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正面突破

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「七月二十二日……………つくづく、この日付には縁があるな……………ぐっ」 

  後ろのモーターは唸り声をあげ、冷気のような煙が出ている。 
おそらく、熱を逃がす為のものだろう。
数秒ほど、まばゆい閃光が辺りを包む。
プシューという音と同時に、機械の動きは停止した。 
 マルは、恐る恐る目を開ける。
目の前に広がっていたのは、ネオン煌めく街。
その中で一際目立っているのが、ブルジュハリファのような高いタワーが、虹色にライトアップされている様子だ。 

「あのバカみたいに光っているタワーは、何なんだ……………」  

 吐き捨てるようにマルは呟く。

「あれがユートピアの本部だ。やつら、こうやって目立つことによって自分達の権力を誇示しているのさ」 

  悠城は機械を弄り、安全バーを上げてタイムマシンから降りられるようにした。 

「もっと、違う金の使い方しなよ……………」 

「ごもっともだな。入口に三人警備員がいるが、なに、朝飯前さ。あっという間に、最上階に辿り着いてやる!」 

  悠城はこれ以上ないぐらいに、頼もしい言葉をマルに投げかけた。  

「さすがだな…………悠城」 
 
 マルもその言葉を信じる。 

「それほどでも……じゃあ、行くか」 

  悠城は裏の入り口など使わずに、堂々とタワーの正面玄関へと駆けて行く。 
マルは無謀だと思った。
すぐに見つかってしまう! そう考えている間にも、悠城とマルの距離が広がっていく。
 マルは追い付けるよう、必死で走る。 
腕を振り、つま先で地面を蹴る。 
それでも、悠城には追い付けない。
喉が渇く、耳が冷たくなる。 
 悠城は一足先に玄関口に着いていたが、警備員に止められて何かを話している。もう、駄目だ……… 
マルは足を止め、口から空気を入れた。
 これからのことを考えていたが、警備員が近付いてきた。足は震えているが動けないことはない。
 このまま逃げるか……………。つま先に力を入れる。 

「あ、悠城さんのお兄さんですね。はい、これが見学証になります。お帰りの際はこれを持って、ロビーでお返しください」 

「え…………? ああ、はい」 

  マルはてっきり、捕まってえげつないことをされるのだとばかり思っていたので、驚いて呆然としていた。そんなマルに悠城が駆け寄って来た。 

「俺の兄貴って設定だから、そこのところよろしく。って、変な顔してどうしたんだ?」 

「捕まるかと思ったよ……………」 

「ああ、元々はユートピアの人間だからな、俺」 

「それ、先に言ってよ……………なんで走ったの……」  
 
 マルは息を整えながら疑問を投げかけた。
 
「いやあ、最初は警備員の奴らをぶちのめす計画だったんだけど、走っている最中に、この時代の俺は、まだユートピアの職員だったってことを思い出してな」    

 悠城は、腰に手を当てて言った。 

「でも、その時の悠城ってまだ十三歳ぐらいだろ? まだ子供なのに職員になんてなれるの?」 

「ああ、なれる。ユートピアは能力至高主義だから、何歳からでも実力が伴っていればなれる。それに、俺は飛び級生だからな」  

 悠城は、胸をドーンと叩いた。 

「なるほど…………ってことは、この中にもう一人悠城がいるってことか。見つからないようにしなきゃあな……」 

「見つかるとタイムマパラドクスが起こるって、マサノブさんは言っていたな。まあ、でも俺はいつも地下にいるから会うことはないだろう。さ、行こう」 

  悠城とマルは、ロビーで首から下げている見学証を受付嬢に見せてエレベーターに乗る。 
階は今いる一階から九〇階まであるようだ。
悠城は迷わず、最上階の九〇階を押した。 
エレベーターは、ゆっくりと上昇していく。 
九〇階に着いた二人は辺りを見渡してから、エレベーターを降りた。 
 悠城が先導して先を行く。
曲がり角などはなく、真っ直ぐにしか進めない。
ここで警備員と鉢合わせしたら隠れようがない。

「ここに、警備はいないの……?」  

 マルは声を潜めながら聞いた。 

「ああ、この階に警備員はいない。ただ厄介な存在がいるがな」  

  悠城は消防設備の前で足を止める。 

「厄介な存在って……?」 

「ロボットだよ。ユートピアはこの頃から、人工知能を搭載したロボットの開発に力を入れ始めたんだ。といってもまだプロトタイプで大した知能はないが、見張りをするには十分なロボットだ」 

  悠城は、正面のカードキー式の扉を睨んでいる。
 
「そもそもなんでユートピアは、ロボットを作ろうとしているの?」 

「人類選民計画で、大半の人間が死んだあと色々と大変だろ? その後処理とかにな」 

「なるほど! ユートピアも考えたものだなぁ……で、さっきからガンを飛ばしているその扉の中にロボットがいるの?」 

  マルは隣にいる悠城に視線を向ける。 
「ああ、幸いなことにカードは持っているから中には入れるが、ここは職員でも立ち入り禁止区域だから、ロボットに発見され次第すぐに通報され、二〇秒後には警備員二〇人が一気に駆け付ける。破壊したとしてもそれはそれで、本部の奴らが勘づいて直ぐにここにやって来る」 
  悠城は目頭を押さえる。 

「そんなの、八方塞がりじゃないか…………」 

  ここまで来たのに、マサノブを助けることができないのか……………。
 見えない壁にぶち当たった時には、いつもマサノブが助けてくれていた。
でも、今ここにマサノブはいない。考えろ! 何かいい方法はないかを考えるんだ。 
マルは頭の中で解を必死に探す。 

「まあ、方法は一つだけあるんだけど、これはちょっとばかり危険なんだよな……………」 

「それは、どんな方法!?」 

  マルは食い入るように聞いた。 
悠城はポケットの中から、小さなケースを取り出した。そのケースにはカプセル剤が二個入っていた。 

「飲むと五分間だけ心臓の動きを一時的に止める仮死薬だ。これを飲む」 

「な、なんで?!」 

  悠城の突拍子もない発言にマルはおののいた。 

「まあ、聞け。ここのロボット警備はピカイチだが、一つだけ抜け道がある。目の前に倒れている人間を見かけたら、呼吸を確認して介抱するようプログラムされている。それを逆手に取る。そのための薬がこれだ。俺が扉の前でこれを飲んで一時的に仮死状態になって、ロボットを俺に集中させる。その間にお前は扉を抜けて、その先にある赤い扉に入る。そこにカプセルの中でコールドスリーブされているマサノブさんがいる。その機械の中にこのカードを入れれば、コールドスリーブは中断されてマサノブさんは目を覚ます。あとは上手いこと抜け出して、あのジェットコースター式のタイムマシンに乗って二〇六〇年に帰れば解決だ」 

 悠城はつらつらと語りながら、マルにカードを手渡す。マルはカードを受け取る。
カードには端にバーコードが印字されているだけで、あとは白い普通のカードにしか見えなかった。 
 マルは、それをポシェットの中にしまった。 

「何となくは分かったけれど、悠城はその薬を飲んだあとどうするの?」 

「大丈夫、死にはしないから」 

 悠城は、わざと答えをはぐらかす。 

「いや、そういうことじゃなくて………あのタイムマシンは二人乗りだから、悠城はどうやって帰るのか聞きたいんだけど」 

 席自体は五席あるが、後ろの三席は機械が入れられており、座るスペースはない。 

「…………俺は、この時代に残るよ。やり残したことも、もうないし」  

 悠城は悟ったような表情で、マルに語りかけた。 

「駄目だ! そんなの! 悠城には悠城の時代があるんだ! 大丈夫、必ず戻ってくるから」 

 マルは誰かを失う悲しみを、もう二度と味わいたくなかった 

「いいや、ここでお別れだよ、マル。もと居た時代に戻る気もない。それにまだやり残したことがある」 

「それは……………なに?」 

  マルは生唾を飲み、聞いた。 

「俺が、次の歴史を変えるモノにならなくちゃいけない。俺が過去の俺に、マサノブさんのフリをして全てを話して、俺の最後の仕事は終わりだ」 

「えっ、待って……歴史を変えるモノの正体ってマサノブじゃないの? マサノブもそう言っていたけど……」 

  そう、電話越しでは確かにマサノブが、自分が歴史を変えるモノとして悠城に全てを話したと言っていた。 

「時空間タイムテレフォンでマサノブさんに言われた。歴史を変えるモノに、君がなるんだって。これが最後の指令だって。だから俺はそれを実行するんだ」    

 悠城は扉の前へと、ゆっくりと歩き出す。 

「人を殺したくて殺したんじゃない、全部人類のためなんだ……………そう思わなくちゃ、やってられなかった。でも、それももう終わるんだ……………」  

 悠城の声は疲れ果てて、今にも消え入りそうだった。 

「悠城……………」 

 マルは悠城のそんな姿を見て、かける言葉が出てこなかった。 

「ごめん、ちょっと取り乱した。大丈夫。ちゃんと上手くやるから」  

 悠城は無理に笑って、カプセル剤を口に入れた。 

「悠城! 待って……!」 

  マルの止めようとする声にも構わず、悠城はそれを飲み込んだ。 

「あと、数秒で仮死状態になる。俺にかまわず、すべきことをするんだ! お前と出会えて良かった。じゃあ、これが本当のお別れだ」
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