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第3章 緑の色
第146話 ロザリーの色
しおりを挟む私、ロザリーと言います。
ノワイエで小さな宿をやっているところの娘です。さて、今日も朝の鐘が鳴る前に母親に起こされて、宿の朝食の準備を手伝います。
お客さんの朝食を並べ終えたら、今度は眠っているお客さんの部屋に声をかけていきます。私がまだ小さい頃からの習慣なのでもう慣れっこです。
でも、革命騒ぎの後にお客さんは大幅に減ってしまって、楽なのはいいですけどちょっと寂しいです。でも、今回のお客さんは、いろいろとお世話になりました。それにちょっと....今回のお客さんには気になるところが。
おっと、よだれが.....
二階に上がって、部屋の奥の扉をノックします。ですが、中から返事が聞こえてきません。
これは一大事なのでしょうか? まさか、中で....っ!
ちょっとだけ息を荒めに、腰からこの宿のどの部屋でも開けられる特別な鍵を取り出して、扉の鍵穴に差し込みます。これも宿屋の娘の特権です。
この部屋に泊まっているのは、若い冒険者の男女。絶対に特別な関係なのに否定されてますけど、もしや中ではいろいろとあって、それで朝チュ.....
あぁっ、もう想像するだけでたまりませんんっ!
期待に期待を重ねて、扉を開け放ちます。
「おはようございますっ! よく眠れましたかっ!?」
....あれ?
部屋の中を開けると、そこからは朝の冷たい風が入り込んできて自分の髪を揺らしています。
ベットの上には誰もいなくて、部屋の中のどこを探してもお客さんの姿はありません。
「お客さん....?」
ふと、ベットの横に置かれた机の上を見ると、そこには大きな袋が載っていました。そして、その下には一枚の紙が置いてあったのです。
思わず、その内容を読んで下の階へと駆け下りました。
「お母さんっ!」
「何? どうしたの....ロザリーそれは?」
「うん、部屋に置いてあったの」
厨房から料理を運んできたお母さんに、その手紙と袋を見せました。
お母さんは慌てて料理を置いて、手紙の内容を読んでいます。そして、読み終わった後に袋の中を確認すると、そこにはたくさんの銀貨が詰まっていました。それは宿代にしてはちょっと多すぎるくらいの量です。
手紙の内容にはこう書かれていました。
『宿屋の奥様、またロザリーへ。
まずはじめに、朝食をご一緒できない無礼を許していただきたい。
この度、一身上の都合により、別れの挨拶をすることなく、この街を去ることになりました。あなた方に頂いた好意は、これから先の旅の中でも、決して忘れることがないでしょう。本当にありがとう。
宿の料金は、机の上にあった袋をご覧いただければわかると思います。これまでの迷惑料も含まれていると思い、受け取ってください。
最後に、
どんな困難があったとしても、あなた方なら絶対に乗り越えることができる。あなた方に出会えてよかった。
では、また。
イマイシキ ショウ/レギナ=スペルビア』
と、書かれていた。文字は、すごくきれいで学校の先生が教えてくれた文字なんかよりもずっときれいでした。
でも、イマイシキ ショウと、レギナ=スペルビアって一体誰のことでしょう? あの二人の名前はカケルさんと、レナさんという名前だったはずです。
その時、宿の玄関をたたく音が聞こえました。
普通、お客さんだったら宿の玄関をたたくようなことはしません。でしたら一体誰でしょうか?
お母さんが宿の玄関を開けると、そこには街の警備隊の人たちが立っていました。一昔前まではこの街の警備隊でしたが、今は王都の警備隊です。
すると、その警備隊の人は手になんかの紙を見せて、お母さんに詰め寄っていました。
「イマイシキ ショウとレギナ=スペルビアという人物を探している。知らないか?」
そんな声が聞こえてきました。
その名前は手紙の最後に書かれている前と同じでした。でも、なぜ警備隊の人たちがこの人を探して?
「昨日、この街の『エゴ』が何者かによって燃やされた。この街に、この男たちの目撃情報があってな、なんでも建物の屋根を飛び回っていただとか....後、街外れの塔の崩壊も同一犯とみている。心当たりはないか?」
「....お母さん....」
嫌な予感がしました。
状況を理解していたわけではありませんが、あんな優しい人が何かをして追われているということしかわかりませんでした。
でも、嫌な予感がしたんです。
そして気づきました。ここに泊まっていたカケルさんと、レナさんは偽名だということに。お母さんも気づいたのでしょう。いや、気づいていたのかもしれません。そして、お母さんは警備隊の人たちをもう一度見て、
「いえ....ここにはそんな名前の人は泊まってはいませんね」
「....本当か? この人物は重要指名手配犯だ、隠匿したら罪になるぞ?」
警備隊の人たちの視線が鋭くなります。私は思わず、お母さんの後ろに隠れてしまいましたが、お母さんは後ろでしっかりと私の手を握ってくれました。
「本当です」
お母さんがもう一度、さっきよりもちょっと強い口調で警備隊の人たちとむきなおります。そして、しばらくして。
「.....わかった、協力ありがとう。では」
警備隊の人たちは宿の玄関から出て行きました。
そして、無言のフロントでお母さんのため息が聞こえました。
「お母さん....?」
「ロザリー、おいで」
お母さんがしゃがみ、両手を広げます。そこに飛び込むのは子供だからか、それとも感じている不安からかはわかりません。もしかしたら両方かもしれません。体全体に感じるお母さんの温もりは、徐々に私の不安を包み込んできます。
「ロザリー。カケルさんとレナさん、悪い人だったと思う?」
その言葉に、私は無言で首を振ります。
「なら大丈夫、私もそう思うから。大丈夫、あの人たちは悪い人たちなんかじゃない。きっと何かの間違いよ」
そう、きっと何かの間違いかもしれない。そう思った、いや。そう思うことにした。自分はちゃんとあの人たちの姿を知ってる、そんなハチャメチャなことをやる人ではないというのを、私は知っている。
それでいいんです。
「さ、ロザリーは学校に行きなさい、お弁当はテーブルの上に置いてあるから」
「うん。わかった」
お母さんの腕を離れて、テーブルの上に乗った包みを持って玄関へと向かいます。そう、今日も学校です。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「みなさん、重要な話をするのでよく聴いてくださいね」
お昼の時間、先生が前に立って話をしています。その顔はとても深刻そうでした。
「明日、みなさんの魔力を検査する予定だったんですが。『エゴ』の木が事故で使えなくなってしまったそうです」
その瞬間、クラス全体にどよめきが走ります。
魔力検査、それは自分の将来が決まるかもしれな重要なイベントです。自分の色次第で大きく人生が変わる人もいます。私は正直に言えば、何色でもいいのですが。
「それで、ここの街以外で魔力検査を行うことになりましたが、家庭の事情を考えて、希望した生徒のみを連れて行きます。詳しい内容は先生に聞いてください。以上です」
先生の話が終わり、お昼の時間になりました。お弁当を広げて仲のいい友達と一緒にご飯を食べるこの時間はやっぱりいい気分です。話の内容はやっぱり先ほどの魔力検査の話で持ちきりです。
すると、一緒に楽しく話をしていた友達が急に黙りました。みんな顔を伏せて目を合わしません。ふと、後ろの方を見ると、そこには先日私の本を取ろうとしたフェルナードが立っていました。
しかし、不思議です。後ろにはいつも従者を連れているはずが今日はいませんでした。
「....何?」
ちょっと睨みを利かせて、自分でも驚くような低い声でフェルナードに声をかけると彼は体を少しビクつかせてオドオドし始めました。まだ、あの時の脅しは効いているようです。
そして、
「あ....この前のことは....その....すまなかった」
「....え?」
以外でした。
あのプライドの高いフェルナードが今自分の眼の前で頭を下げて謝っているのです。でも怖いです、なんでこんな急に手のひらを返すようなことをしているのかを。
「....なんで?」
「え....? いや....ただ、僕は貴族だ。でも、なんか....ひどいことをしたのはわかってるし....謝れない人間にはなりたくないというか....その。とにかくだっ、この前のことは謝るっ、許してくれっ」
いい詰められて、顔を赤くさせながら必死で謝っている彼の姿は、なんだか貴族というよりも一人の男の子として、なんだか可愛く思えました。
「わかった、許してあげる。今度やったら承知しないんだからね、また私のえ~....っと使い魔? をけしかけるんだから」
「あ、あぁ。わかったからそれだけはやめてくれ....もう行くからな、じゃあな」
そう言って、彼は教室を飛び出して、自分のクラスに早足で戻って行きました。少しため息をついて、再び友達と向き合うとみんながなんだか尊敬の眼差しを向けています。
「すごいね....ロザリー....ねぇ。何があったの?」
友達の一人が言います、何かあったか、と言われれば何かがあったのですが、それを友達に言うのもなんだか変な話でしたし、ただ愛想笑いをしてごまかしてしまいました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ロザリー、本当にいいの?」
「うん、だって宿のお手伝いもあるしね。もういいんだ」
そう言って、お母さんのそばに今日使う分の井戸の水を持ってきます。話の内容は魔力検査についてでした。
「別にいいのよ?」
「いいの。私はこれが一番」
そう、宿の手伝いをして。たまにやってきたカップルをからかって、そうやって生きてゆくのが一番性に合ってるのかもしれません。楽しく生きていて何が悪いのでしょうか?
自分の色が何かはわからない、でもそれでいいんです。自分がここで生きているのはお母さんのおかげ、戦場で亡くなったお父さんのおかげ、自分はそこで染まっているんです。
それで幸せなんです。
宿の玄関を開けると、そこには冒険者のような格好をした男の人が一人立っていました。
「一人だけど、大丈夫か?」
お客さんです。
「いらっしゃいませ、お一人様ですね。よければ冒険話を聞かせてくれますか?」
応援ありがとうございます!
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