残業は熱砂の国で

芳一

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キキ、と聞き馴染みのない鳥の鳴き声が聞こえる。
深い海底から掬い上げられるように意識が浮上し、そのままゆるりと瞼を持ち上げた。
ぎらぎらと照りつける陽光は起き抜けには少々厳しい。そんな薄らと汗が滲むほどの日差しに思わず小さく唸りながら眉根をグッと寄せた。
体が怠い、重い、頭がぼんやりとする。それでも出社しなければと染み付いた習慣で腕にぐ、と力を入れ起きあがろうとした───筈だったのだが。

「あ、…っ!?」

起き上がれない、どころか身じろぎさえできなかった。
そこで一気に脳が覚醒する。
ふと腹に感じる圧迫感と、聞こえてきたぐちゅりといういやらしい音に恐る恐る後ろを振り返れば、視界に映ったのは何故気付かなかったというほどに密着した褐色肌の胸板とシーツに散らばる黄昏色の長い髪。そして意識すればするほど締め付けてしまう後ろの窄まりに我が物顔で押し入っている──それ。
「ぁ…ッ、う、うそ…、でしょ…」
サーっと顔から血の気が引く。
尻に埋まっているのだ、背後でぐうすかと呑気に寝ている男──ヴァシムの物騒な代物が。
何で、どうして。起きたら尻にちんこが埋まってるとか、聞いてない。いや、それ以前に他人の尻にモノを挿れたまま寝るとかどういう神経してんの。あり得ないし、信じられない。人として。
ぐるぐると目を回しそうになりながらも「とにかくこの状況はまずい」と、這いずるような態勢でシーツに爪を立てる。
起きたばかりで力が入らないが、いや、何なら尻に挟まるデカブツのせいで全身に力が入らないが、それでもヴァシムが起きる前に早くここから脱さねば。
「ふっ…ぅ、う…ッ」
唇を噛みしめ、密着した男の腰から離れるようにずり…ずり…と身体を動かす。
いきむように意識すればずっぽりと収まっているそれが、少しずつ尻から出て行く感覚がした。
だがそうして何度か繰り返すも、息が上がるばかりで一向に終わりが見えない。
とにかくでかい、でかすぎるのだ。恨めしいほどに。
そもそも朝を迎えるまでに雄の昂りも治っている筈なのに、それで尚この質量とは一体どういう事なのか。
「う、ぁ…ン、んん…っ、ぅ…ッ!」
身体を動かした拍子に中の善いところを不本意にも掠めてしまい、びくんッと大袈裟に反応してしまう。
ヴァシムによって嫌というほど欲を教え込まれた身体はあまりに正直で、昨夜のあられもない姿やら口にするのも憚られるような行為の数々やらを一気に思い出して腹の奥が熱くなる。
足の間でむくりと自身が反応する気配がし、そのあまりの恥ずかしさとはしたなさにぶわりと頬に朱が走った。
「ぁ、ッ…や、だ…もっ、さいあくだ…っ、はや く、抜けろ、よぉ…っ」
駄目だ、余計な事は考えるな。これは仕事、無理やり押し付けられたものを仕方なしに片付けているだけ。
そう必死で思考を飛ばしながらも快楽の波はじわじわと迫り上がってくる。
ああ、何で朝からこんな目に。
溢れそうになる涙を何とか堪え、必死に腰を摺り動かした。
ぬち…ぬち…と生々しい音を嫌がるように額をシーツに押し付けて目を瞑る。小さく呼吸を繰り返しながら、これ以上妙な気分になってしまわないよう慎重に、だが性急に、埋め込まれた肉の杭を抜いていく。
漸く半分といったところまできた。
あと、もう…少し。

──そうやって、目を瞑り集中していたのがいけなかった。


「おはよう、トーゴ」
「ぇ、?ひっ、ああッ…、!?」

バチュンッ──!と、抜けかけていた筈の肉棒が一気に中へと押し戻ってくる。
そのまま、背後からぬうっと伸びてきた逞しい腕に腹を抱えられ、あっという間に元いた位置まで身体を引き寄せられた。
チカチカと目の端で星が飛ぶほどに、強い衝撃が脳を駆け巡っている。ばつんと打ち付けられた尻臀がじんじんと痺れる。
「俺の腕から出て行こうとするなんて、寂しい事をするじゃないかトーゴ」
恐ろしいほどに整った美しい顔でヴァシムが笑う。
あまりの事にぽかりと開いた口から音にならない声をはくはくと漏らす事しかできなかった。
「それともひとりで愉しんでいたのか?起こしてくれても良かったのだぞ」
「…ッ、…っぁ…ち、違…っ」
「お前が欲するなら俺がいくらでも与えてやるとも」
「だ から、ち、がっ…ぁ、う、んッ…!」
「遠慮しなくていい。朝食までまだ時間があるからな、うんと善くしてやろう」
「ッ、ち」

違うと言っているだろう、と何度言ってもわからない男の顎目掛けて思い切り頭突きをかましてやった。

ヴァシムが丁度腰を引かせていた時に喰らわせたので、その弾みでぬぽっと肉棒が尻から抜ける。
骨同士がぶつかる物凄い音と共に背後で「ごふっ…!?」と悲痛な声が聞こえたが、そんな事には目もくれず、腰に纏わりついていたシーツを引っ掴んでベッドを降りると一目散に部屋を飛び出した。
先ほどまでヴァシムの男根がのさばっていたせいで尻の中も縁も違和感が酷く、きびきびと動くことが出来ない。それどころか歩くたびに尻の間からつう、と嫌な汁が垂れ知らず内股になってしまう。
それでもなるべく遠くへ逃げなくてはと廊下を進んだ。
ベッドで悶絶しているであろうヴァシムが追いかけて来る前に、早く。
だが、そうは思うのに歩けど歩けど玄関らしき場所が見つからない。
ここはヴァシムの家なのだろうが宮殿か何かかと思うほどに広く、通路もあちこち入り組んでいるのだ。
道中、ここでヴァシムに仕えているのだろう若い女性何人かの姿が見え慌てて柱の影に隠れた。引っ掴んできたシーツを身体に巻いたがその下は全裸だ。
もしも見つかった日には色々と終わる。本当に色んな意味で終わる。
追われる恐怖と見つかる恐怖に怯えながらこそこそと逃げるうち、気付けば外を一望できる開けたテラスのような場所に辿りついていた。
無我夢中で歩き回っていたのでこの建物が三階建てという事にも気付かなかった。
カッと照りつける太陽の下、外の世界に引き寄せられるようにふらふらと設置された柵の傍まで近寄って行く。
ああそう言えば、あの日の夜もこんな感じだったかもしれない。
降り注ぐのはこんなに強い日差しではなく静かな月ではあったけれども、疲れ果てた身体と頭でこうして欄干に寄りかかり向こう側を眺めていた。

疲れと眠気とヴァシムによる不埒な行為のせいでまともに思考も出来なかったが、改めて思うのはこれが夢ではない、という事だ。
自分の意思で喋られるし自分の意思で手足を動かせる。知りたくもなかった腰の怠さも尻の疼きもちゃんとある。
しかしあの日、自分は酔っ払いにぶつかられ川へと落ちた。もがく抵抗すらせずそのまま川底に沈んだ。つまりは死んだ筈なのだ。
では、絶賛とんでもない目に遭っているこの状況は一体何なのか。
ヴァシムの逞しい腕に抱かれ、身体を覆うように抱え込まれた時、まるで鳥籠に捕らえられたかのような気分になった。
もしも仮にここが死後の世界だったのだとして、死んでもなお自由になれないのだと考えたら本当に涙が出てしまいそうだ。
いっそもう一度突き落とされたらまた違う何処かへ飛ばされるのではないか、そうしたら今度こそ自由がそこにあるのではないか、そんな追い詰められた思考に乾いた笑いが漏れる。

「ここから落ちたら痛いだろうなあ……痛いのは嫌だな」
「そうだろうな、だからそんな事は考えてくれるなよ」

がし、と強い力で肩を掴まれ「ヒッ!」と声が上がる。
散々耳元で囁かれた、腰にクる色香を纏った雄の声に、ギシギシと油の切れた機械のように振り返ればやはりそこには思い描いた男がいた。それはもうにっこりと、笑顔で。

「お前の命も身体も心もすべて、俺が貰って愛してやろう。だから安心するといい」

わからないのならいくらでもわからせてやろう、と。
シーツの下の尻に直接掌を這わせ、と揉みしだいてくるこの男の一体何に安心すればいいのだろうか。
その問いを宙に飛ばしても答えが返ってくる事はなかった。
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