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二〇〇三 十一月五日
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「なんで!? アリサと出会ったのが七月二十二日。あの日から逆算してちょうど七年前にしたのに!」
その日に何か確証があるわけでもなかった。
マサノブは助けに来ないようわざと日付だけは書いていなかった。
だから推測して飛ぶしかなかったのだ。
アリサと出会った日、七月二十二日、あの日から全てが始まった。
だから、この日に意味があると思って選んだ、そのはずだったのに数字を間違えてしまったのか。
「そんな……………どうして……………」
日付と時刻も飛ぶ前までにちゃんと確認したはずなのに、何故なんだとマルは思考を巡らす。
「もしかして、タイムマシンの故障か? それならあり得る」
マルは、頬を手で挟み考える。
「アリサはマサノブを殺したと言っていたけれど、その正確な日時は分からない。マサノブが飛んだ正確な日時も分からない……………行き当たりばったりが過ぎるな。燃料ももうないし、この時代、この時間で探すしかない」
マルは、マサノブが書いたメモを再度取り出す。
何処かにヒントはないか目を通したが、それらしきものはない。
マルはメモ用紙をポシェットに戻し、駄菓子屋さんに向かって歩き出す。
「あのーー、すいません」
誰もいない店内で声を張ると、奥から湯呑を持ったお婆さんが出てきた。
「はい、いらっしゃい」
お婆さんは音を立てながらお茶を啜る。上はチョッキを着て、下は綿埃りの付いた小汚い黒いズボンを履いていた。
「あ、あの、何か買いにきたわけじゃないんですけど、マサノブっていう人がここに来ませんでしたか?」
「はい?」
お婆さんは耳が遠いのか、耳元に手を当てて聞き返した
「いや、あの………マサノブって人が来ませんでした?」
「へ? なんだって?」
「あの、だからーーマサノブって人が来てませんでした?」
マルはワンオクターブ声を高くして言った。
だが、お婆さんはそれでも聞こえないらしく、また聞き返してきた。
「大丈夫? お婆ちゃん、俺、代わるよ」
後ろからお兄さんが現れ、お婆さんの耳元で大きく朗らかに言った。
「ああ、じゃあ、お願いね」
お婆さんは奥の部屋へと引っ込んでいった。
「ごめんね。うちのお婆ちゃん悪気はないんだけど、耳が遠くてさ。あ、俺は婆ちゃんの孫の大知(だいち)っていうんだ」
「あ、お孫さんだったんですね。ってことは、ココは家族でやってらっしゃるんですか?」
「まあ、そんなところ。っていっても、そろそろココを畳んで違うところに行かないといけないんだよね…………」
大知は肘を付いて、はあと溜息をついた。
「っと、いけない、いけない。家族間の問題をお客さんに話しても仕方がないよね。でもどうしてかな……………なぜか、他人とは思えないんだよね、君」
「僕が、ですか?」
マルは大知の話に聞き入っていた。
「まあ、そんな気がするってだけだよ、あまり気にしないで。それはそうと、何か用事があったんじゃないの?」
その言葉でマルは、ココにきた用事を思い出した。
「ああ! そうだった! マサノブって人がここに来ませんでしたか?」
「んー、マサノブか……………いや、聞き覚えがないな。その子の特徴とかないの?」
「特徴、ですか……………いつも白衣を着ていて、ちょっとひねくれているけれど、本当は優しい人なんです」
マルはつらつらと、思い浮かぶマサノブの特徴を述べていく。
「君は、その人のことがよっぽど好きなんだね。あ、でも白衣姿の人なら見たことあるよ」
「えっ、本当ですか? それはどこで!?」
マルは食い付き気味に聞いた。
「ええっとね、ココの前で女性と何か話し込んでいたね」
アリサだ、とマルは直感的に感じた。
「あの! それはいつぐらいのことか分かりますか?」
「んっと、一昨日ぐらい前だね。二人とも仲睦まじい夫婦みたいな感じだったなぁ」
大知は、目線を上に向けながら答えた。
「二人がどこに行ったのか、分かりますか?」
マルは前のめりになって訊ねた。
タイムマシンの誤作動で違う時間に来てしまったマルだったが、マサノブとアリサの目撃情報を得られたのは幸運だった。
二人の仲が良いということは、アリサはまだ、マサノブのことを勘付いてはいない。
だからマサノブは、まだ殺されることはない。
未だチャンスは残されている。マルの全身は総毛立った。
「どこに行ったかねぇ…………確定じゃないんだけれど、行ったかもしれない場所なら分かると思うけど…………」
「それはどこです!?」
「ええっと、確か………採石場って話していた気がする。後は、タイムマシンがどうたらこうたらとか言っていたよ」
採石場……………タイムマシン……………。
もしかしてマサノブは、アリサにユートピア計画のことを話すつもりなのか?
そうなった場合、マサノブの命が危うい。
マルは急がなくてはと思った。
「ここから一番近い採石場ってどこか分かりますか!?」
「んーと、電車で一時間のところにある神威(かむい)採石場かなぁ。最寄り液は神威駅で、駅から徒歩十分で行けるよ。でも、そこにいるって確証はないよ?」
「それでも、全然大丈夫です! ありがとうございました!」
マルは、大知に礼を言い頭を下げた。
「あ、ちょっと待って。せっかく来てくれたお客さんだから」
お客さんといわれて、マルは店員である大知に聞きたいことだけきいて、何も買わずに出て行こうとしていたことに気付いて少し恥ずかしくなった。
「これさぁ、キャラメルのおまけなんだけど、中学生ぐらいになるとキャラメルだけ食べて捨てていっちゃう子もいるんだよね。よかったらココに来た記念に、もらって行って」
大知に手渡された小さな箱を開けてみると、それは時計に乗り物の椅子のついた、タイムマシンの形をした簡単な作りの玩具だった。この時代の子供たちにも、時空を超えるという夢があったんだなと、マルはそう思った。
再び大知に一礼し、マルはそのまま電車に乗るため、駅へと向かい走り出した。
いちど振り返り、駄菓子屋の表札を見ると『真下』と書かれていた。
「メリッサのお爺さんってところか、妙な偶然……………いや、きっとこれは運命なのかもしれないな」
見えない糸がマルを導いている。
二〇六〇年にいた頃は、水中の音だけが真実だった。だけど幾度となく時間を飛びこえてゆくうちに、見えないものをも信じられるようになっていた。
「運命を覆すだけの力は、自分にはないかもしれないけれど、見えないけれども繋がっている縁が僕を導いている。だから僕は独りじゃない、進んでいけるんだ。運命を超えていけるんだ」
マサノブが殺される運命なんて壊してやる。
マサノブ、メリッサ、そして夜一が繋いでくれたバトンを決して無駄にはしない。
その日に何か確証があるわけでもなかった。
マサノブは助けに来ないようわざと日付だけは書いていなかった。
だから推測して飛ぶしかなかったのだ。
アリサと出会った日、七月二十二日、あの日から全てが始まった。
だから、この日に意味があると思って選んだ、そのはずだったのに数字を間違えてしまったのか。
「そんな……………どうして……………」
日付と時刻も飛ぶ前までにちゃんと確認したはずなのに、何故なんだとマルは思考を巡らす。
「もしかして、タイムマシンの故障か? それならあり得る」
マルは、頬を手で挟み考える。
「アリサはマサノブを殺したと言っていたけれど、その正確な日時は分からない。マサノブが飛んだ正確な日時も分からない……………行き当たりばったりが過ぎるな。燃料ももうないし、この時代、この時間で探すしかない」
マルは、マサノブが書いたメモを再度取り出す。
何処かにヒントはないか目を通したが、それらしきものはない。
マルはメモ用紙をポシェットに戻し、駄菓子屋さんに向かって歩き出す。
「あのーー、すいません」
誰もいない店内で声を張ると、奥から湯呑を持ったお婆さんが出てきた。
「はい、いらっしゃい」
お婆さんは音を立てながらお茶を啜る。上はチョッキを着て、下は綿埃りの付いた小汚い黒いズボンを履いていた。
「あ、あの、何か買いにきたわけじゃないんですけど、マサノブっていう人がここに来ませんでしたか?」
「はい?」
お婆さんは耳が遠いのか、耳元に手を当てて聞き返した
「いや、あの………マサノブって人が来ませんでした?」
「へ? なんだって?」
「あの、だからーーマサノブって人が来てませんでした?」
マルはワンオクターブ声を高くして言った。
だが、お婆さんはそれでも聞こえないらしく、また聞き返してきた。
「大丈夫? お婆ちゃん、俺、代わるよ」
後ろからお兄さんが現れ、お婆さんの耳元で大きく朗らかに言った。
「ああ、じゃあ、お願いね」
お婆さんは奥の部屋へと引っ込んでいった。
「ごめんね。うちのお婆ちゃん悪気はないんだけど、耳が遠くてさ。あ、俺は婆ちゃんの孫の大知(だいち)っていうんだ」
「あ、お孫さんだったんですね。ってことは、ココは家族でやってらっしゃるんですか?」
「まあ、そんなところ。っていっても、そろそろココを畳んで違うところに行かないといけないんだよね…………」
大知は肘を付いて、はあと溜息をついた。
「っと、いけない、いけない。家族間の問題をお客さんに話しても仕方がないよね。でもどうしてかな……………なぜか、他人とは思えないんだよね、君」
「僕が、ですか?」
マルは大知の話に聞き入っていた。
「まあ、そんな気がするってだけだよ、あまり気にしないで。それはそうと、何か用事があったんじゃないの?」
その言葉でマルは、ココにきた用事を思い出した。
「ああ! そうだった! マサノブって人がここに来ませんでしたか?」
「んー、マサノブか……………いや、聞き覚えがないな。その子の特徴とかないの?」
「特徴、ですか……………いつも白衣を着ていて、ちょっとひねくれているけれど、本当は優しい人なんです」
マルはつらつらと、思い浮かぶマサノブの特徴を述べていく。
「君は、その人のことがよっぽど好きなんだね。あ、でも白衣姿の人なら見たことあるよ」
「えっ、本当ですか? それはどこで!?」
マルは食い付き気味に聞いた。
「ええっとね、ココの前で女性と何か話し込んでいたね」
アリサだ、とマルは直感的に感じた。
「あの! それはいつぐらいのことか分かりますか?」
「んっと、一昨日ぐらい前だね。二人とも仲睦まじい夫婦みたいな感じだったなぁ」
大知は、目線を上に向けながら答えた。
「二人がどこに行ったのか、分かりますか?」
マルは前のめりになって訊ねた。
タイムマシンの誤作動で違う時間に来てしまったマルだったが、マサノブとアリサの目撃情報を得られたのは幸運だった。
二人の仲が良いということは、アリサはまだ、マサノブのことを勘付いてはいない。
だからマサノブは、まだ殺されることはない。
未だチャンスは残されている。マルの全身は総毛立った。
「どこに行ったかねぇ…………確定じゃないんだけれど、行ったかもしれない場所なら分かると思うけど…………」
「それはどこです!?」
「ええっと、確か………採石場って話していた気がする。後は、タイムマシンがどうたらこうたらとか言っていたよ」
採石場……………タイムマシン……………。
もしかしてマサノブは、アリサにユートピア計画のことを話すつもりなのか?
そうなった場合、マサノブの命が危うい。
マルは急がなくてはと思った。
「ここから一番近い採石場ってどこか分かりますか!?」
「んーと、電車で一時間のところにある神威(かむい)採石場かなぁ。最寄り液は神威駅で、駅から徒歩十分で行けるよ。でも、そこにいるって確証はないよ?」
「それでも、全然大丈夫です! ありがとうございました!」
マルは、大知に礼を言い頭を下げた。
「あ、ちょっと待って。せっかく来てくれたお客さんだから」
お客さんといわれて、マルは店員である大知に聞きたいことだけきいて、何も買わずに出て行こうとしていたことに気付いて少し恥ずかしくなった。
「これさぁ、キャラメルのおまけなんだけど、中学生ぐらいになるとキャラメルだけ食べて捨てていっちゃう子もいるんだよね。よかったらココに来た記念に、もらって行って」
大知に手渡された小さな箱を開けてみると、それは時計に乗り物の椅子のついた、タイムマシンの形をした簡単な作りの玩具だった。この時代の子供たちにも、時空を超えるという夢があったんだなと、マルはそう思った。
再び大知に一礼し、マルはそのまま電車に乗るため、駅へと向かい走り出した。
いちど振り返り、駄菓子屋の表札を見ると『真下』と書かれていた。
「メリッサのお爺さんってところか、妙な偶然……………いや、きっとこれは運命なのかもしれないな」
見えない糸がマルを導いている。
二〇六〇年にいた頃は、水中の音だけが真実だった。だけど幾度となく時間を飛びこえてゆくうちに、見えないものをも信じられるようになっていた。
「運命を覆すだけの力は、自分にはないかもしれないけれど、見えないけれども繋がっている縁が僕を導いている。だから僕は独りじゃない、進んでいけるんだ。運命を超えていけるんだ」
マサノブが殺される運命なんて壊してやる。
マサノブ、メリッサ、そして夜一が繋いでくれたバトンを決して無駄にはしない。
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