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第3章 緑の色
第129話 炊き出しの色
しおりを挟む優しい歌声が洞窟の奥から聴こえてくる。それはまるで子守唄のようで、どこか懐かしい安心感と、優しさを感じた。
葉を揺らす。
髪を揺らす。
私を遠くへと連れ去ってゆく。
また会おう、だから今は泣かないで、
それは、ただ一眠りの間
風は東へ、春を届ける。
今は、ただ眠ろう。
花の香りが、その眠りを覚ますまで。
その時に、また会おう。
「リーフェさん、歌が上手いですね」
「ふぇっ! しょ、ショウさんっ! いつからそこにっ!?」
洞窟の奥、レースのいるベットのそばで腰掛けていて歌を歌っていたのはリーフェだった。そして声をかけるとひどく驚いた様子で椅子から転げ落ちるが、とっさに腰の部分を持って支えた。
「あ、ありがとうございます」
「大丈夫ですか?」
「は、はい....その....どこまで....」
「え....っと、結構最初の方からですかね」
それを聞いた瞬間、途端に顔を赤くさせ、自分の胸に顔をうずめながら無言で自分の胸当てを殴っている。恥ずかしかったのだろう。それにしても、多彩な人物だ、医療に精通しているだけでなく、踊りもできて歌も上手くて、顔だって悪くない。地球にいたら引っ張りだこだろう。
「レース=カルディアの様子はどうなんだ?」
「れ、レギナさんも....えっと....はい。今は落ち着いています、怪我も綺麗に治っていて、もう治療はいらないと思います....ですが.....」
「....ですが?」
リーフェが胸から離れレギナと向き合って話をしている。そして、ふとレースのベットの方を見ると、そこには静かな表情で眠っているレースがいたわけだが、見た目は若くともなんだか老人の眠りみたいだ。
「おそらく....寿命が....」
「寿命?」
「はい....」
レギナとレーフェの会話を横目にレースを見ているが、確かにレースの長い髪は初めて会った頃よりも薄くなっていて、もはや翡翠色の影はなく、真っ白といった感じだろうか。完全に見た目は若い白髪の男といた感じだな。
「もう....持って二日が限界です」
「そうか....ショウ、どうする?」
後ろの方でレギナが声をかける。確かに、これから自分たちはイニティウムに帰らなくてはならない。だがしかし、ここで帰るというのもおかしな話だ。
乗りかかった船だ。最後まで付き合ってやろうじゃないか。
「炊き出しの準備をしないと」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「これは....」
洞窟の出口、背中に籠を背負い、レギナと他のエルフ数人と一緒に外へ出ようとしたところ、その異常な異変に俺とレギナが思わず反応した。
あの男、ローウェンの死体がどこにもないのである。
いや、さすがに喉に剣を貫かれて生きているほどエルフは生命力は強くない。しかし、生き返ってどこかに行ったというのが考えられないとするならばだ、いったい誰がローウェンの死体を持ち去ったかだ。
「『啓示を受けし者の会』、近くに仲間がいたのか」
「そういえば、温泉街でも死体は回収していたって言ってましたよね」
「あぁ」
レギナが呟くようにして、仮説を言っているが、おそらくそれは正しいだろう。近くに仲間が潜伏しており、ローウェンが殺され、自分たちがその場を離れたところで死体を回収したといったところか。
それにしても、どうして死体なんかを回収する必要があるのだろうか。明らかに隠れてこそこそとレギナに襲いかかっているようには見えない。隠蔽工作にしてはあまりにも無意味すぎる。
「とにかく、脅威はなくなった。食材の回収を急ごう」
「はい、そうですね。では、エルフの皆さんはスースを捕まえてきてください。数は....10くらい欲しいです」
エルフの人たちに支持を出し、彼らは何も言わず森の中を散開した。スースというのは地球で言うところの豚で、森の中では大抵見かける生き物だ。特にこういった明け方は餌を探しに森をうろついているので、見つけるのが簡単だ。
そして自分とレギナは森に生えているトポの実を探しに来た。トポの実は一見ヤシの実のような大きい実をつけてその中に大量の米のような赤い種がたくさん詰まっているのである。そしてそれを炊き上げることによって、若干粒は大きいが日本の米と似た食感と色になる。今回はそれを狙っているわけだ。
早朝の森を20分ほど歩く。ついでに周りの山菜などを採りながらトポのみを探して歩くと、早速レギナが見つけた。
「あれか?」
「はい、そうです。でもな....」
トポの実を採るので一番の難点が、とても高所に身があるということである。見ると、高さは細長い木の一番てっぺんに5個ほど。あれで大体十人分の飯が炊けるわけだが、やっぱり高すぎる。
「おい、ちょっとそのベルト貸せ」
「え、いいですけど....」
レギナが突如、自分の腰に巻いているパレットソードのベルトを指差す。何か考えがあるのだろう。パレットソードをベルトから取り外し、ベルトのみをレギナへと渡す。すると、レギナはそのベルトを、トポの実の生っている木へと巻きつけ、ベルトを上の方へと引っ掛けたかと思うと、ベルトの摩擦と腕力で徐々に上の方へと登って行ったのである。
「オォっ」
「ショウ、背中をこっちに向けろ」
すでに上の方へと登りきったレギナがこっちに向かって指示を飛ばしてくる。飛んでくる声はかなり遠く感じる。そして、言われた通り木の方に背中を向けると背中にずしりと衝撃が走る。少し後ろ方を見ると、そこにはしっかりとトポの実が入っており、そこから次々とかなりの高所からトポの実が籠の中へと入ってくる。
結構怖い。
しばらくして、すべての実を採り終えたレギナが降りてくる。
「それにしても、木登りとか得意なんですね」
「まぁ、子供の頃に散々やったからな」
そう言ってベルトをこちらに手渡してくるレギナだったが、なるほど。しかし、自分はレギナの昔の話を聞いたことがないな。いったいどういった幼少期を過ごしてきたのか、まぁ気にならないと言えば嘘になる。
女性にして冷酷、かつ冷静、清廉潔白であり、時に惨忍。しかし、その素の姿は温情であり、どちらかといえばお人好しだ。
そんでもって野生児だった?
どうすれば、このような人格を持った人間が生まれるのか、気にならなくもない。どのようにして王都騎士団へとなったのか、まぁ、いずれわかるのか。
「....なんだ?」
「いえ、なんでもないですよ」
そんな調子で、レギナの助けもあり無事にトポの実を回収してゆくことに成功した。数にしておよそ160個ほど、後半になるともう自分でも取れるようになったが。
時間にして、大体日が昇り始めた頃なので6:00ほどだろうか。
洞窟の前ではリーフェが様々な道具を準備して待っていた。
「リーフェさん、準備はできましたか?」
「はい、ですが....これでいいんですか?」
「....はい、大丈夫です。これで炊き出しができますよ」
用意してもらったのは、巨大な寸胴鍋とそれのさらに一回り大きいタイプの鍋だ。そしてそれを支えるための道具などなど。
「あの....何を作られるんですか?」
「そうですよね」
背中に背負ったトポの実を入り口に集めておいた場所に置いておく。それと同時に、奥の方からもエルフの男たちがスースを担いで戻ってきた。これで10匹になるか。
「今日作るのは、炊き込み御飯と、豚汁です」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
スースの解体はエルフの冒険者に任せてこっちはまず、豚汁の下準備を行う。まず、洞窟にあった食材と森で見つけた山菜を使う。洞窟にあるのは非常用の物だが、そこからは少量しか使わない。どちらにせよ豚汁は山にあるものだけでも十分作れるものだ。
まず、山菜と食材を丸洗い。それにはウィーネの力を少し借りた。そしてそれを協力して一口サイズにカット、それを寸胴鍋の中に放り込んで行き、まずは中身の具はこれで完了、そして解体を終えたスースの肉も同じように一口サイズにカットして中に放り込んで行く。
「さて、久しぶりの出番だぞ」
「....俺はマッチじゃねぇっての」
現れたのは身長約10センチほどのサリー。その姿は髪の毛が赤く染まってゆらゆらと揺れているため、確かに彼の言う通りマッチに見えなくもない。
「おい」
「いいから、さっさと頼む」
「ハァ....クソガキめ」
サリーが寸胴鍋の下にセットされている枯れ木に手を触れる。次の瞬間、そこから炎が上がり、たちまち寸胴鍋の下が熱せられる。
「ありがとう」
「チッ....」
舌打ちをして彼は消えてしまった。まぁ、気にしてもしょうがないか。とりあえず続きを行うことにしよう。
次に、鍋の中に油を引いて中身をよく炒める。その間に水を準備してもらい、肉によく火が通ったら中に水を流し込む。そして問題なのが、味噌だ。
この世界には味噌がない。日本人である以上、その事実を知った時には舌を噛もうかと思った。しかし、この世界で料理を続ける上で味噌の代役を見つけることに成功したのである。
それはたまにトポの実を何ヶ月も熟成させた古いものが見つかることがあるのだが、中身が完全にトポの実ではなくなってグチャグチャの何かになっていることがある。普段は市場にも出回らないようなグロテスクな代物なのだが、試しにそれを口にしてみると、なんと味噌と似た味がしたのである。それを使って何度か味噌料理を作ったことがあるのである。
さて、今回も何個か熟成仕切ったトポの実を見つけたので早速中身を開くと、隣で鍋をかき混ぜていたリーフェから軽く悲鳴が上がる。確かに、この姿は何度見ても慣れない。
「えっと....ショウさん? 本気でそれを入れるんですか?」
「えぇ....まぁ....大丈夫です。何度か試したんで....多分....」
自分でも躊躇うほどではあるが、まぁ今までのあの味噌を求めて走った自分を信じるとしよう。スプーンでトポの実の中身をえぐり出しそれを次々と中へと入れてゆく。その度にリーフェは目も当てられないといった感じで鍋から目を背けていたが、気にすることもなく鍋の中にドバドバと打ち込んでゆく。こうなりゃヤケだ。
そして、最後に塩を少し加え、鍋の蓋を閉じ後は煮えるのを待つのみ。ふと隣を見ると、レギナに支持を出して準備を進めていた炊き込み御飯ができそうな雰囲気だ。
「どうです、そっちは?」
「あぁ、言われた通りやった。後はどのくらい待てばいい?」
「そうですね、あと2時間ほどでしょうか?」
「そうか。なら私は少し休ませてもらうぞ、何せベットで寝てないからな」
「その件についてはすみませんでした....」
って、謝ることなのか? これ。
レギナはそう言って背伸びをしながら洞窟の奥の方へと向かっていった。そしてレギナに続き、他のエルフたちも洞窟の中へと入ってゆく。それにしてもよく協力をしてくれた。嬉しい限りである。
そして、鍋を取り囲むのが俺とリーフェのみとなった。
「あの....ショウさん」
「はい、なんですか?」
リーフェがそばの切り株に腰掛け、話しかける。
森は霧が晴れ、徐々に日差しが差し込んで行っている。
「ちゃんと名前で呼んでくれたんですね」
「え....あ」
そういえば、今まで気にしていたがいつの間にか名前で呼んでいた。
思わず指摘され動揺している自分の姿を見てリーフェはなんだかイタズラを見つけた母親のような表情をしている。
「ちゃんと女の子には名前で呼んでくれないと。気にするときがあるんですよ?」
「あの....えっと....すみません」
なんだか、自分でも恥ずかしいというか、プライドがあったのだろう。自分にとってリーフェというのは一人しかいないわけで、それで気にして彼女のことをリーフェと呼べなかったわけだが、そんなことを気にする必要はないんだということを最近知ったのだ。
どうせ、他の人をリーフェと呼んだところで、彼女は気にすることはないだろう。彼女は自分のことを見守ってくれてる。
それだけでいいのだ。
「ショウさん、あの時....兄から助けてくれてありがとうございました」
「え、あぁ....そんな、助けてもらったから助けた。どちらにせよ、僕は目の前であなたが傷つくのは見たくなかった」
あの時、もし一歩でも遅れていたら。僕は、彼女のことを名前で呼ぶことがなかっただろう。そしたら、一生後悔していた。
自分のためだ、でもそれが、人のためになるのならば。それでいい。
「どうして助けに来てくれたんですか?」
「それは....気づいたら、体が勝手に動いてました」
思わず自嘲気味に答えたが、あの時は本当に衝動的だった。必死にただ助けたいと、そう思ったのだ。何も考えず、ただ。でもそれが自分の本心であり、根っこなんだろう。そこに理由なんかいらない。自分は、今度こそ間違えないんだと。
「でも....そういうのが大事なんだと思います」
リーフェがこちらを向きながら答えるが、確かに。そういうのも大事なのかもしれない。
「ショウさん....目を....閉じてもらえますか?」
「....え?」
突然、切り株から立ち上がったリーフェは若干頬を赤く染めて。息が顔に当たる寸前まで、近づける。
これは....まさか....
「ほら、早く閉じてください。それとも、女の子に恥をかかせたいんですか?」
「は....はい」
言われるがまま、目を閉じる。
そして何かが近づく気配。
まさか、これは。でも、いや。
心臓がうるさい、頭から汗が吹き出て、全意識は自身の唇へと集中する。
でも、いいのか。
いや、いいだろう。
「口を....開けてください」
「は、ふぁい」
口を? 開ける?
言われるがまま、口を開ける。
そして、
「....っ! あつっ! ........あ、うまい」
「へぇ.....毒味させて正解でした。いやぁ、あれを見たときはびっくりしましたよ」
突如、口の中に放り込まれた激アツの物体。思わず体をよじらせて口を抑えながら口の中身を咀嚼すると、味噌の味をしっかりと煮込まれた肉の味がする。これは確かに豚汁だ。
「ハァ....もう、驚かせないで....」
「ハハッ、期待しちゃいました?」
「い、いや....その....」
期待しなかったと言ったら.....嘘になる....
「でも、今はこれで我慢してください」
そして、いまだ悶えている自分にそっとリーフェは近づき、顔を近づけ。
そっと、頬に口づけをして。
その柔らかい感触に思わず、頭が思考停止をする。そして、口からはその衝撃でこぼれ出た肉が、地面へと落ちたのを合図に、今起こったことが整理できた。
「さて、皆さんを起こしましょうか」
「え....ちょっと、リーフェさんっ!?」
朝9:00頃
人々が起き始める。
応援ありがとうございます!
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