旧東京迷宮対策2課 ー禁断果実と呼ばれた私、今日も迷宮で酷使されていますー

ただのわたなべ

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第6話 東京駅地下迷宮 第37階層 その1

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―夢を見ていた。

先輩の声が聞こえる。
でも顔は見えない。
霧がかかったように、ぼやけている。

(先輩は私に何か伝えようとしている。)
(「可愛らしくて・・・・好み・・・・」)

「いやいやいや!先輩がそんなこと言うわけない!夢だ、絶対夢!」

頬が熱い。
心臓がドキドキする。

でも——
うう……頭が割れるような痛みで目が覚めた。
ぼやけた視界が徐々にはっきりしてくる。
白いタイルのような天井。
まどろみから抜け出す感覚。フワフワと宙に浮かんでいるような——
ここは——
馴染みのある匂い、馴染みのある感触。私の自室だと気づくまで、少し時間がかかった。
ここは迷宮ではなく、迷宮対策課の庁舎内。私の自室であり独房だ。
あれ?私は迷宮(ダンジョン)にいたような気がする。
夢だったのかな。

いや——違う。
あちこちがススまみれで埃を被った探索着を着たまま、ベッドで寝ていた。

部屋の隅っこには大して使いもしない探索グッズが詰め込まれたバックパックが、くたびれたように横たわっていた。いつの間にかダンジョンから戻ってきたのか。どうやって?
私は迷宮へ潜っていた事実を思い出そうとした。
(確か、先輩がいきなり暴走モードに入っちゃって……)
(それから、先輩が何か言ってた気がする)
(でも……思い出せない)
なぜか顔が火照る。
なぜ?何があったの?
もどかしい。
大事な何かを忘れている気がするのに。
私は顔の火照りを抑えるため、赤みのかかった顔を両手でパタパタと扇いだ。
とりあえず着替えよう——と更衣室へ向かうことにした。シャワーも必須だ。
髪の毛から足の先まで埃まみれ。乙女としてあり得ない状況。ありえない。改善せねば。
私は重い体を引きずり、ベッドから這い出た。
自室の扉を開け、ゆっくり周囲を窺う。
基本自室にこもっている私は、迷宮対策課の隊員全員とは顔を合わせたことがない。知らない隊員に出会ってしまわぬよう細心の注意を払うことが、引きこもりのコミュ障の鉄則だ。
そんな私を哀れに思ったのか、迷宮対策課の庁舎に人の気配はなく、静まり返っている。 無機質で飾り気のない建物に、私の足音だけが虚しく響く。
庁舎の螺旋階段を降りていると、今朝のダンジョンのことを少し思い出してきた。あのダンジョンも螺旋階段だったな。
なんとか更衣室に辿り着き、重い扉をゆっくり開ける。この庁舎は老朽化が進み、どこもかしこもガタガタだ。
更衣室内には案の定誰もいなかった。少しホッとしている私がいる。
規則正しく並んだロッカー。ほとんどが空きなんだろう。
私のロッカーに辿り着き、おもむろに隊員服を脱ぎ始める。オーバーサイズの隊員服は役目を終え、床に落とされた。
ぬるま湯のシャワーを浴びながら、冴え始めた頭に思考が巡る。
先輩は無事なのだろうか。
どうやってここまで帰ってきたんだろう。
課長は——
 
ジリリリリリリリリリリリリ!

「ひゃあっ!」
至福の時も束の間だった。けたたましく鳴り響くベルの音に、心臓が飛び出るかと思った。私は慌ててシャワーを切り上げ、ロッカーから私服を取り出して着替えた。
更衣室の扉からそっと外を窺う。乾かす暇もなく濡れたままの髪からこぼれ落ちた雫が床を濡らした。
相変わらずベルはけたたましく鳴っていた。私は物陰に隠れる小動物のように素早く1階へ降りた。
ベルの発信源は庁舎受付だ。来客を告げるベルが鳴り止み、今度はドアを叩く音へ変わった。
「おーい、誰かいないのかね!」
ドアを叩きながら叫ぶ声は女性のようだった。
しばらく様子を窺った後、私は意を決してドアへ向かった。 恐る恐る受付に近づき、重いドアを精一杯開けた。
外気が流れ込んでくる。旧東京の埃っぽい外気が。
「あら~、かわいいお嬢ちゃん!」
騒音の元凶は、恰幅の良い中年女性だった。仁王立ちで、こちらを見ている。
かわいいはいいとして、お嬢ちゃんはいただけない。私は見た目が幼く見えるが、これでもそれなりの年齢のレディだ。
「他の隊員さんはいるかい?」
「……いません」
「お嬢ちゃんも隊員さんかえ?」
私は小さく頷いた。初対面の人と喋るのは苦手だ。
「それでは指令を伝えるよ。」
おばさんは封筒から書類を取り出し、一気に読み始めた。
「緊急作戦指令!旧東京駅地下迷宮第37階層攻略作戦中、突如として大規模怪物群殺到(スタンピード)発生。参加部隊及び隊員の大多数が巻き込まれ、安否不明の模様。迷宮対策2課全隊員に告ぐ。直ちに第一種戦闘配備を行い、現場へ急行せよ!」
おばさんの大声の後、静寂が周りを包む。
私はあまりに突然な出来事に呆気にとられており、読み上げられた内容などまったく頭に入ってこなかった。
「で、他の隊員さんにも連絡してほしいんだがね」
「……わかりません」
「えっ!?」
「他の隊員はわかりません。私一人だけです……」
暑い季節も終わり、これから急速に寒くなるだろう。旧東京の気候はまるで、これから私に起こる悪夢のような出来事を暗示するかのようだ。なかなか噛み合わない会話をする二人の間に、比喩でもなく本物の木枯らしが吹き抜けた。
「さて、あたしも準備しに戻るかえ」
準備?何の準備?
「引退した探索家たちにも招集がかかってるんだよ。久々の迷宮探索だから、骨が折れそうだねえ」
「そんじゃ準備が終わったら、またここに来るから。それまでにできるだけ多くの隊員を集めといてくれ」

おばさんは封筒を半ば無理やり私に押しつけ、そそくさと歩いて行った。
遠ざかる足音が聞こえなくなる頃、私はようやく手の中の封筒の存在に気づいた。
私は強制的に押し付けられた封筒を開けて、中の書類に目を通す。
果たして私が見て良いものなのか。
 
緊急救援作戦命令書

命令番号: 東部暦6年-緊急第001号
発令日時: 東部暦6年 9月9日 13時00分
発令者: 東部都市防衛総司令部 総司令官 黒部常吉
受令者: 全迷宮対策課員、全異能対策部隊、全警備隊

 作戦名称「緊急救援亜1号作戦」

 情勢判断

 一、本日10時00分、旧東京駅地下迷宮第三十七層において、
 迷宮攻略本部主力部隊及び迷宮対策第一課、第二課が大規模迷宮怪物群
(以下「スタンピード」と称す)に遭遇、激戦の末、壊滅的打撃を受けたり

 二、迷宮攻略本部司令官以下、精鋭隊員約八十名が第三十七層にて孤立、
 救援を待つ状態にあり

 三、現在、第三十七層への進入路は完全に遮断され、スタンピードは依然として
 活動を継続中なり

 四、孤立部隊の生存可能時間は、概ね四十八時間以内と推定せらる

 作戦目的

 本作戦は、旧東京駅地下迷宮第三十七層に孤立せる味方部隊の救出、
 並びに行方不明となりたる隊員捜索を目的とす。
 直ちに部隊を編成し現場へ直行せよ。

 作戦方針

 一、迅速果敢なる突破
  スタンピードを排除しつつ、最短経路にて第三十七層へ到達すべし

 二、生存者の確保
  孤立部隊及び橘課長を発見次第、速やかに救出し地上へ帰還すべし

 三、二次被害の防止
  無謀なる突入を避け、確実なる作戦遂行を期すべし

 訓示

 諸君、今回の作戦は我が東部都市防衛の精鋭たる迷宮攻略本部及び
 対策第一課、第二課の救出を目的とす。

 諸君の奮闘を期待す。

 必ずや、全員を無事に救出し、地上へ帰還せよ。

 武運長久を祈る。

 東部暦6年 9月 9日

 東部都市防衛総司令部
 総司令官 黒部常吉 印
 
書類を読み進めるうちに、顔から血の気が引いていくのがわかった。
課長が……行方不明?
スタンピード?八十名が孤立?
頭の中で情報が渦を巻く。
私は震える手で書類を握りしめた。
(先輩は……どこ?)
(課長は……無事なの?)
どうすればいい?まず、先輩に連絡して——
静まり返った庁舎の中、私の荒い息遣いだけが響いていた。

その時―
庁舎の扉が、激しく開かれた。
「先輩!!」

期待のこもった声で振り返り、扉を開けた人物を確認するため。
私は駆け出した。

そこには先輩― ではなく、

小柄で髭を生やした見知らぬ老人が立っていた。

「……誰?」

(続く)

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