城にいた、兎族の娘が思い出し聞き取りしながら書いたのか」
これにはしっかりとそう書いてあった。
ポレイアーはロップイヤーの娘に惚れ、獅子王に彼女には内緒にしてほしいと前置きをし「彼女をこの世界での案内人にしてほしい」と頼み込み、王に「並行世界からの旅人の案内人として彼をサポートするように」と彼女に命じてもらう事に成功した。
恥ずかしそうに「頑張ってご案内します」と笑う娘にポレイアーはこの時しっかりと、家族以外に向ける愛を知ったという。
そしてこうも書いてある。
娘はこのポレイアーという男の表情豊かな耳が好きだ。獅子族よりも小さいその猫の耳は、男の顔よりも解りやすく男の感情を娘に教えてくれた。
自分よりも年上の、しかも男に、可愛いなんておかしくて楽しくて幸せで、心が跳ね上がるのを感じた。
この本には他にも、このポレイアーに寄り添った娘が書いた城の様々な事も書いてある。少女が喜びそうに愛らしく、時には少年がドキドキするように勇ましく。どれもレーベがよく知る、この城の中の事。
いくらこの世界を統治するとも言われ恐れられている獅子王の住む城とはいえ、事細かな内側を知られるのは得策ではない。この原本を見た兎族の誰か、きっと王族の誰かが、この原本から何族なのか解る箇所を省き、この城だと解る箇所を除いて今の形にしたのだ。とレーベは勘付いた。レーベだとしたら、そうするからである。
(そういえば、父王にも言われた。兎族には恩がある。あちらもそう思っている。持ちつ持たれつの関係を、大切にせよ、と)
レーベの父も何故息子にそう言い含めたのか不思議だったし、彼もそうして不思議な父親に言い聞かされていたのだろう。そうやってきっと、代々そうして言い含めてきた結果、今のような良好な関係が保たれていはずだ。
だがここまで読んだだけでは、何故兎族から感謝されたのかがレーベには解らない。
城の事を伏せてくれただけならば、獅子族が一方的に感謝するくらいでいいはずなのだから。
レーベはそう思いながら、首を傾げつつ続きを読み進めていく。
いつもなら時々気にする掛け時計には、もうずっと目を向けていない。
「夫婦、か。そうだったのか」
全て読み終えてレーベは納得して本を閉じた。
この世界では異種族同士で恋愛をする事を禁止してはいないが、暗黙の了解のように異種族に恋愛感情を抱かないように生きているのだ。
同じ祖先──例えばライオン族とネコ族は同じ先祖を持つ“ネコ科”である──であれば子を成す事は出来なくとも、恋人になり結婚したりもしているし周りも暖かく見守ってくれるが、やはり異種間となるとまた違う。同性婚が多くの国で当たり前のようになるこの世界でも、異種間でのそれはレーベでさえ聞いた事がない。
その上、捕食者と被食者になりかねない関係は、友人として良い関係を築く事は数多あるのに、恋愛関係となると本能的なところでどうしても不安や恐怖が拭い去れず、上手くいかない。本能だろうか、そうしたそれが生まれた時から漠然と染み付いているから、そもそも恋愛感情を持ちにくい。
仮に恋人という関係になるまではよくても、夫婦にとなればここで双方の種族から本能のせいだろう大変な反発を持たれる。
それをこの本では獅子王が「これほどまでに儚く健気に互いを思う気持ちを、どうして反対出来ようか。どうして引き離さなければならないのだろうか」と兎族に掛け合ったシーンが書かれている。
王が直々に掛け合うシーンは丹念に書かれているが、この部分はもちろん、夫婦の記述も今の本からは無くなっている。きっとそれはそうした方がこの残された娘が平和に過ごせると思った、兎族の王の配慮なのだろう。
兎族の王が配慮し手を加えたこの本は、空想小説に形を変えて世界中に広がった。
二人の愛の形が、空想小説の中に隠されて誰もが一度は読んだ事がある本として広がったのだ。
原本は決して空想小説なんていうものではない。
原本を読んだレーベは、これは種族を超えた互いへの愛を綴った本だと思う。
多くの人が二人の愛を、知らず知らずに読んでいたのだ。
もし道を完成させ、向こうからの道を作る事が出来たらその時は、極夜の日の初日に、また会おう。わたしはきみへの愛で扉を開けるから。だからどうか、君も私への愛で、扉開けてほしい。極夜の初日ならば、お互い忘れないしピッタリだと思うから。
そうやって、あの人と約束した、一番愛おしい約束を私は果たしたいと今も思う。
あの人にもう一度、私の愛を届けたい。
この扉をあけて、あなたに会いたい。
レーベはこの日の夜、コチカの部屋を訪ねた。
神妙な面持ちのレーベに緊張していたコチカだが、話を聞いていくにつれ緊張を別の気持ちが覆い隠していく。
緊張が霞むほどに広がる気持ちの名前を、今のコチカには判別出来ないけれど。
「つまり、ぼくは、帰る望みがほぼないんですね」
「極夜の初日に、試して、それからでも遅くはない」
部屋のソファで膝を抱えるコチカは、見た目よりも小さく見えて正面に座っていたレーベはコチカの隣に座り直した。
「レーベ様、本当にノブを回そうとしたんですか?」
「ああ。回せてもし、向こうに行けたらコチカの両親に頼み扉の前で待っていてもらおうと、そう思っての事だ」
「なんで、レーベ様が?もし、向こうに行って、帰ってこれなかったら、どうするつもりだったんですか?」
膝に顔を埋めたままだから、若干篭っているコチカの声。泣くまいとしているのか、小さな三毛の耳は震えている。
「コルテージュにもそう言われた。しかし、コチカをこちらに引き寄せたのは私。私が責任を取り、コチカを返したいと思ったんだ。私が、守ると、そう、言っただろう」
震える耳も優しく撫でる大きなレーベの手。
少しゴツゴツした厚みのある手は、獅子族だからだけではなく、レーベが自身の兄とよく剣術で競い合ったからだと言う。
剣を握っている大きな手は暖かく、コチカはもうすっかりこの手に慣れてしまっていた。
「コチカ、次の極夜の初日に試してはみないか?」
レーベはこの子猫を親の元に返さなければならないという気持ち一心で勧めながらも、心に冷たい何かが刺さっていく気がしてそれをふりやる。
そうでなければ、レーベは自分でもまだ解らない、自覚していない気持ちで、コチカに何かを言ってしまいそうだった。
レーベは初対面のその時言った通り、この世界に迷い込んだ子猫を守りたいと思い、少しでも笑顔で過ごせるようにと気を配り、自身の時間を最大限に使って共に過ごすようにした。
子猫コチカはそのレーベや周りの優しさに応えるよう、少しずつ笑顔が増え、笑い声をあげ、素直に無邪気に過ごしてくれた。
そんなコチカを見続け見守り過ごしたレーベは、コチカに情が湧いてしまったのだ。
(コルテージュは本気で養子にする気でおるし……)
その城でコチカを深く関わった者こそ、不安と寂しさでいっぱいのコチカから今のコチカになるまでの姿を見てい、だからこそより強く情が湧いている。
プロムスだってコチカの護衛の傍らで本来の仕事もしっかりこなしているのに、もう城の人間はコチカの騎士というプロムスの姿の方が印象強くなっているだろう。
それほど、コチカはこの城に深く関わっている。
そしてそれを見ては、感じては、レーベは歓心した。
この子はこの城の子だ。
私の城の、愛しい猫だ。
と、目を細めて笑顔で見ていたのだ、ずっと。
「レーベ様」
「なんだ、コチカ。なんでも言ってくれ。お前の願いはなんだって、私が全て叶えよう」
コチカはそっと顔を上げる。
レーベはコチカを優しい眼差しで見つめていた。
「抱きついても良いですか?王様にそんなのしたら、怒られると思うけど、不安なんです。レーベ様」
気丈にも涙を浮かべず、それでも耳も尾も震わせるコチカの体をレーベは優しく抱きしめる。
きゅっとレーベのシャツを掴むコチカの手も震えていて、レーベはコチカを抱き上げ自身の膝の上に向かい合わせにするように乗せ、全てから隠してしまうように抱きしめた。
尾を動かしコチカの背を撫でてやると、コチカはスンスンと鼻を鳴らすがシャツが濡れる気配はまだない。
「ぼく、知ってます。みんなが一生懸命にぼくが帰る方法を探してくれていた事を。ちゃんと知ってます」
でも、さびしい。
さびしいって、いって、いいですか?
「ああ、良いんだ、良いんだ、コチカ。寂しくて当然だ、悲しくて当たり前だ。私を恨んだって、良いんだ、コチカ。泣くなとも言わない、悲しむなとも決して言わない。だからどうか、素直になってくれ」
優しくも逃さない離さないと言われているような強さで抱かれたコチカは、ついに声を出して泣き出した。
わんわんと幼子のように泣き出したその声は、外に控えていたプロムスの耳に嫌でも届く。
悲痛な泣き声の中には『ここの世界の人たちを、レーベを恨むなんて出来ない、だって好きだ。でも寂しい、家族に会えないのは辛い。でも誰も恨めない、好きだからそんな事は出来ない。でも、さみしい』そんな、どこにもぶつけられない苦しみを体のうちで暴れさせるコチカの気持ちが溢れていて、プロムスだって吠えたくなる。
自分はこんなにも人を守れる力があるのに、何故あの子を今助けられないのかと、プロムスは手が白くなるほど握りしめた。
その手をじっと見ていると
「プロムス!何があったのですか」
「コルテージュ様……」
流石は良い耳を持つ獅子族。
どこかで泣き声を耳にしたコルテージュが飛んできて、プロムスに詰め寄った。
プロムスから事の次第を聞いたコルテージュは、何があっても表情を変えないと言うその顔に、苦しみを乗せて扉の向こうを見ている。
「どこにこれが?」
「鳥族の吟遊詩人が『獅子王がポレイアーの来訪の原本を探している』という噂を耳にして知らせてくれました。『兎族の国王が代々大切にしているという話を聞いたことがある』と。急使を兎族国王の元へ送りましたところ、コチカの話を聞きすぐさま原本を複写し、そのまま急使に持たせてくださいました」
「そうか。その吟遊詩人と兎の国王に、手厚く礼を」
「既に手配してあります。鳥族の吟遊詩人は、『褒美をいただけるのなら、城下で噂になっている幻の毛色のネコ族の子供に会い、子猫の歌を作らせてほしい』と言っておりますので今、彼の身辺を調査中です」
「頼んだ」
コルテージュから受け取った原本の複写。
コルテージュが部屋から出ていくのを見て、ゆっくりと、レーベは緊張の面持ちで開いていく。
読み進めてもほとんど同じ、今多くのものが知る『ポレイアーの来訪』である。
己の仮説を信じ、才能を信じ、必死になって証明しようとし、仮説が正しかった事に喜んだ。この世界へときたポレイアーを書いている話だ。
ライカの甘さに感激し、時期の過ぎたそれを生で食べて酸っぱさに驚き、極夜に感激し、そして
「そうか。だから、これは、兎族に」
実はこの話、この世界の本において珍しく登場人物が何族なのかを明記していない話である。
他の話は感情移入や想像しやすいようになのか『何族の何が』と書かれているのに、珍しくこの話は一切種族にふれていない。だからこそ多種族に読まれているのかもしれないが、それにしてもこんな話は殆どない。
しかし、レーベが読んでいるこれには、しっかりとそれが書いてある。
「獅子族の城にいた、兎族の娘が思い出し聞き取りしながら書いたのか」
これにはしっかりとそう書いてあった。
ポレイアーはロップイヤーの娘に惚れ、獅子王に彼女には内緒にしてほしいと前置きをし「彼女をこの世界での案内人にしてほしい」と頼み込み、王に「並行世界からの旅人の案内人として彼をサポートするように」と彼女に命じてもらう事に成功した。
恥ずかしそうに「頑張ってご案内します」と笑う娘にポレイアーはこの時しっかりと、家族以外に向ける愛を知ったという。
そしてこうも書いてある。
娘はこのポレイアーという男の表情豊かな耳が好きだ。獅子族よりも小さいその猫の耳は、男の顔よりも解りやすく男の感情を娘に教えてくれた。
自分よりも年上の、しかも男に、可愛いなんておかしくて楽しくて幸せで、心が跳ね上がるのを感じた。
この本には他にも、このポレイアーに寄り添った娘が書いた城の様々な事も書いてある。少女が喜びそうに愛らしく、時には少年がドキドキするように勇ましく。どれもレーベがよく知る、この城の中の事。
いくらこの世界を統治するとも言われ恐れられている獅子王の住む城とはいえ、事細かな内側を知られるのは得策ではない。この原本を見た兎族の誰か、きっと王族の誰かが、この原本から何族なのか解る箇所を省き、この城だと解る箇所を除いて今の形にしたのだ。とレーベは勘付いた。レーベだとしたら、そうするからである。
(そういえば、父王にも言われた。兎族には恩がある。あちらもそう思っている。持ちつ持たれつの関係を、大切にせよ、と)
レーベの父も何故息子にそう言い含めたのか不思議だったし、彼もそうして不思議な父親に言い聞かされていたのだろう。そうやってきっと、代々そうして言い含めてきた結果、今のような良好な関係が保たれていはずだ。
だがここまで読んだだけでは、何故兎族から感謝されたのかがレーベには解らない。
城の事を伏せてくれただけならば、獅子族が一方的に感謝するくらいでいいはずなのだから。
レーベはそう思いながら、首を傾げつつ続きを読み進めていく。
いつもなら時々気にする掛け時計には、もうずっと目を向けていない。
「夫婦、か。そうだったのか」
全て読み終えてレーベは納得して本を閉じた。
この世界では異種族同士で恋愛をする事を禁止してはいないが、暗黙の了解のように異種族に恋愛感情を抱かないように生きているのだ。
同じ祖先──例えばライオン族とネコ族は同じ先祖を持つ“ネコ科”である──であれば子を成す事は出来なくとも、恋人になり結婚したりもしているし周りも暖かく見守ってくれるが、やはり異種間となるとまた違う。同性婚が多くの国で当たり前のようになるこの世界でも、異種間でのそれはレーベでさえ聞いた事がない。
その上、捕食者と被食者になりかねない関係は、友人として良い関係を築く事は数多あるのに、恋愛関係となると本能的なところでどうしても不安や恐怖が拭い去れず、上手くいかない。本能だろうか、そうしたそれが生まれた時から漠然と染み付いているから、そもそも恋愛感情を持ちにくい。
仮に恋人という関係になるまではよくても、夫婦にとなればここで双方の種族から本能のせいだろう大変な反発を持たれる。
それをこの本では獅子王が「これほどまでに儚く健気に互いを思う気持ちを、どうして反対出来ようか。どうして引き離さなければならないのだろうか」と兎族に掛け合ったシーンが書かれている。
王が直々に掛け合うシーンは丹念に書かれているが、この部分はもちろん、夫婦の記述も今の本からは無くなっている。きっとそれはそうした方がこの残された娘が平和に過ごせると思った、兎族の王の配慮なのだろう。
兎族の王が配慮し手を加えたこの本は、空想小説に形を変えて世界中に広がった。
二人の愛の形が、空想小説の中に隠されて誰もが一度は読んだ事がある本として広がったのだ。
原本は決して空想小説なんていうものではない。
原本を読んだレーベは、これは種族を超えた互いへの愛を綴った本だと思う。
多くの人が二人の愛を、知らず知らずに読んでいたのだ。
もし道を完成させ、向こうからの道を作る事が出来たらその時は、極夜の日の初日に、また会おう。わたしはきみへの愛で扉を開けるから。だからどうか、君も私への愛で、扉開けてほしい。極夜の初日ならば、お互い忘れないしピッタリだと思うから。
そうやって、あの人と約束した、一番愛おしい約束を私は果たしたいと今も思う。
あの人にもう一度、私の愛を届けたい。
この扉をあけて、あなたに会いたい。
レーベはこの日の夜、コチカの部屋を訪ねた。
神妙な面持ちのレーベに緊張していたコチカだが、話を聞いていくにつれ緊張を別の気持ちが覆い隠していく。
緊張が霞むほどに広がる気持ちの名前を、今のコチカには判別出来ないけれど。
「つまり、ぼくは、帰る望みがほぼないんですね」
「極夜の初日に、試して、それからでも遅くはない」
部屋のソファで膝を抱えるコチカは、見た目よりも小さく見えて正面に座っていたレーベはコチカの隣に座り直した。
「レーベ様、本当にノブを回そうとしたんですか?」
「ああ。回せてもし、向こうに行けたらコチカの両親に頼み扉の前で待っていてもらおうと、そう思っての事だ」
「なんで、レーベ様が?もし、向こうに行って、帰ってこれなかったら、どうするつもりだったんですか?」
膝に顔を埋めたままだから、若干篭っているコチカの声。泣くまいとしているのか、小さな三毛の耳は震えている。
「コルテージュにもそう言われた。しかし、コチカをこちらに引き寄せたのは私。私が責任を取り、コチカを返したいと思ったんだ。私が、守ると、そう、言っただろう」
震える耳も優しく撫でる大きなレーベの手。
少しゴツゴツした厚みのある手は、獅子族だからだけではなく、レーベが自身の兄とよく剣術で競い合ったからだと言う。
剣を握っている大きな手は暖かく、コチカはもうすっかりこの手に慣れてしまっていた。
「コチカ、次の極夜の初日に試してはみないか?」
レーベはこの子猫を親の元に返さなければならないという気持ち一心で勧めながらも、心に冷たい何かが刺さっていく気がしてそれをふりやる。
そうでなければ、レーベは自分でもまだ解らない、自覚していない気持ちで、コチカに何かを言ってしまいそうだった。
レーベは初対面のその時言った通り、この世界に迷い込んだ子猫を守りたいと思い、少しでも笑顔で過ごせるようにと気を配り、自身の時間を最大限に使って共に過ごすようにした。
子猫コチカはそのレーベや周りの優しさに応えるよう、少しずつ笑顔が増え、笑い声をあげ、素直に無邪気に過ごしてくれた。
そんなコチカを見続け見守り過ごしたレーベは、コチカに情が湧いてしまったのだ。
(コルテージュは本気で養子にする気でおるし……)
その城でコチカを深く関わった者こそ、不安と寂しさでいっぱいのコチカから今のコチカになるまでの姿を見てい、だからこそより強く情が湧いている。
プロムスだってコチカの護衛の傍らで本来の仕事もしっかりこなしているのに、もう城の人間はコチカの騎士というプロムスの姿の方が印象強くなっているだろう。
それほど、コチカはこの城に深く関わっている。
そしてそれを見ては、感じては、レーベは歓心した。
この子はこの城の子だ。
私の城の、愛しい猫だ。
と、目を細めて笑顔で見ていたのだ、ずっと。
「レーベ様」
「なんだ、コチカ。なんでも言ってくれ。お前の願いはなんだって、私が全て叶えよう」
コチカはそっと顔を上げる。
レーベはコチカを優しい眼差しで見つめていた。
「抱きついても良いですか?王様にそんなのしたら、怒られると思うけど、不安なんです。レーベ様」
気丈にも涙を浮かべず、それでも耳も尾も震わせるコチカの体をレーベは優しく抱きしめる。
きゅっとレーベのシャツを掴むコチカの手も震えていて、レーベはコチカを抱き上げ自身の膝の上に向かい合わせにするように乗せ、全てから隠してしまうように抱きしめた。
尾を動かしコチカの背を撫でてやると、コチカはスンスンと鼻を鳴らすがシャツが濡れる気配はまだない。
「ぼく、知ってます。みんなが一生懸命にぼくが帰る方法を探してくれていた事を。ちゃんと知ってます」
でも、さびしい。
さびしいって、いって、いいですか?
「ああ、良いんだ、良いんだ、コチカ。寂しくて当然だ、悲しくて当たり前だ。私を恨んだって、良いんだ、コチカ。泣くなとも言わない、悲しむなとも決して言わない。だからどうか、素直になってくれ」
優しくも逃さない離さないと言われているような強さで抱かれたコチカは、ついに声を出して泣き出した。
わんわんと幼子のように泣き出したその声は、外に控えていたプロムスの耳に嫌でも届く。
悲痛な泣き声の中には『ここの世界の人たちを、レーベを恨むなんて出来ない、だって好きだ。でも寂しい、家族に会えないのは辛い。でも誰も恨めない、好きだからそんな事は出来ない。でも、さみしい』そんな、どこにもぶつけられない苦しみを体のうちで暴れさせるコチカの気持ちが溢れていて、プロムスだって吠えたくなる。
自分はこんなにも人を守れる力があるのに、何故あの子を今助けられないのかと、プロムスは手が白くなるほど握りしめた。
その手をじっと見ていると
「プロムス!何があったのですか」
「コルテージュ様……」
流石は良い耳を持つ獅子族。
どこかで泣き声を耳にしたコルテージュが飛んできて、プロムスに詰め寄った。
プロムスから事の次第を聞いたコルテージュは、何があっても表情を変えないと言うその顔に、苦しみを乗せて扉の向こうを見ている。
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