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第2章 青の色
第88話 不愉快の色
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まず、左手は確実に使い物にならない。激痛が左腕を通り越して、全身針を刺しているかのような痛みになっているが、奥歯を噛み締めて額に脂汗を浮かべながら耐える。右手にはパレットソードとリーフェさんの形見である髪が握られている。
これだけで、俺は何でもできる気がする。
「準備はもういいだろう?」
「はい」
「じゃあ....行くぜっ!」
船が軽く傾く。その瞬間、船長レベリオの拳が眼前に迫りくる。とっさの判断で体を傾け避けるが、足場が波によって沈んだり浮かんだりをしているためまったく体勢が安定しない。そして、まったくなれない場所での自分に対し、相手はこの船のことを熟知している。
傾いて体勢を崩した俺にむかって、体当たりが飛んでくる。
『スクトゥム』
鞘を変形させ盾を左腕に装着し、レベリオの体当たりを防ぐ。しかし、その衝撃はすさまじく、ぼろぼろの左手に思いっきり響く。
「ぐ....っ!」
途端に防御が崩れ、左腕は簡単に外れ甲板に転がることになる。おそらく彼が使っているのは俺と同じ身体強化術、ならば確実に限界はある。しかし、持久戦に持ち込むにはあまりにも分が悪い。
こっちは左手を使えない。そのことを考えると今一色流の抜刀術は確実に使うことはできない、要は切り札がない。そして、船の上という今まで戦ったことのない場所。全てにおいて自分が不利である。
「さっさと立ちな。お嬢ちゃんに何もされたくなかったらな?」
「....っ」
剣を甲板に刺し、全身に回る痛みでうまく力の入らない体を起こす。そして、立ち上がってレベリオの方を睨みつける。
「なぁ、正直どうなんだ? 大将。なんでたかが一冒険者が王都騎士団の隊長なんかと俺の船でバカンス決め込もうとしてたんだ?」
「彼女は....俺が誘拐しました」
剣を右手に持ち、構え直しながらレベリオと向きなおる。俺の回答に一瞬キョトンとした表情をしていたが、一瞬鼻で笑うととても好意的とは受け取れない表情でこっちを見ている。
「それってあれか。禁断の? いいねぇ、もうヤッたの?」
「....そんな関係じゃないですよ」
下品な話だとは思う。しかし、彼女をそういう対象に見ることはできない。言われずとも、それは自分の負い目だ。好みとかそういう問題ではなく。
「ハァ~。人生、生きてて楽しいか? お前」
「どうでもいいです。僕は、自分の命を助けてくれた人が正しかったことを証明するために生きるんです」
「それはご立派なことで」
突如、リベリオは両手を広げる。思わず左手の盾を前に出すがどうやら様子が違う。
『雷撃よ 我に従え』
金属製の籠手を両腕に装着しているリベリオは突如広げていた両腕を胸の前で拳を突き合わせる。その瞬間、青白い稲妻のようなものがレベリオの籠手に駆け巡る。
「金属に魔力は通せないが、魔力で作った電気は流せるからなぁ」
「....」
あれに触れたらまずい。
不敵に笑ったレベリオは再び身体強化術で一気に距離を詰める。振るわれる拳を交わしながら、攻撃の機会をうかがっているが剣の間合いで責められている分、こっちはとても不利だ。なんとか体をずらしたりなどで避けてはいるものの、船の甲板という狭い場所、いつ追い込まれるかわからない。
突如、右肩に思いっきりレベリオの拳がぶつかる。
「!?」
「どうだ? 体に電気が走るなんて経験、なかなかできるものじゃねぇぞ」
体に高圧電流が流れ、その衝撃で船の端まで吹き飛ばされる。しびれている脳みそを必死に叩き起こし、霞む視界の中レベリオを見据えているが、未だに右腕が痙攣をし動かない。当然左腕は使えない。
「どうした? もう終わりなのか」
ふと、横を見るとマストに縛られているレギナが冷たい目でこっちを見ている。そうだ、俺は彼女を守らなくてはならない。自分のために、イニティウムで待っている人のために。
「く....そっ」
「よ~し、まだまだこれからだ。船の中にいるとストレスが溜まるものでねぇ」
両肩を回しながら、レベリオはそう言って近づいてくる。
負けてたまるか。俺は、生きるんだ。
「こんなところで....くたばってたまるか....っ!」
「少しは目の色が変わったか。いいぜ、来いよ。探求者っ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
剣を振るうことに躊躇をしなくなった、それは単純に振るわないと自分の死を身近に感じたからだ。剣がレベリオの籠手に触れるたびに高圧電流が剣を伝って流れてきたが、持ち手のおかげでだいぶ電流が抑えられているため、戦うことに支障はなかった。
拳と剣では確実に剣のリーチが圧倒的に長い。そして剣の間合いにさえ入ってこられなければ拳は確実に当たることはない。しかし、問題なのは左手を負傷していることにより決め手が全くないということだ。
持久戦では確実に負ける。
「ハァ....ハァ....ハァ....」
「だいぶ動きは良くなってるけど、やっぱり体力ないなぁ。俺はもう35になるってのに、まだ20も行って無いだろ大将」
現実、レベリオは全く息を切らしてい無い、それもそのはずだ、今まで攻撃をしていたのは自分の方で、レベリオをはそれを避けるか躱すだけでよかったのだから。そして、揺れるせねでは重心があらぬ方向に持ってかれ、余計な体力を使うことになっている。体力差も、体力を使う効率も圧倒的に不利だ。
「そうですね....ハァ....でも。その籠手、だいぶ古くなっていませんか?」
「んあ?」
レベリオが両腕の籠手を確認するかのように見ると、突如、左腕の籠手がまるでパーツの一つ一つが外れたかのようにバラバラと甲板の上で音を立てながら落ちる。
「ありゃ。なるほどね、籠手ばっか攻撃してくんなと思ったらそういう....」
船がレベリオの方に傾いた瞬間、甲板を思いっきり蹴って剣を前に突き出す。狙うは右腕の籠手の留め金。
『今一色流 剣術 翡翠』
片腕しかつかえない状態での唯一使うことのできる技だ。体全身を弓矢として、確実に狙いを定めその右腕の籠手が射程距離に入った時。ひきしぼった剣先を突き出す。
「まぁ、そういう正直なヤツ、嫌いじゃないぜ。大将」
突き出された剣は右腕の籠手を掠ることもなく、放たれた剣はレベリオにつかまれる。
そして。
「終わりだ....よっ」
つかまれた剣、そして目一杯引き伸ばした右腕。すでに次に行われることは考えたくもないが想像に難くないことだった。
自分の腕の関節が、たかが膝蹴りであらぬ方向へと折れ曲がった。
「アァァアアアアアアッッッッッ!!」
剣は右手を離れ、甲板に鈍い音を立てながら落ち、自分は折れ曲がった右手を押さえることもできずに悲鳴をあげてうずくまる。
全身が痛い。思考が追いつかない。
どうする。
どうる?
右腕が、折れて? え?
違う、レギナを。あ、戻るの? 死ぬ?
痛い、痛い、痛い、痛い、遺体。
「さて、まぁいい運動にはなったな。それで、もう楽しませてくれないのか?」
「い....いっ! あぁっ! っあっ!」
「あぁ、もうダメだなこりゃ。よし、全員片付けてこいつはそうだなぁ....とりあえず治療。目ぇ覚めたらいろいろ教えてやんな」
「え、えぇ? つあ、っ」
治療って、治療って聞こえた。
薄れてゆく意識でそんな言葉が頭の中に響く。すでにこちらに背中を向けて歩き出しているレベリオを見ているが、次に続いた言葉で意識は完全に元に戻った。
「この女は船にいらん。縛って海にでも放り投げろ。鎖をつけてな」
縛って、海に落とす。
ダメだ....ダメだ....っ!
うずくまりながら、すでに全身を痛みで支配し麻痺している体を芋虫のように這いずらせながら、レベリオを追いかける。
「よし、女の縄を....ん? なんだい大将、もう終わっただろ」
「はのひょを....はなへ」
レベリオのブーツに噛り付いて引き止める。今更自分に何もできることはない。それはこの乱れた思考の中でも十二分にわかる。そしてもう一つ分かることがある。それは、絶対に彼女をどんな手を使っても守らなくてはならないということだ。
「あのな、敗者にそんな権限があるわけがないだろう。それに、これはあんたの勝ち負けの問題じゃない。俺の問題だ」
「....はなへ、はのひょをはなへ」
知ったことではない。彼女を生かすのは俺の問題だ。
ざらつく皮のブーツに必死になって噛り付いてゆくが、自分の意思とは裏腹にどんどん瞼が重くなってゆく。
まずい、このままでは....
「まぁ、とりあえず寝てろよ。起きた時には全部終わってるがな」
頭上で、レベリオの右腕が引き上がってゆく。このまま頭を殴られて、気絶でもしたら、目が覚めて、レギナがいなくなったとしたら。
ダメだ。
でも何もできない。心が拒否しなくても、体が動くことを拒否している。
自分は、無力だ。
「私の眼の前で死ぬな。不愉快だ」
振り下ろされかけた拳、それは無音となった船の上で突如として、冷淡かつ怒気を含んだ響きで聞こえてきた。
レギナだ。
レギナのいる方へと顔を向けて、そのまま倒れ込む。もう限界だ。霞んでゆく意識の中でレギナが縄を解こうとした船員に膝蹴りを食らわせて、そのままストレートパンチを決めているところで意識は落ちた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おい、何やってんだオメェら。一番厄介な奴を逃しやがって」
確かレベリオと言ったかこの男は。先ほど目の前で見せた動きを見る限りどうやらただの海賊ではない。しかし、その動きの一つ一つ、自分はどこかで見たことのある動きのようにも感じた。
「王都騎士団の隊長とやら。どうして止めるんだ? 誘拐されて、さぞ不愉快だったのでは?」
目の前で転がっているイマイシキ ショウをレベリオは足で仰向けにするように蹴るが、その右腕はあらぬ方向へと曲がり、そして潰れた左腕からは血が流れている。
全く、バカなことを。
「あぁ、不愉快だ。だが、貴様に殺されるのがもっと不愉快だ」
この男を処刑するのは私なのだからな。
「なぁ....もう一度名前を聞いていいか?」
「レギナ=スペルビア。王都騎士団9番隊隊長」
一瞬の沈黙。レベリオは深く息を吸うと、両腕を突き出し、戦闘を行う準備をしている。どうやらこの男、王都騎士団に相当な恨みがあるのだろうか。しかしどうでもいいか。
とりあえず、今はなんだか不愉快だ。
「プラエド号船長、レベリオ=アンサム。死んでもらおうか、王都騎士団9番隊隊長」
開戦。
これだけで、俺は何でもできる気がする。
「準備はもういいだろう?」
「はい」
「じゃあ....行くぜっ!」
船が軽く傾く。その瞬間、船長レベリオの拳が眼前に迫りくる。とっさの判断で体を傾け避けるが、足場が波によって沈んだり浮かんだりをしているためまったく体勢が安定しない。そして、まったくなれない場所での自分に対し、相手はこの船のことを熟知している。
傾いて体勢を崩した俺にむかって、体当たりが飛んでくる。
『スクトゥム』
鞘を変形させ盾を左腕に装着し、レベリオの体当たりを防ぐ。しかし、その衝撃はすさまじく、ぼろぼろの左手に思いっきり響く。
「ぐ....っ!」
途端に防御が崩れ、左腕は簡単に外れ甲板に転がることになる。おそらく彼が使っているのは俺と同じ身体強化術、ならば確実に限界はある。しかし、持久戦に持ち込むにはあまりにも分が悪い。
こっちは左手を使えない。そのことを考えると今一色流の抜刀術は確実に使うことはできない、要は切り札がない。そして、船の上という今まで戦ったことのない場所。全てにおいて自分が不利である。
「さっさと立ちな。お嬢ちゃんに何もされたくなかったらな?」
「....っ」
剣を甲板に刺し、全身に回る痛みでうまく力の入らない体を起こす。そして、立ち上がってレベリオの方を睨みつける。
「なぁ、正直どうなんだ? 大将。なんでたかが一冒険者が王都騎士団の隊長なんかと俺の船でバカンス決め込もうとしてたんだ?」
「彼女は....俺が誘拐しました」
剣を右手に持ち、構え直しながらレベリオと向きなおる。俺の回答に一瞬キョトンとした表情をしていたが、一瞬鼻で笑うととても好意的とは受け取れない表情でこっちを見ている。
「それってあれか。禁断の? いいねぇ、もうヤッたの?」
「....そんな関係じゃないですよ」
下品な話だとは思う。しかし、彼女をそういう対象に見ることはできない。言われずとも、それは自分の負い目だ。好みとかそういう問題ではなく。
「ハァ~。人生、生きてて楽しいか? お前」
「どうでもいいです。僕は、自分の命を助けてくれた人が正しかったことを証明するために生きるんです」
「それはご立派なことで」
突如、リベリオは両手を広げる。思わず左手の盾を前に出すがどうやら様子が違う。
『雷撃よ 我に従え』
金属製の籠手を両腕に装着しているリベリオは突如広げていた両腕を胸の前で拳を突き合わせる。その瞬間、青白い稲妻のようなものがレベリオの籠手に駆け巡る。
「金属に魔力は通せないが、魔力で作った電気は流せるからなぁ」
「....」
あれに触れたらまずい。
不敵に笑ったレベリオは再び身体強化術で一気に距離を詰める。振るわれる拳を交わしながら、攻撃の機会をうかがっているが剣の間合いで責められている分、こっちはとても不利だ。なんとか体をずらしたりなどで避けてはいるものの、船の甲板という狭い場所、いつ追い込まれるかわからない。
突如、右肩に思いっきりレベリオの拳がぶつかる。
「!?」
「どうだ? 体に電気が走るなんて経験、なかなかできるものじゃねぇぞ」
体に高圧電流が流れ、その衝撃で船の端まで吹き飛ばされる。しびれている脳みそを必死に叩き起こし、霞む視界の中レベリオを見据えているが、未だに右腕が痙攣をし動かない。当然左腕は使えない。
「どうした? もう終わりなのか」
ふと、横を見るとマストに縛られているレギナが冷たい目でこっちを見ている。そうだ、俺は彼女を守らなくてはならない。自分のために、イニティウムで待っている人のために。
「く....そっ」
「よ~し、まだまだこれからだ。船の中にいるとストレスが溜まるものでねぇ」
両肩を回しながら、レベリオはそう言って近づいてくる。
負けてたまるか。俺は、生きるんだ。
「こんなところで....くたばってたまるか....っ!」
「少しは目の色が変わったか。いいぜ、来いよ。探求者っ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
剣を振るうことに躊躇をしなくなった、それは単純に振るわないと自分の死を身近に感じたからだ。剣がレベリオの籠手に触れるたびに高圧電流が剣を伝って流れてきたが、持ち手のおかげでだいぶ電流が抑えられているため、戦うことに支障はなかった。
拳と剣では確実に剣のリーチが圧倒的に長い。そして剣の間合いにさえ入ってこられなければ拳は確実に当たることはない。しかし、問題なのは左手を負傷していることにより決め手が全くないということだ。
持久戦では確実に負ける。
「ハァ....ハァ....ハァ....」
「だいぶ動きは良くなってるけど、やっぱり体力ないなぁ。俺はもう35になるってのに、まだ20も行って無いだろ大将」
現実、レベリオは全く息を切らしてい無い、それもそのはずだ、今まで攻撃をしていたのは自分の方で、レベリオをはそれを避けるか躱すだけでよかったのだから。そして、揺れるせねでは重心があらぬ方向に持ってかれ、余計な体力を使うことになっている。体力差も、体力を使う効率も圧倒的に不利だ。
「そうですね....ハァ....でも。その籠手、だいぶ古くなっていませんか?」
「んあ?」
レベリオが両腕の籠手を確認するかのように見ると、突如、左腕の籠手がまるでパーツの一つ一つが外れたかのようにバラバラと甲板の上で音を立てながら落ちる。
「ありゃ。なるほどね、籠手ばっか攻撃してくんなと思ったらそういう....」
船がレベリオの方に傾いた瞬間、甲板を思いっきり蹴って剣を前に突き出す。狙うは右腕の籠手の留め金。
『今一色流 剣術 翡翠』
片腕しかつかえない状態での唯一使うことのできる技だ。体全身を弓矢として、確実に狙いを定めその右腕の籠手が射程距離に入った時。ひきしぼった剣先を突き出す。
「まぁ、そういう正直なヤツ、嫌いじゃないぜ。大将」
突き出された剣は右腕の籠手を掠ることもなく、放たれた剣はレベリオにつかまれる。
そして。
「終わりだ....よっ」
つかまれた剣、そして目一杯引き伸ばした右腕。すでに次に行われることは考えたくもないが想像に難くないことだった。
自分の腕の関節が、たかが膝蹴りであらぬ方向へと折れ曲がった。
「アァァアアアアアアッッッッッ!!」
剣は右手を離れ、甲板に鈍い音を立てながら落ち、自分は折れ曲がった右手を押さえることもできずに悲鳴をあげてうずくまる。
全身が痛い。思考が追いつかない。
どうする。
どうる?
右腕が、折れて? え?
違う、レギナを。あ、戻るの? 死ぬ?
痛い、痛い、痛い、痛い、遺体。
「さて、まぁいい運動にはなったな。それで、もう楽しませてくれないのか?」
「い....いっ! あぁっ! っあっ!」
「あぁ、もうダメだなこりゃ。よし、全員片付けてこいつはそうだなぁ....とりあえず治療。目ぇ覚めたらいろいろ教えてやんな」
「え、えぇ? つあ、っ」
治療って、治療って聞こえた。
薄れてゆく意識でそんな言葉が頭の中に響く。すでにこちらに背中を向けて歩き出しているレベリオを見ているが、次に続いた言葉で意識は完全に元に戻った。
「この女は船にいらん。縛って海にでも放り投げろ。鎖をつけてな」
縛って、海に落とす。
ダメだ....ダメだ....っ!
うずくまりながら、すでに全身を痛みで支配し麻痺している体を芋虫のように這いずらせながら、レベリオを追いかける。
「よし、女の縄を....ん? なんだい大将、もう終わっただろ」
「はのひょを....はなへ」
レベリオのブーツに噛り付いて引き止める。今更自分に何もできることはない。それはこの乱れた思考の中でも十二分にわかる。そしてもう一つ分かることがある。それは、絶対に彼女をどんな手を使っても守らなくてはならないということだ。
「あのな、敗者にそんな権限があるわけがないだろう。それに、これはあんたの勝ち負けの問題じゃない。俺の問題だ」
「....はなへ、はのひょをはなへ」
知ったことではない。彼女を生かすのは俺の問題だ。
ざらつく皮のブーツに必死になって噛り付いてゆくが、自分の意思とは裏腹にどんどん瞼が重くなってゆく。
まずい、このままでは....
「まぁ、とりあえず寝てろよ。起きた時には全部終わってるがな」
頭上で、レベリオの右腕が引き上がってゆく。このまま頭を殴られて、気絶でもしたら、目が覚めて、レギナがいなくなったとしたら。
ダメだ。
でも何もできない。心が拒否しなくても、体が動くことを拒否している。
自分は、無力だ。
「私の眼の前で死ぬな。不愉快だ」
振り下ろされかけた拳、それは無音となった船の上で突如として、冷淡かつ怒気を含んだ響きで聞こえてきた。
レギナだ。
レギナのいる方へと顔を向けて、そのまま倒れ込む。もう限界だ。霞んでゆく意識の中でレギナが縄を解こうとした船員に膝蹴りを食らわせて、そのままストレートパンチを決めているところで意識は落ちた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おい、何やってんだオメェら。一番厄介な奴を逃しやがって」
確かレベリオと言ったかこの男は。先ほど目の前で見せた動きを見る限りどうやらただの海賊ではない。しかし、その動きの一つ一つ、自分はどこかで見たことのある動きのようにも感じた。
「王都騎士団の隊長とやら。どうして止めるんだ? 誘拐されて、さぞ不愉快だったのでは?」
目の前で転がっているイマイシキ ショウをレベリオは足で仰向けにするように蹴るが、その右腕はあらぬ方向へと曲がり、そして潰れた左腕からは血が流れている。
全く、バカなことを。
「あぁ、不愉快だ。だが、貴様に殺されるのがもっと不愉快だ」
この男を処刑するのは私なのだからな。
「なぁ....もう一度名前を聞いていいか?」
「レギナ=スペルビア。王都騎士団9番隊隊長」
一瞬の沈黙。レベリオは深く息を吸うと、両腕を突き出し、戦闘を行う準備をしている。どうやらこの男、王都騎士団に相当な恨みがあるのだろうか。しかしどうでもいいか。
とりあえず、今はなんだか不愉快だ。
「プラエド号船長、レベリオ=アンサム。死んでもらおうか、王都騎士団9番隊隊長」
開戦。
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