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疑念

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「いないってどういう……………? 七年前にここに来たんじゃないの?」  

 マルはアリサの肩を持ち激しく揺らした。 

「ちょっと………落ち着いて! いないといったのはこの時代で、他の時代では生きているわ」 

「それは本当?! どの時代?」 

「その前に、痛いから離して……………」  

 マルは掴んでいたアリサの肩を離した。 

「あ、ごめん……………」 

「いや、私の説明も悪かったからお相子様だよ。マサノブはね、一度このタイムマシンを使って二〇六〇年に戻れるか試したの。でも誤作動を起こして二〇八〇年に飛んでしまったの」 

「誤作動って? 原因は何なの?!」  

マルは間髪入れずに聞いた。 
 アリサは首を横に振った。 

「ううん、原因は分からない……………ただ、二〇八〇年に飛んだ。それだけは確か。だから私はタイムマシンを完成させてマサノブを迎えにいかなくちゃいけない」  

 アリサはタイムマシンをゆっくりと撫でながら呟く。

「完成させるには何が必要なの?」 

「それには、『岩』が必要だって、マサノブは言っていた。その為にあなたをずっと待っていたの」 

あれがあったからマサノブとマルは過去に行くことが出来た。このドラム缶洗濯機型タイムマシンは『穴』の性質を利用しているらしい。『穴』と『岩』。
 アリサとマル。まるで運命の糸に手繰り寄せられているみたいだなとマルは感じた。 

「そうか…………! あれがあればマサノブとまた会える!」

  腕が震える、鳥肌が止まらない。 
 マルは胸の中からこみ上げてくる感情を止めることは出来なかった。 

「いますぐ、それを持ってくる!!」 

マルは、地面を蹴ってシャッター方へ駆けて行く。 

「待って、このタイムマシンを完成させるには『岩』と、これが必要なの」
はアリサの言葉にマルはつま先に入れていた力を弱めた。 
 アリサは、何かが書かれた用紙をマルに渡した。 

「これは………?」 

「これは、タイムマシン完成に必要な部品が書かれた紙。言ったでしょ、まだ完成してないって。あの時、マサノブが飛んだ時タイムマシンは未完成だったの。私は彼が飛んだ後、色々調べたの。これでも一応、助手やっていたしね」
 
 アリサは、いつの間にか持って来た白衣に腕を通していた。 
姿見で自分を見ると満足気に頷いて、襟を正した。 
妙に似合う。まるで本当の科学者みたいだ。 

「似合うね、それ」 

「これ、マサノブからもらったの」 

   アリサはポケットに手を突っ込みながら嬉しそうに笑った。 

「そうそう話を戻すとね。一旦、二台とも中身をばらして調べてみたら、一台だけこの部品が足りないことが判明したの」 

   助手っていうだけでそこまで出来るのかマルは疑問に思ったが、それも全部アリサの手腕なんだろうと思うことにした。 

「じゃあ、あとはここに書いてある部品と『岩』を持ってくればタイムマシンは完成する
ってこと?」 

「そう、あとはそれさえあれば二〇八〇年に行ってマサノブを連れて帰ることができる!」

 ファサとアリサの白衣が揺れた。 

「なら、善は急げともいうし、さっそくこの部品と『岩』を持ってくるよ!!」  

 マルの心は燃えていた。わけも分からずこの時代に来て不安で仕方がなかった。マサノブもいない。見慣れた光景から一転、見知らぬ海外に一人で飛ばされたような気分で心細かったが、アリサと出会い。仕組まれた出会いだったが、だがそれによって目的が出来た。 
 絶対に、マサノブと一緒に元の時代へ戻る。
 そう思えば思うほど、マルの心は滾っていった。 
 

 
 長い間、屋上にいたせいか、蚊に嚙まれていたようだ。足が痒い。 
 冬にはまだほど遠いというのに、引き金に置いている手の震えは止まらない。 
 スコープサイトで対象人物をロックし、レーザーサイトで狙いをつける。 
深く深呼吸するが、それでも指の震えは止まらない。 
この選択が人類を救うことになるのだと、そう自分に言い聞かせながらメリッサはついに引き金を引いた。 
 
 
  アリサに教えてもらったジャンク品が置いてあるお店で、紙に書かれた部品と手に持っているジャンク品と見比べていた。 

「っと、これと…………これか………………」 

  書かれていた部品は案外直ぐに見つかった。
タイムマシンに使われている部品なので見つけるには骨の折れる作業だと覚悟していたが、少し拍子抜けした。 
仮にタイムマシンが故障したとして、見つからないような部品だったら直すのに一苦労するだろう。そういう面でマサノブは気を遣ってくれたんだろうか? 

…………いや、コスト面を抑えるって意味でどこにでもあるような部品を使ったんだろう。 
 マサノブは、ケチ……いや、意外と倹約家なところがあるからな。 

「はい、合計で八〇〇円だよ」 

  白髪交じりのおじいちゃんが部品を見ながら、しわがれた声で言った。安い。 
マルはポシェットから残っていた小銭を出して、おじいちゃんに渡した。 
部品を紙袋に入れてもらって、マルは歩き出した。 

「ん?」 

  立ち止まり、再度ポシェットの中を見るマル。何かが足りない、小銭と本とライトと……。
 あともう一つ何かがあった気がする。
思い出せ…………思い出せ……………もう一つ何を入れた?
 頭の中でロックを掛けていたあの日の夜の出来事をもう一度振り返る。 
 あの夜の出来事を思い出そうとすると、マサノブが銃で肩を撃たれた光景ばかり浮かんで、意識的に記憶回路を閉じて見ないようにしていた。 
けれど、発端はあの夜なんだ。見ないふりはもう、出来ない。一からあの夜のことを振り返ってみる。

『岩』……………エキゾチック物質……………『穴』……………ワームホール……………ポシェット……………小銭…………本……………ライト………ビデオカメラ …………………。 

「そうだ! ビデオカメラだ!」 

  あの夜、マサノブに持って来て欲しいと言われたんだ。あの時は時代遅れの欠陥品だと思っていたけど、今なら違った見方が出来るかもしれない。 
 ポシェットの中身を持っていたのはアリサ。
もしかしたらアリサが持っているのかもしれない。 
幸い、アリサは今タイムマシンの点検をしていて家にはいない。 
 鍵はアリサから貸してもらってきた。 
アリサには悪いが、家の中を探させてもらおう。 
 マルは、アリサの家の中に入ると『スーツ』の透明なポケットから『岩』を取り出した。掌の中でコロコロと転がす。 

「こんな小さい物体が時間旅行を可能にするものなんだって、今だに信じられないよなぁ」  

 電球の灯りに『岩』を照らしながら、マルは感慨深そうに息を吐いた。 

「さて、と。ビデオカメラは本当にあるんだろうか」 

  本当はあって欲しくない。もし、この家にそれがあったのならマルはアリサを疑わなければならないからだ。
 アリサには、ただの助手であって欲しいというのがマルの願いだった。勝手だと思っていても、アリサには、当事者であって欲しくない。 
 一階のリビング、タンスの中を探す。ない、ない。 
 二階に行き、クローゼットの中を探す。ない、ない。 
 もしかしたら、思い違いだったのかもしれない。
 人を疑うのは何よりも心苦しいことだから、疑わずにいられたことに正直ホッとした。  

二階のベッドに座り込む。
今なら VR を触ることが出来る。 
ヘッドギアを頭に装着する。
レンズを下げ、目線を合わせる。
音声認識でログインをする。 

「ピー! 警告! 本人ではありません! 本人ではありません!」 

  けたたましい警告音が耳をつんざく。
マルは VR を外し、ベッドの上に投げた。 

「いっ……耳がぁ……。なんで警告音なんか鳴るんだ。僕の物なのに」  マルは耳を押さえながら考える。 VR には通常、自分以外の誰かが装着すると警告音が鳴る。 
本人が付けて鳴るようなことは、まずない。 
VR は五分ほど警告音を出して止まった。 

「普通なら、鳴らないはずなのに…………………………いや、もしかして」 

 マルは、 VR を手に取り VR の背面をも見た。 VR の背面にはコードが彫られている。 
マルが買った時のコードは301089。持っている VR のコードは301088だった。 

「このコード番号はマサノブのじゃないか!!」 

 偶然、数字が一個違いということでよく覚えている。間違いなくこれはマサノブの VR だ。 

「なんで、マサノブの VR が……? マサノブが間違えて僕の VR を持って行った? いや、でもずっと付けていたからそれはないか……………」  
顎に手を置き、独りごちる。
 もしかしたらアリサは、何か知っているのかもしれない。マサノブと出会っていたのなら、アリサはマサノブの VR だって見ているはずだ。
 それがマルのものだったのなら、単に自分の記憶違いで済むだけの話なんだ。 

「考えても仕方がない、か」 

  マルは部屋を出て、玄関へと向かった。靴を履き替え外に出ようとしたが、ふと靴箱に目をやる。入る時は気付かなかったが、靴箱が数センチ空いていた。
 マルは、ゆっくりとそれを開けた、するとそこには細長く黒い長方形の物体、ビデオカメラが顔を出していた。 

「こんなところにあったのか………………」  

   ビデオカメラをマルに渡さずに、アリサは隠し持っていた。アリサは何かを知って、それを隠している可能性が高い。 

「アリサのところへ行くか………………」 

  ビデオカメラをポシェットの中にしまい込み、うだるような暑い夏の空の下へと歩き出した。 
 空を見上げると、鯨みたく大きな入道雲が幾つもあった。 

 小さい頃は入道雲が怖かった。
 そのあまりの大きさに涙が出て、食べられてしまうんじゃないかと本気で思っていた。
我ながら馬鹿馬鹿しい考えだ……そんなこと万が一にもありえないのに。 
 それをマサノブに話したことがある。
笑い飛ばして欲しくて話したが、マサノブは真剣な表情で

「でも、それは人間だからこそ出来ることだと思うんだ。ほら、最近人工知能が発達して、学者の間では、人と人工知能の境界線はついに超えたか? みたいに言っている人も多いけど、俺は人工知能が境界線を超えることは、絶対に出来ないって思うんだよな。確かに知識量じゃ人間より遥かに勝っているし、自分で考えることも出来る。でも、それだけだ。所詮は『人工』だからな。人の心まで考えることは出来ない。人の心までは奪えない。まあ、何が言いたいかっていうと、美しいものは美しいと感じられる心が、人にはあるってことだよ」

 と言ったのだ。 
 その時のマサノブの表情と言葉が、あまりにも印象的だったのでよく覚えている。 
ポシェットの中に仕舞ったビデオカメラ出して持ち、この時代の入道雲を撮った。それは宝物を宝石箱に入れるような感覚に似ていた。 
 
 
  ビルの前に着いたマルは地下に降りようとするも、引っ越し業者の段ボールが地下へ行く階段を塞いでいる。 

「……エレベーターで行くか」 

  エレベーターで地下まで行けるのか分からないけど、多分行けるだろうという感覚で乗り込んだ。 
エレベーターの中は、花の香りがした。足元をみると消臭剤が置いてあった。 
 ビルの住人が乗り込んできて六階を押した。 
マルは、ぼっーとしていて、ボタンを押すのを忘れていた。ボタンを押そうとするも、地下の表記がない。どうやら地下にはあの階段でしか行けないみたいだ。 
仕方がない、この人が六階で降りてからまた一階に戻って、それから階段を使って地下に行こう。 
チーン、とエレベーターが音を立てて六階に着く。マルはそのまま乗っているつもりだったが、何故だか見覚えがある場所だったので、住人の後に次いで降りることにした。
 
「来たことないはずなのに、見覚えがある……………デジャヴってやつか?」  

 マルは、そのまま歩き続けて、踊り場でふと足を止めた。 

「ここの柱、間取り一緒だ! 秘密基地と同じだ!」 

 マサノブとよく会う廃墟になったビル、そこを秘密基地にしてマサノブとマルは頻繁に通っていた。 

「地下にはタイムマシン……………こんな偶然あるのか?」 

  偶然がこんなにも続けて起こるはずがない。
もしかしたら、マサノブはこの時代に何かあることを伝えたいのだろうか? 
マルは逡巡する。
だが、脳は疲れていて思うように働かない。 
色々なことが起こり過ぎて、頭の中をスプーンでかき混ぜられたような気分だ。

「………取り敢えず地下に行こう」 

 色々思うところはあったが、今はポケットの中に仕舞い先に進む。 
 ビルの前に置いてあった引っ越し業者の段ボールは消えていた。 
前に来た時と同じくシャッターは下ろされていたが、隙間から入ることが出来た。 
 そこにはドラム缶洗濯機型のタイムマシンを眺めているアリサがいた。 

「アリサ、ちょっといい?」 

 アリサは、マルの声を聞いて振り返った。 

「おっ、マル! 部品と『岩』は持ってきてくれた?」
 
「うん、持ってきたよ」 

   マルは、部品と『岩』をアリサに見せる。 

「おお~! ありがとう!! これでマサノブに会いに行けるね!」 

  アリサはマルの傍に近付き、ニコっと笑顔を浮かべた。 

「あとさ、これを見つけたんだけど……………」 

 マルはポシェットの中からビデオカメラを取り出した。するとアリサの笑顔が、みるみるうちに、物憂げな表情に変わった。 

「ああ、見つけちゃったかぁ……」

「なんで、これを隠していたの?」 

「……………君を見つけた時、私は君のバッグを調べたの。ポシェットの中身が最初なかったのもその為。ビデオカメラはすぐにでも返すつもりだったんだけど、カメラでマサノブの姿を見たら、どうにも返せなくて……………それに、このタイムマシンのヒントみたいなのもあるんじゃないかなと思って……………まあ、全部私のエゴなんだけど」  

 アリサは目を閉じ、滔々と語った。 

「隠していたのは本当にごめん…………返すつもりではあった。でもマサノブが写っている姿を見たら、胸が苦しくなって私の物にしたいって思ったの。黙っていてごめん。それはマルに返すよ」 

  アリサは、そう言ってビデオカメラをマルに押し付けた。しかし、マルは逆にアリサにビデオカメラを押し付けた。 
 アリサの言葉一つ、一つをくみ取ると元の時代に持って帰るなんてできない。
これはアリサが持つべきものだ。
物はそうやって誰かに渡っていくものだから。
 
「ううん、これはアリサが持つべきものだよ。隠していたのは驚いたけど、でも誰よりもマサノブのことを想っていることは伝わった。だから、これは君が持つべきなんだ」 

「………………ありがとう、マル」  

 アリサの目には涙が溜まっていた。この状態で VR のことを聞くのは憚れたのでマルは黙って、アリサの瞳から一粒の雫が落ちるのを見つめていた。 

「あーーー、なんか、こういうの恥ずかしいな! あ、持ってきてもらった部品をタイムマシンに入れとくね!!」 

  照れ隠しからかアリサは部品を持って、ドラム缶洗濯機型タイムマシンの方へと駆けていった。 
マルはそれを暖かい目で見守っていた。 

 パンッ!! 上で何かが破裂したような音が聞こえた。 
今、ここにいても特にやることがなかったので、暇つぶしに上の階を見にいこうとシャッターをくぐろうとしたマル。
 
「あ、その前にアリサに一言いった方がいいかな……」
  
 シャッターの凹凸部分を触りながら呟いた。 

「アリサ、ちょっと上見て来る」 

「うん、気を付けて」 

  作業に集中しているせいか、生半可な返事だった。 
地下から、地上に上がる。暗い所から急に明るい所に出たせいか、眩しくて目が眩む。 
蝉の鳴き声と鉛の匂いがした。 

「………………? なんだ、この匂い?」 

  匂いは警備室から漂っていた。
近くまで行くとまだ温かい薬莢が落ちていた。

「これは、銃を撃ったあとってことかな……………でも、なんでこんなところで」  

 カチッという音が耳元で聞こえ、後頭部に長い何かを突き付けられた。 
謎の人物の顔を見ることは出来ないが、身体から火薬の匂いがした。 さっきの薬莢から鑑みても、突き付けられた物は十中八九拳銃で間違いないだろう。 

「動くな。これは警告だ」 

  後ろの人物は淡々として喋る。
まるで機械のような無機質な声だった。 
 マルはその言葉言通り、動かずにいた。ここは変に相手のことを刺激するのは得策ではないと判断しての行動だった。 

「アンタは一体何者なんだ?」 

「余計なことは喋るな。俺の言うことにだけ答えればいい」  

 拳銃が強く押し付けられる。 

「お前、そこの階段を使って下から登って来たな。何をしていた?」 

「何って…………下に住んでいるだけだよ」 

  マルは、噓を付いた。

タイムマシンのことはさすがに言えない。

「下の階に住宅はないはずだ。今度噓を付いたら命はないぞ」

「あ、いやその住宅はないけど、住もうと思えば住めるんだ」 

  苦し紛れの言い訳をした。
膝が笑っていて今にも逃げ出したかったが、マサノブが作ったタイムマシンのことを誰かに言うわけにはいかない。
ただ、その想いだけで、マルはその場に立っていた。 

「ほう……………じゃあ、そこにあるのか」 

  謎の人物は、後頭部に突き付けていた拳銃の力を弱めた。 

「な、なにが?」 

「タイムマシンだよ」 
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