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3 赤の障壁
「ミクウ、えらいことになったぞ。お前さんに、王立竜討伐隊赤い障壁から参加要請だ」
連日のゴブリン退治の疲れもあって、寝ていた部屋へ入って来たラビットの声に起こされた。
今は昼近くだが、夜中、畑に出た小さなゴブリンを退治して回っていた。やたら逃げ回るし小さくて刃は当たりにくい。走り回り捕まえ駆除を繰り返しての、小さな報酬に大きな労力だった。
明け方に帰宅し寝台に突っ伏したけれども、眠くて眠くて仕方ない。しかしミクウは仕方なしに、
「起きる」
と言って座り込みうつらうつらしていた。
「赤い……なんだ?」
「おい、起きろ、赤の障壁だ。赤竜専門の王立竜騎士隊」
「ふうん」
ミクウはラビットからもらった水を飲んでいて、
「第三王子直々の依頼だぞ」
に噴き出した。
「げほっ…げほっ…っ!」
「第三王子直属で雇いたいとのことだ」
「第三王子って誰だよ?」
全裸で寝ていたミクウは床に落ちた服を掴んで着替え始め、黒い上下に袖を通す。
「自分で確かめるんだな。今回の赤の障壁の布陣は大規模で、うちからも赤の竜騎士が何人か行ったが、剣士のお前さんが行く理由が思い当たらんがな」
ラビットの言葉にミクウが頷くと、
「十年振りのユラシオンだってのに、少しはゆっくりさせてくれよ。全くなんなんだよ……」
不満を垂らしながらミクウは立ち上がると、寝台の敷布の下に収納していた二本の直刀を手にした。鍔つばのない細身の両刃の剣を左右の腰に下げ、深緑のコートを羽織り、フードを目深にかぶった。長いふわりとした髪がフードから溢れた。
「相手が王子だからな。断る訳にもいかないだろう。分が悪いぞ。行ってこい」
ラビットの意見に渋々頷くしかなかった。
赤飛竜が飛来すると予測された町の近くに野営場を展開していると聞いて、本当に仕方なくミクウは出かけて行く。
さすがに赤の障壁と言うだけに、赤の服や装飾の竜騎士が多い。その中で深緑のフードコートと黒い上下の服は目立つ。
「で、王子って誰だよ」
その第三王子に呼ばれたとラビットのギルドの気のいい竜騎士を捕まえて話すと、野営場の一番大きいテントに案内され、幕屋の前で眼鏡の丸々した男が、ミクウを上から下まで眺めてから幕屋に入れた。
「確かに精霊耳ですね。髪も姿も理解できました。ああ、私はクリムトと申します。第三王子直属の側仕えです」
外見は優しく柔和だ。雰囲気が落ち着いた感じで、見た目より少し上に見える。髪が白く短くそれをなでつけている。丸眼鏡を掛けているからか、色白で背が低くぽっちゃりしたひ弱そうな感じがしたが、芯のありそうな青い瞳をしていた。
「殿下の元にお連れします」
物腰優雅なクリムトだが何も手にしておらず、白い手袋に制服なのか黒の長めの上着に白いシャツをループタイで締めていた。杖も何も持っていないから、皇子の世話係だろう。
「俺は剣士だ。どうして竜討伐の赤い障壁に呼ばれたんだ?」
「表向きの理由は殿下の護衛です」
クリムトはにこにこと笑いながら、ミクウに話しかけている。表向きの?では、裏向きの事情があると言うものだ。
「殿下、ミクウ殿が来ました」
赤の幕屋に入ると、魔道具で灯りが灯り、中で執務をしていた青年が頭を上げた。
「あれ?」
鈍色の肩までの巻き毛に、茶色い大きな瞳、ミクウと並ぶくらいの背格好の細身の優美な姿に一瞬見惚れた。白い肌に銀白地に赤の縫取りが見事な軍服。
「ミクウ、僕を覚えていますか?」
ミクウは天を見上げながら思い出して、
「竜の墓場の……サリューか!」
そう呼ぶと立ち上がったまだ少年然とした青年は真っ赤になり顔を右手で覆った。
「もう成人しました。その幼名では、少し恥ずかしいです」
「ミクウ殿。改めまして、こちらの方はユラシオン王国第三王子サリオン殿下です」
目立つ赤い幕屋の中で、クリムトがサリュー、いや、サリオンをミクウに紹介する。
「僕は貴方をずっと探していたのに、見つかりませんでした。どうしていたのですか?」
訴えるような瞳でほんの少し見上げられ、ミクウは軽く肩を竦めた。
「ユグドガルドを転々と旅をしてい……ました。サリュー……いや、サリオン殿下を見送った後に」
ミクウが話すと、サリオンは涼しげな顔の前で両手を組み合わせて、秀麗な眉間にしわを寄せる。
「堅苦しい敬語はいりません。僕はミクウに助けられて今この場にいますし、貴方の方がずっと年上でしょう?それに貴方は僕の命の恩人です。あれから、ラビットには竜討伐の折々助けてもらっています」
裏向きの理由が命の恩人との再会であり、ラビットはサリオンが王子と知った上で、ミクウを送り出したというわけだ。きっと何も知らないミクウと、ミクウを探していたサリオンの出会いの温度差に、ラビットは呵呵大笑爆笑しているに違いない。
「赤飛竜はこのラテアの町を餌場にしたようで、殿下がこの地に陣を張りました。竜が来る時刻は専属魔導士が演算します。だからここで待ち伏せて叩きます。ミクウ殿、貴方には殿下の護衛を頼みたいのです」
クリムトの言葉に頷くサリオンを見た。つまり、この町ラテアで赤飛竜を討つということだ。
ミクウが言葉終わる前に、幕屋を中心に人影が囲んでいるのに気づいた。幕屋をクリムトが開くと、
「この幕屋に殿下がいるって話だ。どけよ、白豚野郎」
と赤い胸当てをつけた、大男のラビット並の大きな男が、背の低いクリムトの胸ぐらを掴んだ。
「残念ながら、ディール殿。殿下の護衛はこちらのミクウ殿に決定しております」
ディールとクリムトが言った男はミクウを見下ろし、盛大に鼻で笑ったあと、
「お前……なんだ、女か?お前、妙な耳しているな。精霊か?」
とねめつける。なんだか腹が立ってきた。また、精霊かよ、とミクウは顔を歪めた。
「皆には悪いが、僕はミクウを護衛騎士選びました。ミクウはこの大陸唯一の妖精族。力の根源こそ違えど、皆に勝るこそ劣らない力の持ち主です」
「サリオン、何を言って……」
「ひ弱そうなこいつが、妖精?精霊の間違いじゃないのか?」
ディールはクリムトを離すと、今度はミクウの胸ぐらをつかんだ。
周りには同じような体型の者が多く、ミクウみたいに細い者はまばらだった。
「こいつが、妖精か。すげえ綺麗じゃないか。緑のふわふわの髪に、真っ白な肌。目は緑に光る色で、こんな上玉見たことないぞ。お嬢ちゃん、殿下の護衛じゃなくて、愛人にでもなりに来たのか」
卑下びた笑いの中、珍しいのか?とミクウは首を傾げた。ミクウの両親、二人も緑の髪だったので分からないが、ミクウは胸ぐら掴んでいたディールが手を離し、ニヤニヤと笑っているのを見上げた。
「俺は赤剣使いのディールだ。ほら見ろよ。なあ、俺の女にしてやるぞ」
光剣の柄には小さい竜珠がはまっている。つまり赤竜を倒した証だろうが、ラビットの比ではない。
「あーーえっと、悪いんだけど、俺はサリオンの護衛になったんでな」
ミクウは光剣を見せてきたディールの手を払いのけた。サリオンの顔に喜色が宿るのを見て意識がそちらに行きかけ、手が触れた瞬間竜騎士の一番大事にしている光剣を地に落としてしまったことで、
「貴様ァーー!」
とディールが激昂し、怒鳴りながらミクウに剣を向けてきた。
「ふっ…ざけんな!!剣士の分際でっ!竜騎士の命の証をっ!」
赤剣使いのディールが大きく振りかぶると、顔めがけて拳を打ち出してくる。まさか殴り掛かってくるとは思わなかったが、ミクウがくるりと踵を返し赤剣のディールの裏首に手刀を突き当てていた。
「げはあっ……!」
派手な奇声を上げて赤剣のディールは額から地面に倒れ、しばらくの間沈黙がある。
いつのまにか集まって来ていた人垣から歓声が起こって驚いた。
「すげえ、ディールを一撃で」
誰かの声が漏れていた。
「竜騎士としては役にはたたないだろうが、体術や剣技はそこそこあるつもりだ」
起き上がって鼻血を垂らしてうずくまっている赤剣のディールに、ミクウがゆっくりと歩み寄る。光剣を握りしめてブルブルと肩を震わせているのは、誰が見ていても分かった。
「僕は護衛剣士としてミクウを選びました。皆にもわかって欲しいのです」
赤剣のディールは誰も見ずに、人垣に向かって一喝した。
「散れっ!この糞野郎どもがっ!」
次いで、ミクウに向き直ると、
「てめえ…絶対にぶっ殺す!」
と睨んでいた。光剣を落としたのはたまたまだが、逆恨みをされても困るから何かを言おうとしたら、
「ディール殿、竜騎士ギルドの掟を忘れているのでは?貴殿は今、王国竜討伐軍にいます。赤の障壁内では、人同士の諍いは禁止です。竜騎士ギルド長のラビット殿に告げますぞ!本日からしばらくあなたは幕屋にて待機です!」
と叫ぶクリムトの声は、かなり甲高いが凄みを持ち凍りつくような厳しさがあり、
「なん…だ…とっ!」
ディールはうめきながら見据えてくるがそれ以上は何もせず、立ち上がると人垣を散らしながら歩いて行く。しかし曲がり角を曲がる瞬間の目には、ミクウへの憎悪の感情があった。
後味の悪い沈黙の後、人垣は珍しい見世物を見物した余韻もなく散っていき、ミクウとサリオン、そしてクリムトが残される。
「いやあ、大変でしたねえ。前々からディール殿は殿下の護衛騎士を狙っていまして、困っていました」
「俺はいいけど。クリムト、サリオンは大丈夫なのか?」
それにクリムトが答える。
「大丈夫でしょう。彼の素行には問題がありました。護衛は殿下に付いてお城にも上がることがございますから、彼では少し……。ミクウ殿にプライドへし折られてはしばらく大人しくしてくれるでしょう。さあ、殿下。ミクウ殿を竜狩りの現場となる教会へご案内しては?」
「そうですね。ミクウ、こちらへ」
お茶をご用意しておきますとクリムトが軽く頭を下げて、ミクウはサリオンと共に町の端に続く道を歩き始めた。
連日のゴブリン退治の疲れもあって、寝ていた部屋へ入って来たラビットの声に起こされた。
今は昼近くだが、夜中、畑に出た小さなゴブリンを退治して回っていた。やたら逃げ回るし小さくて刃は当たりにくい。走り回り捕まえ駆除を繰り返しての、小さな報酬に大きな労力だった。
明け方に帰宅し寝台に突っ伏したけれども、眠くて眠くて仕方ない。しかしミクウは仕方なしに、
「起きる」
と言って座り込みうつらうつらしていた。
「赤い……なんだ?」
「おい、起きろ、赤の障壁だ。赤竜専門の王立竜騎士隊」
「ふうん」
ミクウはラビットからもらった水を飲んでいて、
「第三王子直々の依頼だぞ」
に噴き出した。
「げほっ…げほっ…っ!」
「第三王子直属で雇いたいとのことだ」
「第三王子って誰だよ?」
全裸で寝ていたミクウは床に落ちた服を掴んで着替え始め、黒い上下に袖を通す。
「自分で確かめるんだな。今回の赤の障壁の布陣は大規模で、うちからも赤の竜騎士が何人か行ったが、剣士のお前さんが行く理由が思い当たらんがな」
ラビットの言葉にミクウが頷くと、
「十年振りのユラシオンだってのに、少しはゆっくりさせてくれよ。全くなんなんだよ……」
不満を垂らしながらミクウは立ち上がると、寝台の敷布の下に収納していた二本の直刀を手にした。鍔つばのない細身の両刃の剣を左右の腰に下げ、深緑のコートを羽織り、フードを目深にかぶった。長いふわりとした髪がフードから溢れた。
「相手が王子だからな。断る訳にもいかないだろう。分が悪いぞ。行ってこい」
ラビットの意見に渋々頷くしかなかった。
赤飛竜が飛来すると予測された町の近くに野営場を展開していると聞いて、本当に仕方なくミクウは出かけて行く。
さすがに赤の障壁と言うだけに、赤の服や装飾の竜騎士が多い。その中で深緑のフードコートと黒い上下の服は目立つ。
「で、王子って誰だよ」
その第三王子に呼ばれたとラビットのギルドの気のいい竜騎士を捕まえて話すと、野営場の一番大きいテントに案内され、幕屋の前で眼鏡の丸々した男が、ミクウを上から下まで眺めてから幕屋に入れた。
「確かに精霊耳ですね。髪も姿も理解できました。ああ、私はクリムトと申します。第三王子直属の側仕えです」
外見は優しく柔和だ。雰囲気が落ち着いた感じで、見た目より少し上に見える。髪が白く短くそれをなでつけている。丸眼鏡を掛けているからか、色白で背が低くぽっちゃりしたひ弱そうな感じがしたが、芯のありそうな青い瞳をしていた。
「殿下の元にお連れします」
物腰優雅なクリムトだが何も手にしておらず、白い手袋に制服なのか黒の長めの上着に白いシャツをループタイで締めていた。杖も何も持っていないから、皇子の世話係だろう。
「俺は剣士だ。どうして竜討伐の赤い障壁に呼ばれたんだ?」
「表向きの理由は殿下の護衛です」
クリムトはにこにこと笑いながら、ミクウに話しかけている。表向きの?では、裏向きの事情があると言うものだ。
「殿下、ミクウ殿が来ました」
赤の幕屋に入ると、魔道具で灯りが灯り、中で執務をしていた青年が頭を上げた。
「あれ?」
鈍色の肩までの巻き毛に、茶色い大きな瞳、ミクウと並ぶくらいの背格好の細身の優美な姿に一瞬見惚れた。白い肌に銀白地に赤の縫取りが見事な軍服。
「ミクウ、僕を覚えていますか?」
ミクウは天を見上げながら思い出して、
「竜の墓場の……サリューか!」
そう呼ぶと立ち上がったまだ少年然とした青年は真っ赤になり顔を右手で覆った。
「もう成人しました。その幼名では、少し恥ずかしいです」
「ミクウ殿。改めまして、こちらの方はユラシオン王国第三王子サリオン殿下です」
目立つ赤い幕屋の中で、クリムトがサリュー、いや、サリオンをミクウに紹介する。
「僕は貴方をずっと探していたのに、見つかりませんでした。どうしていたのですか?」
訴えるような瞳でほんの少し見上げられ、ミクウは軽く肩を竦めた。
「ユグドガルドを転々と旅をしてい……ました。サリュー……いや、サリオン殿下を見送った後に」
ミクウが話すと、サリオンは涼しげな顔の前で両手を組み合わせて、秀麗な眉間にしわを寄せる。
「堅苦しい敬語はいりません。僕はミクウに助けられて今この場にいますし、貴方の方がずっと年上でしょう?それに貴方は僕の命の恩人です。あれから、ラビットには竜討伐の折々助けてもらっています」
裏向きの理由が命の恩人との再会であり、ラビットはサリオンが王子と知った上で、ミクウを送り出したというわけだ。きっと何も知らないミクウと、ミクウを探していたサリオンの出会いの温度差に、ラビットは呵呵大笑爆笑しているに違いない。
「赤飛竜はこのラテアの町を餌場にしたようで、殿下がこの地に陣を張りました。竜が来る時刻は専属魔導士が演算します。だからここで待ち伏せて叩きます。ミクウ殿、貴方には殿下の護衛を頼みたいのです」
クリムトの言葉に頷くサリオンを見た。つまり、この町ラテアで赤飛竜を討つということだ。
ミクウが言葉終わる前に、幕屋を中心に人影が囲んでいるのに気づいた。幕屋をクリムトが開くと、
「この幕屋に殿下がいるって話だ。どけよ、白豚野郎」
と赤い胸当てをつけた、大男のラビット並の大きな男が、背の低いクリムトの胸ぐらを掴んだ。
「残念ながら、ディール殿。殿下の護衛はこちらのミクウ殿に決定しております」
ディールとクリムトが言った男はミクウを見下ろし、盛大に鼻で笑ったあと、
「お前……なんだ、女か?お前、妙な耳しているな。精霊か?」
とねめつける。なんだか腹が立ってきた。また、精霊かよ、とミクウは顔を歪めた。
「皆には悪いが、僕はミクウを護衛騎士選びました。ミクウはこの大陸唯一の妖精族。力の根源こそ違えど、皆に勝るこそ劣らない力の持ち主です」
「サリオン、何を言って……」
「ひ弱そうなこいつが、妖精?精霊の間違いじゃないのか?」
ディールはクリムトを離すと、今度はミクウの胸ぐらをつかんだ。
周りには同じような体型の者が多く、ミクウみたいに細い者はまばらだった。
「こいつが、妖精か。すげえ綺麗じゃないか。緑のふわふわの髪に、真っ白な肌。目は緑に光る色で、こんな上玉見たことないぞ。お嬢ちゃん、殿下の護衛じゃなくて、愛人にでもなりに来たのか」
卑下びた笑いの中、珍しいのか?とミクウは首を傾げた。ミクウの両親、二人も緑の髪だったので分からないが、ミクウは胸ぐら掴んでいたディールが手を離し、ニヤニヤと笑っているのを見上げた。
「俺は赤剣使いのディールだ。ほら見ろよ。なあ、俺の女にしてやるぞ」
光剣の柄には小さい竜珠がはまっている。つまり赤竜を倒した証だろうが、ラビットの比ではない。
「あーーえっと、悪いんだけど、俺はサリオンの護衛になったんでな」
ミクウは光剣を見せてきたディールの手を払いのけた。サリオンの顔に喜色が宿るのを見て意識がそちらに行きかけ、手が触れた瞬間竜騎士の一番大事にしている光剣を地に落としてしまったことで、
「貴様ァーー!」
とディールが激昂し、怒鳴りながらミクウに剣を向けてきた。
「ふっ…ざけんな!!剣士の分際でっ!竜騎士の命の証をっ!」
赤剣使いのディールが大きく振りかぶると、顔めがけて拳を打ち出してくる。まさか殴り掛かってくるとは思わなかったが、ミクウがくるりと踵を返し赤剣のディールの裏首に手刀を突き当てていた。
「げはあっ……!」
派手な奇声を上げて赤剣のディールは額から地面に倒れ、しばらくの間沈黙がある。
いつのまにか集まって来ていた人垣から歓声が起こって驚いた。
「すげえ、ディールを一撃で」
誰かの声が漏れていた。
「竜騎士としては役にはたたないだろうが、体術や剣技はそこそこあるつもりだ」
起き上がって鼻血を垂らしてうずくまっている赤剣のディールに、ミクウがゆっくりと歩み寄る。光剣を握りしめてブルブルと肩を震わせているのは、誰が見ていても分かった。
「僕は護衛剣士としてミクウを選びました。皆にもわかって欲しいのです」
赤剣のディールは誰も見ずに、人垣に向かって一喝した。
「散れっ!この糞野郎どもがっ!」
次いで、ミクウに向き直ると、
「てめえ…絶対にぶっ殺す!」
と睨んでいた。光剣を落としたのはたまたまだが、逆恨みをされても困るから何かを言おうとしたら、
「ディール殿、竜騎士ギルドの掟を忘れているのでは?貴殿は今、王国竜討伐軍にいます。赤の障壁内では、人同士の諍いは禁止です。竜騎士ギルド長のラビット殿に告げますぞ!本日からしばらくあなたは幕屋にて待機です!」
と叫ぶクリムトの声は、かなり甲高いが凄みを持ち凍りつくような厳しさがあり、
「なん…だ…とっ!」
ディールはうめきながら見据えてくるがそれ以上は何もせず、立ち上がると人垣を散らしながら歩いて行く。しかし曲がり角を曲がる瞬間の目には、ミクウへの憎悪の感情があった。
後味の悪い沈黙の後、人垣は珍しい見世物を見物した余韻もなく散っていき、ミクウとサリオン、そしてクリムトが残される。
「いやあ、大変でしたねえ。前々からディール殿は殿下の護衛騎士を狙っていまして、困っていました」
「俺はいいけど。クリムト、サリオンは大丈夫なのか?」
それにクリムトが答える。
「大丈夫でしょう。彼の素行には問題がありました。護衛は殿下に付いてお城にも上がることがございますから、彼では少し……。ミクウ殿にプライドへし折られてはしばらく大人しくしてくれるでしょう。さあ、殿下。ミクウ殿を竜狩りの現場となる教会へご案内しては?」
「そうですね。ミクウ、こちらへ」
お茶をご用意しておきますとクリムトが軽く頭を下げて、ミクウはサリオンと共に町の端に続く道を歩き始めた。
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