六日の菖蒲

あこ

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本編

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あれほど注意をしろと言っただろう!
やっぱりぶち殺してくる。
すぐに殺してくると言うのをやめなさい!
はあ?やられたらやり返すだろ?紫はやりかえさねぇから、俺がやる!
姫路!お前こんな暴力男とは別れなさい!俺がもっといい男を探してやるから!

これは先日、風紀委員会室に拉致された紫の前での、楝の親衛隊隊長榴お父さんと萌葱の会話である。
頬に湿布を貼り付けた紫は、すっかり蚊帳の外で二人の会話を聞いていた。
この会話が続く中、紫は茫然としたあと少し嬉しそうに笑い、最後は辛そうな顔に変化していた。
それに気がついたのはもう一人のである。
しかし彼はそれをその場で言わず、こうして後日、聞いてやるのだ。


「委員長、書類を届けにきました」
「そうか。紫、すまないが相談事があってな。あっちで話せないか?」
「はい」
橡は会長補佐として日々働く紫を風紀委員室へ来たところで捕まえた。
橡が指で、保護した生徒や相談したいと風紀に駆け込む生徒から事情を聞く部屋を示し立ち上がれば、紫は頷いて素直に後ろについていく。
その部屋は風紀室に隣接している部屋で、風紀室から行く事が出来る。
紫を先に部屋に入れ、その後橡が部屋に入り鍵を閉めた。
「まあ座ってくれ」
「はい」
素直に椅子に腰かけると、テーブルを挟んだ向こう側に橡が座る。
確かにこの部屋はその用途に合った感じで広いわけではないのだが、それでも実際より広く錯覚させるような工夫がなされているようだ。他にもランプシェードに始まり椅子もテーブルも、シンプルだが全体的に色合いが柔らかく暖かみがあった。
紫は入った事はないが、通称“お仕置き部屋”と言われる部屋はこのである。

兎も角、橡は尋ねた。
「新旧生徒会シンパから嫌がらせは受けていないか?」
「はい、ないです。会長のお陰で、暖かく応援してもらっています」
そうか、と言った橡にもその辺りの情報はきていた。
一人で懸命に働いていた楝をこっそり支え、楝がリコールの日まで滞りなく書類を提出していたのは風紀だけではなく紫の素晴らしい補佐があったからだと、、それを楝が肯定した結果、紫が会長補佐をする事はスムーズに決まり反対もなかった。
、何かあったか?」
「何もないです、なんでですか?」
「このところ、ずっと辛そうにしてるからな」
紫はハッとして目線を彷徨わせ、テーブルの下で手を握り締める。

「僕は、復讐したくてリコールするような人間に見えるんでしょうか。そんな人間に思えるんでしょうか。冬夜もそう思っているのかと思ったら、なんだか悲しくて」
紫は俯いて橡を見ずに言う。
「冬夜に未練があるとかじゃないんです。ただ、僕が復讐でリコールするような人間と思われていたとしたら、付き合ってた時、冬夜は僕をなんとも思っていなかったのかって改めて考えてしまって。なんだか辛いというか悲しいというか──────切なくなったというか」
バレてしまっているのなら隠せないと素直に全て吐露したら、紫は心が少し軽くなった気がしてやっと顔を上げた。
その時の橡は思いの外──橡の普段の顔からすれば──優しくて、紫は瞬く。しっかりしろと言われるくらいは覚悟しての告白だった。
「懸命に気持ちを伝えようと行動したり話したりしても、相手に伝わるかどうかは難しい。相手の努力も必要だからだ。あいつがお前に対してどう努力してお前の気持ちを受け止めていたか、俺には分からないし、想像するつもりもない」
「はい」
「でも、側から見ていた人間は知ってるはずだ。紫の気持ちも、リコールの事も、どれだけ相手を好きだったかも。本当に知っておいて欲しかった人間に知ってもらえなかった事は辛いだろう。でもこの先こんな事は何度も経験するかも知れない。恋人に対してではなく、友人や同僚、上司相手に。でも、その時思い出してほしい。紫のその気持ちを、努力や意味を、知っている人はいる事と、そしてそれを応援している人がいる事を。辛い気持ちを軽くしてくれる友人や恋人がいる事を思い出して、寄りかかってほしい」
「でも、本当に伝えたい相手に伝わらないのは、辛いです」
涙を流すように呟くと、橡は手を伸ばして紫の頭を撫でた。
一度だけ、するりと。
「辛いな。苦しいだろうな。残念な事に俺はあいつではないからなんとも言えない。辛いだろうが今の自分を囲む周りを見てやってくれ。あいつは最低な恋人だっただろうが、今の恋人は凶暴だが紫の行動をちゃんと見て愛を感じようと全身でお前と向き合うやつだ。辛い気持ちを、あいつとの時間の中で少しずつ消化してやってほしい。紫のために」
撫でられた場所を押さえた紫が頷くと、橡はニヤリと笑って
「そうしないと、あのバカ、本当に元副会長様をボコボコにしかねないからな」
「なんでみんな、萌葱くんをそんな乱暴者にしちゃうんですか?そんなに凶悪犯ですかね?」

幾分か気持ちの置き場を見つけた紫が立ち上がり、深々と頭を下げ部屋から出て風紀室に繋がる扉を開け風紀室に入ると、扉の横に萌葱が突っ立っていた。
驚いて「ひえ!」と声を上げた紫を萌葱はギュムっと抱きしめる。
「俺に言えない事もあるだろうけどさ、親父に相談する前にまず彼氏に相談しろよ。親父より俺の方が紫への愛がでかいんだからな?」
なんて真顔で、どこか拗ねた様に言うから紫はぷふと笑って萌葱の背中に手を回す。
「もーだいじょぶ。お父さんが良いこと言ったから!」
「どこも父親ってのは偉大なのかよ。俺の家は母親が偉大なんだ」
「なら、お母さんを探そう。僕、お母さんは料理上手がいいなあ。それでお父さんにお似合いな人がなあ」
帰ってこない紫を心配し風紀委員室にいた楝はこれを聞いて「俺は母親役だけは嫌だな」と丁度良さそうな人間はいないかと知り合いを片っ端から頭に思い浮かべていた。
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