29 / 31
『生物研究部』活動記録 参
美術部の黒一点
しおりを挟む
「よし。デッサンはこんくらいでいいか。」
曼珠沙華——もとい、『師匠』は、小一時間鉛筆を走らせると、そう言って筆を置いた。
「す……すごいっす! すごいっすね……!」
師匠の背後で、俺と並んで観ていた煤牛が、驚嘆の声を漏らしていた。
実際、師匠の描写力はかなりのもので、時たま検索サイトなどで目にする、美術大学志望の予備校生のデッサンにも引けを取らない質に見える。
……しかし、改めてみても、モチーフとして描かれた美術部部長の雉隠薫は、現物は去ることながら、絵の中でも非常に端麗である。そう、非常に。
「お、終わった……? もう終わったんだよね?」
「ん、お疲れっしたー。あざっス。」
「う、うん。」
部長は、前髪の隙間から困った顔を覗かせながら、師匠の謝辞を受け取った。
「佐々田ぁ。ちょっとコッチ来い。」
その直後、師匠は部長から少し距離を取りつつ、俺を呼び出した。
◇
不思議そうにこちらを見つめる部長と煤牛を尻目に、師匠は声量を抑えて話す。
「お前さ、ちょっくら部長と喋っててくんねーか? アタシとかんなは、今からあそこのテーブルで部員同士の話し合いがあんだよ。」
師匠が顎で指す方向へチラリと視線を移すと、3人の女生徒が、四つ一組で矩形に合わせられた机を囲んでいる。
「はあ。別に良いんですけど、もうひと通り見学したし、生物室に戻っても……
と言おうとした時、師匠が「あ?」とひと言で遮断してきたため、俺は彼女に従わざるを得なかった。
続けて、師匠は言う。
「佐々田ぁ。お前にとっちゃ、あながち良い機会だと思うぞ?」
「……どういう意味ですか?」
「アタシはお前の絵を知ってる。去年の夏、県内コンクールで観た。」
……なるほど。彼女が俺をここに連れてきた理由が少しだけ分かった気がする。
「あんなん描くヤツが、完全に美術から足を洗えるワケが無ぇ。」
この人、美術を薬物かなにかだと思ってるのか? ……ただ、これが案外間違いでもない。
美術というか、創作活動において、だが。
人間という生き物は、美術に限らず、常になにかしらを創り出していると言えるだろう。組み立て式の家具を組み立てるのだって、週に1回程度の料理だって、さらにはメモを書くことさえも、広い意味では『創作』なのだ。
その意味で言えば、たしかに美術は薬物で、人は常に『創作中毒』なのだ。
「……俺がまだ美術に興味を持っていたとして、なんですか?」
「薫チャンはアタシより上手ぇ。それに、デッサン以外でも、割とおもしれー絵ぇ描くぞ。」
「……なるほど。」
俺とて美術が嫌いになったわけではない。ただ、『美術部』に所属せずとも絵は描ける、というだけだ。
だから普通に、他の人の作品は気になる。まして、師匠の太鼓判が押されたとなれば、一層に部長への関心が高まる。
「分かりましたよ。部長と喋ってれば良いんですね。」
師匠は、俺がようやく了解するのを見ると、珍しいことに、乏しい表情筋を動かして、ニヤリと口角を上げた。
曼珠沙華——もとい、『師匠』は、小一時間鉛筆を走らせると、そう言って筆を置いた。
「す……すごいっす! すごいっすね……!」
師匠の背後で、俺と並んで観ていた煤牛が、驚嘆の声を漏らしていた。
実際、師匠の描写力はかなりのもので、時たま検索サイトなどで目にする、美術大学志望の予備校生のデッサンにも引けを取らない質に見える。
……しかし、改めてみても、モチーフとして描かれた美術部部長の雉隠薫は、現物は去ることながら、絵の中でも非常に端麗である。そう、非常に。
「お、終わった……? もう終わったんだよね?」
「ん、お疲れっしたー。あざっス。」
「う、うん。」
部長は、前髪の隙間から困った顔を覗かせながら、師匠の謝辞を受け取った。
「佐々田ぁ。ちょっとコッチ来い。」
その直後、師匠は部長から少し距離を取りつつ、俺を呼び出した。
◇
不思議そうにこちらを見つめる部長と煤牛を尻目に、師匠は声量を抑えて話す。
「お前さ、ちょっくら部長と喋っててくんねーか? アタシとかんなは、今からあそこのテーブルで部員同士の話し合いがあんだよ。」
師匠が顎で指す方向へチラリと視線を移すと、3人の女生徒が、四つ一組で矩形に合わせられた机を囲んでいる。
「はあ。別に良いんですけど、もうひと通り見学したし、生物室に戻っても……
と言おうとした時、師匠が「あ?」とひと言で遮断してきたため、俺は彼女に従わざるを得なかった。
続けて、師匠は言う。
「佐々田ぁ。お前にとっちゃ、あながち良い機会だと思うぞ?」
「……どういう意味ですか?」
「アタシはお前の絵を知ってる。去年の夏、県内コンクールで観た。」
……なるほど。彼女が俺をここに連れてきた理由が少しだけ分かった気がする。
「あんなん描くヤツが、完全に美術から足を洗えるワケが無ぇ。」
この人、美術を薬物かなにかだと思ってるのか? ……ただ、これが案外間違いでもない。
美術というか、創作活動において、だが。
人間という生き物は、美術に限らず、常になにかしらを創り出していると言えるだろう。組み立て式の家具を組み立てるのだって、週に1回程度の料理だって、さらにはメモを書くことさえも、広い意味では『創作』なのだ。
その意味で言えば、たしかに美術は薬物で、人は常に『創作中毒』なのだ。
「……俺がまだ美術に興味を持っていたとして、なんですか?」
「薫チャンはアタシより上手ぇ。それに、デッサン以外でも、割とおもしれー絵ぇ描くぞ。」
「……なるほど。」
俺とて美術が嫌いになったわけではない。ただ、『美術部』に所属せずとも絵は描ける、というだけだ。
だから普通に、他の人の作品は気になる。まして、師匠の太鼓判が押されたとなれば、一層に部長への関心が高まる。
「分かりましたよ。部長と喋ってれば良いんですね。」
師匠は、俺がようやく了解するのを見ると、珍しいことに、乏しい表情筋を動かして、ニヤリと口角を上げた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる