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第3章 緑の色
第126話 溢れる色
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「おいっ! 急いだところでもう....」
「わかってますっ! でも....っ!」
霧が完全に晴れた森の中で二つの影が、目にも留まらぬ速さで疾走をしている。草木をかき分け、土を蹴散らし、小川を飛び越え疾走する。
あの光景は異常だった。
ツリーハウスからは炎が上がり、そしてそれらをつなぐ橋を渡りながら避難するエルフたちを容赦なく攻撃し、地面へと叩きおとす。そして、エルフの反撃をもろともせず、それらの攻撃をさらに倍で返したかのような暴虐な風が森全体に襲い掛かる。
あの光景を見て、その場を動かない自分じゃない。
「おいっ! 冷静になれっ、ここまで来るのに二日もかかって、休みなしで行っても一日はかかるぞっ!」
「っ! ですがっ!」
「ですがもクソもあるかっ! もっと現実的に考えろっ、このバカっ!」
....確かに一理あった。
これは感情論でどうにかなる問題ではない。ここまで来るのにかかっている日数は二日、それだけの距離があり、身体強化術をフルで活用して向こうに着けるとしても一日は確実にかかる。そして、仮に間に合ったとしても身体強化術の副作用で戦うどころの話ではない。
結局、先ほどまで走っていたスピードを緩ませ、木にもたれて呼吸を整える。そして後ろをついてきたレギナも反対側の木にもたれかかって同じように呼吸を整えていた。
「ハァ....ハァ....何か....ハァ....考えがあるんですか....?」
「ハァ....ハァ....一つだけ....監獄から脱出した時だ....ハァ....私は....少女の導きで、二日かかる道のりを一瞬で移動できた....」
「ハァ....それって....?」
「おそらくだが....緑の精霊の助けがあったのだと思う....もしかしたら、同じことができないか?」
そういえば、監獄から脱出した時、そのあまりの時差にちょっと混乱したんだたけか。そんなことがあったとは思わなかった。
でも、もしその話が本当だとしたら、可能性はある。
パレットソードの柄に手をかけ、半回転させる。そして緑の精霊石が光り出し、目の前にシルが現れた。
「お兄ちゃんどうしたの?」
「シル。そこのお姉ちゃんを森の中で助けたかい?」
「うん。だって、そこのお姉ちゃんが抱えてるお兄ちゃんからウィーネお姉ちゃんの匂いがしたから」
シルが焦点の合わない目で語るが、そうなるとここからあの場所に移動できる可能性が見えてきた。
「その時に瞬間移動をしたようだけど、同じことはできる?」
「うん、できるよ。一度行ったことのある場所なら」
「今やってくれないか?」
シルは、じっと自分の顔を見つめながら。そして、軽く頷くとそっと手を差し出してきた。おそらく握れということなのだろう、差し出された手を握ると人間の温かみを感じる手の感触だ。そして、レギナにも説明を行い、同じように手を握ってもらう。
そして。
『座標固定 空間湾曲開始』
シルが何かを唱えるのと同時に、晴れていたはずの霧が再び森を包み込む。そして、それは全身を包み込み完全にしかは閉ざされた。わかるのはシルが握る手の感触のみ、それ以外は全くもって何がおこているのかわからない。
そして、この感覚には身に覚えがあった。
『空間安定化 魔力数値正常 転移完了』
そして、徐々に晴れてゆく周りの霧。それと同時に鼻を突く何かが焼けこげる匂い。そして、昼にもかかわらず黒煙で覆われた空に、森の奥に輝く炎の色。
「お兄ちゃん。この能力を一度使ったら、しばらく私の力は使えないからね」
シルに礼を言う間もなく。
炎の中へと、足を進めた。
「これは....」
「....」
ツリーハウスに広がっている炎は致命的だった。地面には大量の建物残骸が散らばっており、とても近づける状態ではない。そして、同じように地面に倒れているエルフの兵と思える、たくさんの倒れた人々。
誰か、生きてないのか。
地面に倒れている兵士に声をかけたり、起こしたりするが反応はなく、脈を確認しても動いていない。同じように生存者を確認していたレギナが静かに首を横に振る。
一足遅かった。
兵士のそばには一般人もいた。そして、その一般人は母親だった、その手の中には子供をかばうようにして抱きとめられていたが、二人ともすでに手遅れだった。
「....ショウ、これを行った奴はおそらく....」
「えぇ....わかってます。早く、そいつを止めないと....」
まだ....生きているはずだ。
再び、パレットソードを地面へと突き立てた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「早くっ! こっちへっ!」
この洞窟は今まで200年ほど暮らしていたツリーハウスがもし、襲撃があった場合、避難するためのものとして作られたものだ。中には食料の備蓄や、武器の備蓄がなされており、しばらくの間なら籠城もできる。
「リーフェっ! 怪我人を頼んだよ」
「はいっ! お父さん」
次々と運び込まれてくる怪我人に治療を施してゆく。そのほとんどは切り傷、やけどの類だ。その人数はおおよそ、30人。兵士もいれば大人子供もいる。
「はいっ! ちょっと染みますよっ」
「ッア!」
まず、左肩に大きな切り傷を負った兵士の治療。まずそこに純度の高い蒸留酒をかけてゆく。これを行うことによって傷口を清め、怪我以外の病気を防ぐ効果があると本に書かれていた。
「手の空いてる人っ! やり方を教えますから、この人の傷口を縫っておいてくださいっ!」
一人の兵士に声をかけ、あの戦闘で唯一持ち出せた医療器具の扱い方をもう一人の兵士に教え、治療に当たらせる。そして、もう一人の重症患者のところへと向かう。それは、背中に大きなやけどを負った子供だ。
「痛い....痛いよぉ.....お姉ちゃん.....」
「頑張ってっ! すぐに治してあげるからっ! ねぇっ! アロエベラは煮終わったっ!?」
すると、奥の方から鍋の中に先ほどまで煮ていた薬草が持ち込まれた。それを一度氷水に浸し、再び取り出すとその薬草を二つに折り、中から出てきた粘度の高い液体を背中に塗ってゆく。この薬草はやけどに対して、有効な成分を含む昔から冒険者の間でもよく使われていたものだ。
「これでしばらく様子を見てちょうだいっ! 打撲は冷やして患部に布を巻いて圧迫するようにっ! 骨折をしている人は無理に動かさないようにしてっ、私の詩があるまで動かさないようにっ!」
エルフの集落には圧倒的に青の魔術師がいない。種族的なこともあり青の魔力を持って生まれるものがほとんどいないのだ、そんな種族であるからこそ、医学は重要な意味を持つ。しかし、こんなひどい怪我人を大量に扱ったのは初めての経験だった。ただでさえ狭い洞窟の中で目紛しい勢いで患者が運び込まれる。動ける人員も僅かしかいない。その中で唯一医学を学んでいたのは私だけだ。
「リーフェちゃんっ! こっち来てぇっ!」
「はいっ! どうしましたっ!」
「この子息をしてないのっ! お願い助けてぇっ!」
大急ぎで運び込まれた患者、大急ぎで向かい洞窟に備え付けのベットに寝かされたのはまだ生まれて2ヶ月も経ってないエルフの赤ん坊だった。母親が側で泣きながら助けを願っている、エルフにとってなかなか生まれない子供は大切な宝だ。
「わかりました、ちょっと離れてっ」
母親を横目に、赤ん坊に着せている衣服をとってゆく。そして、赤ん坊の胸に触り、心臓の様子を見るが、その心音は確認できない。そして赤ん坊の口元に耳を当てるが息をしている音も聞こえない。
これはまずい。
とっさに赤ん坊の口元に手を当てる。
『命の息吹よ 緑の名の下に 循環せよ スピリトゥス』
すると、赤ん坊の口元に薄い緑色の巻くようなものが現れる。それと同時に赤ん坊の胸が上下に動き、まず呼吸は確保できた。
次に心臓だ。
赤ん坊の心臓を蘇生させた経験はまだない。だが、赤ん坊は基本的に心拍数が高い、となると大人が1分間に70~80に心音を鳴らすのであれば、赤ん坊は1分間に100ほど、となるとそのリズムで心臓を刺激すればいいはずっ!
赤ん坊の胸の中心に二本指を添えて、圧迫を繰り返し行う。
「お願いっ、戻ってきてっ!」
何十回も繰り返し、何十回も繰り返し行う。
「お願い....っ! お願いっ!」
何十回も、何十回も、何十回も、
そして、
「明かりを持ってきてちょうだい.....」
割光石を詰めたランプで赤ん坊を照らす。
閉じたままの瞼を開き、明かりを向け、離しを繰り返す。
「....ごめんなさい。助けられなかった....」
「そんな....いや.....リーフェちゃんっ! お願いっ! この子をっ!」
「....本当に....ごめんなさい」
赤ん坊は、死んだ。
明かりによる目の動きはすでに見られず、心臓を刺激してなんとか蘇生を試みたが、赤ん坊が戻ってくることはなかった。
足元にすがりながら泣きじゃくる赤ん坊の母親の姿。目の前でまた命を落としてしまった。絶対に助けるつもりだったはずなのに、命は目の前でいとも簡単にこぼれ落ちる。
自分の無力さに何度絶望すれば報われるのだろう。
「ごめんなさい....許さなくていいから....」
「ううん、リーフェちゃんは....っ、頑張ってくれたっ。ありがとう.....っ、ここまでしてくれてっ.....」
涙を流しながら、ランプの明かりで照らされた母親の顔は決して穏やかではなかった。だが、それは恨みや憎しみの表情ではない。
「リーフェちゃん.....ちょっと今は....二人だけにしてちょうだい....」
「えぇ....わかったわ」
母親と赤ん坊を後にし、他の患者の元へと向かう。
自分にはまだ救えるものがある。
救わなくてはならない人たちがいる。
救えなかった人のためにも、自分は多くの人をこの手で救わなくてはならない。それが、唯一救えなかったことに報えるということなのだから。
その時だ。
突如、洞窟を大きく揺らす爆音が響きわたる。
その場にいた人々は悲鳴をあげ、地面へと頭を抱えてしゃがみ込む。
まさか、この場所を覚えていて....っ!
とっさに治療を行う現場から穴れ洞窟の入り口へと向かう。そこにはそう、自分の父親がいる。あの激しい爆発音はただ事ではない、父は無事なのか、そして周りの人は、もしけがを負っているのなら治療を行えるのは自分しかいない。
「ちょっとここをお願いしますっ! すみませんっ、手が空いている人で私についてきてくださいっ!」
数人の男手を借りて、洞窟の入り口へと駆ける。
どうか、どうか間に合ってほしい。
洞窟の入り口の光が見えてきた。その光は、土埃でくすんでおり、何が起こったのかがわからない。
しかし、その中で動く空間の気配に、背筋が凍った。
夢を見ているようだった。
土埃が一気に晴れ、洞窟の光が差し込むその光景はとても神々しかった。
その光に照らされた二つの影。
片方は一つの影にもたれて、もう片方はそれを受け止めているようにも見えた。しかし、もたれている方の影からは何かが突き抜けたかのようなものが影となって見える。
そして、それを受け止めていた影は、乱暴に地面へとその影を叩きつけた。
「あ....あぁ....ぁ」
その場に、両膝をついて、その光景を見ていた。
口から漏れ出る嗚咽は、嘆きの声だった。
「リーフェ....立派になったね」
「ローウェン....お兄さん....どうして.....どうしてっ!」
今目の前で、実の父を殺した、実の兄がそこに立っていた。
100年も会っていなかった、兄の姿が、変わり果てた兄の姿があった。
「僕は変わったんだよ。聖典の導きでね。やっぱり、君たちの信仰している聖典は間違っている」
「そんなことどうでもいい....っ! どうしてこんなことするのっ! みんなが....どれだけあなたのことを....っ」
「黙れっ! 僕はそこで転がっているクソオヤジのせいで人生を狂わされたんだっ!」
そう言って、先ほどまで自分にもたれかかっていた父親を足で蹴り、こっちの方まで蹴り飛ばす。それを受け止め、表にするが、全身は傷だらけで、体のいたるところから血が流れていた。
「リーフェ.....っ、逃げなさい....みんなを連れて....」
「いやっ! しっかりしてっ、私が治すからっ!」
「....いいんだ....ロー....ウェンの言う通りだ。私は....息子の....人生を.....」
「お父さん.....お父さんっ!」
突然、自分の腕の中で力が抜けたようにしてうなだれる格好となった父、口元に手を当てるがまだ息をしている。
まだ救うことができる。
「そうだ、リーフェ。私にも治してもらいものがあってね....実は....」
「黙りなさいっ! あんたの願いを聴くだなんて死んでもごめんよっ!」
突如話に入ってきた目の前の男に怒鳴りつける。すると次の瞬間、確実に死を思わせるような殺意の塊が体を通り抜けた。
「黙れだと? 貴様っ! どの口が言ってるんだっ!」
「ひ....っ!」
突如、全身を襲う暴風。吹き飛ばされそうになり思わず地面へと身をかがめる。
しかし、その暴風が届くことはなかった。
目の前に、見たことのある背中がある。
それは、初めて見たときはなんだか迷っているような旅人のような感じで、でも今は確実に目的のあるような、決意を感じる背中となっていた、
そう、それはまさに。
『探求者』
「リーフェさん、遅くなりました。大丈夫ですか?」
そこには、いるはずのない。
今一色 翔の姿があった。
「わかってますっ! でも....っ!」
霧が完全に晴れた森の中で二つの影が、目にも留まらぬ速さで疾走をしている。草木をかき分け、土を蹴散らし、小川を飛び越え疾走する。
あの光景は異常だった。
ツリーハウスからは炎が上がり、そしてそれらをつなぐ橋を渡りながら避難するエルフたちを容赦なく攻撃し、地面へと叩きおとす。そして、エルフの反撃をもろともせず、それらの攻撃をさらに倍で返したかのような暴虐な風が森全体に襲い掛かる。
あの光景を見て、その場を動かない自分じゃない。
「おいっ! 冷静になれっ、ここまで来るのに二日もかかって、休みなしで行っても一日はかかるぞっ!」
「っ! ですがっ!」
「ですがもクソもあるかっ! もっと現実的に考えろっ、このバカっ!」
....確かに一理あった。
これは感情論でどうにかなる問題ではない。ここまで来るのにかかっている日数は二日、それだけの距離があり、身体強化術をフルで活用して向こうに着けるとしても一日は確実にかかる。そして、仮に間に合ったとしても身体強化術の副作用で戦うどころの話ではない。
結局、先ほどまで走っていたスピードを緩ませ、木にもたれて呼吸を整える。そして後ろをついてきたレギナも反対側の木にもたれかかって同じように呼吸を整えていた。
「ハァ....ハァ....何か....ハァ....考えがあるんですか....?」
「ハァ....ハァ....一つだけ....監獄から脱出した時だ....ハァ....私は....少女の導きで、二日かかる道のりを一瞬で移動できた....」
「ハァ....それって....?」
「おそらくだが....緑の精霊の助けがあったのだと思う....もしかしたら、同じことができないか?」
そういえば、監獄から脱出した時、そのあまりの時差にちょっと混乱したんだたけか。そんなことがあったとは思わなかった。
でも、もしその話が本当だとしたら、可能性はある。
パレットソードの柄に手をかけ、半回転させる。そして緑の精霊石が光り出し、目の前にシルが現れた。
「お兄ちゃんどうしたの?」
「シル。そこのお姉ちゃんを森の中で助けたかい?」
「うん。だって、そこのお姉ちゃんが抱えてるお兄ちゃんからウィーネお姉ちゃんの匂いがしたから」
シルが焦点の合わない目で語るが、そうなるとここからあの場所に移動できる可能性が見えてきた。
「その時に瞬間移動をしたようだけど、同じことはできる?」
「うん、できるよ。一度行ったことのある場所なら」
「今やってくれないか?」
シルは、じっと自分の顔を見つめながら。そして、軽く頷くとそっと手を差し出してきた。おそらく握れということなのだろう、差し出された手を握ると人間の温かみを感じる手の感触だ。そして、レギナにも説明を行い、同じように手を握ってもらう。
そして。
『座標固定 空間湾曲開始』
シルが何かを唱えるのと同時に、晴れていたはずの霧が再び森を包み込む。そして、それは全身を包み込み完全にしかは閉ざされた。わかるのはシルが握る手の感触のみ、それ以外は全くもって何がおこているのかわからない。
そして、この感覚には身に覚えがあった。
『空間安定化 魔力数値正常 転移完了』
そして、徐々に晴れてゆく周りの霧。それと同時に鼻を突く何かが焼けこげる匂い。そして、昼にもかかわらず黒煙で覆われた空に、森の奥に輝く炎の色。
「お兄ちゃん。この能力を一度使ったら、しばらく私の力は使えないからね」
シルに礼を言う間もなく。
炎の中へと、足を進めた。
「これは....」
「....」
ツリーハウスに広がっている炎は致命的だった。地面には大量の建物残骸が散らばっており、とても近づける状態ではない。そして、同じように地面に倒れているエルフの兵と思える、たくさんの倒れた人々。
誰か、生きてないのか。
地面に倒れている兵士に声をかけたり、起こしたりするが反応はなく、脈を確認しても動いていない。同じように生存者を確認していたレギナが静かに首を横に振る。
一足遅かった。
兵士のそばには一般人もいた。そして、その一般人は母親だった、その手の中には子供をかばうようにして抱きとめられていたが、二人ともすでに手遅れだった。
「....ショウ、これを行った奴はおそらく....」
「えぇ....わかってます。早く、そいつを止めないと....」
まだ....生きているはずだ。
再び、パレットソードを地面へと突き立てた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「早くっ! こっちへっ!」
この洞窟は今まで200年ほど暮らしていたツリーハウスがもし、襲撃があった場合、避難するためのものとして作られたものだ。中には食料の備蓄や、武器の備蓄がなされており、しばらくの間なら籠城もできる。
「リーフェっ! 怪我人を頼んだよ」
「はいっ! お父さん」
次々と運び込まれてくる怪我人に治療を施してゆく。そのほとんどは切り傷、やけどの類だ。その人数はおおよそ、30人。兵士もいれば大人子供もいる。
「はいっ! ちょっと染みますよっ」
「ッア!」
まず、左肩に大きな切り傷を負った兵士の治療。まずそこに純度の高い蒸留酒をかけてゆく。これを行うことによって傷口を清め、怪我以外の病気を防ぐ効果があると本に書かれていた。
「手の空いてる人っ! やり方を教えますから、この人の傷口を縫っておいてくださいっ!」
一人の兵士に声をかけ、あの戦闘で唯一持ち出せた医療器具の扱い方をもう一人の兵士に教え、治療に当たらせる。そして、もう一人の重症患者のところへと向かう。それは、背中に大きなやけどを負った子供だ。
「痛い....痛いよぉ.....お姉ちゃん.....」
「頑張ってっ! すぐに治してあげるからっ! ねぇっ! アロエベラは煮終わったっ!?」
すると、奥の方から鍋の中に先ほどまで煮ていた薬草が持ち込まれた。それを一度氷水に浸し、再び取り出すとその薬草を二つに折り、中から出てきた粘度の高い液体を背中に塗ってゆく。この薬草はやけどに対して、有効な成分を含む昔から冒険者の間でもよく使われていたものだ。
「これでしばらく様子を見てちょうだいっ! 打撲は冷やして患部に布を巻いて圧迫するようにっ! 骨折をしている人は無理に動かさないようにしてっ、私の詩があるまで動かさないようにっ!」
エルフの集落には圧倒的に青の魔術師がいない。種族的なこともあり青の魔力を持って生まれるものがほとんどいないのだ、そんな種族であるからこそ、医学は重要な意味を持つ。しかし、こんなひどい怪我人を大量に扱ったのは初めての経験だった。ただでさえ狭い洞窟の中で目紛しい勢いで患者が運び込まれる。動ける人員も僅かしかいない。その中で唯一医学を学んでいたのは私だけだ。
「リーフェちゃんっ! こっち来てぇっ!」
「はいっ! どうしましたっ!」
「この子息をしてないのっ! お願い助けてぇっ!」
大急ぎで運び込まれた患者、大急ぎで向かい洞窟に備え付けのベットに寝かされたのはまだ生まれて2ヶ月も経ってないエルフの赤ん坊だった。母親が側で泣きながら助けを願っている、エルフにとってなかなか生まれない子供は大切な宝だ。
「わかりました、ちょっと離れてっ」
母親を横目に、赤ん坊に着せている衣服をとってゆく。そして、赤ん坊の胸に触り、心臓の様子を見るが、その心音は確認できない。そして赤ん坊の口元に耳を当てるが息をしている音も聞こえない。
これはまずい。
とっさに赤ん坊の口元に手を当てる。
『命の息吹よ 緑の名の下に 循環せよ スピリトゥス』
すると、赤ん坊の口元に薄い緑色の巻くようなものが現れる。それと同時に赤ん坊の胸が上下に動き、まず呼吸は確保できた。
次に心臓だ。
赤ん坊の心臓を蘇生させた経験はまだない。だが、赤ん坊は基本的に心拍数が高い、となると大人が1分間に70~80に心音を鳴らすのであれば、赤ん坊は1分間に100ほど、となるとそのリズムで心臓を刺激すればいいはずっ!
赤ん坊の胸の中心に二本指を添えて、圧迫を繰り返し行う。
「お願いっ、戻ってきてっ!」
何十回も繰り返し、何十回も繰り返し行う。
「お願い....っ! お願いっ!」
何十回も、何十回も、何十回も、
そして、
「明かりを持ってきてちょうだい.....」
割光石を詰めたランプで赤ん坊を照らす。
閉じたままの瞼を開き、明かりを向け、離しを繰り返す。
「....ごめんなさい。助けられなかった....」
「そんな....いや.....リーフェちゃんっ! お願いっ! この子をっ!」
「....本当に....ごめんなさい」
赤ん坊は、死んだ。
明かりによる目の動きはすでに見られず、心臓を刺激してなんとか蘇生を試みたが、赤ん坊が戻ってくることはなかった。
足元にすがりながら泣きじゃくる赤ん坊の母親の姿。目の前でまた命を落としてしまった。絶対に助けるつもりだったはずなのに、命は目の前でいとも簡単にこぼれ落ちる。
自分の無力さに何度絶望すれば報われるのだろう。
「ごめんなさい....許さなくていいから....」
「ううん、リーフェちゃんは....っ、頑張ってくれたっ。ありがとう.....っ、ここまでしてくれてっ.....」
涙を流しながら、ランプの明かりで照らされた母親の顔は決して穏やかではなかった。だが、それは恨みや憎しみの表情ではない。
「リーフェちゃん.....ちょっと今は....二人だけにしてちょうだい....」
「えぇ....わかったわ」
母親と赤ん坊を後にし、他の患者の元へと向かう。
自分にはまだ救えるものがある。
救わなくてはならない人たちがいる。
救えなかった人のためにも、自分は多くの人をこの手で救わなくてはならない。それが、唯一救えなかったことに報えるということなのだから。
その時だ。
突如、洞窟を大きく揺らす爆音が響きわたる。
その場にいた人々は悲鳴をあげ、地面へと頭を抱えてしゃがみ込む。
まさか、この場所を覚えていて....っ!
とっさに治療を行う現場から穴れ洞窟の入り口へと向かう。そこにはそう、自分の父親がいる。あの激しい爆発音はただ事ではない、父は無事なのか、そして周りの人は、もしけがを負っているのなら治療を行えるのは自分しかいない。
「ちょっとここをお願いしますっ! すみませんっ、手が空いている人で私についてきてくださいっ!」
数人の男手を借りて、洞窟の入り口へと駆ける。
どうか、どうか間に合ってほしい。
洞窟の入り口の光が見えてきた。その光は、土埃でくすんでおり、何が起こったのかがわからない。
しかし、その中で動く空間の気配に、背筋が凍った。
夢を見ているようだった。
土埃が一気に晴れ、洞窟の光が差し込むその光景はとても神々しかった。
その光に照らされた二つの影。
片方は一つの影にもたれて、もう片方はそれを受け止めているようにも見えた。しかし、もたれている方の影からは何かが突き抜けたかのようなものが影となって見える。
そして、それを受け止めていた影は、乱暴に地面へとその影を叩きつけた。
「あ....あぁ....ぁ」
その場に、両膝をついて、その光景を見ていた。
口から漏れ出る嗚咽は、嘆きの声だった。
「リーフェ....立派になったね」
「ローウェン....お兄さん....どうして.....どうしてっ!」
今目の前で、実の父を殺した、実の兄がそこに立っていた。
100年も会っていなかった、兄の姿が、変わり果てた兄の姿があった。
「僕は変わったんだよ。聖典の導きでね。やっぱり、君たちの信仰している聖典は間違っている」
「そんなことどうでもいい....っ! どうしてこんなことするのっ! みんなが....どれだけあなたのことを....っ」
「黙れっ! 僕はそこで転がっているクソオヤジのせいで人生を狂わされたんだっ!」
そう言って、先ほどまで自分にもたれかかっていた父親を足で蹴り、こっちの方まで蹴り飛ばす。それを受け止め、表にするが、全身は傷だらけで、体のいたるところから血が流れていた。
「リーフェ.....っ、逃げなさい....みんなを連れて....」
「いやっ! しっかりしてっ、私が治すからっ!」
「....いいんだ....ロー....ウェンの言う通りだ。私は....息子の....人生を.....」
「お父さん.....お父さんっ!」
突然、自分の腕の中で力が抜けたようにしてうなだれる格好となった父、口元に手を当てるがまだ息をしている。
まだ救うことができる。
「そうだ、リーフェ。私にも治してもらいものがあってね....実は....」
「黙りなさいっ! あんたの願いを聴くだなんて死んでもごめんよっ!」
突如話に入ってきた目の前の男に怒鳴りつける。すると次の瞬間、確実に死を思わせるような殺意の塊が体を通り抜けた。
「黙れだと? 貴様っ! どの口が言ってるんだっ!」
「ひ....っ!」
突如、全身を襲う暴風。吹き飛ばされそうになり思わず地面へと身をかがめる。
しかし、その暴風が届くことはなかった。
目の前に、見たことのある背中がある。
それは、初めて見たときはなんだか迷っているような旅人のような感じで、でも今は確実に目的のあるような、決意を感じる背中となっていた、
そう、それはまさに。
『探求者』
「リーフェさん、遅くなりました。大丈夫ですか?」
そこには、いるはずのない。
今一色 翔の姿があった。
応援ありがとうございます!
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