異世界探求者の色探し

西木 草成

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第2章 青の色

第99話 道標の色

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 これから、私たちはどこへ向かうというのだろう。

 旅路にあてはない。全ては、目の前でボートのオールを握っている彼が知っている。

 あの後、レベリオ=アンサムの船を彼と私は一言だけ礼を述べて出て行った。肝心のレベリオは治療のために甲板の下へと運び込まれたわけだが、船員は私の使いかけの酔い止めの薬を手渡してもらい送り出された。なんともさっぱりした別れ方である。

 だが、それ以上にこの目の前の男がさっぱりしすぎている。

 まるで、もうこれ以上関わりたくない。そのように受け取れる別れ方だった。

「どうしました? レギナさん」

「いや....何も....」

 ボートを漕いでいるイマイシキがふと話しかけてくる。その表情は船を出た後からもずっと微笑んだまま固定されており、正直に言えば気味が悪い。

 そして、岸に向かってはいるのだが果たして、この男はついたところでいt帯同するつもりなのだろうか。

「レギナさん」

「なんだ?」

「今後の予定について話したいのですが、いいですか?」

「あぁ、話せ」

「では....」

 彼の話した予定はこういうものだった。まず、岸に上がったら、彼の持つ剣を使って、再び精霊石の場所を確認する。そして、移動を行い精霊石を回収したらその足でイニティウムに戻るということだった。それについては、湖でも十分に話し合った内容だ。だが問題は続きにあった。

「それで....この聖典の作者、まだ存命ですか?」

「....どうして急にそんなことを聞く」

 イマイシキ ショウのオールを取る手が止まる。その表情は微笑みながらも真剣な雰囲気がひしひしと伝わる。ボートは海上で停止し、しばらく互いが無言で見つめ合うという状態が続いた。

 先に口を開いたのは、彼だった。

「自分の命が助かるという点で重要なポイントなんです」

「どういうことだ、その青の精霊の精霊石を見つければ貴様の命は助かるのだろう? 寄り道をする時間はないはずだ」

 そう、確かに彼は青の精霊の精霊石を手に入れることで自分の命が助かるなどと抜かしていた。それが急になぜ聖典の話が出てくる。話が見えてこない。

 切り返し、再びボートの上は沈黙が続く。

「レギナさんは....聖典の熱狂的な信者ですか?」

「いや、信仰心は薄い。内容は一通り目を通したというくらいに過ぎない」

 そう、家にあった聖典を家族と一緒に読んだ記憶しか....

 いや、そんなことはどうでもいい。

 とにかく、それがこの男の延命とどのように関係があるかだ。

「そうですか....でしたら」

 すると、手に持っていたオールを脇に置き、改まってこちらに向き直る。そして船を出るときにもらった革の袋から取り出したのは、甲板で彼が読んでいた晴天だった。

「今から、この聖典に描かれている矛盾点を洗いざらい話します」

「....」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「....以上です、何か聞きたいことはありますか?」

「....いや、ただ一つ聞くなら。その話、いったい誰から聞いた」

「青の精霊のウィーネからです」

 青の精霊。あの湖で問答無用に襲いかかってきた精霊のことか、しかし、ありえない話でもない。精霊は聖典で描かれている存在そのものであるのだとするなら、その寿命は長命のエルフをも超え、人間の文明を見守り続けた魔力の塊だとされている。実際、赤の精霊を名乗っているサリーとかいう精霊と接触している。

 だが、彼から聞いた内容はあまりにも....

「その話が百歩譲って事実だったとしよう。だが、それが貴様の延命とどう関係する」

「そこです、問題は」

 そう言って顔を上げるイマイシキ ショウ。その姿は最初に出会った当初と比べ激変していた。髪の毛はすでに黒い髪がほとんど見えないくらいに赤く染まり、バサバサになっている。そして仮契約の呪いだと称していた、刺青もすで顔を覆い尽くし、左腕にまで広がり始めている。

 そして、私を見つめるその目は、片方だけ真っ赤に染まっている。はたから見たら普通の人間には到底思えないくらいの変貌だった。

「この剣、パレットソードの最初の持ち主の話です。もし先ほどまでの話が本当だとするのなら、この剣にはめられていた精霊石の数は合計7個あるはずなんです」

「それがどうかしたのか?」

 彼が指差す、剣の鞘には確かに嵌っている赤い石の他に、似たような石をはめられそうな穴が6つある。

「なぜ精霊石が7つ必要なのか。ただでさえサリーの力一つでも脅威であるはずなのに。この剣を作った人間は違う発想をしてたんです。それぞれの力があまりにも強大すぎる故に、精霊石をはめる穴を7つ用意したんです」

「なぜ」

 もし、その剣が本当に聖典に出てくる聖剣の類のものだとしても、その精霊の力を集合させた力を生身の人間が使うというのは想像に難くない。明らかに不可能だ。

 だが、その問いに対しても、彼は淡々と応える。

「精霊の力を7つにすることでそれぞれの力を抑制していたんです。そして必要な力だけを何の代償なしに引き出すために」

「つまり貴様はこう言いたいのか。貴様の命が助かるためには青の精霊以外にも他の精霊石を5つ集めないといけないと?」

「....そうなりますね」

 ここにきて、始めてイマイシキ ショウが微笑み以外の表情を見せる。私は思わず目を閉じて空を仰ぐ、確かに私は囚われの身としてこの男と行動を共にしている。実際、彼が犯罪行為に走るたびになんとなく引き連れまわされている。

 そういうのはもうなしにしようと思ったのだが....

 実際にここまで来る間にも、多くの証拠を私は王都騎士団に残している。それらを追ってきてこの男が捕まった時、それが私のけじめだと思っている。

 だが....リュイまで来てしまったからにはもう王都騎士団が手を出すことができない。それは王都が関与し続けたことによる弊害だ、その結果リュイでは戦争が起こっている。

 ここまできたら、私も諦めなくてはなるまい。

「ハァ....もうどこにでも引きずっていけ。だが、いずれこのことについても話してもらうぞ」

「....はい、ありがとうございます」

 そう言って頭を下げたイマイシキ ショウは横に置かれたオールを再び手に取り、ボートを漕ぎ始める。

 向こう側の岸まではまだまだしばらくかかる。

 だんだんと切れてきた薬の効果にうんざりとし、遠くの地平の彼方に沈もうとしている太陽をぼんやりと眺め始めた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 岸に着く頃には完全に夜になっていた。海岸に人はおらず、ここがリュイかどうかも判断がつかない。しかし、道に関してはイマイシキ ショウがはっきりしていると言っていた。

 まず海岸の端にボートを寄せ、中から荷物を取り出す。そのあと、海岸のそばで薪を行い、彼が料理を作り始めた。

 私はというと、魚を獲ってこいと言われたため、そばに落ちてあった枝の先を軽く削り銛を作って海の中で何匹かを刺して彼の元へと持ってきた。そして軽い調理のあと、用意されたのは、船の上で作った『くらむちゃうだー』という料理と、魚の塩焼き。そして捌いた魚をそのまま生で食べる『さしみ』とかいう料理。初めて出された時は特に何も言わなかったが、生の魚ははっきり言うと不気味に思えた。しかし、一口食べればそれほどでもないというのが感想だ。むしろ新鮮な感触で驚かされた。

 そしてしばらく、無言での食事が続き。この後は基本的に寝るだけである。

 しかし、イマイシキ ショウは片付け終わった食器類をまとめた後、おもむろに立ち上がり砂浜の上に、件の剣を差し込む。

「何をする気だ?」

「あぁ、この剣。地面に刺して握ると行きたい場所とかのビジョンが見えるんですよ」

「....そうか」

 正気の話ではない。しかし、あれだけの現象を目の当たりにして全否定をできないというのもまた事実だ。

 そして彼が剣を握り、しばらく時間が経つ。おもむろに目を開け、剣を引き抜き腰にぶら下げた彼はこちらに近づいてきた。

「場所はリュイであってます。それで、目的地はどうやら結構かかるらしいですね」

「どのくらいかかるんだ?」

「....2週間ほど」

 その言葉を聞き、思ったほどでもないと思った。実際に王都騎士団の遠征など半年や1年などはザラだ。思った以上に早い。

「なんだ、早いじゃないか。用がないようだったらもう私は寝るぞ」

 そして、そばに置いてある流木を頭に置き、毛布代わりの布を体にかける。

 ふと見上げた夜空には夜空に浮かぶ二つの月と空いっぱいに広がる星々。王都騎士団にいた時はあまり気にも書けなかったこの景色が、今となってはなかなかに楽しい。

 だんだんと落ちてゆく意識に身を委ねながら、徐々に外界との意識をシャットアウトしてゆく。

 だが、その寸前に聞こえた声。

 一体誰だったのだろうか。
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