異世界探求者の色探し

西木 草成

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第2章 青の色

第63話 初見の色

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「2時間後に起こせ、わかったな」

「....はい....」

 そう言い残すとレギナは頭まで布団をかぶり、そのまま寝息を立てて寝てしまった。

 俺たちは現在、少し街外れにある宿に二人一部屋で泊まっている真っ最中である。決して俺がゲスな考えをしているわけではない、単純に金がもったいないという理由から二人一部屋ということになっただけだ。

 もう一度言うが、俺がゲスな考えをしていたわけではない。

 さすがに二人同時にベットで寝るわけにもいかない、そして互いが互いを見張るといった理由から2時間おきに交代で起きて監視するということになっている。

「にしても随分と神経の図太いアマだな、男の目の前で堂々と寝れるなんてよ」

「お前は本当にどこから湧いてくるんだ? ....別にそんな考えはねぇよ」

 椅子の後ろから突然声をかけてきたのは、しばらく姿を見せてなかったサリーだ。そんな彼の問いに対して思わずため息をつく。

 もともと彼女は軍人で男に囲まれていた生活を送ってきた。男の目の前で裸になって風呂に入ることや、寝ることなど造作もなかったりするのだろう。むしろそんな人間でよかったと思っている部分がある。もし、彼女が普通の女性みたいな人間だったら、おそらく今の俺の体には首が乗っかっていない。

「お前、案外ひどいこと考えるんだな」

「勝手に人の頭の中を覗くな。それより、このままで行けば俺はどのくらいで死ぬ」

 すでに右肩まで刺青が迫っている。顔までに広がるのは時間の問題だ。青の精霊に会うまでどのくらいかかるかわからないが、せめてもの期限が知りたい。

「その刺青は別に時間がどうこうで広がるもんじゃねぇ。問題はテメェの心次第だ」

「心?」

「そもそも、テメェが俺の『炎下統一』を使うとき、お前はどういう気持ちで引き抜いている? 決して生半可な気持ちではねぇだろ」

「....」

 リーフェさんが殺されたとき、あれは怒りだった。簡単に大事な命が奪われるという事実、そしてあのレギナと戦ったとき。何も悪くない人間が自分のせいで巻き込まれるという事実。自分に対しての怒りの感情。

 俺がサリーを使うとき、『炎下統一』を使うときは常に怒りの感情があった。

 サリーが俺の座る椅子の前にしゃがみ込みニヤリと笑う。

「そう、怒りだ。俺との仮契約を結んで『炎下統一』を使えるようになったということは、怒りのコントロールも俺のさじ加減でどうにでもできる。要は、お前が怒りで気持ちが高ぶるたびにその刺青は広がっていくのさ」

「ちょっと待て、怒りのコントロールをお前のさじ加減でどうにできるって言ったか?」

「あ? 言ってなかったか?」

 サリーの目は笑っていない。

「お前、あれだけの力を手に入れておいて。代償は何もないとでも思ったのか?」

 契約、それは地球にいた頃でも意味としては両者の対等と思われるものを与え合うという約束事。俺は『炎下統一』という武器を手に入れた代わりに俺はこいつの話が正しければ....

「テメェの怒りの感情を好きにできるというわけだ」

 それが怒りに染まった者の代償だ。

 そう言い残し、サリーは再び炎と煙と一緒に目の前から消えた。しばらく呆然として、先ほどまでの話を頭の中でまとめる。

 要は、俺は怒りの感情を自らの意思でコントロールできなくなるのだ。

 となると俺はどうなってしまうのだろうか、訳も分からず他人を怒鳴り散らしたり、殴ったり、果ては怒りに任せて人を殺してしまうかもしれない。

 これが、怒りに身を任せたものの罪ということなのだろうか。

 そんな答えのない自問自答を繰り返すと、壁に掛けられたねじまき式の時計を見ると2時間が経っていることに気づいた。

「レギナさん。交代ですよ」

「....ん、また誰かとしゃべっていたのか」

 あっさりと目を覚ました。本当に彼女は寝ていたのか? 話も聞かれてしまったようだ、もし自分が怒りをコントロールできなくなって、もし彼女を襲うようなことがあったとしたら、彼女はやはり俺を殺すのだろうか。

 いや、むしろそうしてほしいのか。

「いえ、なんでもないですよ。すみません、起こしてしまって」

「気にするな」

 そう言って起き上がるとレギナは、ベットを明け渡した。靴を脱ぎその上に乗ると、まだレギナの体温で温かく、恥ずかしさもあるが疲れ切ったいるのだろう、睡魔がすぐに体にのしかかる。

 はたして、俺はどこに行けばいいのだろうか。

 意識、消失。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「おい、クソ女。俺のことが見えてるんだろ」

「....」

 イマイシキ ショウの眠った後。洗面台で顔を洗った後自分の座ろうとした椅子に座っていたのは赤髪で赤のレザーシャツを裸の上半身に着込んだ若い男だった。

 当然、こんな男を部屋に入れた覚えはない。

「誰だ貴様。返答次第では斬る」

「おう、そいつは面白そうだな。やるか?」

 終始にらみ合いが続く。

 そして気づいた。
 
 こいつの赤くギラギラした目は人間のものではないということに。例えるなら、邪神のような禍々しい何かの目を見ているような感覚だ。

 到底勝てる相手ではない。

「....見えてるとか話していたな。どういうことだ?」

「今お前が質問できる立場だと思っているのなら、すぐに訂正させる時間を与えてやる」

 私に発言権はない。そういうことか。

「....わかった」

「まず、お前。このクソガキどうするつもりか教えてもらおうか」

 そう言ってその男の指差す先にいるのはベットで眠っているイマイシキ ショウだ。そうか、こいつがあの精霊....なぜ契約を結んでもいない私にも見えるのだろうか。

「聞いているかどうかはわからんが、執行猶予だ」

「『シッコウユウヨ』? 悪いがちゃんと人間の言葉しゃべってくんねぇか?」

 未だに攻撃的な目で睨みつけてくるこの男、どうやら少し世間を知らないらしい。ふと、目に入った男の腕に掘られている刺青に目が入る。風呂場で見たイマイシキ ショウの右腕にあったものと同じだと思った

「ともかくだ、今この男を殺すようなことはしない。命の保証はする、安心しろ」

「ほぉ....俺を前にしても威勢はいいな。無色の人間てのは全員、態度だけは一丁前なのか?」

「....っ」

 なぜそのことを....

 軍にいた時もひた隠しにしていた事実をどうしてこの男が、精霊は人の魔力を見るということができるものなのか。いや、そうとしか考えられない。

 軍では魔術兵団入隊希望者しか、魔力検査を受ける義務はない。

 親に教えられた真実をひた隠しにしてきた。

 約束だと教えられた。このことを人に教えてはならないと。

「なんだか驚いてるようだが、そこで寝てるこいつはもう知ってるぞ」

「な....っ」

 知られている。自分の色を。

 禁忌だ。

 忌み嫌われる。

 それなのにこの男は、知っていて黙って私のそばにいたというのか。

「さらに言ってやろうか、こいつもテメェと同じ無色だぜ? 色無同士、もっと仲良くやってもいいと思うがなぁ?」

「こいつが....無色?」

 だが、ありえない。こいつはあのイニティウムで、赤いオーラを出して私に襲いかかってきたじゃないか。それに剣から炎も出して、てっきり赤色なのかと。

 ということは、こいつがイマイシキ ショウに魔力を流して....

「気づいたか? 何者にも染まっていない無色という魔力。裏を返せば簡単に何者にも染めることができる。だから俺たちが精霊と契約すんのに必要な第一条件は無色であるということさ」

「貴様の目的はなんだ。イマイシキ ショウをどうするつもりなんだ」

「それをテメェに教えると思うかぁ?」

 いかにもバカにしたような目でこちらを見ている。だが、この男の言っていることはどうも裏がありそうだ。しかもかなり悪質な何かを感じる。

 未だに消えない目の光に睨まれながら男の質問は続く。

「まぁ、俺も眠い。これで最後の質問だ。テメェとやりあったときに気づいたんだが、テメェのその剣。どこで手に入れた」

 指差すのは壁に立てかけられている私の剣『スペルビア』。これがどうしたというのだろうか。

「これがどうした、欲しくてもやらないぞ」

「誰がいるか、このクソガキが持ってるクソ剣が斬れなかった。しかも俺の力が付与してる状態でな。スゲェムカついてんだよ」

 初めて目の色が変わった。それは憎しみ、脅しというよりも何かを超えたいという向上心とも思える目の光だ。

 だが、ここはあえてこういい返そう。

「それをお前に教えると思うか?」

 そう言い放った後、男は少しキョトンとした表情をしていたが、また再び脅しかけるような目つきで睨んでくる。

「....いい性格してんな、お前。クソガキが俺の力を使った時覚えてろよ」

「こっちのセリフだ。貴様が出てきた時は一振りさせる間もなく叩き伏せてやる」

「サリーだ、覚えてろクソ女」

「レギナ=スペルビアだ。覚えておくクソ野郎」

 目の前の男。サリーは指を鳴らすと炎と煙と共に消えていった。

「ハァ....」

 ため息をするのと同時に体全身から力が抜けて床にへたれこむ。こんなに緊張したのは久しぶりだ。あの1番隊のペンドラゴンと謁見した時以来じゃないだろうか。

 ふと壁にかかっている時計を見ると2時間があっという間に過ぎていた。特に急ぐ必要もないが、しばらく寝かせてやるか。

 風呂場で見た、イマイシキ ショウの背中の傷。かなり深い魔物の噛み跡を青色の治癒魔術で治したかのような跡。あれは....何時つけた傷なのだろうか。

 もしかして....

 いや、考えるのは止そう。あくまでこいつは犯罪者で、私は監察官だ。そこに恩と義理の関係はいらない。

「....!? おい、起きろイマイシキ ショウ」

「....ンア....もう時間ですか....」

 この部屋に鳴り響く鐘の音。急いで外の窓を開けると闇の向こう側の街を中心に火の手が上がっているのが確認できる。どうやら鐘の音は街の方から聞こえている。

「....レギナさん? あぁ、火事ですか。大丈夫だと思いますよ、ここは水の街みたいなものじゃないですか」

「だったらいいが....」

 なぜだろうか、先ほどあの精霊と話したせいか。










 胸がざわつく。








 



 
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