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時空のおじさん 編
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【時空のおじさん】
あれは僕が小学二年生の時だった。
当時僕は、13階建ての大きな大きな団地に住んでいた。
厳格で働き者の父、その父を蔭ながら支えるパート勤めの母。
2歳年上のやんちゃな兄と、5歳年下の可愛い妹の5人家族。
3DKの当時はそこそこ広い団地に、僕たちは住んでいた。
僕が住むのは17棟。少し離れて19棟、20棟、21棟が駐車場と公園を挟んで前にある。
18棟はない。理由は今も知らないけれど。
16棟より下は、エレベーターのない5階建てのアパートだ。17棟の裏手の空き地を抜け、階段を昇った先ににある公民館の隣に並んで連なっている。
昔は何処もこんな感じだった。
学校の校区にはこんな市営住宅が沢山あって、そこからたくさんの子供たちが通う。
団地に住む家族は、みんな同じような収入だったから、生活水準も同じだ。
お金のある人は一戸建てに住んでいたし、いつしか団地を去っていく。市の収入条件を超えちゃうからね。
小学二年生の時、ファミリーコンピュータが発売されて、それはもう爆発的な人気になった。
いままで外で遊ぶしかなかった子ども達の新たな遊びになった。この画期的なオモチャに僕は夢中になって、高価でほとんど持っていない団地で誰かが買ったと噂が出回ると、そんなに仲がいいわけでもないのに大勢で押しかけて入り浸るといった、傍迷惑な子ともに成り果てていたけれど、当時はそれが当たり前だったのだ。
その日は土曜日で、小学校は半ドンだった。
母はパートでいつもいない。
鍵っ子なのも、当時は普通に受け入れていて、どうせ外に出れば友達の誰かしらには必ず会うのだ。マンモス団地ならではである。
公園はたくさんの子ども達が遊んでいたし、野球もサッカーもやりたい放題だった。
妹は保育園なので、夕方に母と一緒に帰ってくる。
兄はすでにいない。
ランドセルが適当に放り出されているから、お昼ごはんもそこそこに遊びに行ったらしい。
僕も連れて行ってくれたらいいのにと思う。
兄は一個下の団地の問題児と呼ばれている悪ガキといつもツルんでいて、今も何処かで洒落にならない悪戯をして遊んでいるのだろう。
僕は少しおっとりしているから、その子に虐められている。兄が助けてくれた事は一度もない。
母の作り置きのお昼ごはんを食べ、午後から何をしようか、どこに遊びに行こうか。ファミコンを持ってるアヤちゃん家に行こうかなと考えていたら、何時の間にか寝てしまった。
夢も見なかった。
目を閉じて開けたら居間に寝転がっていて、そこで僕はうたた寝をしていたのだと初めて分かる。
目覚めた時から変だった。
長くプールに入って、鼓膜がツーンとするような耳鳴りがした。
僕自体が水の中に浸かっているような、少し身体が重い感じだ。
閉じているのに、あまりの眩しさに目をしかめる。ぎゅうと目を閉じても、瞼の上が真っ赤だ。
起き上がって、磨りガラスの透明な部分の窓を見る。
今まで見たことがないぐらいの赤が、空一面を覆っていた。
夕方?
一体どれぐらい眠っていたんだろう。
真っ赤に染まった空は、窓から見える限りどこまでも続いていて、赤以外の色はどこにもなかった。
外は不思議とシンとしていた。
周りを見回す。
僕が眠る前と何も変わっていない。
夕方なのに母がパートから帰ってきていない。
僕が眠っているから、妹を連れて買い物に行ったのかもしれない。
買い物には不便ないのだ。
団地の公園の先にスーパーがあるし、バス通りに出ると野菜や乾物を売ってる小さなアーケードがある。
団地の前は、小さなお店がたくさんある。
本屋さんや文房具屋さん。父が贔屓にしている散髪屋さんもある。
熱が出て学校を休む時に利用する、貸本屋さんも裏手にある。
団地の一階には、魚屋さんと肉屋さんがお店を出している。生臭くて僕はあまり近づかない。
母は大抵、これらのどれかにいる。
探すとなると僕の足では少し距離があるので、どうせ家には帰ってくるんだし、僕は無駄に過ごしてしまった土曜日のお休みを取り戻すように、遊びに行こうと決めた。
赤い空。
ベランダから遠くに公園の木が見える。
僕は何故か無性にそこに行きたくなった。
靴を履き、ギギギと玄関の戸を開く。
鍵はいつも、牛乳瓶受けに入れることになっている。
鍵を入れ、エレベーターを使わず階段を降りる。
僕の家は二階にあるのだ。
空はやはり真っ赤だった。
何もかも、赤に染まっている…はずなのに、団地も目の前の怪獣公園も、いつも通りの色だった。
ほんの少し、何度も洗った洗濯物のように色が抜けていたけれど。
こんな特別な空の下だからか、空気がとても澄んでいた。
相変わらず身体は重かったが、息をするのが楽で、すぐに気にならなくなった。
外は誰もいなかった。
人っ子一人いなかった。
団地はとても大きい。
夜は流石にいないけど、昼は、特に土日は、誰かしら公園にいる。
砂場と滑り台と、怪獣のオブジェしかない公園だけど、いつもなら怪獣のテッペンは取り合いっこなのだ。
その公園に、今は誰もいない。
僕が行きたい公園は、団地の目の前にあるその怪獣公園ではなくて、団地の裏手側、17棟より小さいアパートが連なる階段を昇った先にある、とっても広い運動公園の事だ。
向かって右側に運動場。
夏になるとラジオ体操したり、盆踊りしたりする。秋は子供会対抗の運動会、冬には凧揚げと、僕には馴染みが深い。
普段は野球してる人が多い。
運動場を囲むように、散歩道。
犬のフンの後始末をしない人が多くて、どこもかしこも乾いたうんこだらけだ。
向かって左側は遊具施設。
緩やかな丘になっていて、真ん中にとっても長い滑り台が置いてある。
上から下まで滑り降りると、お尻が痛くなるほど長い。
滑り台の周りには、大小様々な丸太の棒。
滑り台が人気で滑れない時は、丸太を伝ってバランスを競うアスレチックになる。
なぜかその公園に行きたかった。
あの滑り台の頂上に立ちたかった。
澄んだ空気の中、誰もいない空の赤の下、僕は走る。
裏の空き地から伸びる階段を一気に駆ける。
本当は、とても怖かったのだ。
いつも騒がしい団地が、今日はシーンと静まり返っている。
誰もいなくて、人影さえも見えない。
100台以上置ける駐車場も、住宅街の道路も、車は一台も通ってない。
階段を昇りきって後ろを振り返る。
僕の住む団地のベランダが一斉に見える。
たくさんの洗濯物が干してある。
何百人も住んでいるはずなのに、誰もベランダに出ていない。
世界中にただ一人、僕しかいないのか。そんなはずはない。漫画の世界じゃあるまいし。
たまたま偶然、誰も外に出る用事が無かったんだ。
僕だけ、たまたま外にいるだけ。
心臓がばくばくする。
人がいない。風もない。
耳はツンとして、空気はまっさら。
そらが、ただあかい。
なんいも変わらないいつもの風景。
ただ、僕しかいない。
心細かった。
寂しかった。
懸命に走って、転がるように公園に着く。
運動場の砂の地面に寝転がって、はあはあと息をする。
やはり誰もいない。
なんで?どうして僕一人なの?
不安で心が押しつぶされそうになる。
すると、公園の端っこ。
あの滑り台のある丘の上に、誰かが立っていた。
「あ!」
人だ!人がいる!
途端にホッとした。
怖くてたまらなかった気持ちが、ふわりと少しだけ解消する。
なんだ、ちゃんといるじゃないか。
たまたま誰も外出してなかっただけ。
良かったあ!
でも、心臓のドキドキだけは、まだ完全に不安が解けていない事を知らせている。
僕は歩いた。
運動場の周りの散歩道を、ゆっくり歩いた。
一人じゃないよねと、数歩歩いては丘にまだその人が立っている姿を見て、勝手に安心する。
公園をぐるりと一周。
僕と、その一人しかいない。
不思議なことに、公園のどの位置にいても、その人は見えた。
滑り台の丘はひときわ高くて目立つけれど、草や木、高低差から滑り台が見えなくなる場所もあるのに、その人だけは視線に入るのだ。
見える姿、形、距離、方向。
360度回れば見方は必ず違うのに、僕は変化の無さの違和感に気付かなかった。
まだ二年生なのだ。まだ、見えるものが全ての頃。
公園を2周ほど回って、僕はついに滑り台に向かう決心をした。
あんまりその人が動かないから、カカシか何か、新しい遊具か何か、木か何かを確かめようと思ったからだ。
高さの違う丸太をジャンプして渡る。そうしながら、段々と丘を登っていく。
まっすぐ行かないのは、僕の恐怖の感情がそうさせている。
ついに、滑り台乗り場。
丘の頂上に到着する。
その人は、僕は丸太に乗っている間も、じっと立っていたまっまだ。
最後の丸太を降り、その人の元へ。
果たしてそれは人だった。
その日の季節は忘れてしまったけれど、僕は確か半袖を着ていたような記憶がある。
当時、カーキ色のコートを着た変質者が、女の子の前でちんちんを見せて脅かす噂があって、まさにその人はそんな恰好をしていた。
カーキ色のトレンチコート。
同じ色の鍔のついた目差し帽を、目元を隠すように深く被って。
「!!」
この人はヤバイ人だ!
怖い、拐われる!
僕は一瞬で固まってしまい、頭の中は早く逃げろ逃げろとワンワン鳴っていたけれど、足はちっとも動かなくてどうしようかとぐるぐるした。
眩しい程の赤の下、色褪せた世界に変質者と僕。
ツンと耳鳴り。
バクバクの心臓。
静まり返る公園、誰もいない世界。
ふと気付く。
鳥や虫さえもいない事を。
そして団地で目覚めてから今迄ずっと、全く音が聴こえていなかった事を。
ふいに変質者が動いた。
僕は目を見開く事しかできない。
心臓はもう、口から出そう。
変質者が近づいてくる。
もう終わった!
僕はぎゅうと目を閉じる。
「……――――――――………」
コートの人が何が喋った。
くぐもって良く聞こえないが、男の人の声だった。
「―――――……」
何を言っているか分からない!
耳鳴りが酷くて聴こえない。
怖い。
怖い。
怖い。
あまりに狼狽えた様子の僕に、コートのおじさんが肩を竦める仕草をした。
あれは僕が小学二年生の時だった。
当時僕は、13階建ての大きな大きな団地に住んでいた。
厳格で働き者の父、その父を蔭ながら支えるパート勤めの母。
2歳年上のやんちゃな兄と、5歳年下の可愛い妹の5人家族。
3DKの当時はそこそこ広い団地に、僕たちは住んでいた。
僕が住むのは17棟。少し離れて19棟、20棟、21棟が駐車場と公園を挟んで前にある。
18棟はない。理由は今も知らないけれど。
16棟より下は、エレベーターのない5階建てのアパートだ。17棟の裏手の空き地を抜け、階段を昇った先ににある公民館の隣に並んで連なっている。
昔は何処もこんな感じだった。
学校の校区にはこんな市営住宅が沢山あって、そこからたくさんの子供たちが通う。
団地に住む家族は、みんな同じような収入だったから、生活水準も同じだ。
お金のある人は一戸建てに住んでいたし、いつしか団地を去っていく。市の収入条件を超えちゃうからね。
小学二年生の時、ファミリーコンピュータが発売されて、それはもう爆発的な人気になった。
いままで外で遊ぶしかなかった子ども達の新たな遊びになった。この画期的なオモチャに僕は夢中になって、高価でほとんど持っていない団地で誰かが買ったと噂が出回ると、そんなに仲がいいわけでもないのに大勢で押しかけて入り浸るといった、傍迷惑な子ともに成り果てていたけれど、当時はそれが当たり前だったのだ。
その日は土曜日で、小学校は半ドンだった。
母はパートでいつもいない。
鍵っ子なのも、当時は普通に受け入れていて、どうせ外に出れば友達の誰かしらには必ず会うのだ。マンモス団地ならではである。
公園はたくさんの子ども達が遊んでいたし、野球もサッカーもやりたい放題だった。
妹は保育園なので、夕方に母と一緒に帰ってくる。
兄はすでにいない。
ランドセルが適当に放り出されているから、お昼ごはんもそこそこに遊びに行ったらしい。
僕も連れて行ってくれたらいいのにと思う。
兄は一個下の団地の問題児と呼ばれている悪ガキといつもツルんでいて、今も何処かで洒落にならない悪戯をして遊んでいるのだろう。
僕は少しおっとりしているから、その子に虐められている。兄が助けてくれた事は一度もない。
母の作り置きのお昼ごはんを食べ、午後から何をしようか、どこに遊びに行こうか。ファミコンを持ってるアヤちゃん家に行こうかなと考えていたら、何時の間にか寝てしまった。
夢も見なかった。
目を閉じて開けたら居間に寝転がっていて、そこで僕はうたた寝をしていたのだと初めて分かる。
目覚めた時から変だった。
長くプールに入って、鼓膜がツーンとするような耳鳴りがした。
僕自体が水の中に浸かっているような、少し身体が重い感じだ。
閉じているのに、あまりの眩しさに目をしかめる。ぎゅうと目を閉じても、瞼の上が真っ赤だ。
起き上がって、磨りガラスの透明な部分の窓を見る。
今まで見たことがないぐらいの赤が、空一面を覆っていた。
夕方?
一体どれぐらい眠っていたんだろう。
真っ赤に染まった空は、窓から見える限りどこまでも続いていて、赤以外の色はどこにもなかった。
外は不思議とシンとしていた。
周りを見回す。
僕が眠る前と何も変わっていない。
夕方なのに母がパートから帰ってきていない。
僕が眠っているから、妹を連れて買い物に行ったのかもしれない。
買い物には不便ないのだ。
団地の公園の先にスーパーがあるし、バス通りに出ると野菜や乾物を売ってる小さなアーケードがある。
団地の前は、小さなお店がたくさんある。
本屋さんや文房具屋さん。父が贔屓にしている散髪屋さんもある。
熱が出て学校を休む時に利用する、貸本屋さんも裏手にある。
団地の一階には、魚屋さんと肉屋さんがお店を出している。生臭くて僕はあまり近づかない。
母は大抵、これらのどれかにいる。
探すとなると僕の足では少し距離があるので、どうせ家には帰ってくるんだし、僕は無駄に過ごしてしまった土曜日のお休みを取り戻すように、遊びに行こうと決めた。
赤い空。
ベランダから遠くに公園の木が見える。
僕は何故か無性にそこに行きたくなった。
靴を履き、ギギギと玄関の戸を開く。
鍵はいつも、牛乳瓶受けに入れることになっている。
鍵を入れ、エレベーターを使わず階段を降りる。
僕の家は二階にあるのだ。
空はやはり真っ赤だった。
何もかも、赤に染まっている…はずなのに、団地も目の前の怪獣公園も、いつも通りの色だった。
ほんの少し、何度も洗った洗濯物のように色が抜けていたけれど。
こんな特別な空の下だからか、空気がとても澄んでいた。
相変わらず身体は重かったが、息をするのが楽で、すぐに気にならなくなった。
外は誰もいなかった。
人っ子一人いなかった。
団地はとても大きい。
夜は流石にいないけど、昼は、特に土日は、誰かしら公園にいる。
砂場と滑り台と、怪獣のオブジェしかない公園だけど、いつもなら怪獣のテッペンは取り合いっこなのだ。
その公園に、今は誰もいない。
僕が行きたい公園は、団地の目の前にあるその怪獣公園ではなくて、団地の裏手側、17棟より小さいアパートが連なる階段を昇った先にある、とっても広い運動公園の事だ。
向かって右側に運動場。
夏になるとラジオ体操したり、盆踊りしたりする。秋は子供会対抗の運動会、冬には凧揚げと、僕には馴染みが深い。
普段は野球してる人が多い。
運動場を囲むように、散歩道。
犬のフンの後始末をしない人が多くて、どこもかしこも乾いたうんこだらけだ。
向かって左側は遊具施設。
緩やかな丘になっていて、真ん中にとっても長い滑り台が置いてある。
上から下まで滑り降りると、お尻が痛くなるほど長い。
滑り台の周りには、大小様々な丸太の棒。
滑り台が人気で滑れない時は、丸太を伝ってバランスを競うアスレチックになる。
なぜかその公園に行きたかった。
あの滑り台の頂上に立ちたかった。
澄んだ空気の中、誰もいない空の赤の下、僕は走る。
裏の空き地から伸びる階段を一気に駆ける。
本当は、とても怖かったのだ。
いつも騒がしい団地が、今日はシーンと静まり返っている。
誰もいなくて、人影さえも見えない。
100台以上置ける駐車場も、住宅街の道路も、車は一台も通ってない。
階段を昇りきって後ろを振り返る。
僕の住む団地のベランダが一斉に見える。
たくさんの洗濯物が干してある。
何百人も住んでいるはずなのに、誰もベランダに出ていない。
世界中にただ一人、僕しかいないのか。そんなはずはない。漫画の世界じゃあるまいし。
たまたま偶然、誰も外に出る用事が無かったんだ。
僕だけ、たまたま外にいるだけ。
心臓がばくばくする。
人がいない。風もない。
耳はツンとして、空気はまっさら。
そらが、ただあかい。
なんいも変わらないいつもの風景。
ただ、僕しかいない。
心細かった。
寂しかった。
懸命に走って、転がるように公園に着く。
運動場の砂の地面に寝転がって、はあはあと息をする。
やはり誰もいない。
なんで?どうして僕一人なの?
不安で心が押しつぶされそうになる。
すると、公園の端っこ。
あの滑り台のある丘の上に、誰かが立っていた。
「あ!」
人だ!人がいる!
途端にホッとした。
怖くてたまらなかった気持ちが、ふわりと少しだけ解消する。
なんだ、ちゃんといるじゃないか。
たまたま誰も外出してなかっただけ。
良かったあ!
でも、心臓のドキドキだけは、まだ完全に不安が解けていない事を知らせている。
僕は歩いた。
運動場の周りの散歩道を、ゆっくり歩いた。
一人じゃないよねと、数歩歩いては丘にまだその人が立っている姿を見て、勝手に安心する。
公園をぐるりと一周。
僕と、その一人しかいない。
不思議なことに、公園のどの位置にいても、その人は見えた。
滑り台の丘はひときわ高くて目立つけれど、草や木、高低差から滑り台が見えなくなる場所もあるのに、その人だけは視線に入るのだ。
見える姿、形、距離、方向。
360度回れば見方は必ず違うのに、僕は変化の無さの違和感に気付かなかった。
まだ二年生なのだ。まだ、見えるものが全ての頃。
公園を2周ほど回って、僕はついに滑り台に向かう決心をした。
あんまりその人が動かないから、カカシか何か、新しい遊具か何か、木か何かを確かめようと思ったからだ。
高さの違う丸太をジャンプして渡る。そうしながら、段々と丘を登っていく。
まっすぐ行かないのは、僕の恐怖の感情がそうさせている。
ついに、滑り台乗り場。
丘の頂上に到着する。
その人は、僕は丸太に乗っている間も、じっと立っていたまっまだ。
最後の丸太を降り、その人の元へ。
果たしてそれは人だった。
その日の季節は忘れてしまったけれど、僕は確か半袖を着ていたような記憶がある。
当時、カーキ色のコートを着た変質者が、女の子の前でちんちんを見せて脅かす噂があって、まさにその人はそんな恰好をしていた。
カーキ色のトレンチコート。
同じ色の鍔のついた目差し帽を、目元を隠すように深く被って。
「!!」
この人はヤバイ人だ!
怖い、拐われる!
僕は一瞬で固まってしまい、頭の中は早く逃げろ逃げろとワンワン鳴っていたけれど、足はちっとも動かなくてどうしようかとぐるぐるした。
眩しい程の赤の下、色褪せた世界に変質者と僕。
ツンと耳鳴り。
バクバクの心臓。
静まり返る公園、誰もいない世界。
ふと気付く。
鳥や虫さえもいない事を。
そして団地で目覚めてから今迄ずっと、全く音が聴こえていなかった事を。
ふいに変質者が動いた。
僕は目を見開く事しかできない。
心臓はもう、口から出そう。
変質者が近づいてくる。
もう終わった!
僕はぎゅうと目を閉じる。
「……――――――――………」
コートの人が何が喋った。
くぐもって良く聞こえないが、男の人の声だった。
「―――――……」
何を言っているか分からない!
耳鳴りが酷くて聴こえない。
怖い。
怖い。
怖い。
あまりに狼狽えた様子の僕に、コートのおじさんが肩を竦める仕草をした。
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