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第3章 緑の色
第142話 疾風の色
しおりを挟む下のラウンジに向かうと、テーブルの上には今日の朝食と思われるものが並んでいる。内容は昨日とあまり変わらないが、十分な量が用意されている。
「レナさんは大丈夫でしたか?」
「あぁ....まだ熱があるみたいです」
あれは重症だ。
自分の返答を聞くと、奥さんは心配そうな顔で上の階を見つめている。さて、話を切り出すか。
「すみません、レナさんなんですけど。ちょっと汗がひどくて、宜しければその……体を拭いてあげてはもらえませんか?」
無礼に無礼を重ねるとはこのことだろう。だが、奥さんはその頼みごとを嫌な顔一つせず引き受けてくれた。むしろちょっと嬉しそうだ。
「お客さんもあんまり来ないからねぇ、こう色々と頼みごとをされるのは嬉しいんですよ」
「本当にすみません....」
「でも、お付き合いしてるのにねぇ....ちゃんと男らしいところ見せなきゃダメですよ?」
「ですから....いや、なんかすみません」
なんで謝ってるんだろう。
実際付き合ってるわけでもない。彼女のガードが甘いといえば甘いが、女性が妄りに人に裸を見せるものではないと自分自身思うわけで、いや、そもそも自分のこの考えがおかしかったりするのか?
でも、自分に体を拭いてくれというのは信頼の証なのか? 自分以外に肌を見られたくない……いやいや、誘拐犯と被害者の関係はある程度解消したとしても、そこまでの仲ではあるまい。童◯こじらせた自分の汚い妄想とかの類ではないのだろうか。
でも、いや。
あの傷だらけ体の、風呂場で見せた彼女の表情を考えれば……
彼女は、もしかして....
「....奥さん、すみません。やっぱり....」
気付いた時には、桶にぬるま湯をためて上に上がろうとしていた奥さんを引き止めていた。そして、自分のその表情を見て奥さんは気付いたのだろう、やがてにっこりと笑って手に持っていた桶をこっちに手渡した。
「それじゃ、任せるわね。女の子の気持ちをちゃんと汲んであげないと。いつまでも一緒に入れるわけじゃないんだからね」
「....はい、ありがとうございます」
いつまでも一緒に居られるわけじゃない....か。
そうだよな、彼女とはイニティウムに帰るまでの付き合いだ。それに、なんだかんだいって彼女には色々と助けられた。こんな時くらいにしかお礼はできないだろう。
自分の理性は大丈夫か? 大丈夫だ。まだ死にたくないだろう?
そんな自問自答を処刑台を登る罪人のごとく、レギナのいる部屋への階段を上る。扉の前に立ち、呼吸を整え意を決して扉をノックする。
「えっと....レギナさん、起きてますか?」
『....』
部屋の中は無言だ、もしかしたらもう寝てしまったのだろうか? もう一度部屋をノックして声をかけるが反応がない。
様子がおかしい。まさか中で何か起きたのだろうか。
思わず返事をする前に扉を開けてしまう、怒られるのを覚悟の上でだ。だが、部屋に入り込んだ瞬間、部屋から流れ出た冷たい空気が顔に張り付く。
そして、部屋の光景に思わず手から桶が滑り落ちた。
これは....
「カケルさん? すごい音しましたけど、何か....」
心配になった奥さんが階段を駆け上がって、様子を見にきてくれたのだろう。だが振り向くことができずその場で固まって動かなくなった自分の思考は今置かれている状況を処理するので精一杯だった。
解放された大窓、そこから流れ込む冷たい風。
そして、はねのけられたベットの上にはあるべき人はいない。
レギナが消えた。
「....嘘だろ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「魔法陣を見つけたわ」
「....」
完全に閉ざされた部屋の椅子の上で体育座りをしながら、部屋を調べていたウィーネからの報告を聞く。膝に埋めていた顔を上げると、ウィーネが指を指していたのはベットの裏だった。
「見えない魔法陣、昨日あの宮殿で見つけたのと同じものよ」
「....」
もっと早くに気づくべきだった。
彼女は常に狙われていたのだ、常にそばにいるべきだったのだ。
自分の愚かしいプライドのせいで彼女はさらわれてしまった。
もしあの時一緒にいれば、そういったことが頭から染みついて離れない。
犯人はもうわかっている。それは『啓示を受けし者の会』。この宿に侵入してベットの裏に魔法陣を設置して置くだなんて造作もないだろう。
あの不自然なレギナの体調不良は彼女を誘拐しやすくするため、そしてこの街に留める期間を長くするための策略だったのだ。おそらく、魔法陣を設置したのは宮殿の調査をしている時だろう。基本的にこの宿は奥さんが切り盛りしている。気づかなくて当然だった。
「さっさと助けに行くわよ、まだこの街にいる可能性は高いわ。そんな自問自答を繰り返している時間があったら行動しなさい」
「....そうですね....本当にすみません」
そうだ、不甲斐ない。
こんなんではダメだ。しっかりしないと....
そう思ったその時だ。
突然顔に冷たいものが投げかけられる、水だ。
投げかけたのは誰でもない。ウィーネだった。
「あんた本当にそんなんであの子助けられると思ってんのっ、多少は変わったと思ったけど、これが最後になって....」
「良いわけあるかっ!」
椅子をなぎ倒し自身の怒りをぶちまける。
そうだ、良いわけあるか。
彼女とは約束した。イニティウムに着いたら解放すると。また約束が守れないのか、もう何も守れない嫌だと、あの時の後悔を自分は忘れたのか。
いや、違う。
忘れてなどいない。だが、この体たらくは一体なんだ。結局自分可愛さに彼女を危険目に合わせてしまったじゃないか。
なら自分にできることは一体なんだ。
決まってる。
「シル、力を貸してくれ」
右手に添えたパレットソードの鞘の精霊石が緑色に光り始める。椅子から立ち上がり顔を上げるとそこには無表情の精霊、シルが立っている。
深く息を吸い込み。
そして吐いた。
「この剣の、お前の能力を解放したい」
「....ウィーネお姉ちゃんがそうしなさいって言ったの?」
首をかしげ答えるシル。
いや、違う。これは誰かに言われたからやるのではない。
彼女を守らないとイニティウムの人が危険な目にあうからか、アランに言われたから彼女を守るのか。
いや、違う。
これは、自分の意思で決めたことだ。
彼女を助けたい、ただそれだけでいい。
「....でも」
「でももクソもない。シルの探知能力だったらレギナを探せる。だから頼む、俺に力を貸してくれ。俺の考えがわかるのなら」
彼女とは契約を交わしている。なら、今自分が考えていることだってきっと分かるはずだ。たとえ目が見えなくとも、それは彼女の頭に直接聞こえているはず。
「お前の力が必要なんだ」
「....」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
疾走
疾走
疾走
疾風の如く走る。
屋根の上を飛び越え、木々の間をくぐり抜け、ただただ疾走。
だが、
その間に飛び交う、緑の閃光。
それは壁に当たり、波紋を広げ溶け込んでゆく。ただそれだけ。
そしてそれを他の建物にも同様に行ってゆく。
放って、放って、放って。
そして、大概の建物に同じようなことを繰り返し行った後、高台へと移動をした。
「これでいいんだな」
(多分)
頭の中に聞こえてきたその声は自信も不安も感じない。それが逆に自分の中にくすぶっている不安をかき消した。
「行くぞ」
(眼を使って、視えるから)
眼を閉じ、全神経を集中させる。
そして、
眼を見開く。
高台から望んだ街全体の風景に変化が生じた。
すべての建物の構造と、すべての人間の動きが視える。それは直視的にではなく、先ほど施した仕掛けのおかげで、建物の内部にも視野を移動させることが可能になった。
無数に広がる構造、内部、人物、それらをすべて目で追いながらレギナの姿を探す。
「どこだ....っ」
まだ時間は経っていない。となるとこの街のどこかにいるはずだ。潜伏しているのならば人が少なく、滅多に人が入り込まないような場所を選ぶはずだ。
街の外れの方に視界を移動させて隈なく探す。
そこを通る人の気配、そして感情、
そのすべてを視る。
どこにいる。
視えるはずだ、彼女のことは自分がよく知っている。
捕らえられてタダそのままでいる彼女ではない。
必ず何かをしているはずだ。
その時、街の外れで一番高い建物から強い反応があった。
何かが暴れているような、この強い意志には身に覚えがある。
彼女だ。
「....見つけた」
(後の使い方はわかってるはず、あそこまで言ったんだから使いこなせるよね)
「あぁ、ありがとう」
(頑張ってね)
さて、完全に頭の声が途切れたところで行くとしようか。
ローブのフードを深くかぶり、魔力を流す。すると、体全身が緑色のオーラで覆われ、体が軽くなったように感じる。
今、彼女を救い出す。
両目を緑色に光らし、高台から身を投げた。
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