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第一章:咎人、異端の少女と出会う
第1話:傷心旅行
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その日、雷志は森の中を歩いていた。
理由は特になく、しいていえばなんとなくとその程度のもの。
血の香りから少しでも離れたかった……心のどこかで、そう願っていたのかもしれない。
いずれも、彼の身分を知る者ならば血相を変えて咎めていただろう。
もっとも、雷志がそのことについて慮る気持ちは一切なかった。
どうでもいい――あきらめにも似た感情が、胸中でぐるぐると渦巻く。
山田家――もとい山田浅右衛門を襲名した者は、例外なく罪人の首を斬る。
例えそれが冤罪であったとしても、彼らにはなんの関係もない。
一度命令が下ったのなら、たんたんと白刃を降ろすまで。
それでするりと事を片付けられれば、いったいどれだけ気が楽なことか……。
しんとした静謐は穏やかそのもの。頬を撫でる微風は、ほんのりと冷たい。
まだ春先だというのに、これではまるで冬の到来ではないか。
そう思えるだけ、まだ余裕が自分にはあるらしい。
雷志は自嘲気味にふっと鼻で笑って――
「……完全に迷った」
と、盛大に溜息を吐いた。
周囲は鬱蒼と木々が生い茂り、見たような景色が極めて多い。
ついさっきも、根元を苔で覆う大木を目にしたような気がする。多分、気のせいではない。
笑い話にもなりはしない現状に、しかし雷志は至って平然としていた。
意外にもその顔は穏やかですらある。
「ここが、俺の終着点ならそれもいいのかもしれないな……」
罪人にはそれ相応の罰が必要だ。
これが己への罰なのだとしたら――少々、甘すぎる気がしないでもない。
とはいえ、遅かれ早かれ迎える結末は最悪の一言に尽きよう。
「人知れずこのまま朽ちる……か。俺らしい死だな」
その時は、果たしていつやってくるのだろう。
木々の隙間より覗く青空に、雷志は力なく尋ねた。返答は、もちろんない。
しばらくして――
「ん? これは……」
と、雷志はそれを凝視した。
昨日の雨により、くっきりと馬の蹄の跡が残されていた。
できてからまだ、そう時間が経っていない。
大きさも、おそらく仔馬だろう――それにしては、と思わず眉をしかめる。
「仔馬よりも小さい気がするのは、気のせいか……?」
人の足跡に見えなくもない。
疑念を後押しするように、遠くから足音がした。
人のものではない。馬が奏でる独特な律動を、間違えるほうがまず難しい。
とはいえ、肝心の馬の姿はどこにもなく。
代わりに、小さな影法師が木々の間をするりと、一陣の疾風と共に抜けていった。
静かだった空気がざわつき、木の葉がひらりと舞い上がる。
「今のは、なんだ? 俺の見間違いか……?」
いつの間にか、腰の愛刀に手がそっと伸びていた。
そのことにハッとして、だがすぐに口角をわずかに緩める。
やはり、こうしていると自然と心が落ち着く。
「そういえば、あの老人が言っていたな……ここには妖怪の伝承がある、と」
曰く、古の時代より妖たちが住まう世界と繋がっている――実に馬鹿馬鹿しい話だ。
根も葉もない噂というものについて、雷志は否定的な男だった。
真実は、確かな証拠があってこそはじめて意味もあれば価値もあるのだ。
「妖怪がこの世にいてたまるものか」
誰に言うわけでもなく、雷志はもそりと呟いた。
馬の蹄は、これ以上にない進展だった。もしかすると、森を抜ける糸口になるかもしれない。
一縷の望みをかけて、後を追った先――眩い光を遠くに見た。
湖面に反射する陽光のようにきらりとして美しい。
反面、得体の知れない不安に胸の奥がずきりと疼く。
行くな……そう訴える本能に従うのが吉で、舵取りは――自分だ。どこに拒む道理があろう。
雷志はあえて、今回はその意思に反した。
怪しげな光なのは確かだが、いつになく心が高揚していた。
理由は特になく、しいていえばなんとなくとその程度のもの。
血の香りから少しでも離れたかった……心のどこかで、そう願っていたのかもしれない。
いずれも、彼の身分を知る者ならば血相を変えて咎めていただろう。
もっとも、雷志がそのことについて慮る気持ちは一切なかった。
どうでもいい――あきらめにも似た感情が、胸中でぐるぐると渦巻く。
山田家――もとい山田浅右衛門を襲名した者は、例外なく罪人の首を斬る。
例えそれが冤罪であったとしても、彼らにはなんの関係もない。
一度命令が下ったのなら、たんたんと白刃を降ろすまで。
それでするりと事を片付けられれば、いったいどれだけ気が楽なことか……。
しんとした静謐は穏やかそのもの。頬を撫でる微風は、ほんのりと冷たい。
まだ春先だというのに、これではまるで冬の到来ではないか。
そう思えるだけ、まだ余裕が自分にはあるらしい。
雷志は自嘲気味にふっと鼻で笑って――
「……完全に迷った」
と、盛大に溜息を吐いた。
周囲は鬱蒼と木々が生い茂り、見たような景色が極めて多い。
ついさっきも、根元を苔で覆う大木を目にしたような気がする。多分、気のせいではない。
笑い話にもなりはしない現状に、しかし雷志は至って平然としていた。
意外にもその顔は穏やかですらある。
「ここが、俺の終着点ならそれもいいのかもしれないな……」
罪人にはそれ相応の罰が必要だ。
これが己への罰なのだとしたら――少々、甘すぎる気がしないでもない。
とはいえ、遅かれ早かれ迎える結末は最悪の一言に尽きよう。
「人知れずこのまま朽ちる……か。俺らしい死だな」
その時は、果たしていつやってくるのだろう。
木々の隙間より覗く青空に、雷志は力なく尋ねた。返答は、もちろんない。
しばらくして――
「ん? これは……」
と、雷志はそれを凝視した。
昨日の雨により、くっきりと馬の蹄の跡が残されていた。
できてからまだ、そう時間が経っていない。
大きさも、おそらく仔馬だろう――それにしては、と思わず眉をしかめる。
「仔馬よりも小さい気がするのは、気のせいか……?」
人の足跡に見えなくもない。
疑念を後押しするように、遠くから足音がした。
人のものではない。馬が奏でる独特な律動を、間違えるほうがまず難しい。
とはいえ、肝心の馬の姿はどこにもなく。
代わりに、小さな影法師が木々の間をするりと、一陣の疾風と共に抜けていった。
静かだった空気がざわつき、木の葉がひらりと舞い上がる。
「今のは、なんだ? 俺の見間違いか……?」
いつの間にか、腰の愛刀に手がそっと伸びていた。
そのことにハッとして、だがすぐに口角をわずかに緩める。
やはり、こうしていると自然と心が落ち着く。
「そういえば、あの老人が言っていたな……ここには妖怪の伝承がある、と」
曰く、古の時代より妖たちが住まう世界と繋がっている――実に馬鹿馬鹿しい話だ。
根も葉もない噂というものについて、雷志は否定的な男だった。
真実は、確かな証拠があってこそはじめて意味もあれば価値もあるのだ。
「妖怪がこの世にいてたまるものか」
誰に言うわけでもなく、雷志はもそりと呟いた。
馬の蹄は、これ以上にない進展だった。もしかすると、森を抜ける糸口になるかもしれない。
一縷の望みをかけて、後を追った先――眩い光を遠くに見た。
湖面に反射する陽光のようにきらりとして美しい。
反面、得体の知れない不安に胸の奥がずきりと疼く。
行くな……そう訴える本能に従うのが吉で、舵取りは――自分だ。どこに拒む道理があろう。
雷志はあえて、今回はその意思に反した。
怪しげな光なのは確かだが、いつになく心が高揚していた。
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