異世界探求者の色探し

西木 草成

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第3章 緑の色

第149話 解放の色

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「アリシャさん....ですか?」

「はい、あの....メルトがお世話になっていました」

 丁寧に頭を下げる彼女だが、自分のことを見て何も思わないのだろうか。それにどうしてメルトさんの友人がここに。

「あ....私、メルトに頼まれて....お墓の手入れをしてるんです」

「お墓....」

「はい、リーフェさんのですが....」

 アリシャと名乗る女性の持つ、花束と水の入ったバケツ。確かに、彼女のその姿を見るには墓参りに来たように見える。すると、アリシャが『こちらに』といった感じで、リーフェの家のそばにある庭の端の方へと案内される。

 そこには、墓石のような岩が置かれており、そこには花が供えられていた。

「これが、リーフェさんの....」

「はい。私だけじゃなくて、街の皆さんもお墓参りによく来られるんです」

「....そうですか」

 花束の数は5つくらいある。どれもまだ新しい。やはり、彼女がこの街にどれだけ愛されていたのかを物語る結果であろう。

「ショウさん....今までどちらへ?」

「僕ですか? 僕は....逃亡のために国を離れて、リュイまで行っていました」

「リュイ....ですか」

「たくさんの人に出会って、いろんなものを見てきました。気持ちの整理はついています」

 そう言って、リーフェの墓の前に膝をつく。

『リーフェ=アルステイン 享年216 歩けなかった道にも、きっと花は咲く』

 墓石には、そう刻まれていた。

 初めて聞く言葉だった。でも、彼女の墓になぜこの言葉が彫られているのかが、今の自分にはよくわかる。

 父親を、自身の傲慢で亡くしたリーフェは、きっと今までの自分と同じ苦悩をしただろう。そのために、彼女は自分の贖罪のためにギルドの受付嬢として働くこととなったのだ。

 誰も、自分と同じ目に遭わせないために。

 これが、彼女にとってのもう一つの守り方だったのだろう。そうして、彼女は自分の過去と向き合っていたのだ。

「僕は、あなたに何もできませんでした....」

 何も、何もできなかった。

 初めて来たこの世界で、右も左もわからない自分を温かく迎えてくれた。地球で感じていた、あのどうしようもない喪失感を彼女が埋めてくれた。

 それは、どんなに素晴らしい食事でも、どんなに働いて返そうとしても返せる恩ではないというのを自分ではわかっている。

 だからだ。

「僕は、あなたの分もしっかり生きてみます」

 彼女に救われた命、

 二度と死のうだなんて思わない。

 何があっても、泥をすすろうが、手足をもがれようが生き抜いてみせる。

 そして、自分がこの世界に来た意味を見つける。

 それが。今、俺の生きる意味なのだ。

 右手にはめた、彼女の髪の毛を外す。もう、ここに彼女はいない。もうわかっていたはずだ。

 彼女は、今ここで死んだのだ。

 解けた髪が、風とともに空へと舞い上がる。これで、ようやく彼女は自由だ。

 そして、自分も。

「もう....いいんですか?」

「はい、すっきりしました」

 これで、自分はどこまでも行ける。

 何があっても、諦めることはないだろう。

 さて、と。

「アリシャさん、今メルトさんはどこにいるんですか?」

 もう一人の、命の恩人の場所は今、どこに。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「二ヶ月の約束だ」

「はい....」

 ギルドの中で、私は受付に座りながらエギルお兄様と向かい合わせで座っていた。そして、お兄様の背後には騎士団に所属している伝からか、二人ほど騎士団の人間が立っていました。おそらくお兄様の部下でしょう。

「イニティウムの街の復興は、現段階で8割を終えている。街に戻ってきた住人もほとんどと言っても過言ではない」

「では....っ」

「だが、十分とは言えない。現在でも使えない施設はあり、そして物の流通も良いとは言いがたい状況だ。これでは、10年も経たないうちにまたつまずくだろう」

 何も言い返せなくなった私は、目の前で机の上に放られた資料をただ眺めていた。お兄様の言う通りだった。

 いくら街の外観や、人が戻ってきたとしても物の流通が風評被害によって回復しなかったら、また街は元の襲撃があった時と同じ状況になってしまう。復興というのは現状をどうにかするのではなく、いかに未来に繋げるのかが重要な作業なのだ。

 自分も、そしてお兄様もわかっていることだった。

 そして、わかっていながら。自分は失敗したのである。

「....っ」

「メルト。お前はよくやった、破壊し尽くされた街並みを復元し、ここまで住民を戻したのは賞賛に値する。だが....約束は約束だ」

 悔しさのあまりに、爪が膝に食い込む。食いしばった八重歯が唇に刺さり、血が出た。両目から涙がこぼれ、資料にパタパタと落ちる。

 努力をした。

 街に住民が戻るよう、催しも企画した。

 首都にまで出て、補助金を増やすように説得してくれたコロン支部長に報いるため、前線に出て街の外観を戻す作業をした。

 流通をよくするため、今まであった他の町とのパイプラインの復元とともに、魔物の出現が少ないルートを見つけるために、この足で探索も行った。

 それなのに、

 それなのに....っ。

「あと....っ、あと一ヶ月....っ.....いただけませんか.....っ?」

「....ダメだ」

「そ....な....っ」

 無情に下された決定に争うことはできなかった。

 目の前でお兄様が立ち上がる音が聞こえる。

「....どうしてこの街にいたい、いずれこの街も風評の波に飲まれるだろう。ならどうして....」

「それは....っ! あの人たちが....っ、ショウさんがっ、ガルシアさんがっ、リーフェ先輩が....っ、みんなが命がけで守った街だからですっ!」

 ここを離れてはいけない。

 ここは、今の自分を創ってくれた人たちが住んでいて、命がけで守った街だったから....っ。

 自分は....あの人が帰るまでここにいなきゃいけないんだ。

 ちゃんと、元どおりにして、私はここで彼を出迎えなきゃ。

 いや、出迎えたいんだ....っ

「私は....ショウさんが....帰ってくるまで、ここを離れたくない....っ」

「ショウ....聞いた名前だが、確かこの街を守ろうとして戦った冒険者の名前だったろう」

「はい....っ」

 今、いたるところでショウさんの指名手配書を見るようになった。この街にも不本意ではあったが張らざるを負えない状態ではある。騎士団であるお兄様が知らないはずがなかった。

 そして、

「惚れてるのか」

「惚れ....っ」

 突然出てきた言葉に思わず反応をしてしまった。流れていた涙も急に止まる勢いだった。まっすぐこちらを見るお兄様の顔は若干不愉快そうに歪んでいるのがわかる。そして、顔を真っ赤にしてうつむいている姿を見たお兄様は、長いため息をついた。

「その男、指名手配犯だろう。ましてや、騎士団の妹であろうお前が、犯罪者のために街の復興を行ったとは、情けない話だ」

「ショウさんはこの街を救った英雄ですっ、なんでそんなことを....っ」

「王都が決定したことだ。偽りはない、彼は犯罪者だ」

 ショウさんは犯罪者。そんな虚実が突きつけられる、覆そうとしてもそれはあまりにも大きな力でねじ伏せられている偽りだった。

「メルト、その男はここに帰ってくるのだろう」

「はい....っ、絶対に帰ってきます。約束しましたからっ」

 そう、絶対に帰ってくる。

 絶対に....っ

 いや.....

「ならば、ここに私の部隊をひとつ置いておけば。彼を捕らえることが可能ということになるな」

「っ!」 

 そうなるはずだ。

 騎士団のであるお兄様の部隊がここにいれば、帰ってきたショウさんを捕まえることができる。

 そうなれば、ショウさんはまた....っ

「....手紙を....手紙を書かせてください....っ」

「....いいだろう」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「その手紙がこれです」

「....ありがとう」

 渡された便箋の宛名は自分になっていた。アリシャが常に懐に入れて持ち歩いていたようだ。いつ何時、自分が帰ってきてもいいように。

 便箋の封を切り、中から手紙を取り出す。

『親愛なるショウさんへ

 お久しぶりです。いかがお過ごしでしょうか?

 私は、とある事情によりこの街を去らなくてはならなくなりました。

 一緒に戻る、何て約束をしていた手前、こんなことになったのは大変残念に思います。

 ショウさん、街はどうですか? だいぶ元どおりになっていると思います。あなたが守った街です。自分のことを責めないでください、リーフェ先輩と私はあなたのことを信じています。

 どんなに辛いことがあっても、生きて帰ってくるということを。必ず、自分の無罪を証明してください。

 最後に、私のことは探さないでください。

 あなたを愛していました。

 これからも健やかであることを、お祈りしています。

                           メルト=クラーク』

 
 読み終わった後、手紙を真っ二つに引き裂いた。

 引き裂いた手紙が空を舞う。アリシャは驚いた様子でこっちを見ていた。

 探さないでください?

 昭和の家出の手紙か。

「アリシャさん、ありがとうございます。これでまた一つ、やることができました」

「え....っ? ショウさんっ! どこにっ」

「決まってるでしょう、メルトさんのところですよ」

 そうだ、最初からこうしていればよかったんだ。絶対にあの猫娘はこの街に引きずり戻す。貴族だかなんだか知らんが、ぶっ飛ばしてやる。

「でも、手紙には探すなって....っ!」

「探すなっ言ってるやつほど探して欲しいんですよ。彼女が....リーフェさんの後輩である彼女がここで引き下がる訳がない」

 パレットソードを腰から外し、地面に突き刺す。

 その時だ。

「避けろっ、ショウっ!」

「っ!」

 ローブの魔力を解除したレギナが突如大声を張り上げる。その瞬間、無数の矢が地面に刺さったパレットソードの周辺に突き刺さる。

 思わず、バックステップでパレットソ-ドから離れるが。今のは....

 周りの平原を見渡すが、何も見えない。となると、残るのは。

「この狙撃....アランかっ」

 背後の林、振り向いた瞬間。目の前に弓矢が迫っていた、思わず体を後ろに反らせ回避を行うが、次の行動が取れない。当然一本では済まないだろう。

 すると、林を正面にレギナが立って飛んでくる矢を剣で叩き落としてゆく。

 そして、

 林の中からぞろぞろとたくさんの騎士団の服を着込んだ人物たちがリーフェの家に押しかけてきた。その数はおよそ30ほど、一個小隊はいる。

「アリシャさん、家の中へ」

「え....はい」

 背後に立ったアリシャをリーフェの家に避難させる。レギナは剣を腰にしまい、懐かしの騎士団と向き合っている。だが、その表情は険しい。

 自分は、これから決着をつけなくてはならない相手とどう話をつけるかで頭がいっぱいだった。

 次回、第3章。最終話。
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