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春は あけぼの

寅崎サイド

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(朋宏目線)

「おい、岩崎ラテン男。さっきの話の続きなんだが、いいか?」

 学内に入り、岩崎と やっと二人きりになる。あまり周囲には聞かせたくない。

「いや~ん。襲わないでぇ。はぁと」

「阿保ぬかせ!ぬわ~にが『はぁと』じゃい!お前にハンデもらってり合っても、俺が勝てる気がせんわ!」

 身をくねらせる岩崎に向けて渾身の回し蹴りをくらわせたが、微動だにせず。だがその予定調和に、なんだか楽しくなってきた。

 おっと、意識が逸れた。話を戻さねば。

「…さっき、『ダリアの君』が男嫌いとか言ってなかったか?」コソコソ。
 あんな美人なのに勿体な…ゲフンゴフン。

「あ~、あれな。ずいぶん昔小学校時代の話だから、ある意味 時効なんだけど…まだ引き摺っていたとは可哀想に。」

 他言無用な、と断りつつ。岩本は痛ましげな顔をして、昔話を聞かせてくれた。


△▽△▽△

「でこでこ、おでこ~!」

 頭の悪そうな煽り声が、休み時間の二年三組の教室に響いた。だが本の世界に沈み込む秀子の耳には入らず。それが自分のアダ名だという認識もない。

 煽り声の主は運動しか取り柄のない、所謂 脳筋タイプ男子。会心のギャグも、これまで受けた ためしはない。そんな彼にとって読書家の秀子は憧れであり、多分 初恋の相手だったのだろう。なんとか彼女を振り向かせたい一心で、色々ヤラカシタ。

一つ、本を取り上げて窓から落とす。
二つ、乏しい語彙での悪口。
三つ、椅子を蹴る。机を押す。
四つ、髪の毛を引っ張る。
五つ、持ち物を隠す。
六つ、……以下、略。



「只の虐めじゃないか!」
 朋宏が、たまらず叫んだ。

本人悪がきは『好きだからした』と、ほざいていたな。それにまだ、続きがあるんだ。」
 岩本はドウドウと、怒れる朋宏を宥めて。内緒話は続けられた。



  秀子の方には、彼を無視したつもりは一切なかった。しかし互いに伝わらない。彼は八つ当たり、軽い腹いせのつもりだった。

 彼の方に見向きもしない秀子に向かい、手近にあった筆箱を投げつけた。普通なら避けられる距離。だが秀子は本に夢中で気がつかず、ソレをおでこに受けて。当たり処が悪く、流血騒ぎになった。

 女子の知らせで教師が駆けつけ、抱えるようにして車で病院に向かった。
 翌日、ガーゼと白いネットを頭に巻き。痛々しい様子の秀子が学校に登校してきた。悪がきは母親と謝罪に行ったそうだ。だが、彼のしてきた、これまでの悪行も含めて。秀子は一言も喋らなかったらしい。

 これ以降、秀子は男子と関わることを極端に嫌がるようになった。そりゃそうだろう。聞くところによれば、今だ額の生え際に この時の傷が薄ら残っているそうだ。



「好意を持つ相手にイジワルする理屈が、今だに判らん。『振り向く』の意味が違うだろうが。」
 過去に女子から散々ヤラカサレタ朋宏が、感慨ひとしおで呟く。

「そうだよな。優しくしないで好かれようだなんて、虫が良すぎる。」
 うんうんと、岩本が頷いた。彼は見た目通りの脳筋だが、5つ上の姉からの熱い・・指導により。『女子には優しく』を骨の髄まで叩き込まれて(物理)いる。結果、素でエスコート出来る漢が完成した。

「そのヤラカシタ男って、どんな奴?この学校にはいないよな?」
 女・子供に手を挙げるなんざ、男の片隅にも置けぬ。時効だ?知ったこっちゃない。今あったら、ギッタンギッタンに熨してやる。

「さすがに『ダリアの君』も、もう名前も覚えてないだろうな。川上 慎吾って奴。中学に上がると同時に遠くに引っ越して、それきり音信不通だな。」
 これで話は終わりだ。と岩本は締めくくった。


 自分も他人女子から色々ヤラカサレタが、怪我するほどではなかった。それでもこんなに女嫌いになるのに、彼女が男嫌いになるのも仕方がない。

 でもいつか。男にも良い奴がいることを。そんな奴と出会えればいいのにな、と。そんな愚にもつかないことを、朋宏は ぼんやり考えておりましたとさ。
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