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裏側エピソード ■■■■■
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南の大陸。
見渡す限り、砂漠が広がっていた。
微かな月明かりに照らされ反射する砂は、太陽の日差しの時とは違い白かった。しかし、北の大陸の雪のような命を奪うような冷たい印象ではない。
命ある存在を拒絶するかのような、無機質な白さだった。
オアシスは近くになく、命の水として重宝されるサボテンの自生もない。それも相まって、より無機質さが強調されていた。
夜空を見上げれば、糸を横に置いたかのような細い月が浮いていた。
縦であれば、「とても細くて変わった三日月だね」と、他の大陸の人間は笑って言っていたかもしれない。
あれは三日月ではなく、二日月とも知らずに。
横向きの二日月が、不吉の象徴とも知らずに。
南の大陸には、こんな言い伝えがあった。
横向きの二日月が見える夜は、絶対に外を歩いてはいけない。
悪魔のように笑う月に命を奪われる、と。
そんな夜でも歩いているとしたら、南の魔神、あるいは南の勇者と南の聖女ぐらいだろう。
魔族たちですら、こんな夜は出歩かない。
そんな夜の砂漠に、激しく巨大な砂嵐が吹き荒れた。
予兆もなく、突然だった。
全てを削り潰してやると殺意を見せつけるかのように、砂と砂は何度もぶつかって風の中を回る。
邪魔だと怒気を吐き投げるように、風は荒々しく吹き荒れて積もっていた砂漠の砂を巻き上げて、乱暴に投げ捨てるように撒いていく。
巻き込まれた一溜りもない。
血が巡回し、心臓を鼓動させる生物がいたら、悲鳴を上げている間に砂嵐に殺されるだろう。
あらゆる水分が蒸発し、体の表面と内側は干乾びて砂ほどの粒まで砕かれる。悲鳴が聞こえなくなったら、生物の姿は跡形もなくなって、砂となってバラバラに飛ばされる。
想定ではなく、断定だ。
そこまで理解できてしまうほどの、圧倒的な暴威があった。
その砂嵐は数秒滞在し、内側に爆弾があったかのように爆ぜた。
風は呆気なく消え、砂たちは雨のように降り注いだ。
それらが落ち着いた砂漠の上に、ひとりの少女が立っていた。
「……ふぅー。やーっと帰って来られたよー……」
とても疲れた音の声を出したのは、黒い服のフードを被った、金色の瞳を持った少女だった。
「あーあ‼ なーんでアタシがこんな目にあわないといけないんだよー……マジでフザケンなだしー……」
理不尽だと、怒りも加わった。
フードと前髪の影の下にある金色の目が、肉食獣としての殺意を灯らせていた。
近づいたら食い殺される。
そんな気配を放っている少女に、1つの影が近づいた。
その影は初めからいた。
ただ、希薄と言うほど薄い気配で気づかれなかっただけだった。
「よぉ。勝手にエンと名乗ってた奴」
声の主は、南の魔神と名乗る白骨姿にマントを羽織った存在。
「随分とまぁ、遅い帰りだったじゃねぇかぁ。俺の別称名乗って、好きでもねぇ甘味をめぐりの旅は楽しかったかぁ? 」
世間話をするような軽さで聞いてきた。
だが、両者の間には険悪な空気が流れていた。
第三者が踏み込めば、その空気だけで体が八つ裂きにされる。そう肌身で感じさせるほどの、殺意と名のついた重りを乗せたような空気だった。
「……文句あんのー? あるワケないよねー? あるのはこっちなんだしー?」
エンと呼ばれた存在は振り返りながら、ねっとりとした苛立ちと恨みが籠った声を発した。
「白骨。よくもアタシに、小娘共押しつけやがったなー……」
「いいじゃねぇか。すぐにとは言わねぇが、ソフィとサフワの嬢ちゃんズを任せることになんだからなぁ。予行練習だと思えよ」
良いことをしただけで、悪いことはしていない。そう受け取れる白骨の言い方に、金色の目の少女は目を細めた。
「はぁっ? 嫌だしっ。 あの無能小娘と右腕ちゃん始末してからバトンタッチしろよ」
その要望に、白骨は少しだけ顔を俯かせ、後頭部に手を添えて数回掻いた。
「おいおい……本来の南の魔神が好き嫌い言ってんじゃねぇよ……」
「それ言っちゃうんだー……」
金色の目の少女は、少し驚いた表情をした。
それは一瞬だ。すぐに、極上の獲物を見つけた捕食者を彷彿させる、不敵な笑みを浮かべた。
「アタシの代わりの『南の魔神役』のクセにさー……。長く勤めすぎて立場忘れちゃった?」
白骨姿は顔を上げた。
金色の目の少女と同じ、不敵な笑みを浮かべていた。
「己の担当大陸すら維持できない奴が何言ってんだぁよ。報告は聞いたぜぇ? 俺が北の大陸に行ってた間、あいつら全然お前の言う事聞かなかったんだろぉ? お前が嫌っている、俺の右腕にメモ預けてなかったら……お前と魔族の間で内部分裂起きたってなぁ……」
金色の目の少女が、忌々しそうに舌打ちした。
「アタシが悪いみたいな言い方してるけど、解釈違い過ぎだしー。眷族共は性能が最高なのに役立たずばかりー。魔神代行としてご指名を受けて指示出しても、でも魔神様は~、魔神様なら~、って口を開けてエサを強請るマヌケな雛鳥みたいに鳴くばかりなんだよー。下級魔族まで口挟んできて邪魔だったから消滅させたら、なんでか逆ギレしてきた。それで立場をわからせただけー。『ギアス』使えれば穏便に済んだけど、魔神特権はまだそっち持ちだから仕方のないことだよねー。白骨的に言ったら……社員の再教育、ってやつー? そんなことで、ご自慢の右腕のクシャクシャちゃんが出張ったから余計混乱起こして、そうなっただけー」
白骨は額に手を当てて、大いに落胆した。
「クシャクシャじゃねぇし……。いい加減名前ぐれぇ言えよ……。で、俺がいなくなって3日目のことなんだろぉ? さすがに酷すぎだろ、これは……」
眷族含め魔族達は、不安と迷いを抱きながらも指示を聞いた。けれど、魔神代行はただ指示するだけだった。
サンドワームを退治するにも、適応に歩いていれば出てくるから行って来いだけ。
魔神代行であるなら、南の勇者と戦って儀式を行わなければならないのに、文句ばかりでやろうとしない。
南の魔神の配下として、南の魔神様はこのような結果にしたいから、このように行っていた。それを参考にしたどうだと、提案しただけだった。
そのまま採用されるならそれが1番良い。それに手を加えて、魔神代行のやり方にしても良かった。
とりあえず、具体的な内容なしで、指示だけするのは止めて欲しい。部下として、それを行う側としての明確なゴールを決めて欲しい。あと、休息時間も作って欲しい。
魔族全てが同じ能力が使えるわけではない。それぞれに得意分野があり、不得意な分野もある。それを考慮して担当を決めてほしかった。
それほど、酷い2日間なのであった。
数名の眷族は、魔力不足による『悪食』の前兆すら見えていた。
立場など関係なく、魔族たちがやり方の変更を頼んだ。
その声を聞いた金色の目の少女が、近くにいた下級の魔族を消滅させた。それがきっかけとなり、対立が起こりかけたのだ。
金色の目の少女は、『ギアス』があればと言った。だが、その考え方は半分間違いだ。
誓約破りでなくても、魔神の判断で行使することは可能。
行使されたら、眷族は行動不能あるいは意識停止する。所有物である以上、魔神に逆らうことはできない。
あくまで、眷族が魔神に歯向かった場合のみだ。
眷族でない下級から上級の魔族は対象外。『ギアス』がない分、魔神の役割を放棄した時に脅威になるのは彼らの方なのだ。
魔神は確かに強い存在だ。だが、一致団結して集まった魔族の数によっては、蜂を蒸し殺す蟻の集団のように、その暴力の前で敗北する。
眷族の契約にも相性がある。相性が悪いせいで眷族になれない上級の魔族だっている。そんな彼らが指揮を執って役割を放棄した魔神に反逆。討ち取った事例もある。
大昔、それで消滅した魔神も少なからずいるのだ。弱いからと侮ってはならない。
魔族でありながら、魔族の脅威を理解していない金色の目の少女に、白骨は呆れたふりをした。
間違った『ギアス』の解釈。それにより予想は確信へと変わった。
だが、まだまだ話したいことがあった。確信を追求したら聞けなくなるから、白骨は我慢する。
「魔神の悪役は、大陸から見てのもんだ。古典的な悪役がやる粛清万歳の恐怖支配を部下達にやってんじゃねぇっての……」
そして、盛大なため息を零した。
「……あと、ソフィの嬢ちゃんを鬱に追い込んだのもお前なんだろ? お前が流した誹謗中傷がデマって証明するの大変だったんだからなぁ。追い込むなら武力の方にしてくれよ……」
「南の魔神は不意打ち闇討ち情報操作の暗躍に特化してるのにー? 悪いけど、白骨みたいに正面からバトルなんて興味ないからー」
「儀式をしろ。儀式を」
金色の目の少女は、「あはっ」と小さな笑い声を零した。
「儀式はちゃーんとするよ。あの無能娘が聖剣手放したらね……聖女は優秀なのに、勇者がダメダメ過ぎるんだよねー。勇者名乗れるのは、魔力があって戦闘センスがあってメンタル強い人間じゃん! 3拍子全部外れてるあれが勇者なんて笑い飛び越え━━バカにしてんのかって壊したくなるんだよねー……」
金色の目の少女に殺意はない。
ただ、嫌悪はあった。
例えるなら、何度も目の前を飛ぶ羽虫が煩わしいからいなくさせる。そのやり方が追い払うではなく、叩いて潰すだったかのように。
「他の大陸ではこの3拍子揃ってる勇者だからさー、余計イラつくんだよねー……。あー‼ 北の勇者だけはメンタル雑魚だったねー‼ 生きていて恥ずかしくない? 早く死んだ方が名誉守れるよレベルの酷さだよねー‼ ……1番才能があるのに、それをゴミにするほど優しすぎるところ見ると、すっごい反吐が出るー‼」
だから、気にしない。
目の前から羽虫さえ消せれば、煩わしさから解放されて笑顔になる。その羽虫が死んだって興味の『き』の字もない。
そんな口調で、はしゃいでいた。
「だからさ。白骨のせいだよ」
その楽しそうな笑みと口調が消え、ようやく殺意が追加された。
「せっかく優しーく鳥籠に入れてあげようとしたのに、邪魔しちゃってさー。アタシ優しいから、無能小娘みたいに自殺には追い込んであげなかったんだよねー」
白骨は、再び溜息を吐いた。
子供の駄々に、付き合いきれないと言いたげな保護者のように。
感情ではなく、言葉の方に呆れたのだ。
「飼い殺しになるから止めてやれぇ……」
「ええー? どこが飼い殺しなのー? 白骨が迷惑料の請求を理由に生かすのと同じようにー? 生かしてあげたのにー?」
金色の目の少女は、わざとらしく何度も首を傾げた。
「よく言うぜぇ……。笑顔で言葉のナイフをグッサグッサと刺してたんだろぉ? それで今度は他人に刺させるなんてよく思いつくよなぁ」
白骨は盛大に呆れた。
金色の目の少女がこんなことを行った、本当の理由を知っていたからだ。
東と南と西の大陸で組織された、同盟調査団。
それぞれの大陸から代表者を選出して公平な立場で意見を言えるように調整されているが、現実はかなり違った。
北の大陸で全体の指揮を執っているのは、東の大陸から派遣された人間だ。
さらに正確に言えば、北の大陸に勝手にやって来て、同盟調査団に勝手に加わった東の勇者である。
調査団の拠点に使われている元王都の城に、東の大陸の勇者と聖女が在中していた。それだけで、代表者の権利が持っていかれてしまったのだ。
選出されていない部外者が我が物顔で指揮を執る。それが許されるほど勇者の存在は大きく、北の勇者の扱いが異常なのであった。
この行動に対しての理由は、とりあえずあった。
「暇だった」
と、東の勇者はつまらなそうに答えたのだ。
東の勇者は傍若無人だが切れ者だ。
実際の理由は別にあった。
行方不明となった北の勇者を怪しんでいるのだ。
北の魔神と対面した時、東の勇者ははっきりと尋ねたのだ。
「本当に悪女と魔物が原因なのか?」
疑問形だが、確信を持った言い方だった。
北の魔神は石碑通りだと譲らなかった。しばらくの間、互いに無言で見据えていたが、その殺伐とした空気に耐えきれずに失神した人間が何十人もいたため、解散になった。
北の魔神が隠している内容は真実ではない。むしろ、実際に起きた真実を知らない。
真実に辿り着くための証拠も残ってはいない。白骨が全て隠蔽、あるいは葬った。
東の勇者は、直感だけで『別の何かがこの大陸にいて動いていた』と見抜いた。そして消去法から、行方不明の北の勇者に目を付けた。
それを裏付けるかのように、東の勇者自身が保護の提案を出したのだ。
実際に保護をするかは怪しかった。提案は提案だ。理不尽な理由で簡単に変えられてしまうものだ。
北の勇者が変わり果てた姿で現れたら。全ての大陸にとっての有害な存在だと知られればどうなるか。
その特異な存在から、日の当たらない所に監禁され、死なないように管理されるだろう。
いいや。絶対に違う。絶対に、東の勇者と殺し合いという面白い展開になる。
人間に対する嫌悪感が始まりだろうが、その面白い光景が見たいと、金色の目の少女は行動に出た。
本当に笑えるために、最悪な仕掛けを彼に施してまで。
それを追求するまえに、先に出された質問に白骨は答えた。
「あと、迷惑料の請求は素だ。それ以外の理由なんざねぇぞ」
「アタシたちにお金は必要ないじゃーん!」
白骨は、反論の言葉を飲み込んだ。
人間相手に菓子の売り歩きをしていると、魔族たちも金払って買いに来るぞ、と。
それを指摘したら、話の方向がおかしな向きに進んでしまう。そう判断した。
「……金ってのは程度の区切りには丁度いいんだよ。迷惑をかけた側と迷惑をかけられた側、その事実は一生消えねぇし思うところはあったとしても、どこかで線を引かねぇとキリがねぇ。だから金で区切りをつけた。誰かは賠償金だって言うかもしれねぇが、損害は出てねぇ。復讐のアドバイスマネージャーとして迷惑料としては妥当な金額を提示しただけだしなぁ」
すると、金色の目の少女はゲラゲラと腹を抱えて笑い出した。
「それ本気で言ってんの⁉ 冬の聖剣の消失はおっきな損害じゃーん‼」
白骨はマントの中に手を入れて、純粋潔白と評価すべき美しい輝きを見せる剣を取り出した。
「これがどうかしたかぁ?」
くるりと手の中で柄を回して掴みなおし、肩に担いだ。
それは、消失したはずの冬の聖剣だった。
「……は? なんで南の魔神役のオマエが持ってんだよ?」
ありえない光景が、金色の目の少女の逆鱗に触れた。
「俺が『悪魔』を任せられたからに決まってんだろぉ?」
白骨は、とんとんと冬の聖剣を軽く揺らした。
「白神の聖剣だって4つに分けることができたんだぁ。悪魔の体を少し切り分けて新たに打てば、聖剣を拵えるのは造作もねぇ。まぁ、悪魔の体に支障をきたさねぇのが前提だから、聖剣の出力は確実に落ちる。黒い神の聖剣が拵えてくれた、今ある夏の聖剣より規格はがく落ちしちまってるけどなぁ……」
「言葉通りに受け取んな」
存在してはならない存在を目にしたかのように、金色の目の少女が敵意を顕わにした。
「黒い神の聖剣の意識はどうしたんだって聞いてんだよ」
冬の聖剣を北の大陸に配置しなかった理由は、どうでもいい質問だった。
南の勇者が持っている今の夏の聖剣は、聖剣としての最大威力を発揮するのに必要な聖剣の意識がない。けれど、儀式を行うには問題はなかった。
そんな弱い夏の聖剣よりさらに弱い冬の聖剣など、そこら辺の剣に毛が生えた程度。普通の剣より切れ味と強度はあるが、本命である北の魔神との戦いでは、大して役に立たないという最大の問題があった。
さらに追加すれば、北の大陸にはいまだに聖女がいない。そして冬の聖剣が選びそうな北の勇者にふさわしい人材がいない。
必要な人材がいない状態で、役に立たない道具を配置しても、全く意味がない。本命の儀式を行っても戦いすら起せない。
スノーフラワーを用いた儀式を行った方がまだましだった。下手に冬の聖剣の存在をちらつかせても、状況を悪化させる混乱を招くだけ。
お互い、それがわかっていたからこそ口にしなかった。
悪魔の正体を知っている。それが前提の暗黙の認識だ。
その前提にいるはずの存在について、金色の目の少女は詰問した。
その存在は、魔神であれば絶対的の忠義を向ける相手である、黒い神にとっていなくてはならない重要な存在。
自分の代理で『南の魔神』を行っている、白骨の意識の方が消えるなら気にしなかった。
しかし、白骨は目の前にいる。そして、任せられたと告げた。
暗に匂わせているから、結果は想像できた。けれど、はっきりと答えを言わせないと納得できなかった。
白骨もそれがわかっていたからこそ、はっきりと答えた。
「もう1回言うぞ。前任だった黒い神の聖剣からのご使命だぁ。俺の反抗期のせいで消滅させちまったからなぁ……。俺が言うものあれだが、糞上司より残って欲しかった存在を失って俺もショックを受けてる……本命の糞上司が元気なのが気に入らねぇが、任せられたなら責任は取らなきゃならねぇってワケ。お前が本当の南の魔神として活動できるようになったら、俺は悪魔としての本命に努めることになる。依り代の方じゃねぇぞ。もう1つの案件の方なぁ……。あと、お気に入りの口調が崩れてきてるぜぇ」
白骨が指摘すると、ゲフンゲフンとわざとらしい咳をした。
そんなことはなかったかのように、金色の目の少女は話を続けた。
「……そ、そもそもー。黒い神の依り代として稼働するのが第1目的のはずでしょー。なんでそっちがメインになってないのー」
「バトンタッチの合図。依り代の道の確保と誘導。それらの担い手であった、黒い神の聖剣がいなくなったからに決まってんだろう。担い手がいなきゃ初めからあったもんは崩れて無くなる。今頃、糞上司は焦って道を作り直しているんじゃねぇかぁ」
ケケケっと白骨は笑いながら、北の聖剣をマントの中に戻した。
それが、金色の目の少女の癪に障った。
「はぁあ? 何笑ってんのー。気色悪ー……」
「……ああ。悪ぃ悪ぃ。そろそろ我慢が無理になってなぁ」
そう言って、白骨は1歩踏み出した。
次の瞬間。
「っ‼」
金色の目をした少女が嗚咽すらあげれない、重たい1撃を受けた。
開いていた距離など初めからなかったと錯覚させるかのように、白骨と金色の目の少女の体は密接していた。
白骨の拳が、少女の腹に貫いていた。背中までは貫通していないが、白い骨の肘まで埋まっていた。
白骨は砂嵐の転移を使っていない。足の裏に小さな砂嵐を作り出した足場として強く踏み蹴り、さらに流した魔力で強化させた脚力で距離を詰めたのだ。
あまりの速さに、金色の目の少女は反応できなかった。気づいた時には、受けた重たい1撃に器が動かせなくなってしまった。人間なら、意識が遠のいた状態に近いだろう。
金色の目の少女の体から、カチャリと軽い物同士が当たる音が聞こえた。
その音を聞いた途端、白骨はその手応えに喜びの笑みを浮かべた。その髑髏顔で浮かべる笑みは、見ている方の背筋を凍らせるほどの恐ろしさがあった。
埋まった腕を勢い任せに引っ張り出して、大きく跳んで距離を開けた。
白骨がいた場所に、凶暴な砂の爪が振り下ろされた。
「──テメェ……‼」
激昂としか表現できない、荒々しい怒りの目を向け、右手に纏わせた砂の爪を向けるのは、金色の目の少女。
「よくもアタシに1撃やりやがったなっ‼ この場で消滅させてやろっかぁ‼」
金色の目の少女の睨みと殺害宣告を正面から受けても、余裕の笑みを見せる白骨の手には、小さな砂の球体が握られていた。
違う。全然違った。
笑っているように見えるだけ。
目を吊り上げ、牙を見せつけるかのように口角をあげて、白骨は静かに憤っていた。
「繋げた北の魔神の魔力変換機関に介入。1時的制御下に置いたそれを経由して同意なく眷族の契約らしきものを結ぶ……お前ぇのせいで、北の奴に余計な不信感与えるところだったじゃねぇかよ……東の奴もいろいろ感づいて動き回っている雰囲気あるしなぁ……ちっとは危険な状況だって気づけってんだよぉ……」
その光景は、荒々しく吠える獣と静かに唸る獣。
2頭の砂の獣による、相手を殺すまで続く戦いの手前の様子に似ていた。
実際にそうであった。
お互いに、黒い獅子という獣の姿にならないだけだ。
1つの大陸が4つに分かれた。
崩壊するはずだった、それらの大陸を繋ぎとめる錨として派遣されるも、白い神の1撃よって消滅。再び、本来の役割を全うするために隠蔽された。
現在は魔法を扱えるほど行動が可能になるまで回復した、少女の姿に擬態した本来の南の魔神。
1つの大陸が4つに分かれた。
本来の南の魔神の消滅により、急遽派遣された黒い神の依り代の器。本物の南の魔神が役割に戻るまで存在を隠蔽。そして、その器の存在を隠蔽するための、殻と代わりの意識を与えられた南の魔神の代役。やがて、本来の南の魔神に、魔神の権利を持つ魔力変換機関の重要部分を返却して、役目を終えることを約束された。
その約束は反故された。依り代の器を一任されていた黒い神の聖剣から『悪魔』のみを託されたことによって。
今は、託された器を所持しながらも、南の魔神と名乗り続け力を行使する代理の南の魔神。
魔神としての力を振るえるのは片方だけ。
存在だけで言えば、南の大陸には2体の南の魔神が存在する。
他の大陸を任された魔神にすら、知られてはならない事実。
その存在が、殺意をぶつけ合い、睨み合っていた。
先に動いたのは白骨だ。
砂という柔らかな足場を蹴ったとは信じられないほど、強く踏み込み、二日月に届くのではないかと思ってしまうほど高く跳んだ。
その白骨がいた砂場が捻じれて昇る。それは鎌首に獅子の頭が乗っかった奇怪な姿へと変わった。
その砂の怪物は、夜空に逃げた白骨を飲み込まんと大口を開けて襲い掛かる。
先に攻撃に出ていたのは、金色の目の少女の方だった。
その不意打ちの攻撃から逃れるために、白骨は回避行動をとっただけだ。
白骨はマントの中から邪剣を取り出し、落下と共に何度も斬りつけ、砂の怪物を倒した。
大蛇を斬ったかのように、砂の怪物は斬られた部位ごとに分かれ、砂漠の上に落ちた。
それが元の乾いた砂に戻るのを確認せずに、白骨は指を鳴らした。
着地地点に小さな砂嵐を出現させ、それを足場に強く踏み込んだ。魔力で強化した脚力で、今度は滑るように地上すれすれを跳ぶ。
一直線。しかし高速の移動。
重たい1撃を与えた時と同じ接近の仕方。白骨がその同じ手を使ってもなお、金色の目の少女はその動きが捉えられず、反射的に砂の爪を前に掲げた。
振り下ろした邪剣と、砂の爪がぶつかり合った。
防御が成功した金色の目の少女の表情が、体が強張った。
このままでは負ける。それに気づいてしまったからだ。
邪剣の正体は、本来の夏の聖剣。
魔族や魔神にとっては、脅威の対象であるには変わらない。
それだけではない。この邪剣は、魔神より上の存在を斬らねばという人間の復讐心から穢れた武器。
白い神、そして黒い神にすら届く、正真正銘の神殺しの刃へと転じた。
今は黒い布に付与した封印によって、その威力は制限されている。だが、聖剣以上の脅威には変わらないのだ。
「……知ってっかぁ?」
砂の爪が呆気なく切り裂かれた。
元の砂に戻る中で、金色の目の少女の目の前に、邪剣を振り上げて下ろそうとする、嘲笑った白骨の姿が迫ってきた。
「俺らのように影で動くタイプは、ソフィの嬢ちゃんのようなパワータイプが相性最悪だって、な──‼」
斬られると怯える金色の目の少女の目の前で、白骨は邪剣を持ち換えた。
刃を自分の背中へ向け、手前になった柄頭で、小さな眉間を強く殴った。
「きぁあ‼」
金色の目の少女は痛みから目を瞑り、片手で赤く腫れる眉間を抑えた。
白骨は、パチンと指を鳴らした。
人間サイズの砂嵐が、痛みで動きが止まった金色の目の少女を覆い隠した。
金色の目の少女は何が起きたのかわからず、痛みで呻くだけで抵抗することもできず、転移させられて姿を消した。
静かな夜に戻った。
白骨の姿にマントを羽織った南の魔神が、邪剣をマントの中に収納した。
「…………お仕置きはソフィの嬢ちゃんに任せてあっから良し、と……。つか、弱すぎだろあいつ……」
口から出たのは呆れの言葉と、落胆の溜息だった。
これでは南の魔神を任せられない。
聖剣を目の前にしたら、恐怖で体を強張らせた。1撃受けたら目を瞑って怯む。
儀式でやってはならない失態だ。
大丈夫だと思ったら、他の魔神達を1度消滅させて、記憶をリセット。そのタイミングで本物と変わろうと計画していた。だが、それを現実に起こすにはまだまだ時間がかかるのが決まってしまった。
もうしばらく、南の魔神と名乗り、魔神として大陸の維持に務めるしかない。
そもそも、魔神代行と任命して指揮だけやらせた結果。ブーイングの嵐だった。
人望ならぬ魔族望がなくても強ければ任せてもいい。白い神ほどの存在が出てこなければ、北の魔神のように単体でもいいだろう。そう思っていたが、さすがにこれでは無理であった。
ただ、無理かもしれないと薄々思っていた。
どうにか強くなってもらうしかない。
その相手に選んだが、南の勇者であるソフィだった。
特徴を書きこんだ似顔絵を添えて、この魔族を地べたに伏せさせ負けを3回言わせたら、黒い剣を持って戦ってやる。そんな内容の手紙を送った。
運よく、南の大陸に帰って来ていた。今頃、両者出会って追いかけっこが始まっているだろうと、南の魔神はぼんやりと考えていた。
「……苦手だから嫌いって素直に言りゃいいのに……。で、問題はこっちかぁ」
南の魔神は、持っていた砂の球体を軽く持ちあげた。
その中には、眷族にした彼に対する『ギアス』の所有権に類似した術式が収まっていた。
南の魔神は、嘘をひとつ告げていた。
彼の魔力変換機関に取り付けた、北の魔神の力を補強するために手を加えた。
実際は手を加えてはいなかったのだ。南の勇者から共に逃げていた時も、北の魔神に何もしていない。
臓器が安定したのを見計らって、北の魔神の残り滓のような力を外そうと思っていた。
ボロボロの魔力変換機関に戻り、彼は魔法が使えなくなる。けれど、彼には剣の腕前が残されている。魔法がなくても、それさえ残っていれば、復讐を果たすには全く問題ないと判断していた。
だが、何かがくっついているかのように外せなくなっていたのだ。
彼が眷族の力を使った時、北の魔神とは違う魔力を感じ取った。
それはわかりにくいほどの微量だった。だが、その影響は目に見える形で現れていた。
氷の色だ。
あの黒い色は、色による効果の表れでも、彼の精神的な現れでもない。
前に使っていた力の名残だった。
黒い神の力が微かに残っていたのだろう。
的確な摘出ではない。黒い神の聖剣は強引に奪うかのように引き抜いただけだ。
しっかりと確認すれば気づけたが、いつでも逃げれるように配置していた元眷族の体に追いやられ、彼の命が尽きる前に黒いリボンを解いて交換の魔法を発動させ、彼の延命に奔走し、元の状態まで魔力変換機関を直す時間も惜しいほど、次の準備に取り掛からないといけなかったせいで、怠ってしまった。
迎えに来た眷族達に彼の身柄を託して、南の大陸に運ばせた後に、金色の目の少女が先にそれに気づいた。どのような手段を用いたのかと推測は立てられない。なにかの方法でそれを、彼の魔力変換機関に繋げたのだろう。
魔神の扱う水の力は、聖剣を始めとした状態異常の解除及び、治癒などの回復だ。彼の1部と化してしまった以上、状態異常ではなくなってしまったのだ。
眷族達から、彼が力を使えたという報告はなかった。あるいは、金色の目の少女がうまく隠していたのかもしれない。戦わなければ気づかなかった。
そうなると、制御ができていなかったことが気になった。
彼は先に力の使い方という設計図を構想してから、魔力を落とし込んでいく。誰かの戦い方を参考にしたりするのも、構想をより具体的にして、力を落とし込んだ後でも制御できるようにするためだ。
魔神は砂の球体の中の術式を詳しく調べて、舌打ちした。
北の魔神の魔力変換機関の欠片を餌に、黒い神の力が増幅するようにされていた。
黒い氷から影の扱いに戻ったら、大陸がどうなっているかを確認するために、再び彼と接触を図る。
あるいは、彼という存在を間借りして仮顕現を行う可能性もある。冬の聖剣の代わりに何かを挟んで、数秒持てばいいと彼の体を操って、依り代の器を預かる魔神へ干渉するのが目に見えていた。
幸い、侵攻速度が遅かった。
この術式をさらに解読して解除を行えば、彼の中から離れようとしなかった後付け部分を外すことは可能だろう。そう見立てを──違う。次の復讐に行動する前には、そうしなければならなかった。
復讐のアドバイスマネージャーとして、彼の復讐を果たさせるのは当たり前。
だが、南の魔神としては別の理由があった。
彼は貴重な釣り餌。
分身体という浮きまでつけて、すぐに釣り上げられるようにしていた。しかし、北の大陸ではあれ以降現れなかった。
北の大陸にまで足を運んだ最大の理由。因縁の存在。
彼の記憶から、ある人物のみの記憶を欠如させた存在。
北の大陸の北の果て。北の勇者の死刑執行日。
白い神の降臨の儀式を手伝う魔法使いを皆殺しにし、暴力のみで大賢者を追い込んだ。乱入してきた南の魔神の姿を見て、この世を馬鹿にするような笑みをみせて撤退した、小賢しい存在。
白い神と黒い神が共に利用を考える逸材。それにより価値がさらに上がった彼を、みすみす逃すことは絶対にしない。
あの存在が釣れるまでは、彼を生きて手元に置く必要があった。
そのために、罪の意識を大きくさせて自殺を行わせないように裏で動いていた。
殺されるという恐怖心を煽り、生へ固執させるために、わざわざ戦った。
彼の魔力変換機関が悲惨なほど大破していれば、彼が1人で動くという邪魔な行動はしなくなる。
命を絶つことは免れたが、目を離すのは無理な状態になった。
終わらせておかなければならないことは、まだ残っている。そんな状態で、眷族に類する力がある彼は、不安要素でしかない。
一刻も早く、魔力変換機関から取り付けた部分を引き剥がさないとならない。
あの存在も復讐相手だと、彼に伝える気は毛頭ない。
過去の清算として、そして悪魔のやるべきこととして、魔神自ら葬らなければならない存在だからだ。
彼の魔力変換機関に直接、書き換えからの干渉を行ったが弾かれた。
砂の球体の中にあるそれにも同じことをしたが、やはり弾かれた。
魔神はその場での解読と解除を諦め、マントの中に砂の球体をしまった。指を鳴らすことなく、一瞬で砂嵐を作り出した。
白骨姿を覆い隠した砂嵐が消えると、魔神の姿も消えていた。
残された二日月が、静かに嗤っていた。
──裏側エピソード・エピローグ── 完
見渡す限り、砂漠が広がっていた。
微かな月明かりに照らされ反射する砂は、太陽の日差しの時とは違い白かった。しかし、北の大陸の雪のような命を奪うような冷たい印象ではない。
命ある存在を拒絶するかのような、無機質な白さだった。
オアシスは近くになく、命の水として重宝されるサボテンの自生もない。それも相まって、より無機質さが強調されていた。
夜空を見上げれば、糸を横に置いたかのような細い月が浮いていた。
縦であれば、「とても細くて変わった三日月だね」と、他の大陸の人間は笑って言っていたかもしれない。
あれは三日月ではなく、二日月とも知らずに。
横向きの二日月が、不吉の象徴とも知らずに。
南の大陸には、こんな言い伝えがあった。
横向きの二日月が見える夜は、絶対に外を歩いてはいけない。
悪魔のように笑う月に命を奪われる、と。
そんな夜でも歩いているとしたら、南の魔神、あるいは南の勇者と南の聖女ぐらいだろう。
魔族たちですら、こんな夜は出歩かない。
そんな夜の砂漠に、激しく巨大な砂嵐が吹き荒れた。
予兆もなく、突然だった。
全てを削り潰してやると殺意を見せつけるかのように、砂と砂は何度もぶつかって風の中を回る。
邪魔だと怒気を吐き投げるように、風は荒々しく吹き荒れて積もっていた砂漠の砂を巻き上げて、乱暴に投げ捨てるように撒いていく。
巻き込まれた一溜りもない。
血が巡回し、心臓を鼓動させる生物がいたら、悲鳴を上げている間に砂嵐に殺されるだろう。
あらゆる水分が蒸発し、体の表面と内側は干乾びて砂ほどの粒まで砕かれる。悲鳴が聞こえなくなったら、生物の姿は跡形もなくなって、砂となってバラバラに飛ばされる。
想定ではなく、断定だ。
そこまで理解できてしまうほどの、圧倒的な暴威があった。
その砂嵐は数秒滞在し、内側に爆弾があったかのように爆ぜた。
風は呆気なく消え、砂たちは雨のように降り注いだ。
それらが落ち着いた砂漠の上に、ひとりの少女が立っていた。
「……ふぅー。やーっと帰って来られたよー……」
とても疲れた音の声を出したのは、黒い服のフードを被った、金色の瞳を持った少女だった。
「あーあ‼ なーんでアタシがこんな目にあわないといけないんだよー……マジでフザケンなだしー……」
理不尽だと、怒りも加わった。
フードと前髪の影の下にある金色の目が、肉食獣としての殺意を灯らせていた。
近づいたら食い殺される。
そんな気配を放っている少女に、1つの影が近づいた。
その影は初めからいた。
ただ、希薄と言うほど薄い気配で気づかれなかっただけだった。
「よぉ。勝手にエンと名乗ってた奴」
声の主は、南の魔神と名乗る白骨姿にマントを羽織った存在。
「随分とまぁ、遅い帰りだったじゃねぇかぁ。俺の別称名乗って、好きでもねぇ甘味をめぐりの旅は楽しかったかぁ? 」
世間話をするような軽さで聞いてきた。
だが、両者の間には険悪な空気が流れていた。
第三者が踏み込めば、その空気だけで体が八つ裂きにされる。そう肌身で感じさせるほどの、殺意と名のついた重りを乗せたような空気だった。
「……文句あんのー? あるワケないよねー? あるのはこっちなんだしー?」
エンと呼ばれた存在は振り返りながら、ねっとりとした苛立ちと恨みが籠った声を発した。
「白骨。よくもアタシに、小娘共押しつけやがったなー……」
「いいじゃねぇか。すぐにとは言わねぇが、ソフィとサフワの嬢ちゃんズを任せることになんだからなぁ。予行練習だと思えよ」
良いことをしただけで、悪いことはしていない。そう受け取れる白骨の言い方に、金色の目の少女は目を細めた。
「はぁっ? 嫌だしっ。 あの無能小娘と右腕ちゃん始末してからバトンタッチしろよ」
その要望に、白骨は少しだけ顔を俯かせ、後頭部に手を添えて数回掻いた。
「おいおい……本来の南の魔神が好き嫌い言ってんじゃねぇよ……」
「それ言っちゃうんだー……」
金色の目の少女は、少し驚いた表情をした。
それは一瞬だ。すぐに、極上の獲物を見つけた捕食者を彷彿させる、不敵な笑みを浮かべた。
「アタシの代わりの『南の魔神役』のクセにさー……。長く勤めすぎて立場忘れちゃった?」
白骨姿は顔を上げた。
金色の目の少女と同じ、不敵な笑みを浮かべていた。
「己の担当大陸すら維持できない奴が何言ってんだぁよ。報告は聞いたぜぇ? 俺が北の大陸に行ってた間、あいつら全然お前の言う事聞かなかったんだろぉ? お前が嫌っている、俺の右腕にメモ預けてなかったら……お前と魔族の間で内部分裂起きたってなぁ……」
金色の目の少女が、忌々しそうに舌打ちした。
「アタシが悪いみたいな言い方してるけど、解釈違い過ぎだしー。眷族共は性能が最高なのに役立たずばかりー。魔神代行としてご指名を受けて指示出しても、でも魔神様は~、魔神様なら~、って口を開けてエサを強請るマヌケな雛鳥みたいに鳴くばかりなんだよー。下級魔族まで口挟んできて邪魔だったから消滅させたら、なんでか逆ギレしてきた。それで立場をわからせただけー。『ギアス』使えれば穏便に済んだけど、魔神特権はまだそっち持ちだから仕方のないことだよねー。白骨的に言ったら……社員の再教育、ってやつー? そんなことで、ご自慢の右腕のクシャクシャちゃんが出張ったから余計混乱起こして、そうなっただけー」
白骨は額に手を当てて、大いに落胆した。
「クシャクシャじゃねぇし……。いい加減名前ぐれぇ言えよ……。で、俺がいなくなって3日目のことなんだろぉ? さすがに酷すぎだろ、これは……」
眷族含め魔族達は、不安と迷いを抱きながらも指示を聞いた。けれど、魔神代行はただ指示するだけだった。
サンドワームを退治するにも、適応に歩いていれば出てくるから行って来いだけ。
魔神代行であるなら、南の勇者と戦って儀式を行わなければならないのに、文句ばかりでやろうとしない。
南の魔神の配下として、南の魔神様はこのような結果にしたいから、このように行っていた。それを参考にしたどうだと、提案しただけだった。
そのまま採用されるならそれが1番良い。それに手を加えて、魔神代行のやり方にしても良かった。
とりあえず、具体的な内容なしで、指示だけするのは止めて欲しい。部下として、それを行う側としての明確なゴールを決めて欲しい。あと、休息時間も作って欲しい。
魔族全てが同じ能力が使えるわけではない。それぞれに得意分野があり、不得意な分野もある。それを考慮して担当を決めてほしかった。
それほど、酷い2日間なのであった。
数名の眷族は、魔力不足による『悪食』の前兆すら見えていた。
立場など関係なく、魔族たちがやり方の変更を頼んだ。
その声を聞いた金色の目の少女が、近くにいた下級の魔族を消滅させた。それがきっかけとなり、対立が起こりかけたのだ。
金色の目の少女は、『ギアス』があればと言った。だが、その考え方は半分間違いだ。
誓約破りでなくても、魔神の判断で行使することは可能。
行使されたら、眷族は行動不能あるいは意識停止する。所有物である以上、魔神に逆らうことはできない。
あくまで、眷族が魔神に歯向かった場合のみだ。
眷族でない下級から上級の魔族は対象外。『ギアス』がない分、魔神の役割を放棄した時に脅威になるのは彼らの方なのだ。
魔神は確かに強い存在だ。だが、一致団結して集まった魔族の数によっては、蜂を蒸し殺す蟻の集団のように、その暴力の前で敗北する。
眷族の契約にも相性がある。相性が悪いせいで眷族になれない上級の魔族だっている。そんな彼らが指揮を執って役割を放棄した魔神に反逆。討ち取った事例もある。
大昔、それで消滅した魔神も少なからずいるのだ。弱いからと侮ってはならない。
魔族でありながら、魔族の脅威を理解していない金色の目の少女に、白骨は呆れたふりをした。
間違った『ギアス』の解釈。それにより予想は確信へと変わった。
だが、まだまだ話したいことがあった。確信を追求したら聞けなくなるから、白骨は我慢する。
「魔神の悪役は、大陸から見てのもんだ。古典的な悪役がやる粛清万歳の恐怖支配を部下達にやってんじゃねぇっての……」
そして、盛大なため息を零した。
「……あと、ソフィの嬢ちゃんを鬱に追い込んだのもお前なんだろ? お前が流した誹謗中傷がデマって証明するの大変だったんだからなぁ。追い込むなら武力の方にしてくれよ……」
「南の魔神は不意打ち闇討ち情報操作の暗躍に特化してるのにー? 悪いけど、白骨みたいに正面からバトルなんて興味ないからー」
「儀式をしろ。儀式を」
金色の目の少女は、「あはっ」と小さな笑い声を零した。
「儀式はちゃーんとするよ。あの無能娘が聖剣手放したらね……聖女は優秀なのに、勇者がダメダメ過ぎるんだよねー。勇者名乗れるのは、魔力があって戦闘センスがあってメンタル強い人間じゃん! 3拍子全部外れてるあれが勇者なんて笑い飛び越え━━バカにしてんのかって壊したくなるんだよねー……」
金色の目の少女に殺意はない。
ただ、嫌悪はあった。
例えるなら、何度も目の前を飛ぶ羽虫が煩わしいからいなくさせる。そのやり方が追い払うではなく、叩いて潰すだったかのように。
「他の大陸ではこの3拍子揃ってる勇者だからさー、余計イラつくんだよねー……。あー‼ 北の勇者だけはメンタル雑魚だったねー‼ 生きていて恥ずかしくない? 早く死んだ方が名誉守れるよレベルの酷さだよねー‼ ……1番才能があるのに、それをゴミにするほど優しすぎるところ見ると、すっごい反吐が出るー‼」
だから、気にしない。
目の前から羽虫さえ消せれば、煩わしさから解放されて笑顔になる。その羽虫が死んだって興味の『き』の字もない。
そんな口調で、はしゃいでいた。
「だからさ。白骨のせいだよ」
その楽しそうな笑みと口調が消え、ようやく殺意が追加された。
「せっかく優しーく鳥籠に入れてあげようとしたのに、邪魔しちゃってさー。アタシ優しいから、無能小娘みたいに自殺には追い込んであげなかったんだよねー」
白骨は、再び溜息を吐いた。
子供の駄々に、付き合いきれないと言いたげな保護者のように。
感情ではなく、言葉の方に呆れたのだ。
「飼い殺しになるから止めてやれぇ……」
「ええー? どこが飼い殺しなのー? 白骨が迷惑料の請求を理由に生かすのと同じようにー? 生かしてあげたのにー?」
金色の目の少女は、わざとらしく何度も首を傾げた。
「よく言うぜぇ……。笑顔で言葉のナイフをグッサグッサと刺してたんだろぉ? それで今度は他人に刺させるなんてよく思いつくよなぁ」
白骨は盛大に呆れた。
金色の目の少女がこんなことを行った、本当の理由を知っていたからだ。
東と南と西の大陸で組織された、同盟調査団。
それぞれの大陸から代表者を選出して公平な立場で意見を言えるように調整されているが、現実はかなり違った。
北の大陸で全体の指揮を執っているのは、東の大陸から派遣された人間だ。
さらに正確に言えば、北の大陸に勝手にやって来て、同盟調査団に勝手に加わった東の勇者である。
調査団の拠点に使われている元王都の城に、東の大陸の勇者と聖女が在中していた。それだけで、代表者の権利が持っていかれてしまったのだ。
選出されていない部外者が我が物顔で指揮を執る。それが許されるほど勇者の存在は大きく、北の勇者の扱いが異常なのであった。
この行動に対しての理由は、とりあえずあった。
「暇だった」
と、東の勇者はつまらなそうに答えたのだ。
東の勇者は傍若無人だが切れ者だ。
実際の理由は別にあった。
行方不明となった北の勇者を怪しんでいるのだ。
北の魔神と対面した時、東の勇者ははっきりと尋ねたのだ。
「本当に悪女と魔物が原因なのか?」
疑問形だが、確信を持った言い方だった。
北の魔神は石碑通りだと譲らなかった。しばらくの間、互いに無言で見据えていたが、その殺伐とした空気に耐えきれずに失神した人間が何十人もいたため、解散になった。
北の魔神が隠している内容は真実ではない。むしろ、実際に起きた真実を知らない。
真実に辿り着くための証拠も残ってはいない。白骨が全て隠蔽、あるいは葬った。
東の勇者は、直感だけで『別の何かがこの大陸にいて動いていた』と見抜いた。そして消去法から、行方不明の北の勇者に目を付けた。
それを裏付けるかのように、東の勇者自身が保護の提案を出したのだ。
実際に保護をするかは怪しかった。提案は提案だ。理不尽な理由で簡単に変えられてしまうものだ。
北の勇者が変わり果てた姿で現れたら。全ての大陸にとっての有害な存在だと知られればどうなるか。
その特異な存在から、日の当たらない所に監禁され、死なないように管理されるだろう。
いいや。絶対に違う。絶対に、東の勇者と殺し合いという面白い展開になる。
人間に対する嫌悪感が始まりだろうが、その面白い光景が見たいと、金色の目の少女は行動に出た。
本当に笑えるために、最悪な仕掛けを彼に施してまで。
それを追求するまえに、先に出された質問に白骨は答えた。
「あと、迷惑料の請求は素だ。それ以外の理由なんざねぇぞ」
「アタシたちにお金は必要ないじゃーん!」
白骨は、反論の言葉を飲み込んだ。
人間相手に菓子の売り歩きをしていると、魔族たちも金払って買いに来るぞ、と。
それを指摘したら、話の方向がおかしな向きに進んでしまう。そう判断した。
「……金ってのは程度の区切りには丁度いいんだよ。迷惑をかけた側と迷惑をかけられた側、その事実は一生消えねぇし思うところはあったとしても、どこかで線を引かねぇとキリがねぇ。だから金で区切りをつけた。誰かは賠償金だって言うかもしれねぇが、損害は出てねぇ。復讐のアドバイスマネージャーとして迷惑料としては妥当な金額を提示しただけだしなぁ」
すると、金色の目の少女はゲラゲラと腹を抱えて笑い出した。
「それ本気で言ってんの⁉ 冬の聖剣の消失はおっきな損害じゃーん‼」
白骨はマントの中に手を入れて、純粋潔白と評価すべき美しい輝きを見せる剣を取り出した。
「これがどうかしたかぁ?」
くるりと手の中で柄を回して掴みなおし、肩に担いだ。
それは、消失したはずの冬の聖剣だった。
「……は? なんで南の魔神役のオマエが持ってんだよ?」
ありえない光景が、金色の目の少女の逆鱗に触れた。
「俺が『悪魔』を任せられたからに決まってんだろぉ?」
白骨は、とんとんと冬の聖剣を軽く揺らした。
「白神の聖剣だって4つに分けることができたんだぁ。悪魔の体を少し切り分けて新たに打てば、聖剣を拵えるのは造作もねぇ。まぁ、悪魔の体に支障をきたさねぇのが前提だから、聖剣の出力は確実に落ちる。黒い神の聖剣が拵えてくれた、今ある夏の聖剣より規格はがく落ちしちまってるけどなぁ……」
「言葉通りに受け取んな」
存在してはならない存在を目にしたかのように、金色の目の少女が敵意を顕わにした。
「黒い神の聖剣の意識はどうしたんだって聞いてんだよ」
冬の聖剣を北の大陸に配置しなかった理由は、どうでもいい質問だった。
南の勇者が持っている今の夏の聖剣は、聖剣としての最大威力を発揮するのに必要な聖剣の意識がない。けれど、儀式を行うには問題はなかった。
そんな弱い夏の聖剣よりさらに弱い冬の聖剣など、そこら辺の剣に毛が生えた程度。普通の剣より切れ味と強度はあるが、本命である北の魔神との戦いでは、大して役に立たないという最大の問題があった。
さらに追加すれば、北の大陸にはいまだに聖女がいない。そして冬の聖剣が選びそうな北の勇者にふさわしい人材がいない。
必要な人材がいない状態で、役に立たない道具を配置しても、全く意味がない。本命の儀式を行っても戦いすら起せない。
スノーフラワーを用いた儀式を行った方がまだましだった。下手に冬の聖剣の存在をちらつかせても、状況を悪化させる混乱を招くだけ。
お互い、それがわかっていたからこそ口にしなかった。
悪魔の正体を知っている。それが前提の暗黙の認識だ。
その前提にいるはずの存在について、金色の目の少女は詰問した。
その存在は、魔神であれば絶対的の忠義を向ける相手である、黒い神にとっていなくてはならない重要な存在。
自分の代理で『南の魔神』を行っている、白骨の意識の方が消えるなら気にしなかった。
しかし、白骨は目の前にいる。そして、任せられたと告げた。
暗に匂わせているから、結果は想像できた。けれど、はっきりと答えを言わせないと納得できなかった。
白骨もそれがわかっていたからこそ、はっきりと答えた。
「もう1回言うぞ。前任だった黒い神の聖剣からのご使命だぁ。俺の反抗期のせいで消滅させちまったからなぁ……。俺が言うものあれだが、糞上司より残って欲しかった存在を失って俺もショックを受けてる……本命の糞上司が元気なのが気に入らねぇが、任せられたなら責任は取らなきゃならねぇってワケ。お前が本当の南の魔神として活動できるようになったら、俺は悪魔としての本命に努めることになる。依り代の方じゃねぇぞ。もう1つの案件の方なぁ……。あと、お気に入りの口調が崩れてきてるぜぇ」
白骨が指摘すると、ゲフンゲフンとわざとらしい咳をした。
そんなことはなかったかのように、金色の目の少女は話を続けた。
「……そ、そもそもー。黒い神の依り代として稼働するのが第1目的のはずでしょー。なんでそっちがメインになってないのー」
「バトンタッチの合図。依り代の道の確保と誘導。それらの担い手であった、黒い神の聖剣がいなくなったからに決まってんだろう。担い手がいなきゃ初めからあったもんは崩れて無くなる。今頃、糞上司は焦って道を作り直しているんじゃねぇかぁ」
ケケケっと白骨は笑いながら、北の聖剣をマントの中に戻した。
それが、金色の目の少女の癪に障った。
「はぁあ? 何笑ってんのー。気色悪ー……」
「……ああ。悪ぃ悪ぃ。そろそろ我慢が無理になってなぁ」
そう言って、白骨は1歩踏み出した。
次の瞬間。
「っ‼」
金色の目をした少女が嗚咽すらあげれない、重たい1撃を受けた。
開いていた距離など初めからなかったと錯覚させるかのように、白骨と金色の目の少女の体は密接していた。
白骨の拳が、少女の腹に貫いていた。背中までは貫通していないが、白い骨の肘まで埋まっていた。
白骨は砂嵐の転移を使っていない。足の裏に小さな砂嵐を作り出した足場として強く踏み蹴り、さらに流した魔力で強化させた脚力で距離を詰めたのだ。
あまりの速さに、金色の目の少女は反応できなかった。気づいた時には、受けた重たい1撃に器が動かせなくなってしまった。人間なら、意識が遠のいた状態に近いだろう。
金色の目の少女の体から、カチャリと軽い物同士が当たる音が聞こえた。
その音を聞いた途端、白骨はその手応えに喜びの笑みを浮かべた。その髑髏顔で浮かべる笑みは、見ている方の背筋を凍らせるほどの恐ろしさがあった。
埋まった腕を勢い任せに引っ張り出して、大きく跳んで距離を開けた。
白骨がいた場所に、凶暴な砂の爪が振り下ろされた。
「──テメェ……‼」
激昂としか表現できない、荒々しい怒りの目を向け、右手に纏わせた砂の爪を向けるのは、金色の目の少女。
「よくもアタシに1撃やりやがったなっ‼ この場で消滅させてやろっかぁ‼」
金色の目の少女の睨みと殺害宣告を正面から受けても、余裕の笑みを見せる白骨の手には、小さな砂の球体が握られていた。
違う。全然違った。
笑っているように見えるだけ。
目を吊り上げ、牙を見せつけるかのように口角をあげて、白骨は静かに憤っていた。
「繋げた北の魔神の魔力変換機関に介入。1時的制御下に置いたそれを経由して同意なく眷族の契約らしきものを結ぶ……お前ぇのせいで、北の奴に余計な不信感与えるところだったじゃねぇかよ……東の奴もいろいろ感づいて動き回っている雰囲気あるしなぁ……ちっとは危険な状況だって気づけってんだよぉ……」
その光景は、荒々しく吠える獣と静かに唸る獣。
2頭の砂の獣による、相手を殺すまで続く戦いの手前の様子に似ていた。
実際にそうであった。
お互いに、黒い獅子という獣の姿にならないだけだ。
1つの大陸が4つに分かれた。
崩壊するはずだった、それらの大陸を繋ぎとめる錨として派遣されるも、白い神の1撃よって消滅。再び、本来の役割を全うするために隠蔽された。
現在は魔法を扱えるほど行動が可能になるまで回復した、少女の姿に擬態した本来の南の魔神。
1つの大陸が4つに分かれた。
本来の南の魔神の消滅により、急遽派遣された黒い神の依り代の器。本物の南の魔神が役割に戻るまで存在を隠蔽。そして、その器の存在を隠蔽するための、殻と代わりの意識を与えられた南の魔神の代役。やがて、本来の南の魔神に、魔神の権利を持つ魔力変換機関の重要部分を返却して、役目を終えることを約束された。
その約束は反故された。依り代の器を一任されていた黒い神の聖剣から『悪魔』のみを託されたことによって。
今は、託された器を所持しながらも、南の魔神と名乗り続け力を行使する代理の南の魔神。
魔神としての力を振るえるのは片方だけ。
存在だけで言えば、南の大陸には2体の南の魔神が存在する。
他の大陸を任された魔神にすら、知られてはならない事実。
その存在が、殺意をぶつけ合い、睨み合っていた。
先に動いたのは白骨だ。
砂という柔らかな足場を蹴ったとは信じられないほど、強く踏み込み、二日月に届くのではないかと思ってしまうほど高く跳んだ。
その白骨がいた砂場が捻じれて昇る。それは鎌首に獅子の頭が乗っかった奇怪な姿へと変わった。
その砂の怪物は、夜空に逃げた白骨を飲み込まんと大口を開けて襲い掛かる。
先に攻撃に出ていたのは、金色の目の少女の方だった。
その不意打ちの攻撃から逃れるために、白骨は回避行動をとっただけだ。
白骨はマントの中から邪剣を取り出し、落下と共に何度も斬りつけ、砂の怪物を倒した。
大蛇を斬ったかのように、砂の怪物は斬られた部位ごとに分かれ、砂漠の上に落ちた。
それが元の乾いた砂に戻るのを確認せずに、白骨は指を鳴らした。
着地地点に小さな砂嵐を出現させ、それを足場に強く踏み込んだ。魔力で強化した脚力で、今度は滑るように地上すれすれを跳ぶ。
一直線。しかし高速の移動。
重たい1撃を与えた時と同じ接近の仕方。白骨がその同じ手を使ってもなお、金色の目の少女はその動きが捉えられず、反射的に砂の爪を前に掲げた。
振り下ろした邪剣と、砂の爪がぶつかり合った。
防御が成功した金色の目の少女の表情が、体が強張った。
このままでは負ける。それに気づいてしまったからだ。
邪剣の正体は、本来の夏の聖剣。
魔族や魔神にとっては、脅威の対象であるには変わらない。
それだけではない。この邪剣は、魔神より上の存在を斬らねばという人間の復讐心から穢れた武器。
白い神、そして黒い神にすら届く、正真正銘の神殺しの刃へと転じた。
今は黒い布に付与した封印によって、その威力は制限されている。だが、聖剣以上の脅威には変わらないのだ。
「……知ってっかぁ?」
砂の爪が呆気なく切り裂かれた。
元の砂に戻る中で、金色の目の少女の目の前に、邪剣を振り上げて下ろそうとする、嘲笑った白骨の姿が迫ってきた。
「俺らのように影で動くタイプは、ソフィの嬢ちゃんのようなパワータイプが相性最悪だって、な──‼」
斬られると怯える金色の目の少女の目の前で、白骨は邪剣を持ち換えた。
刃を自分の背中へ向け、手前になった柄頭で、小さな眉間を強く殴った。
「きぁあ‼」
金色の目の少女は痛みから目を瞑り、片手で赤く腫れる眉間を抑えた。
白骨は、パチンと指を鳴らした。
人間サイズの砂嵐が、痛みで動きが止まった金色の目の少女を覆い隠した。
金色の目の少女は何が起きたのかわからず、痛みで呻くだけで抵抗することもできず、転移させられて姿を消した。
静かな夜に戻った。
白骨の姿にマントを羽織った南の魔神が、邪剣をマントの中に収納した。
「…………お仕置きはソフィの嬢ちゃんに任せてあっから良し、と……。つか、弱すぎだろあいつ……」
口から出たのは呆れの言葉と、落胆の溜息だった。
これでは南の魔神を任せられない。
聖剣を目の前にしたら、恐怖で体を強張らせた。1撃受けたら目を瞑って怯む。
儀式でやってはならない失態だ。
大丈夫だと思ったら、他の魔神達を1度消滅させて、記憶をリセット。そのタイミングで本物と変わろうと計画していた。だが、それを現実に起こすにはまだまだ時間がかかるのが決まってしまった。
もうしばらく、南の魔神と名乗り、魔神として大陸の維持に務めるしかない。
そもそも、魔神代行と任命して指揮だけやらせた結果。ブーイングの嵐だった。
人望ならぬ魔族望がなくても強ければ任せてもいい。白い神ほどの存在が出てこなければ、北の魔神のように単体でもいいだろう。そう思っていたが、さすがにこれでは無理であった。
ただ、無理かもしれないと薄々思っていた。
どうにか強くなってもらうしかない。
その相手に選んだが、南の勇者であるソフィだった。
特徴を書きこんだ似顔絵を添えて、この魔族を地べたに伏せさせ負けを3回言わせたら、黒い剣を持って戦ってやる。そんな内容の手紙を送った。
運よく、南の大陸に帰って来ていた。今頃、両者出会って追いかけっこが始まっているだろうと、南の魔神はぼんやりと考えていた。
「……苦手だから嫌いって素直に言りゃいいのに……。で、問題はこっちかぁ」
南の魔神は、持っていた砂の球体を軽く持ちあげた。
その中には、眷族にした彼に対する『ギアス』の所有権に類似した術式が収まっていた。
南の魔神は、嘘をひとつ告げていた。
彼の魔力変換機関に取り付けた、北の魔神の力を補強するために手を加えた。
実際は手を加えてはいなかったのだ。南の勇者から共に逃げていた時も、北の魔神に何もしていない。
臓器が安定したのを見計らって、北の魔神の残り滓のような力を外そうと思っていた。
ボロボロの魔力変換機関に戻り、彼は魔法が使えなくなる。けれど、彼には剣の腕前が残されている。魔法がなくても、それさえ残っていれば、復讐を果たすには全く問題ないと判断していた。
だが、何かがくっついているかのように外せなくなっていたのだ。
彼が眷族の力を使った時、北の魔神とは違う魔力を感じ取った。
それはわかりにくいほどの微量だった。だが、その影響は目に見える形で現れていた。
氷の色だ。
あの黒い色は、色による効果の表れでも、彼の精神的な現れでもない。
前に使っていた力の名残だった。
黒い神の力が微かに残っていたのだろう。
的確な摘出ではない。黒い神の聖剣は強引に奪うかのように引き抜いただけだ。
しっかりと確認すれば気づけたが、いつでも逃げれるように配置していた元眷族の体に追いやられ、彼の命が尽きる前に黒いリボンを解いて交換の魔法を発動させ、彼の延命に奔走し、元の状態まで魔力変換機関を直す時間も惜しいほど、次の準備に取り掛からないといけなかったせいで、怠ってしまった。
迎えに来た眷族達に彼の身柄を託して、南の大陸に運ばせた後に、金色の目の少女が先にそれに気づいた。どのような手段を用いたのかと推測は立てられない。なにかの方法でそれを、彼の魔力変換機関に繋げたのだろう。
魔神の扱う水の力は、聖剣を始めとした状態異常の解除及び、治癒などの回復だ。彼の1部と化してしまった以上、状態異常ではなくなってしまったのだ。
眷族達から、彼が力を使えたという報告はなかった。あるいは、金色の目の少女がうまく隠していたのかもしれない。戦わなければ気づかなかった。
そうなると、制御ができていなかったことが気になった。
彼は先に力の使い方という設計図を構想してから、魔力を落とし込んでいく。誰かの戦い方を参考にしたりするのも、構想をより具体的にして、力を落とし込んだ後でも制御できるようにするためだ。
魔神は砂の球体の中の術式を詳しく調べて、舌打ちした。
北の魔神の魔力変換機関の欠片を餌に、黒い神の力が増幅するようにされていた。
黒い氷から影の扱いに戻ったら、大陸がどうなっているかを確認するために、再び彼と接触を図る。
あるいは、彼という存在を間借りして仮顕現を行う可能性もある。冬の聖剣の代わりに何かを挟んで、数秒持てばいいと彼の体を操って、依り代の器を預かる魔神へ干渉するのが目に見えていた。
幸い、侵攻速度が遅かった。
この術式をさらに解読して解除を行えば、彼の中から離れようとしなかった後付け部分を外すことは可能だろう。そう見立てを──違う。次の復讐に行動する前には、そうしなければならなかった。
復讐のアドバイスマネージャーとして、彼の復讐を果たさせるのは当たり前。
だが、南の魔神としては別の理由があった。
彼は貴重な釣り餌。
分身体という浮きまでつけて、すぐに釣り上げられるようにしていた。しかし、北の大陸ではあれ以降現れなかった。
北の大陸にまで足を運んだ最大の理由。因縁の存在。
彼の記憶から、ある人物のみの記憶を欠如させた存在。
北の大陸の北の果て。北の勇者の死刑執行日。
白い神の降臨の儀式を手伝う魔法使いを皆殺しにし、暴力のみで大賢者を追い込んだ。乱入してきた南の魔神の姿を見て、この世を馬鹿にするような笑みをみせて撤退した、小賢しい存在。
白い神と黒い神が共に利用を考える逸材。それにより価値がさらに上がった彼を、みすみす逃すことは絶対にしない。
あの存在が釣れるまでは、彼を生きて手元に置く必要があった。
そのために、罪の意識を大きくさせて自殺を行わせないように裏で動いていた。
殺されるという恐怖心を煽り、生へ固執させるために、わざわざ戦った。
彼の魔力変換機関が悲惨なほど大破していれば、彼が1人で動くという邪魔な行動はしなくなる。
命を絶つことは免れたが、目を離すのは無理な状態になった。
終わらせておかなければならないことは、まだ残っている。そんな状態で、眷族に類する力がある彼は、不安要素でしかない。
一刻も早く、魔力変換機関から取り付けた部分を引き剥がさないとならない。
あの存在も復讐相手だと、彼に伝える気は毛頭ない。
過去の清算として、そして悪魔のやるべきこととして、魔神自ら葬らなければならない存在だからだ。
彼の魔力変換機関に直接、書き換えからの干渉を行ったが弾かれた。
砂の球体の中にあるそれにも同じことをしたが、やはり弾かれた。
魔神はその場での解読と解除を諦め、マントの中に砂の球体をしまった。指を鳴らすことなく、一瞬で砂嵐を作り出した。
白骨姿を覆い隠した砂嵐が消えると、魔神の姿も消えていた。
残された二日月が、静かに嗤っていた。
──裏側エピソード・エピローグ── 完
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