万朶隊

たこ爺

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第五章 返咲く花々

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その日、残念ながら敵を沈めることは叶わず機体の不調で帰還することとなってしまった。
がしかし、それより問題なのは
マラリアにかかってしまったことだ。
高熱が続きとても起き上がれる状態ではない。
そんな時だった。



あの鵜沢に出撃の命が下ったのは――――


その日私は、ようやく隊長たちの下へ行く機会をもらった。
死に損ないの私にようやく機会が巡ってきた
隣を飛んだ若桜隊の余村伍長は隼を器用に操り私と共に敵へと突っ込む
熾烈な対空弾幕にさらされ辺りは一面黒煙と銃弾だらけ
つぎつぎと被弾が増えていき
あと少しで敵艦へ到達しようという時、その時が来てしまいました。
機体の強度が限界へと達し、翼がおれたのです。
何故かゆっくりと経過する時間
機体の残骸は……当たりそうにありません
嗚呼隊長、いま行きます――――――



その後、第四航空軍の奮闘虚しく戦局は刻一刻と悪化していき、ついに佐々木たちのいるルソン島へと上陸作戦が開始されるという情報が入ったのだ


これにより戦力、もとい優秀な富永中将に死んでもらうわけにはいかないと考えた山下大将は第四航空軍司令部に一通の電文を送る。


「ふざけとるのか!」

「司令、落ち着いてください。」

「これが落ち着いていられるか!ルソンに撤退しろだと?
民間人を守るため?わたしは、わたしは、
レイテで決戦をすると
国家の存亡がかかっているというから
特攻を命じた。
なのに今度はルソンで持久戦に転じるという。
何のためだ、何のために彼らを犠牲にした。
こんなことになるならわたしは特攻なんぞさせはしなかった。
それに、ここで撤退すれば、後を追うと約束した彼らに顔向けできん!
動かんぞ…絶対にマニラを守ってやる。マニラで死んで約束を果たす!」

「そんな、司令無茶言わんでください。確かに、空を飛ぶ鷹が山に籠ったところでなんになるかはわかりません。しかし、マニラに残られては困ります。せめて、司令部を北上させてください。」

「ならん、マニラを絶対防衛線とする。敷設隊には陣地の構築を急がせろ」

「しかし……」

「黙れ!これは命令だ。」

「はっ……」




「なに?富永が撤退を拒否した?」

「はい、マニラを死守すると言ってきかぬと……」

「うむ……確か参謀の中に富永と同期の武藤がいただろう。仲も悪くなかったはずだ。彼に富永の説得を頼んでくれるか?」

「分かりました。やらせてみます。」





「よお、富永」

「っ!武藤じゃないか。どうした急に」

「いやな、どうやらマニラを離れぬと言って効かぬ頑固者がおると聞いてなだめに来たってわけよ」

「…余計な世話だ、わたしは動かんよ。墓はここに決めている。」

「寂しいこと言うな。素直に下がればいいだろう。
それとも何か?貴様はマニラいる無垢の人までをも巻き込んで戦う外道か?」

「では、逆に言わせてもらうけど航空隊が山に入って何になるというんだい。
飛行場もなければこれまでのように町の道路や即席の滑走路から戦闘機を飛ばすことさえできない。
せいぜい機体の機銃を取って戦うのが関の山
そんなのはもう、航空隊じゃないことぐらいわかるだろう。
彼らは彼らなりに誇りを持って飛んでいる。それを踏みにじるなんてこの上できることではないよ」

「確かに……航空隊が山に籠ったところで歩兵の足しになるのが関の山だ。よし分かった。
将軍に掛け合ってみる。ただし、次俺が来た時にどんな命令を持ってきても文句言うんじゃねえぞ。」

「そいつは、命令次第かな。」

「け、この頑固者めが」




作戦の考案中に戸を叩く音が聞こえる。
全く、入ってくるなと言ったはずだが……

「誰だ?」

「武藤です。」

「おお、帰ってきたか。それで、どうだったか。」

「それなんですが……山への撤退はあきらめたがよいかと。」

「なに、説得できなかったのか!?」

「いえ、違います。ただ、航空隊を山へ籠らせたところでというのが奴の意見です。せめて、航空隊として動けるフィリピン北部か台湾への撤退ならどうかと思うのですが……」

「戦力の立て直しと再編か……確かに、一理あるな。よし、その方向で進めよう。次行くときは北へ撤退すればそれでいいと伝えてくれ。奴が生きて帰ればそれでいい。」

「はっ」




四四年一月四日再びルソン島を訪れた武藤の目に映ったのはベットに横たわり衰弱しきった富永の姿だった。

「富永!大丈夫なのか!?」

「よく来た…よく来てくれた武藤……」

富永は返答すらせず涙を流して私の手を握った。

よっぽど心的疲労がたまっているのだろう……無理もないか、自らの部下を次々に死地へと向かわせて平気でいられる性格じゃないものな……

結局その日はとても話ができる状況ではなく富永の精神安定に努めることになった。
しかし、敵は富永を待ってはくれない、むしろ見計らったかのように
翌五日、無慈悲な報告が司令部を襲う。



「偵察機より報告、敵艦隊確認、数は………空母二二を含む上陸部隊六〇〇隻以上!大艦隊です!」

「んなっ!見間違いではないのか!?」

「間違いありません!敵はおそらくリンガエン湾へ向かって北上中!」

「早い……こちらはまだ陣地構築も終わっていないのだぞ。」

「…司令…どうされますか……」

「……攻撃可能な部隊は全力出撃、手段は問わん。全力だ、文字道理全力で出撃しろ!敵はリンガエンへと向かっているとみて間違いない。敵をまとめて撃破できる機会は今だけだ。出撃させろ……」

「はっ!待機中の出撃可能部隊には出撃を伝えます。」

「それと……司令部をエチアゲへと引き上げる。」

「……っ!本当ですか!?」

「ああ、ただし、生き残っている将兵を全員残らず移送することが絶対条件だ。」

「はっ!必ず!」



その日からしばらくフィリピンの空に日本軍機の姿が絶えることはなかった。
日本軍の死力を尽くした大攻勢は圧倒的な航空優勢を保った米軍とて防ぎきれるものではなかった。

熟練から練習生まで動く機体に乗り込んでその名の通り全力で行われた。



とある丑三つ時の森
そこではなにやら人影がうごめき作業を行っていた。

「よし、できたぞー!」

「でかした。間に合ったか。」

「おうよ。まさか森を切り開いて出撃させるとは思うまいて」

「ありがとうございます。これで、出れます!」

「おう!頑張って来いよ~」

「はい!」

晴れて滑走路を手に入れた航空隊員たちは次々と空へと舞い上がり一路敵艦隊へと向かう。

「こんな若いやつを送り出すのは心苦しいな。」

「仕方あるまい、基地は壊滅したんだ。せめて奇襲させて敵艦隊までたどり着けるようにせんと……」

「そうだな……」


そうして各地からは、
時には密林の中から、
時には滑走路ですらないただの道から
次々と出撃した航空機は見事アメリカの意表を突き、米軍はその対応に追われていた

「くそっ!基地は壊滅させたんじゃなかったのか!」

「いや、確実に基地は爆撃した。昼間攻撃隊が出撃したのを見ただろう!」

「それじゃあ、奴等はどこから。」

「知るか!今は敵を叩き落とせ!」

「くそっ!フランクが突っ込んでくるぞ!」

米軍はその数を生かして圧倒的な対空弾幕を張るも、中にはそれを潜り抜ける熟練パイロットもおり……

「ま、間に合わねぇ!」

瞬間、艦の直上から甲板に突っ込んだ。
最高速に達した高質量物体の衝突は数層の甲板を貫通し
機関室で爆発
大規模な浸水と火災をもたらした。

「敵弾は機関室で爆発し航行不能!急激に浸水しています。」

「機関室からの応答なし!機関室要因は全滅した模様!」

「格納庫で火災発生!急速に燃え広がっています!」

「くそっ!消火班は全力で対応に回れ、弾薬庫にも注水急げ!誘爆したら海に叩き込まれることになるぞ!」



またとある機動部隊では

「ふあぁああ、結局敵は来ねえじゃねえか。ったく、日本機が突っ込んできたらすぐ叩き落してやるのによぉ」

「馬鹿、油断するな。日本のカミカゼに何隻沈められたと思ってる。敵を侮るんじゃない。」

「へいへい。うん?何だ、ありゃ?」

「うん……っ!ありゃ敵のオスカーじゃねえか!敵だ、敵!急いで報告をっ……」

「ダメだ近すぎる!間に合わねぇ!!」

直後、艦に衝撃が走る。
戦闘配置のブザーが鳴り響くが時既に遅し…

「状況報告!」

「敵が格納庫内で爆発!格納庫で火災発生!艦載機と弾薬に引火しています!消火、間に合いません!」

消火班の奮闘虚しく艦を次々と襲うのは誘爆の連鎖
艦を炎と煙が包み込み懸命に消火にあたる兵を焼く

そしてついに……

「艦長、これ以上は……!」

「くそっ、もはやこれまでか……総員、退艦…」


これらを含む日本軍の大攻勢により空母一隻、駆逐艦一隻が轟沈。戦艦七、空母一、巡洋艦八、駆逐艦五隻撃破という陸軍航空隊が会場で上げた戦果としては最大のものを挙げたのであった。


そして、その間にエチアゲまで撤退した司令部では富永を抜いた幕僚会議が開かれていた。

「やはり、台湾ですかな。」

「ええ、司令の様子を見るにこのままでは衰弱死してしまうでしょうな。
最低でもここより衛生環境の良い場所に連れていかねば。」

「あの方にはまだ死んでもらっては困ります。戦後も皇国の新たな礎として皇国をまた繁栄へと導いてくれる方と私は信じておりますので」

「それは、ここにいる全員が思っていることです。まったく、あの方の頑固さには気が滅入りますな。おそらく、素直に撤退を打診しても受けてくださらぬでしょう。」

「幸い、現在司令はとても指令ができるような状況ではありません。此方で勝手に事を進めることは可能です。ですが……あまりにも手荒に進めては途中で引き返してくる未来しか見えませんな。」

「確かに……ああいうときだけはきちんと命令なさる。全く困ったものです。」

「では……視察という名目で台湾へ連れ出すのはどうでしょう。撤退指揮は幹部で取ります。無論、後追いで台湾へ行きますが……どうでしょう?」

「それしか……ないでしょうな。」

「しかし、それでは露見した時に……」

「構いません。それに現在の状態で軍令部は気を配る余裕もないでしょう。責任と撤退の指揮は私がとります。」

「隈部少将……」

「ささ、皆さんそれぞれの部署に伝達と準備を。今回は海軍にも動いてもらいます。輸送用機材でなくとも、軽爆、重爆、駆逐艦、潜水艦何でも構いません。とにかく、輸送できる機材を全力稼働させてください。できるだけ多くの人を生き残らせますよ!」

「「「はっ!!!」」」



「急いで積み込め~!味方が稼いだ時間を無駄にするんじゃぁねえぞ!」

「整備士とパイロットが優先だ!他はすまねえが少し待っててくれ!」

数少ない無事なトゥゲガラオ飛行場では輸送機は勿論、爆撃機にも人員と物資が詰められるだけ乗せられ少ない護衛と共に飛び立っていく。その先では……



「敵機、左前方……待ち伏せだ!」

「護衛戦闘機隊は迎撃に当たれ!機銃種は弾幕を張るんだ!一機も通すな!」

『了解!目に物見せてやる!』

気力は十分だろうとやはり、少ない護衛ではすべての敵をとどめることは難しく、やはり敵を通してしまった。しかし――

「うぉぉぉおおら!!!墜ちろ墜ちろ!爆撃機魂なめるな~!」

「くそっ!三番機が襲われてるぞ!護れ!」

『こちら三番機!これでは丘へたどり着くのは困難だ!本機が囮となる!その間に雲の中へ逃げろ!』

「何を言っている!見捨てられるか!」

『うるせぇ!とっとといけぇえええ!こっちも長くはもたん!』

「っ……すまない……この時間を無駄にするな!各員しっかりつかまれ!」



圧倒的敵航空優勢の中、やはり撃墜される機もいたがそれ以上に日本軍機の数が多く、米軍も全機撃墜は困難を極めた。そして、丑三つ時のルソン島バトリナオには闇の中、海軍からの増援が駆けつけていた。

「全タンク排水、浮上!」

「全タンク排水、浮上。宜候~!」

「ようやく到着だな。参謀。」

「はっ。一番乗りであります。」

「うむ。帰りは四〇人以上も人が増え、ただでさえ狭い船がもっと狭くなるかと思うと少々気が滅入るがまあ、彼らの土産に期待するとしよう。」

その正体は呂型潜水艦の呂四六であり、その潜航という潜水艦ならではの特色を生かし、その名の通り米軍の目を掻い潜ってきたのだ。

「前方に小型艦を確認、味方の大発で間違いありません。」

「よし、お客さんのご到着だ!お迎えの準備はいいか!停船準備、両舷後進半速錨降ろせ」

「両舷後進半速、錨降ろします。」

船が停船してしばらく、上陸用舟艇である大発が接岸する。
中には五〇名近くの兵がおり、その全員が飛行士であった。

「本艦へようこそ。艦長の徳永だ。狭苦しいとは思うがこれから約二日よろしく頼む。」

「いえ、敵の多い海域を通ってよくぞ来てくれました。この加藤、飛行隊を代表いたしまして感謝いたします。」

「できれば一人一人挨拶をしたいところだが、どうも時間が惜しい。早速艦内へ乗り込んでくれ。歓迎はまた後でする。」

「こちらがお世話になる側なのですが……おい、お前らとっとと乗り込め。迷惑者にだけはなるんじゃないぞ。」

「「「はっ」」」

「よし、全員が乗り込んだな。鮫に見つかる前に海域を離れるぞ!錨上げ、両舷前進全速。機関をディーゼルから電動機へ。タンク注水、潜航~!」

「両舷前進全速、機関ディーゼルから電動。タンク注水潜航宜候」

その後、無事海域を離脱した呂四六は台湾南部高雄まで乗員を送り届け、その任を全うした。
同行していた呂一一二、一一三はルソン島へたどり着くことは叶わず残念ながら米潜水艦に撃沈されたものの
制海権、制空権共に米側にある中で呂四六が離脱できたことの方がまさに奇跡というものだろう。


そして場所は戻りエチアゲの飛行場では福湯を含む一般報道班員もまた撤退準備として待機していた。
そんな彼らの前に現れたのは……

「……っ!佐々木さん!?どうしてここに!?」

佐々木だった。

「そちらこそどうしたんですか揃いも揃って化物でも見たような顔して。」

「っな……その……生きてらしたんですか…」

「ああ、そういえば私は死んだ幽霊でしたな。確かに、幽霊は化物ですな。
ハハ…
通りで………」

そうつぶやく佐々木の体はどう見ても前あったときより丸くなっておりむしろ、幽霊には見えない体になっていた。

「…ま、まあ、とにかく御無事で何よりですよ佐々木さん。みんな、あんなに生きて帰ると言っていたあなたが死んだと聞いて結構落ち込んでいたんですよ。」

「ハハ、それはうれしいですね。福湯さん達は台湾へ?」

「ええ、飛行士たちが行った後に我々が。そういう佐々木さんこそいかなくていいんですか?」

「それがですね……乗れないんですよ。」

「はっ?」

「ですから、乗れないんですよ。というか、いけないんですよ。台湾に」

「どういう…ことですか」

「いやはや、これまた簡単な話ですよ。皆さんご存知の通り私は幽霊でして
出撃して見事戦死した特攻隊員が生きていると困るところもあるという事です。」

「何を言っているんですか!で、ではこの私の許可証を使って下さい。あなたは私らより随分苦労をされたはずです。
あなたには台湾いえ、
日本へ
帰る権利があります!」

「……いけませんよ福湯さん。私は軍人、あなたは前線に来ているとはいえただの一般市民です。私は、あなたを護る義務があります。」

「では……どうされるおつもりで…」

「同じ幽霊仲間もいることですし、ここの山にでも籠って戦うこととします。
なに、どうせ私は幽霊、不死の身ですから大丈夫です。」

「何を……」

「また、東京で会いましょう。」

「佐々木さん!」

そういうと佐々木はどこから集めたかもしれぬ仲間を連れ山の中へと消えていった。

もう、帰れないかもな。

そう、胸の内に秘めたまま……






―  一九四六年一月 首都 東京 第一復員省内 ―


「あの~復員手続きをしたいのですが…」

「はい、こちらへお名前と最終所属をお願いします。」

「……万朶隊所属の佐々木友次様ですね。あちらの席で少々お待ちください。」

そういわれ佐々木が向かった席に座っていたのは…

「よう。お帰り佐々木、今帰ったのか?」

「さ、猿渡参謀殿お久しぶりです。」

戦時中のあの厳しい風格を全く感じられないそう、優しそうな猿渡参謀の姿だった。

「……司令は、いらっしゃらないのですか?」

「俺を見て早々、司令の心配か。まあ、いい。
…司令はあの後満州戦線の方に送られてな。今はおそらくソ連の捕虜だろう。
生き残っているといいのだが……」

「大丈夫ですよ。一度死んだ私さえ、帰ってこられたんです。あの司令が、帰ってこられないはずがないじゃないですか。」

「それもそうだな。ところで、お前この後どうするつもりだ?」

「そうですね……司令にあんだけ啖呵を切ったのに結局私が沈めた船は二隻だけです。果たせなかった分の責務は……花でも育てて返すとしましょうかね。」

「そうか!それなら司令が返ってきた時には一緒に花見でもするとするか!」

「ええ、是非やりましょう!戦友たちも誘ってやりますよ!
きっと、美しい花が、咲いているでしょうから。」



――――――――――――完




―△―△―△―△―△―△―△―△―△―△―△―△―△―△―△

改稿作業が終了しこれで本当の完結となります。

意見や感想があれば改稿しますが大まかな変更はもうないでしょう。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




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