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第3章 緑の色
第133話 見えざる色
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森の中を進んで4日ほど経った。それにしてもリュイは森しかないのかというくらいにその規模が大きい。ともかく、この国に入ってからは森しか見ていないような気がする。聞けば、リュイに住むエルフの人口は大体1万人程度で、その人口の少なさから未開の土地が多いのだとか、そして国的にも閉鎖的な環境であるため、開発が進んでいないのだという。
「でも、これから行くノワイエは七つの国でも三本指に入るほどの大都市だ。まぁ....あの騒ぎが起こった後のことは知らないがな」
後ろを歩くレギナがそう答えるが、なるほど。日本で言えば東京や大阪、名古屋みたいな感じなのか。関西は行ったことがないが。
そして、考えるところに言うと革命後の都市というわけか。それでもって、レギナは責任を取るとか言っていたが、実際はどのようにして責任を取るつもりなのか、もしあの時のエルフの集落でやったようなことをもう一度やるつもりなら。
こっちだって考えがある。
「そろそろですね」
「あぁ」
森が徐々に開けてゆく。そして、開けた場所には大きな平原があった。ちょうど秋頃ということもあり、黄金色になったススキのような植物が風でゆらゆらと揺れている。
そして、そんな穏やかな平原の向こう側にそびえ立つ巨大な城壁のようなもの。明らかにアンバランスな光景だったが、その圧倒的な存在感には思わず、生唾を飲んでしまった。
それはまさに黄金色の海に浮かぶ、モン・サン=ミッシェルを彷彿させる。
「それにしても、首都なのに城壁とかあって物騒ですね」
「当然だろう。何せ、国の重要な建物や情報、資料が保管されているような建物もあるんだ。物騒でなきゃ困る」
「なるほど....」
では、行きますか。
体に魔力を流す。すると、着ていたローブも同様に魔力を流した時に現れる筋が幾重にも流れ、背中で紋章を作り出す。そしてその発動と同時に、
俺とレギナは、世界から消えた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「はい、身分証を見せてね」
城壁の入り口、そのそばで門番と思しき人物が次々とやってくる人々の身分証を確認しながら、入都許可証を出している。大体、門番のいる窓口は10ほどあり、そのうち半分が出口用、半分が入口用になっている。
まるで遊園地の入口みたいな光景だ。
そんなことを考えながら、門番の横をそのまんま通り過ぎてゆく。
今、自分たちの姿は見えることはできない。それはこのローブの効果であり、自分たちの持つ魔力の無色の特徴であるからである。姿の他にも、気配、声まで消すことの可能な便利極まりない代物だ。
それゆえ、制約もある。
例えば、物を持つと、その効果が半減して気配が消えなくなったりだとか、激しく動いたりすると、姿が見えるようになってしまったりと戦闘には向かない、あくまで隠密用の代物である。
「うまくいきましたね」
「あぁ、さすがといった感じだな」
分厚い城壁の壁の中にあるトンネルを抜ける。
そこは、まさに別世界だった。
ちゃんと舗装された道路、だがそこを通るものは誰もいない。
そして道の端の方には咳き込む老人と、数人の荷物を運ぶ人が車を引いて何かを運んでいた。
街は本来の賑わいを見せることなく、淡々と生活の歯車を崩さないように動かしている。そのように思えた。
晴れているのにもかかわらず、ものすごく暗く、淀んだ空気がこの街を包み込んでいた。
「....」
「レギナさん....行きましょう」
無言のまま、唇を噛み締めているレギナの手を引き、街を散策する。おそらく、道具屋を営んでいたのであろう店には張り紙が貼られ、既に引き払った後だった。食材などを取り扱う市場では、店が展開しているものの、買い物客は少なく、露店の端で親父が居眠りをしていた。
とにかく、街の外を出歩いている人は少なかった。
「これは....」
「街の中心へ....行こう」
手を引いていたレギナが、ボソリとそんなことを呟いた。その言葉を聞き、ただ無言で頷く。
街の中心へと向かって、数十分。
徐々に周りには店とかよりも、大きな建物が多くなってきた。おそらく、豪邸とか、そのようなものの類で、貴族が住むお屋敷なのだろう。しかし、今では人が住んでいる気配はなく、草木なんかも手入れが行き届いておらず、若干荒れていた。
そして、街の中心部。
そこには他の貴族の建物なんかよりも、ずっと立派であっただろう建物がそこにはあった。
「これは....」
「....」
半壊した建物の外壁。そこらかしこに開いた庭の穴。そして、それらを改修工事をしているのは王都から派遣された人間だろう。そして、そんな建物手前にある長い鉄の柵にはたくさんの板が貼ってあり、そこには王都に対しての恨みごとであったり、抗議の言葉が口汚く書かれていた。
『国から出て行け』
『寄生虫』
『悪魔』
などといった言葉、単語が赤文字で描かれている。そして、それを一切撤去しようと思わないのは王都の人間の余裕か、もしくは同情かはわからない。
「....キースは元は貴族の使用人だった。だが、主人に捨てられて、衰弱していたところを我々が保護したんだ。その日、初めての任務で緊張していたのを私はよく覚えてる。ブラットは気性の荒い男で、毎回毎回部隊の人間と喧嘩していた。でも努力家で、私によく稽古をつけられては打ち負かしていた、愉快な奴だった....」
宮殿の前で、つらつらと自分の部下の話をしながら、悲しげな表情で宮殿を見つめるレギナ。やっぱり、自分は彼女のこんな表情を一度も見たことはなかった。
「全員....あの日に宮殿で護衛の任務で死んだ。いや....殺されたんだ」
「レギナさん....それは....」
「私の責任ではないと? では誰の責任だ? 私は....彼らの死を無駄にするわけにはいかない。少からず、自分に責任があるというのなら。私は行動をしなくてはならない」
王都騎士団9番隊隊長として、彼らの上司としてだ。
こちらを見た表情を、いつも通りのまっすぐな目をレギナの顔だ。
だが、その真直ぐさに、軽く不安を覚えたのは....気のせいか?
「ショウ、すまないが。付き合ってくれるか?」
「....わかりました。ここまで自分のためについてきてもらったんです。断らない理由はないですよ。ですがレギナさん。一つだけ約束してください、もう二度とあんな無茶はしないって」
あんな、というのはエルフの集落でのことだ。彼女は、あの時暴徒と化したエルフの前に剣を差し出し、殺せなどといったのだ。そんなことを二度とあんなことをさせるわけにはいかない。
なぜと言われれば、単純にあんなことをされると嫌だからだ。
「....わかった、約束しよう」
「では、宿を探しますか。どこか、人気のなさそうで、金さえ払えば黙っててくれそうなところを」
早速失礼なことを言ってはいるが、治安が日本の水準に達してないこの世界では、そう言った宿はゴマンとあったりもする。この街自体観光に特化している場所ではないし、そう言った場所でなければ、客が自由にできる、いわゆる自給自足で部屋を借りれる宿があったりもするのだ。
街中を散策しながら歩いて行くが、現在透明になっているため、通りの人に聞くこともできず、ただひたすら歩いての散策となる。しかし、さすが大都市圏ということもあって、あるのは宿というよりかは、ホテルに近い建物しかない。とてもではないが、そんなところに泊まれるほどの金銭は持ち合わせていないし、そんな目立つような場所に泊まることもできない。
さて、困った。
これではアエストゥスでの宿探しと同じ結果を招く。そういえば、カイさんとその家族は元気だろうか。もし会うようなことがあればお礼をしないと。
そんなことを考えていると、完全に外は夜。二つの月が夜道を明るく照らして、星々が夜空を彩っている。
「まいったな....」
これでは前回と同じパターンだ。
野宿をしようにも、こんな街中で寝ていたらさすがに睡眠中は魔力を維持できないし、そんな姿を見られたら怪しまれるに違いない。
さて....
そう思ったその時だ。
「ねぇ、そこのカップルさんっ! よかったらうちに泊まっていかない? 今なら安くするよ?」
「え....?」
突如、道を歩いている時に声をかけられる。ふと辺りを見渡してみると、夜道に何人か人はいるが....カップルと呼ばれるような男女のペアはいない。
となると、まさか....
レギナも不思議そうな表情をしている。思わずローブを確認するがしっかりと魔術は発動している。となると、今自分たちの姿は見えていないはずだ。
ゆっくりと、恐る恐る声のかけられた方向を見ると、営業スマイル全開の栗色の髪の毛をした人間の少女がこっちを見ている。
思わず、自分のことを指差し、自分のことかと合図すると、その通りだと言わんばかりに大きくうなずく。
どうなってるんだ?
「レギナさん、解除しましょう」
「あ、あぁ」
ローブに流していた魔力を解除して、かぶっていたフードを外した。
「どう? 泊まってく?」
「え....っと。僕たちのこと、見えてたの?」
「え? どうしたのお客さん、普通に見えてたよ?」
不思議と言わんばかりに首を傾げている彼女だが、こっちが首を傾げたい。なんで彼女には俺たちの姿が見えていたんだろうか。
いや、でも他の人には確実に見えてないし、元に門番のところは素通りだった。しばらく考え事をして頭を掻いていると、しびれを切らした少女がローブの端をつかんできた。
「ねぇ、泊まるの泊まらないの?」
「え、ちょ。ちょっと待ってっ」
とっさにレギナを道の端へと移動させ、先ほどの少女に背を向けて話を始める。
「ど、どうしますか?」
「どうすると言われても....安くしてくれるんだったらいいんじゃないか? それに宿だってそんな高そうな場所じゃないだろう」
「そうですけど....」
後ろの方を向くと、若干むくれた少女が貧乏ゆすりしながら腕を組んでこちらを見ている。
まぁ....安くしてくれるんだったら。
よし、ここにしよう。
「それで、どうするの? 泊まる?」
二人で少女の前まで戻り、再び向き合う。
「わかった。泊まるよ、案内してもらえる?」
毎度ありっ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
宿の料金は朝夕食事付きで一泊銀貨1枚、そして半額サービスとのことで最初の一泊は銅貨5枚で泊めさせてもらえた。日本円に直すと2500円くらいか。なかなかに安い。
それでもってだ。
客が自分たち以外いないときた。これは好都合である。
「ねぇねぇ、お客さんたちって、冒険者?」
「まぁ、そうだけど」
「じゃあさ、なんか冒険話とかないのっ? あったら聞かせて欲しいなぁ」
宿のラウンジで、目の前の椅子に座って頬杖をついている彼女。名前はロザリーというらしい。この宿屋の娘だとか。年齢は10歳に行くか行かないかといったところか。
「そういうのはないなぁ~」
「なぁんだ、つまんない。じゃあさ....一緒にいたあのお姉さんとはさ....どこまで行ったの?」
どうやら年齢に反して、耳年増ではあるようだ。
「そういう関係でもないんだな....」
「つまんないわね....なんか面白い話とかないの?」
面白い話か....
そう言われてもないものはないのだからしょうがない。困った表情でいると、突如、ロザリーの後ろに体格のいい女性が立ち、軽くロザリーの頭を小突いた。
「こら。お客さんを困らせちゃダメでしょう。すみませんね、お部屋の準備ができましたんでどうぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
娘の母親だそうだ。この宿の主人だとか。それにしても、宿の雰囲気を見る感じだと、先ほどまで見て回ったホテルと呼ぶべき豪華絢爛な場所とは違い、なんだか海外の田舎にある民宿みたいな感じだ。少なからずとても落ち着く。
「すみませんが、お連れの方とは一緒の部屋で?」
「....はい、一緒でいいです」
宿の奥さんがそういうが、まぁ俺たちはそんな関係ではないし、それに部屋が一緒の方が都合が....
「....避妊具が欲しかったら言ってね。別料金で準備するから」
「っ!」
突然耳元でロザリーからそんなことを言われるが、この少女。本当に10歳なのか疑いたくなる。
部屋に案内されると、そこではレギナが大きいベットの上を占領して大の字になって寝ていた。いや、そんなことをするつもりは全くない。大丈夫だ、意識などするはずもない。意識した瞬間に殺される。
「先にいたんですか」
「....ここの人たちはいい。優しい上によく尽くしてくれる、さて」
そう言って、彼女はノーモーションでそのまま上体を起こす。一体どういう腹筋をしているんだか。
「明日の話をしよう」
はい。わかりました。
「でも、これから行くノワイエは七つの国でも三本指に入るほどの大都市だ。まぁ....あの騒ぎが起こった後のことは知らないがな」
後ろを歩くレギナがそう答えるが、なるほど。日本で言えば東京や大阪、名古屋みたいな感じなのか。関西は行ったことがないが。
そして、考えるところに言うと革命後の都市というわけか。それでもって、レギナは責任を取るとか言っていたが、実際はどのようにして責任を取るつもりなのか、もしあの時のエルフの集落でやったようなことをもう一度やるつもりなら。
こっちだって考えがある。
「そろそろですね」
「あぁ」
森が徐々に開けてゆく。そして、開けた場所には大きな平原があった。ちょうど秋頃ということもあり、黄金色になったススキのような植物が風でゆらゆらと揺れている。
そして、そんな穏やかな平原の向こう側にそびえ立つ巨大な城壁のようなもの。明らかにアンバランスな光景だったが、その圧倒的な存在感には思わず、生唾を飲んでしまった。
それはまさに黄金色の海に浮かぶ、モン・サン=ミッシェルを彷彿させる。
「それにしても、首都なのに城壁とかあって物騒ですね」
「当然だろう。何せ、国の重要な建物や情報、資料が保管されているような建物もあるんだ。物騒でなきゃ困る」
「なるほど....」
では、行きますか。
体に魔力を流す。すると、着ていたローブも同様に魔力を流した時に現れる筋が幾重にも流れ、背中で紋章を作り出す。そしてその発動と同時に、
俺とレギナは、世界から消えた。
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「はい、身分証を見せてね」
城壁の入り口、そのそばで門番と思しき人物が次々とやってくる人々の身分証を確認しながら、入都許可証を出している。大体、門番のいる窓口は10ほどあり、そのうち半分が出口用、半分が入口用になっている。
まるで遊園地の入口みたいな光景だ。
そんなことを考えながら、門番の横をそのまんま通り過ぎてゆく。
今、自分たちの姿は見えることはできない。それはこのローブの効果であり、自分たちの持つ魔力の無色の特徴であるからである。姿の他にも、気配、声まで消すことの可能な便利極まりない代物だ。
それゆえ、制約もある。
例えば、物を持つと、その効果が半減して気配が消えなくなったりだとか、激しく動いたりすると、姿が見えるようになってしまったりと戦闘には向かない、あくまで隠密用の代物である。
「うまくいきましたね」
「あぁ、さすがといった感じだな」
分厚い城壁の壁の中にあるトンネルを抜ける。
そこは、まさに別世界だった。
ちゃんと舗装された道路、だがそこを通るものは誰もいない。
そして道の端の方には咳き込む老人と、数人の荷物を運ぶ人が車を引いて何かを運んでいた。
街は本来の賑わいを見せることなく、淡々と生活の歯車を崩さないように動かしている。そのように思えた。
晴れているのにもかかわらず、ものすごく暗く、淀んだ空気がこの街を包み込んでいた。
「....」
「レギナさん....行きましょう」
無言のまま、唇を噛み締めているレギナの手を引き、街を散策する。おそらく、道具屋を営んでいたのであろう店には張り紙が貼られ、既に引き払った後だった。食材などを取り扱う市場では、店が展開しているものの、買い物客は少なく、露店の端で親父が居眠りをしていた。
とにかく、街の外を出歩いている人は少なかった。
「これは....」
「街の中心へ....行こう」
手を引いていたレギナが、ボソリとそんなことを呟いた。その言葉を聞き、ただ無言で頷く。
街の中心へと向かって、数十分。
徐々に周りには店とかよりも、大きな建物が多くなってきた。おそらく、豪邸とか、そのようなものの類で、貴族が住むお屋敷なのだろう。しかし、今では人が住んでいる気配はなく、草木なんかも手入れが行き届いておらず、若干荒れていた。
そして、街の中心部。
そこには他の貴族の建物なんかよりも、ずっと立派であっただろう建物がそこにはあった。
「これは....」
「....」
半壊した建物の外壁。そこらかしこに開いた庭の穴。そして、それらを改修工事をしているのは王都から派遣された人間だろう。そして、そんな建物手前にある長い鉄の柵にはたくさんの板が貼ってあり、そこには王都に対しての恨みごとであったり、抗議の言葉が口汚く書かれていた。
『国から出て行け』
『寄生虫』
『悪魔』
などといった言葉、単語が赤文字で描かれている。そして、それを一切撤去しようと思わないのは王都の人間の余裕か、もしくは同情かはわからない。
「....キースは元は貴族の使用人だった。だが、主人に捨てられて、衰弱していたところを我々が保護したんだ。その日、初めての任務で緊張していたのを私はよく覚えてる。ブラットは気性の荒い男で、毎回毎回部隊の人間と喧嘩していた。でも努力家で、私によく稽古をつけられては打ち負かしていた、愉快な奴だった....」
宮殿の前で、つらつらと自分の部下の話をしながら、悲しげな表情で宮殿を見つめるレギナ。やっぱり、自分は彼女のこんな表情を一度も見たことはなかった。
「全員....あの日に宮殿で護衛の任務で死んだ。いや....殺されたんだ」
「レギナさん....それは....」
「私の責任ではないと? では誰の責任だ? 私は....彼らの死を無駄にするわけにはいかない。少からず、自分に責任があるというのなら。私は行動をしなくてはならない」
王都騎士団9番隊隊長として、彼らの上司としてだ。
こちらを見た表情を、いつも通りのまっすぐな目をレギナの顔だ。
だが、その真直ぐさに、軽く不安を覚えたのは....気のせいか?
「ショウ、すまないが。付き合ってくれるか?」
「....わかりました。ここまで自分のためについてきてもらったんです。断らない理由はないですよ。ですがレギナさん。一つだけ約束してください、もう二度とあんな無茶はしないって」
あんな、というのはエルフの集落でのことだ。彼女は、あの時暴徒と化したエルフの前に剣を差し出し、殺せなどといったのだ。そんなことを二度とあんなことをさせるわけにはいかない。
なぜと言われれば、単純にあんなことをされると嫌だからだ。
「....わかった、約束しよう」
「では、宿を探しますか。どこか、人気のなさそうで、金さえ払えば黙っててくれそうなところを」
早速失礼なことを言ってはいるが、治安が日本の水準に達してないこの世界では、そう言った宿はゴマンとあったりもする。この街自体観光に特化している場所ではないし、そう言った場所でなければ、客が自由にできる、いわゆる自給自足で部屋を借りれる宿があったりもするのだ。
街中を散策しながら歩いて行くが、現在透明になっているため、通りの人に聞くこともできず、ただひたすら歩いての散策となる。しかし、さすが大都市圏ということもあって、あるのは宿というよりかは、ホテルに近い建物しかない。とてもではないが、そんなところに泊まれるほどの金銭は持ち合わせていないし、そんな目立つような場所に泊まることもできない。
さて、困った。
これではアエストゥスでの宿探しと同じ結果を招く。そういえば、カイさんとその家族は元気だろうか。もし会うようなことがあればお礼をしないと。
そんなことを考えていると、完全に外は夜。二つの月が夜道を明るく照らして、星々が夜空を彩っている。
「まいったな....」
これでは前回と同じパターンだ。
野宿をしようにも、こんな街中で寝ていたらさすがに睡眠中は魔力を維持できないし、そんな姿を見られたら怪しまれるに違いない。
さて....
そう思ったその時だ。
「ねぇ、そこのカップルさんっ! よかったらうちに泊まっていかない? 今なら安くするよ?」
「え....?」
突如、道を歩いている時に声をかけられる。ふと辺りを見渡してみると、夜道に何人か人はいるが....カップルと呼ばれるような男女のペアはいない。
となると、まさか....
レギナも不思議そうな表情をしている。思わずローブを確認するがしっかりと魔術は発動している。となると、今自分たちの姿は見えていないはずだ。
ゆっくりと、恐る恐る声のかけられた方向を見ると、営業スマイル全開の栗色の髪の毛をした人間の少女がこっちを見ている。
思わず、自分のことを指差し、自分のことかと合図すると、その通りだと言わんばかりに大きくうなずく。
どうなってるんだ?
「レギナさん、解除しましょう」
「あ、あぁ」
ローブに流していた魔力を解除して、かぶっていたフードを外した。
「どう? 泊まってく?」
「え....っと。僕たちのこと、見えてたの?」
「え? どうしたのお客さん、普通に見えてたよ?」
不思議と言わんばかりに首を傾げている彼女だが、こっちが首を傾げたい。なんで彼女には俺たちの姿が見えていたんだろうか。
いや、でも他の人には確実に見えてないし、元に門番のところは素通りだった。しばらく考え事をして頭を掻いていると、しびれを切らした少女がローブの端をつかんできた。
「ねぇ、泊まるの泊まらないの?」
「え、ちょ。ちょっと待ってっ」
とっさにレギナを道の端へと移動させ、先ほどの少女に背を向けて話を始める。
「ど、どうしますか?」
「どうすると言われても....安くしてくれるんだったらいいんじゃないか? それに宿だってそんな高そうな場所じゃないだろう」
「そうですけど....」
後ろの方を向くと、若干むくれた少女が貧乏ゆすりしながら腕を組んでこちらを見ている。
まぁ....安くしてくれるんだったら。
よし、ここにしよう。
「それで、どうするの? 泊まる?」
二人で少女の前まで戻り、再び向き合う。
「わかった。泊まるよ、案内してもらえる?」
毎度ありっ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
宿の料金は朝夕食事付きで一泊銀貨1枚、そして半額サービスとのことで最初の一泊は銅貨5枚で泊めさせてもらえた。日本円に直すと2500円くらいか。なかなかに安い。
それでもってだ。
客が自分たち以外いないときた。これは好都合である。
「ねぇねぇ、お客さんたちって、冒険者?」
「まぁ、そうだけど」
「じゃあさ、なんか冒険話とかないのっ? あったら聞かせて欲しいなぁ」
宿のラウンジで、目の前の椅子に座って頬杖をついている彼女。名前はロザリーというらしい。この宿屋の娘だとか。年齢は10歳に行くか行かないかといったところか。
「そういうのはないなぁ~」
「なぁんだ、つまんない。じゃあさ....一緒にいたあのお姉さんとはさ....どこまで行ったの?」
どうやら年齢に反して、耳年増ではあるようだ。
「そういう関係でもないんだな....」
「つまんないわね....なんか面白い話とかないの?」
面白い話か....
そう言われてもないものはないのだからしょうがない。困った表情でいると、突如、ロザリーの後ろに体格のいい女性が立ち、軽くロザリーの頭を小突いた。
「こら。お客さんを困らせちゃダメでしょう。すみませんね、お部屋の準備ができましたんでどうぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
娘の母親だそうだ。この宿の主人だとか。それにしても、宿の雰囲気を見る感じだと、先ほどまで見て回ったホテルと呼ぶべき豪華絢爛な場所とは違い、なんだか海外の田舎にある民宿みたいな感じだ。少なからずとても落ち着く。
「すみませんが、お連れの方とは一緒の部屋で?」
「....はい、一緒でいいです」
宿の奥さんがそういうが、まぁ俺たちはそんな関係ではないし、それに部屋が一緒の方が都合が....
「....避妊具が欲しかったら言ってね。別料金で準備するから」
「っ!」
突然耳元でロザリーからそんなことを言われるが、この少女。本当に10歳なのか疑いたくなる。
部屋に案内されると、そこではレギナが大きいベットの上を占領して大の字になって寝ていた。いや、そんなことをするつもりは全くない。大丈夫だ、意識などするはずもない。意識した瞬間に殺される。
「先にいたんですか」
「....ここの人たちはいい。優しい上によく尽くしてくれる、さて」
そう言って、彼女はノーモーションでそのまま上体を起こす。一体どういう腹筋をしているんだか。
「明日の話をしよう」
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