18 / 25
第三章:忠実なる魔剣
第17話
しおりを挟む
つい先日、エルトルージェを連れて帰った際も同様の反応を示している。
その時はついに彼女ができたのか、とジンはリリアナから問い詰められている。――あの時のリリアナ、本当に怖かった……。
「あ、えっと……紹介しますね。こちらは隣国ミストルーンの姫君で名前はアリスです」
「ど、どうも……」
「あ、こちらこ……熱ッ」
先程までの流麗さも、工房に籠る熱気の前では発揮できなかったらしい。
今すぐにでもここから立ち去りたい。アリスの表情にはそんな訴えが色濃く滲んでいた。
これ以上、ここにいるのは控えたほうがいいだろう。そう判断したジンは先にアリスを外へと出した。少なくとも外ならば、中よりかは比較的熱気もマシだろう。
さて……。
ジンは改めてリリアナを見やった。
彼女の瞳は大粒の涙で潤んでいた。
今にも堤防が決壊しそうな彼女に、ジンは小さな溜息と共に苦笑いを浮かべる。
「とりあえず、リリアナが思っているとおりです。彼女は俺の結婚相手です」
「そんな……ジン様、結婚……するの? ウチ以外の女と……?」
「……どうしてそこで自分を引き合いに出すのかはあえて言及しません。ですが、心配しなくても俺に結婚する意志はまったくありませんので」
「グスッ……ホント……?」
「この歳で結婚するとか俺だって嫌ですよ。だからどうにか穏便に済ませられないか必死に考えてます」
「ん……ウチにできることがあったら、なんでもいって……」
「えぇ、その時は是非ともよろしくお願いしますねリリアナ」
工房を出てすぐに、アリスからの鋭くも力ない視線がジンを突き刺した。
「あなた……よくあんな灼熱地獄のような場所にいて平気でいられますわね」
「だから慣れですよ慣れ――紹介し遅れましたけど、彼女がリリアナ。アティルヘムが誇る俺専属の鍛冶師です。この腰の白鷲と黒鷹も彼女が打ってくれているんですよ」
そう言ってジンは腰のそれをすらりと抜いた。
次の瞬間、アリスの目がカッと見開かれた。
「な、なんで美しい剣なのかしら!」
「お、おぉ……?」
ジンの愛刀をジッと見やるその姿勢に、ついさっきまで熱気にやられた様子は微塵もなかった。瞳をきらきらとさせて大いにはしゃぐ姿は正に外見相応だと言えよう。
「この計算された滑らかな曲線、片刃というデザイン、そして刀身に描かれた独特の模様……これほど見事な剣は、我がミストルーンでも目にしたことがありませんわ!」
「へぇ……」
ジンは感嘆の息をそっともらした。
てっきり、そんなものにはまったく興味がないとばかり思っていたが……。
このお姫様も俺に似た人種のようだったらしい……。
剣の良さがわかる女性っていうのはなかなか珍しいな……。
ジンは無性に嬉しく思った。これまで剣について、その良さを理解し合える相手が誰もいなかったからに他ならない。そういう意味でもアリスは、唯一良さがわかる数少ない理解者だった。
「これは刀という武器です。こう見えても曲がらず、折れず、それでいて大変よく斬れる代物です。アリスの腰にあるそれは……」
「え? えぇ、この剣の名前はブルーローズ。父が私に送ってくださった大切な剣ですの」
言って、アリスがそれをゆっくりと丁寧に抜き放った。
針のように細い刀身だった。ジンの刀と比較するとあまりにも頼りない。
しかしその細く先端が針のように鋭利であることこそ、アリスの剣の最大の特徴だった。
刺突剣……突きとは本来、死技として呼ばれている。
一撃で仕留められればそれでよし、外せばその時は己が死を覚悟せよ。
こう口にされるほど、刺突とは危険の高い技なのだ。
それをあえて承知の上でわざわざレイピアを用いているのだから、アリスが相当な腕前であるとジンが察するのは実に容易いことだった。
曲線がとても美しい籠鍔より伸びた刀身は――蒼い薔薇。この名が示すとおり海のように澄んだ蒼さが印象的である。
「青色の刃とはずいぶんと珍しいですね」
「この蒼い刀身こそ、我が国で採取できる鉱石――天からの贈り物として天鋼による賜物ですわ。これ単体では石ころと大差ないですけど、でも他の鉱石と組み合わせることで様々な効果を発揮しますの。例えば鉄鉱石と組み合わせればその高度は金剛石以上を誇ります。また他の鉄には出せない、独特な色合いが出せるのも特徴の一つですの」
「それは、興味深いですね……!」
ジンは深く感心した。
どうして今更になってミストルーンと同盟を結ぼうとしたのか……。
これを見れば、まぁわからなくもない……。
確かにこれは、この国にとって更なる発展にもつながるはずだ……。
この時ジンの脳裏にある考えがふと浮かぶ。自国で採取できる鉱石は良質でこそあるが、ミストルーンのような特殊なものはない。
もしも天鋼と、リリアナの技量が加わった時、果たしてそこにはどのような名刀が生まれるのだろう。
見てみたい……。
ジンはすこぶる本気でそう思った。
「――、さすがはミストルーンの姫君といったところでしょうか」
自室にて、ジンは感嘆の声でそう述べた。
「どういう意味ですか?」
エルトルージェがはて、と小首をひねった。
「ミストルーンは鉄の国、鉱石が豊富だから腕のいい鍛冶師がたくさんいるっていう話を聞きました。そんな環境下で育ったからでしょう、剣についてあぁ強く関心を抱かれているとは……話が自然と弾みましたよ」
「……ジン様。ジン様は本当に結婚をしないおつもりなのですよね?」
エルトルージェの目がすっと細くなった。
ジンに向いた彼女の瞳は明らかに疑念が孕んでいた。
「え? えぇそうですよ」
ジンはあっけらかんと返答した。
「どっちかといえば、共通の趣味を持つ仲間とか友人……彼女とはそんな関係が俺にとっても一番望ましいですね」
「それならば、よろしいのですが……ですが、万が一と言うこともあります」
「大丈夫ですよ。多分彼女も今回の結婚については意欲的ではないでしょうから」
これはあくまでもジンの直感にすぎない。
結婚……この議題についてジンは終始触れようとしなかった。
剣による話があまりにも楽しくて仕方がなかった。それを結婚などというもので台無しにしたくなかったという気持ちが大きい。
「とりあえず、結婚はなにがろうとしません。それだけは絶対不変ですので」
「……信じていますからね?」
「嘘は言いませんよ、多分」
「多分では困ります」
「冗談ですってば」
何気ないやり取りにジンは優しく口元を緩めた。
その時はついに彼女ができたのか、とジンはリリアナから問い詰められている。――あの時のリリアナ、本当に怖かった……。
「あ、えっと……紹介しますね。こちらは隣国ミストルーンの姫君で名前はアリスです」
「ど、どうも……」
「あ、こちらこ……熱ッ」
先程までの流麗さも、工房に籠る熱気の前では発揮できなかったらしい。
今すぐにでもここから立ち去りたい。アリスの表情にはそんな訴えが色濃く滲んでいた。
これ以上、ここにいるのは控えたほうがいいだろう。そう判断したジンは先にアリスを外へと出した。少なくとも外ならば、中よりかは比較的熱気もマシだろう。
さて……。
ジンは改めてリリアナを見やった。
彼女の瞳は大粒の涙で潤んでいた。
今にも堤防が決壊しそうな彼女に、ジンは小さな溜息と共に苦笑いを浮かべる。
「とりあえず、リリアナが思っているとおりです。彼女は俺の結婚相手です」
「そんな……ジン様、結婚……するの? ウチ以外の女と……?」
「……どうしてそこで自分を引き合いに出すのかはあえて言及しません。ですが、心配しなくても俺に結婚する意志はまったくありませんので」
「グスッ……ホント……?」
「この歳で結婚するとか俺だって嫌ですよ。だからどうにか穏便に済ませられないか必死に考えてます」
「ん……ウチにできることがあったら、なんでもいって……」
「えぇ、その時は是非ともよろしくお願いしますねリリアナ」
工房を出てすぐに、アリスからの鋭くも力ない視線がジンを突き刺した。
「あなた……よくあんな灼熱地獄のような場所にいて平気でいられますわね」
「だから慣れですよ慣れ――紹介し遅れましたけど、彼女がリリアナ。アティルヘムが誇る俺専属の鍛冶師です。この腰の白鷲と黒鷹も彼女が打ってくれているんですよ」
そう言ってジンは腰のそれをすらりと抜いた。
次の瞬間、アリスの目がカッと見開かれた。
「な、なんで美しい剣なのかしら!」
「お、おぉ……?」
ジンの愛刀をジッと見やるその姿勢に、ついさっきまで熱気にやられた様子は微塵もなかった。瞳をきらきらとさせて大いにはしゃぐ姿は正に外見相応だと言えよう。
「この計算された滑らかな曲線、片刃というデザイン、そして刀身に描かれた独特の模様……これほど見事な剣は、我がミストルーンでも目にしたことがありませんわ!」
「へぇ……」
ジンは感嘆の息をそっともらした。
てっきり、そんなものにはまったく興味がないとばかり思っていたが……。
このお姫様も俺に似た人種のようだったらしい……。
剣の良さがわかる女性っていうのはなかなか珍しいな……。
ジンは無性に嬉しく思った。これまで剣について、その良さを理解し合える相手が誰もいなかったからに他ならない。そういう意味でもアリスは、唯一良さがわかる数少ない理解者だった。
「これは刀という武器です。こう見えても曲がらず、折れず、それでいて大変よく斬れる代物です。アリスの腰にあるそれは……」
「え? えぇ、この剣の名前はブルーローズ。父が私に送ってくださった大切な剣ですの」
言って、アリスがそれをゆっくりと丁寧に抜き放った。
針のように細い刀身だった。ジンの刀と比較するとあまりにも頼りない。
しかしその細く先端が針のように鋭利であることこそ、アリスの剣の最大の特徴だった。
刺突剣……突きとは本来、死技として呼ばれている。
一撃で仕留められればそれでよし、外せばその時は己が死を覚悟せよ。
こう口にされるほど、刺突とは危険の高い技なのだ。
それをあえて承知の上でわざわざレイピアを用いているのだから、アリスが相当な腕前であるとジンが察するのは実に容易いことだった。
曲線がとても美しい籠鍔より伸びた刀身は――蒼い薔薇。この名が示すとおり海のように澄んだ蒼さが印象的である。
「青色の刃とはずいぶんと珍しいですね」
「この蒼い刀身こそ、我が国で採取できる鉱石――天からの贈り物として天鋼による賜物ですわ。これ単体では石ころと大差ないですけど、でも他の鉱石と組み合わせることで様々な効果を発揮しますの。例えば鉄鉱石と組み合わせればその高度は金剛石以上を誇ります。また他の鉄には出せない、独特な色合いが出せるのも特徴の一つですの」
「それは、興味深いですね……!」
ジンは深く感心した。
どうして今更になってミストルーンと同盟を結ぼうとしたのか……。
これを見れば、まぁわからなくもない……。
確かにこれは、この国にとって更なる発展にもつながるはずだ……。
この時ジンの脳裏にある考えがふと浮かぶ。自国で採取できる鉱石は良質でこそあるが、ミストルーンのような特殊なものはない。
もしも天鋼と、リリアナの技量が加わった時、果たしてそこにはどのような名刀が生まれるのだろう。
見てみたい……。
ジンはすこぶる本気でそう思った。
「――、さすがはミストルーンの姫君といったところでしょうか」
自室にて、ジンは感嘆の声でそう述べた。
「どういう意味ですか?」
エルトルージェがはて、と小首をひねった。
「ミストルーンは鉄の国、鉱石が豊富だから腕のいい鍛冶師がたくさんいるっていう話を聞きました。そんな環境下で育ったからでしょう、剣についてあぁ強く関心を抱かれているとは……話が自然と弾みましたよ」
「……ジン様。ジン様は本当に結婚をしないおつもりなのですよね?」
エルトルージェの目がすっと細くなった。
ジンに向いた彼女の瞳は明らかに疑念が孕んでいた。
「え? えぇそうですよ」
ジンはあっけらかんと返答した。
「どっちかといえば、共通の趣味を持つ仲間とか友人……彼女とはそんな関係が俺にとっても一番望ましいですね」
「それならば、よろしいのですが……ですが、万が一と言うこともあります」
「大丈夫ですよ。多分彼女も今回の結婚については意欲的ではないでしょうから」
これはあくまでもジンの直感にすぎない。
結婚……この議題についてジンは終始触れようとしなかった。
剣による話があまりにも楽しくて仕方がなかった。それを結婚などというもので台無しにしたくなかったという気持ちが大きい。
「とりあえず、結婚はなにがろうとしません。それだけは絶対不変ですので」
「……信じていますからね?」
「嘘は言いませんよ、多分」
「多分では困ります」
「冗談ですってば」
何気ないやり取りにジンは優しく口元を緩めた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
扱いの悪い勇者パーティを啖呵切って離脱した俺、辺境で美女たちと国を作ったらいつの間にか国もハーレムも大陸最強になっていた。
みにぶた🐽
ファンタジー
いいねありがとうございます!反応あるも励みになります。
勇者パーティから“手柄横取り”でパーティ離脱した俺に残ったのは、地球の本を召喚し、読み終えた物語を魔法として再現できるチートスキル《幻想書庫》だけ。
辺境の獣人少女を助けた俺は、物語魔法で水を引き、結界を張り、知恵と技術で開拓村を発展させていく。やがてエルフや元貴族も加わり、村は多種族共和国へ――そして、旧王国と勇者が再び迫る。
だが俺には『三国志』も『孫子』も『トロイの木馬』もある。折伏し、仲間に変える――物語で世界をひっくり返す成り上がり建国譚、開幕!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
異世界亜人熟女ハーレム製作者
†真・筋坊主 しんなるきんちゃん†
ファンタジー
異世界転生して亜人の熟女ハーレムを作る話です
【注意】この作品は全てフィクションであり実在、歴史上の人物、場所、概念とは異なります。
美醜逆転世界の学園に戻ったおっさんは気付かない
仙道
ファンタジー
柴田宏(しばたひろし)は学生時代から不細工といじめられ、ニートになった。
トラックにはねられ転移した先は美醜が逆転した現実世界。
しかも体は学生に戻っていたため、仕方なく学校に行くことに。
先輩、同級生、後輩でハーレムを作ってしまう。
貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…
美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。
※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。
※イラストはAI生成です
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる