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『生物研究部』の彼女たち
真珠田水仙という女 弐
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「おや、泣いているのかい? 水仙。」
「うっさい。泣いてない。」
彼女は、それはもう泣いていた。
無理もない。同じ状況なら俺でさえ泣いているだろう。むしろ、よく泣くだけで済ませているものだ。常人ならば、泣いて喚いて、挙句に発狂して校舎中の窓ガラスを順に割り巡ったとしても不思議ではない。
「ほら、タオルを持ってきたから。私は床を拭くから、水仙はテーブルを拭いておくれ。」
「……ん。ありがと。」
俺は、せっせと床を拭く青蓮の姿に、またしても驚きと親しみを覚えた。
しかし、見惚れている場合ではない。この場でもっとも悲惨な状況にあるその人のほうに視線を移すと、先ほどまでの威勢が見る影もなくなった、かわいそうな少女がそこにいた。
ハンドタオルでテーブルに広がったミルクティーを拭いている彼女は、『とぼとぼ』という擬音があまりにマッチしていた。
こんな俺とて、彼女にはなぜか敵視されているものの、この惨状を気の毒に思えるくらいの良心は持ち合わせている。
「あの、手伝いますよ。スマホとか大丈夫ですか? 洗ってきますけど……。」
俺がそう言うと、テーブルを拭く彼女は手を止めてこちらに首を向ける。
「あんた……。」
彼女の少し潤んだ目は、不幸な現状に悲観する涙だろう。
しかし、俺がそんな彼女へ手を差し伸べることによって、感激の涙へと変わるのだ。
「なんで見ず知らずのあんたにスマホ渡さなきゃなんないのよ。あんたがテーブル拭きなさいよ。ふつう分かんない?」
前言撤回。いや、全言撤回。
少しでも『噂話はしょせん噂話』と思っていた自分も悪いが、こいつはそれ以上の悪。噂話も全て真実だと確信。人が差し伸べた手を払うに飽き足らず、カウンターを入れるなど、もはや人間の心があるとは思えない。
「ちょっと。なにボーっとしてんのよ。ほら! やってくれんでしょ!? 早くここの流し台でこのタオル絞って!」
「……はい。」
俺は、決して強気すぎるギャルが怖くて従っているわけではない。これは……そう、長幼の序というやつだ。
もはや彼女に敬意を表す意味も必要もないのだが、まあ、ここは? あえて? あえて謙ってやろうではないか。
なぜならば、彼女に敵対したところで俺に特段メリットはない、むしろ彼女の関係者にどんな悪漢がいるか知れたものではないからだ。
「こらこら、いけないよ水仙。貴重な後輩部員くんにそのような悪態をついては。」
床を拭き終えた様子の青蓮は、水仙を宥めながら、同じく流し台でタオルを絞りに俺の横にやってきた。流石の仕事の早さである。
「……ふん、悪かったわよ。」
彼女はやけに素直に謝罪をした。いや、謝罪にしては頭の位置が高いが、とりあえず良しとしよう。
それより、彼女自身に『悪態』の意識があったことに衝撃を受ける。ということは、普段はこの調子では無いということなのだろうか。
「……いえ、俺こそすみません。」
「なに、君が謝ることではないさ。」
本当にそうである。
この謝り癖は単なる形式にすぎない。いわば反射のようなものなのだから仕方ない。決してこのギャルに……以下略。
「まったく。何度目かな、そのスマホにヒビが入るのは。物は大切にしないといけないよ?」
「わ、分かってるわよ! あたしだって好きで落としてんじゃないし!」
「それはそうだが、もう少し周りに注意を払ったほうが……おっと、この間もこれは言ったか。」
「……12回。ちゃんと覚えてるわよ……あんたに注意されたことも、回数も。」
「ふふっ。残念、15回だ。」
「……1日に2回以上言われたのは『1回』にカウントしてるの!」
……おや? おやおや? このギャル、どうやら『ドジっ娘属性』がついてるらしい。
これは意外だ。おそらくドジの発動回数と注意回数はイコールではないであろう。あの青蓮が、他人に重ね重ね注意をすることなど、そうあることではないだろうから。
こうなると、彼女——『真珠田水仙』について、俺の中の評価を改めねばなるまい。
つまり、『このギャル、ポンコツで恐るるに足らず』。
「うっさい。泣いてない。」
彼女は、それはもう泣いていた。
無理もない。同じ状況なら俺でさえ泣いているだろう。むしろ、よく泣くだけで済ませているものだ。常人ならば、泣いて喚いて、挙句に発狂して校舎中の窓ガラスを順に割り巡ったとしても不思議ではない。
「ほら、タオルを持ってきたから。私は床を拭くから、水仙はテーブルを拭いておくれ。」
「……ん。ありがと。」
俺は、せっせと床を拭く青蓮の姿に、またしても驚きと親しみを覚えた。
しかし、見惚れている場合ではない。この場でもっとも悲惨な状況にあるその人のほうに視線を移すと、先ほどまでの威勢が見る影もなくなった、かわいそうな少女がそこにいた。
ハンドタオルでテーブルに広がったミルクティーを拭いている彼女は、『とぼとぼ』という擬音があまりにマッチしていた。
こんな俺とて、彼女にはなぜか敵視されているものの、この惨状を気の毒に思えるくらいの良心は持ち合わせている。
「あの、手伝いますよ。スマホとか大丈夫ですか? 洗ってきますけど……。」
俺がそう言うと、テーブルを拭く彼女は手を止めてこちらに首を向ける。
「あんた……。」
彼女の少し潤んだ目は、不幸な現状に悲観する涙だろう。
しかし、俺がそんな彼女へ手を差し伸べることによって、感激の涙へと変わるのだ。
「なんで見ず知らずのあんたにスマホ渡さなきゃなんないのよ。あんたがテーブル拭きなさいよ。ふつう分かんない?」
前言撤回。いや、全言撤回。
少しでも『噂話はしょせん噂話』と思っていた自分も悪いが、こいつはそれ以上の悪。噂話も全て真実だと確信。人が差し伸べた手を払うに飽き足らず、カウンターを入れるなど、もはや人間の心があるとは思えない。
「ちょっと。なにボーっとしてんのよ。ほら! やってくれんでしょ!? 早くここの流し台でこのタオル絞って!」
「……はい。」
俺は、決して強気すぎるギャルが怖くて従っているわけではない。これは……そう、長幼の序というやつだ。
もはや彼女に敬意を表す意味も必要もないのだが、まあ、ここは? あえて? あえて謙ってやろうではないか。
なぜならば、彼女に敵対したところで俺に特段メリットはない、むしろ彼女の関係者にどんな悪漢がいるか知れたものではないからだ。
「こらこら、いけないよ水仙。貴重な後輩部員くんにそのような悪態をついては。」
床を拭き終えた様子の青蓮は、水仙を宥めながら、同じく流し台でタオルを絞りに俺の横にやってきた。流石の仕事の早さである。
「……ふん、悪かったわよ。」
彼女はやけに素直に謝罪をした。いや、謝罪にしては頭の位置が高いが、とりあえず良しとしよう。
それより、彼女自身に『悪態』の意識があったことに衝撃を受ける。ということは、普段はこの調子では無いということなのだろうか。
「……いえ、俺こそすみません。」
「なに、君が謝ることではないさ。」
本当にそうである。
この謝り癖は単なる形式にすぎない。いわば反射のようなものなのだから仕方ない。決してこのギャルに……以下略。
「まったく。何度目かな、そのスマホにヒビが入るのは。物は大切にしないといけないよ?」
「わ、分かってるわよ! あたしだって好きで落としてんじゃないし!」
「それはそうだが、もう少し周りに注意を払ったほうが……おっと、この間もこれは言ったか。」
「……12回。ちゃんと覚えてるわよ……あんたに注意されたことも、回数も。」
「ふふっ。残念、15回だ。」
「……1日に2回以上言われたのは『1回』にカウントしてるの!」
……おや? おやおや? このギャル、どうやら『ドジっ娘属性』がついてるらしい。
これは意外だ。おそらくドジの発動回数と注意回数はイコールではないであろう。あの青蓮が、他人に重ね重ね注意をすることなど、そうあることではないだろうから。
こうなると、彼女——『真珠田水仙』について、俺の中の評価を改めねばなるまい。
つまり、『このギャル、ポンコツで恐るるに足らず』。
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