10 / 31
『生物研究部』活動記録 壱
嵐のような女たち 壱
しおりを挟む
結論から言おう。ダメだった。
あの担任の言葉、『あとお前だけだぞ』というのは、事実だったのだ。
なにせ、俺はBクラスで、煤牛はAクラス。担任が把握しているのは担任が担っているクラスだけなのだから。
つまり、俺のクラスの生徒で入部届を提出していない者は、もういなかった。
では、他のクラスではどうか。煤牛がそうであるように、未だに提出していない面倒くさがり、もとい優柔不断な輩は必ずいるはずだ。
わが校には、ひとクラス約30人……ひと学年に200人弱の生徒がいる。無論、俺に友達と呼べる間柄の人間が何人いるかは、わざわざ明かさずとも分かるだろうから、俺にツテというものがないのも自ずと分かるだろう。
想像できるだろうか。なんのアテも無く、入部届未提出の人間を探す困難を。俺が見ず知らずの人間に話しかけることの苦難を。
俺は、己の無力さを痛感しながら、その日の放課後、生物室の扉を開けた。
「……お疲れ様です。」
「ご機嫌よう、夏瑪くん。ふむ……その言葉はそのまま君にお返ししよう。随分とお疲れ模様だね?」
生物室に入ってすぐ手前、ハムスターのいるケージの前で、『ハムちゃん』に餌をやりながら、青蓮はそう返してきた。
「まぁ……そうですね……。」
「あと1人、入部してくれそうな子は見つかったかい?」
「……え?」
なぜ彼女がそのことを。……いや、彼女ならば何を知っていたとしても不思議ではない。彼女に『私は全知全能だよ』と言われたところで、俺は疑いもしないだろう。
それはそうと、やはり俺以外の入部希望者はいないのか。
「その様子だといなかったようだね。ふぅん……困ったものだね……。」
彼女はため息混じりに嘆いた。
いや、『嘆き』というにはどうにも余裕ありげだ。彼女にはなにか解決策があるのだろう。
俺は彼女を高く評価していながら、まだ信用し切っていなかったようだ。それがどれほど愚かなことなのか。
俺は自分の愚かさを呪うと同時に、自分の行動が徒労だったことに胸を撫で下ろした。
「……なにかあるんですね、解決策が。それならそうと言ってくださいよ、昨日の時点で。」
「無いよ? そんなもの。」
「……ん?」
「だからこうして困っているのだよ。まったく、どうしたものかね?」
俺は全力でツッコミたい気持ちを抑えた。彼女はボケていないのだから、空ツッコミになってしまう。
またしても俺は、彼女という人物を見誤っていたらしい。
彼女はただ、あまりにオーラがありすぎるだけなのだ。発言すべてに説得力がありすぎるだけなのだ。
ただ、その説得力というものの後ろ盾が、有り余る実績や名声なのだからタチが悪い。
「……どうするんですか? このままじゃ廃部でしょう?」
「……そうだねぇ。なにも手立てが無い、ということも無いのだけれど。例えば、私が『口利き』すれば、他の部活の部員1人を転入させるなど、赤子の手を摘むよりも容易い。」
「『捻る』どころか『摘む』よりもなんて、めちゃ楽じゃないですか。そうしましょう。」
「うーむ。しかしね、私とて人の子だよ? 転入させられた子の『青春』に、私は無責任になれない。その子はその子が選んだ『青春』を謳歌する権利がある。」
「……『転入する』という選択も、その人の意志のはずです。」
「おや。これは一本取られたね。しかしね、夏瑪くん。」
彼女は『ハムちゃん』に与え終えた餌の袋を仕舞うと、俺のほうに、深く、底の見えない瞳をジロリと向けながら言った。
「私の言う『口利き』というものが、本当に口を利くだけで済むと思うのかい?」
どういう意味か、などと訊いたところで彼女は詳細を教えてくれはしないだろう。
いや、もしかしたら教えてくれるかもしれないが、この時の俺は、それを訊く勇気を覆い尽くす、なにか得体の知れない、悍ましさに似たものを感じていた。
俺はやはり、彼女という人物を見誤っているのかもしれない。
あの担任の言葉、『あとお前だけだぞ』というのは、事実だったのだ。
なにせ、俺はBクラスで、煤牛はAクラス。担任が把握しているのは担任が担っているクラスだけなのだから。
つまり、俺のクラスの生徒で入部届を提出していない者は、もういなかった。
では、他のクラスではどうか。煤牛がそうであるように、未だに提出していない面倒くさがり、もとい優柔不断な輩は必ずいるはずだ。
わが校には、ひとクラス約30人……ひと学年に200人弱の生徒がいる。無論、俺に友達と呼べる間柄の人間が何人いるかは、わざわざ明かさずとも分かるだろうから、俺にツテというものがないのも自ずと分かるだろう。
想像できるだろうか。なんのアテも無く、入部届未提出の人間を探す困難を。俺が見ず知らずの人間に話しかけることの苦難を。
俺は、己の無力さを痛感しながら、その日の放課後、生物室の扉を開けた。
「……お疲れ様です。」
「ご機嫌よう、夏瑪くん。ふむ……その言葉はそのまま君にお返ししよう。随分とお疲れ模様だね?」
生物室に入ってすぐ手前、ハムスターのいるケージの前で、『ハムちゃん』に餌をやりながら、青蓮はそう返してきた。
「まぁ……そうですね……。」
「あと1人、入部してくれそうな子は見つかったかい?」
「……え?」
なぜ彼女がそのことを。……いや、彼女ならば何を知っていたとしても不思議ではない。彼女に『私は全知全能だよ』と言われたところで、俺は疑いもしないだろう。
それはそうと、やはり俺以外の入部希望者はいないのか。
「その様子だといなかったようだね。ふぅん……困ったものだね……。」
彼女はため息混じりに嘆いた。
いや、『嘆き』というにはどうにも余裕ありげだ。彼女にはなにか解決策があるのだろう。
俺は彼女を高く評価していながら、まだ信用し切っていなかったようだ。それがどれほど愚かなことなのか。
俺は自分の愚かさを呪うと同時に、自分の行動が徒労だったことに胸を撫で下ろした。
「……なにかあるんですね、解決策が。それならそうと言ってくださいよ、昨日の時点で。」
「無いよ? そんなもの。」
「……ん?」
「だからこうして困っているのだよ。まったく、どうしたものかね?」
俺は全力でツッコミたい気持ちを抑えた。彼女はボケていないのだから、空ツッコミになってしまう。
またしても俺は、彼女という人物を見誤っていたらしい。
彼女はただ、あまりにオーラがありすぎるだけなのだ。発言すべてに説得力がありすぎるだけなのだ。
ただ、その説得力というものの後ろ盾が、有り余る実績や名声なのだからタチが悪い。
「……どうするんですか? このままじゃ廃部でしょう?」
「……そうだねぇ。なにも手立てが無い、ということも無いのだけれど。例えば、私が『口利き』すれば、他の部活の部員1人を転入させるなど、赤子の手を摘むよりも容易い。」
「『捻る』どころか『摘む』よりもなんて、めちゃ楽じゃないですか。そうしましょう。」
「うーむ。しかしね、私とて人の子だよ? 転入させられた子の『青春』に、私は無責任になれない。その子はその子が選んだ『青春』を謳歌する権利がある。」
「……『転入する』という選択も、その人の意志のはずです。」
「おや。これは一本取られたね。しかしね、夏瑪くん。」
彼女は『ハムちゃん』に与え終えた餌の袋を仕舞うと、俺のほうに、深く、底の見えない瞳をジロリと向けながら言った。
「私の言う『口利き』というものが、本当に口を利くだけで済むと思うのかい?」
どういう意味か、などと訊いたところで彼女は詳細を教えてくれはしないだろう。
いや、もしかしたら教えてくれるかもしれないが、この時の俺は、それを訊く勇気を覆い尽くす、なにか得体の知れない、悍ましさに似たものを感じていた。
俺はやはり、彼女という人物を見誤っているのかもしれない。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる